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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第14章 フォルトギア
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第124話『母娘』

 落下してくる『何か』の気配に、寸前で気がついた希羅々達は、一斉にその場を飛び退く。


 鈍い音と共に地面に突き刺さったそれを見て、ノルンと希羅々は顔を強張らせた。


「こいつは……!」

「皆さん気をつけて下さいまし! レイパーですわよ!」


 落ちてきたのは、高さ二メートル程の、タマゴ型の鉄の塊。


 鉄の塊はあっという間に変形。


 目玉のような赤い球体がボディに現れ、四足歩行となったそいつはオートマトン種レイパーだ。今日、ノルンと希羅々、雅の三人が逃がした相手である。


 赤い球体が各人を見渡すのと同時に、希羅々と優の指輪が光り、二人の手にそれぞれアーツが出現。


 希羅々の手には、レイピア型アーツ『シュヴァリカ・フルーレ』。優の手には、弓型アーツ『霞』だ。


 ライナも自らの影から鎌型アーツ『ヴァイオラス・デスサイズ』を取り出し、ミカエルとノルンも杖型アーツ『限界無き夢』と『無限の明日』を構える。


 誰もが敵と適切な距離を保ちつつも、張り詰めたような緊張感で動けない。


 すると、


「ノルン! 皆!」

「みなさーん!」


 遠くから、飛んでくるファムと、彼女に抱えられているがやって来る。


 二人もオートマトン種レイパーを見て、厳しい表情をしていた。


「ファムちゃん! ミヤビちゃん!」

「っ! 師匠! 危ない!」


 突然やって来た二人に気をとられたミカエルに、レイパーの目が向けられる。


 それに気が付いたノルンが警告するが、刹那、レイパーの眼が赤く光り、ミカエルに向かってレーザーを放った。


 ミカエルは咄嗟に杖を振るい、炎の壁を作ってレーザーを防ぐ。


 レーザーが壁に激突し、相殺されると――


「――きゃっ?」


 壁が消えた刹那、レイパーがミカエルへと飛び、勢いよくタックルをかます。


 皆があっと思った時には、ミカエルの体は投げ出され、レイパーと共に高台の下へと落ちていった。


「っ!」

「ちょ! ノルンっ?」


 ノルンは何を思うよりも早く動き出す。


 ミカエルの後を追うように高台から飛び降りて、その時初めて「ここからどうやって助かるか」ということを考えてしまった程に。


「ファムちゃん! 二人は任せて!」

「ミヤビっ?」

「みーちゃんっ?」


 雅はファムの手から飛び降りて、二人の後を追って落下。


 そのすぐ後に、優が続いた。


「あ、あなた達! (わたくし)も――」

「っ! キララさん! 危ない!」


 青い顔をした希羅々もミカエルを助けに行こうとしたが、その瞬間、ライナの警告が飛んでくる。


 希羅々が慌てて振り向き、目を大きく見開いた。


 いつの間にか、側に別のレイパーがいたのだ。ライナもファムも、希羅々のちょっと前に気が付いた程、気配を感じなかった。


 バイコーンのような曲がりくねった二本の角を持つ、上半身は屈強な男の、下半身は馬の化け物。『ケンタウロス種』レイパーだ。


 優とライナ、ファム、ミカエルが戦い、逃がしたレイパーである。


 ケンタウロス種レイパーは拳を振り上げると、鋭い右ストレートを希羅々へと放つ。


 考えるより先に体が動き、その場を飛び退いて攻撃を躱す希羅々。


 ギリっと、希羅々の奥歯が鳴る。


「この……今、あなたに構っている暇はありませんのよ!」

「早くこいつを倒して、ミヤビさん達を追いましょう! ファムちゃんも手伝って!」

「く……分かった!」


 ファムは一瞬雅達が落ちていったところを見てから、すぐにレイパーへと視線を戻す。


 彼女達の安否は気になるが、ケンタウロス種レイパーを放っておくわけにはいかない。ライナの言う通り、先にこいつを倒さなければと思ったのだ。


 レイパーは警戒の目を三人に向けると、雄叫びを上げる。


 空気が震えるような咆哮にライナとファムは顔を顰めるが、希羅々は思いっきり踏み込みレイパーへと接近すると、相手の鳩尾の部分を狙ってレイピアを突く。


 鋭く放たれた攻撃は、見事ヒット。


 レイパーが一瞬怯み、その隙にライナも敵に近づくと、胴体へと鎌で斬撃を放ち、傷を付ける。


 だが、傷は浅い。


 レイパーが威嚇するように低く唸ると、その傷はたちまち塞がってしまう。


 そして頭を振るい、角で希羅々とライナへと攻撃を仕掛けるも、二人は後方に飛び退き回避する。


 攻撃が空振りしたレイパーは、今度は腕を挙げるが、刹那、顔面に大量の羽根が直撃する。


 ファムの翼型アーツ『シェル・リヴァーティス』による攻撃だ。


 しかしレイパーは攻撃の飛んできた方向に目を向けるも、そこには誰もいない。


 瞬間、背中を強い衝撃が襲う。


 ファムが猛スピードで蹴りを入れたのだ。羽根の攻撃で敵の気を逸らし、死角かつ角の届かない後方から攻撃したのである。


 前に僅かにつんのめったレイパーへと、ライナと希羅々がアーツで攻撃。


 強烈な斬撃と突き攻撃がボディに命中するも、レイパーは怒り狂ったような声を上げ、乱暴に両腕を振るった。まるでライリアットの嵐だ。


「ぅぉわっ?」

「くっ!」


 ファムと希羅々はレイパーの腕を避けきれず、やむなくアーツを盾のようにして直撃を防ぎ、しかし勢いは殺しきれず吹っ飛ばされてしまう。


 だがライナだけは、自身のスキル『影絵』を使い、三人の分身ライナを創り出し、それを身代わりにすることで敵の攻撃を凌ぐ。


 さらにレイパーの死角から二人の分身ライナを飛びかからせて襲わせる。


 しかし気配に気が付いていたレイパーは、その二人の分身ライナにラリアットをかまして消滅させてしまったのを見て、顔を歪ませた。


 どうにもこのレイパーは『奇襲』に強い。数時間前に戦った時にも同じことを思ったライナ。先程のファムの飛び蹴りが決まったのは、相当に運が良かったのだろう。


 ならば、とライナは戦術を切り替える。


 ライナの纏う雰囲気が変わった刹那、あちこちから大量の分身ライナが出現し、一斉にレイパーへと襲いかかった。


 その数、なんと五十体。


 驚いたように、くぐもった声を上げるレイパー。


 分身は一度に多く創り過ぎると、各個体の動きが単純なものになってしまうのだが、どうせ細かい動きが出来たところでこのレイパーには通用しない。ならばいっそ、敵が対処しきれない程大量の分身に攻撃させる方が得策だと判断したのだ。


 大量の分身ライナ達は、レイパーの腕や足、頭を鎌で斬りつける。


 レイパーが腕や角を振り回し、十体近くの分身ライナ達を消し飛ばすが、それでも数が多過ぎて捌ききれない様子。


「キララさん! 今です!」


 本体のライナが希羅々にそう告げた刹那、待っていましたと言わんばかりに空に巨大なレイピアが出現し、レイパーへと勢いよく突っ込んでくる。


 希羅々のスキル『グラシューク・エクラ』だ。


 レイパーは見た瞬間に、巨大レイピアの威力を悟ったのだろう。


 必死に体を動かして全ての分身ライナ達を吹っ飛ばし、その場を飛び退き間一髪のところで希羅々最大の一撃を躱す。


 標的を外した巨大なレイピアは地面を抉り、大量の土の塊が巻きあがった。


 希羅々の舌打ちが響き、レイパーが着地する。その瞬間、今度は脳天に強い衝撃が襲いかかった。


 ファムが空中から踵落としを、レイパーの頭に喰らわせたのだ。レイパーは空中から来る気配には気がついたが、着地直後では回避が出来なかった。


 苦しむような声を上げて悶えるところに、両側から新たな分身ライナが二人、レイパーへと飛びかかる。


 振り下ろされた鎌は、弧を描いてレイパーの角へと吸い込まれていき――鈍い音と共に角が斬り裂かれた。


 斬られた部分から緑色の血を拭き出し、ついに咆哮のような悲鳴を上げるレイパー。


 もはや、近くに希羅々とファムが接近していることにも気がつかない。


 希羅々のレイピアの突きと、ファムの飛び蹴りが同時にレイパーの体に命中。


 仰け反ったレイパーの四股を、本体のライナが素早く斬りつける。


 痛みに苦しみ、隙だらけになったレイパーに攻撃を当てることなど容易い。


 関節の、柔らかいところを狙った、流れるような六連撃。


 斬り裂かれたレイパーの体の一部が、ボトボトと地面に落ちていき、轟いていたレイパーの悲鳴が嘘のように消える。


 直後、爆発四散するのだった。



 ***



 高台から落ちるミカエル。


 自分にタックルし、共に落ちたオートマトン種レイパーは、どこかに消えてしまっている。


 ミカエルは顔を顰めながらも限界無き夢を振るうと、空中に無数の赤い円盤が出現。彼女の魔法だ。


 それを足場にして、下まで着地する。


 すると、その直後、


「師匠ぉっ!」

「ノルンっ!」

「ミカエルさん! ノルンちゃん!」

「ちょ、ちょ、ちょぉっ?」

「ミヤビちゃん! ユウちゃん!」


 ノルンと雅、優の三人も、ミカエルが創り出した足場を伝って、下まで降りてきた。


「よ、良かった……師匠が無事で……。正直、肝が冷えました」

「ごめんなさい、ノルン。心配かけちゃったわね……」

「いえ、そんな……。ところで、あのレイパーは?」


 言いながらノルンは辺りを見渡すが、オートマトン種レイパーの姿はどこにもない。


 だが、その時。


 突如、ノルンの脳裏に、ミカエルが背後からレーザーで貫かれるイメージが浮かび上がる。


 ノルンのスキル『未来視』による、予知だ。


「師匠! 危ない!」

「えっ――っ?」


 ノルンがミカエルの手を引き、自身の方へと勢いよく引き寄せた刹那、今までミカエルがいたところを赤いレーザーが通過する。


 レーザーは断崖に命中し、煙と共に小さな穴を開けた。


 青くなる、ミカエルとノルンの顔。


「っ! あそこ!」


 優が攻撃の飛んできた方向を指差すと、そこにはオートマトン種レイパーの姿が。


 目玉が動き、今度はノルンへと標的を定めていた。


「くっ!」


 ミカエルが、レイパーが攻撃するより早くアーツを振り、火球を創り出し放つ。


 しかし――


「……っ? あいつ、やっぱり魔法が効かないっ?」


 火球が直撃してもなお、一切体に傷一つ無いレイパーを見て、雅が悲壮な声を上げた。


 そして、レイパーがノルンに向かってレーザーを放つ。


 ミカエルとノルンが、慌てて炎と風を操り壁を出現させ、レーザーを阻む。


「このっ!」


 敵の意識がノルンに向いている内に、優が白い矢型のエネルギー弾をレイパーへと放った。


 姿を揺らめかせながら、一直線に飛んで行くエネルギー弾は、レイパーのボディに着弾。爆音と共に、敵の体勢をグラつかせる。


 優のスキル『死角強打』のスキルを使っていたとは言え、レイパーの体は魔法は無力化出来ても、優のエネルギー弾は少なからず効果があるようだ。


 レイパーは優へとレーザーを放つも、直前でそれを察知していた優は横っ飛びしてレーザーを躱す。


 攻撃を避けられても、レイパーに焦りの色は無い。冷静に、今度は百花繚乱を振り上げ自分へと接近してくる雅へとレーザーを放つ。


 だが、雅も敵のその行動は読んでいた。『共感(シンパシー)』により、セリスティアのスキル『跳躍強化』を発動すると、高く跳んでレーザーを躱し、レイパーの背後へと着地する。


 そして振り向き様に斬撃を繰り出した。


 重い金属音が響き、レイパーの体に傷がつく。だが傷は浅い。


 縦、横、斜め……雅は負けじと、次々にレイパーに斬撃を放っていく。


 それら全てを胴体や足で受けていたレイパーだが、最後に繰り出された回転斬りだけは、今までの攻撃よりも強烈だと判断し、直撃を避けんと後ろに飛び退いて躱す。


 刹那、今度は愛理の『空切之舞』のスキルが発動。


 自分の攻撃が避けられた時、瞬発力を大幅に上げるスキルを使った雅は、レイパーの反撃のレーザーを超スピードで避けると、レイパーの背後に回りこむ。


 そして、そのまま斬り上げるように力一杯振るった一撃で、敵を大きく吹っ飛ばした。


 レイパーは空中で体勢を整え、土煙を上げて着地。


 するとレイパーの体に、何発もの白い矢型のエネルギー弾が襲いかかる。


「さがみん! ナイス!」


 親友の追撃に雅が思わずそう叫ぶが、それだけでは終わらない。


 三発の火球と、二発の風の球体がレイパーの足元を破壊し、その体勢を崩した。


 ミカエルとノルンの攻撃だ。魔法を直撃させても無効化されてしまうため、足場を狙ったのだ。


 バランスを崩したレイパーへ、さらなる追撃を放つ優だが、レイパーは足から煙を噴き出すと共に、空中に飛翔する。


 舞い上がったレイパーは雅達の後方へ着地し、その眼はこれまでに無い程に赤い輝きを放っていた。


「でかいのが来るっ?」

「任せて!」


 ミカエルが一歩前に出て炎の壁を創り出すのと、レイパーが今までで一番太いレーザーを放つのは同時。


 レーザーはミカエルの出した壁と相殺されるが、攻撃が彼女達に届くことは無かった。


 二撃目を放とうとするレイパー。


 しかし目が光を放つより早く、その体に強い衝撃と共に『何か』が突き刺さる。


 雅の剣銃両用アーツ『百花繚乱』だった。


 ミカエルが敵の攻撃を防いでいる間に、雅と優がアーツを合体させ、矢の代わりとなった百花繚乱を放ったのだ。


 だが突き刺さったアーツは傷が浅いのか、レイパーは気にせずエネルギーを眼に集中させる。


 その瞬間。


「はぁぁぁあっ!」


 ノルンが大きな風の球体を放つ。


 魔法による攻撃は、このレイパーには効かない。だから、ノルンの狙いは別のところ……レイパーに突き刺さった百花繚乱だ。


 突き刺さった百花繚乱に外から大きな力が加わり、刺さったアーツがレイパーの体の内側を破壊しながらさらに奥まで入り込み――完全にアーツがレイパーの体を貫通する。


 レイパーの眼からは光が消え、一際大きく体を震わせ、体から煙を上げた直後。


 オートマトン種レイパーは、爆発四散するのであった。



 ***



「ノルン! 先生!」


 二体のレイパーを撃破してから数分後。


 ファム達が高台の下にやって来た。


 下から聞こえてくる戦闘音で、ノルンんとミカエルが無事なのは想像がついていたが、それでもちゃんと生きている姿を見ればホッとするというもの。


「ちょっと、遅かったじゃない」

「本当はすぐに助けに行こうと思ったのですが、こっちもレイパーが出たのですわ。あのケンタウロスみたいな奴が」

「昼間私達が逃がしてしまったレイパーです。でも、今回はちゃんと倒せました」


 優が文句を言って希羅々を小突くが、返って来た言葉を聞いて感嘆の声を漏らす。優も戦った相手なので敵の強さは理解しており、それだけに三人で撃破したことは素直に感心した。


「文句言ってごめん。……ところで、これからどうするの?」


 ちらりと、優がミカエルに視線を向けた。


 一瞬の沈黙。


 バツの悪そうに頬を掻くミカエルだが、やがて観念したように溜息を吐く。


「帰るわ。皆、迷惑かけちゃってごめんなさい」


 そう言って、ミカエルは深く頭を下げる。




 そして、十五分後。




 アストラム家の玄関の前にて。


「…………」

「……師匠」

「う……わかっているわ、ノルン」


 ここまで来たは良いが、玄関の扉の取っ手に手を掛けた瞬間、屋敷の中にいるであろうヴェーリエの気配を感じて固まるミカエル。


 正直今すぐにでも踵を返したい衝動でいっぱいだが、弟子に促されれば前に進まぬわけにもいかなかった。


 背後では、雅達の無言の「頑張れ!」というエールを感じ、少々恨めしく思いながらも、一度大きく深呼吸してから、ミカエルは勢いよく扉を開ける。


 そして、すぐに顔を強張らせた。


 玄関に入ってすぐそこ……ミカエルが出ていった時と同じ場所に、ヴェーリエは仁王立ちしていたのだ。


 中にいる気配はあったものの、まさかまだ自分が出ていった時のまま、そこにいるなんて想像もしていなかったミカエル。


 雅とファム以外の四人も同じことを思った様子。


「…………」

「…………」


 ミカエルとヴェーリエの視線が空中でぶつかり、どことなくバチバチと火花が散るような幻聴さえ聞こえ、雅達の冷や汗が止まらない。


 現実にして僅か数秒。だが体感では十数分くらいの時が流れた頃だろうか。


 ミカエルが、先に目を逸らし、口を開いた。


「……私が大人気無かったわ。ごめんなさい」


 本当はもっとちゃんと謝るべきだとは分かってはいるものの、いざ本人を見て実際にそう出来れば苦労は無い。


 出せたのは、呟いたような、小さな声だった。


 それでもヴェーリエにはしっかり届いたのか、彼女はフンっと鼻を鳴らす。


「レイパーが出たと聞きましたが?」

「倒したわ」

「そぅ」


 素っ気無い返事。


 ミカエルは眉を寄せるが、ここで文句を言ってしまえばまた喧嘩になってしまう。


 だから出そうになった言葉は無理矢理呑み込んだ。


 その代わりに、


「……部屋に戻るわ」


 そう言って、足早にヴェーリエの隣を通って二階へと向かう。


 そんなミカエルの背中に、ヴェーリエは声を掛ける。


「夕飯……もうすぐ出来るわ。着替えたら食堂に来なさい」

「……はい」


 ミカエルは一瞬歩みを止めたものの、振り返ることなく返事をして、そのまますぐに二階に消えてしまった。


 ヴェーリエはミカエルが消えた跡をジーッと見つめていたが、やがてまだノルン達が玄関に残っていることに気がついたのだろう。


 ギロリと、一行を睨みつける。


「……あなた達、何を立っているの? 早く入りなさい」

「は、はい!」


 上ずった声で返事をするノルン。そんな彼女に、ヴェーリエは何かを言いたそうに口をモゴモゴとさせる。


 それでも、一番後ろで雅が自身に向かって控えめにサムズアップをするのと、ファムが真剣な顔でコクンと頷くのを見て、ヴェーリエは長い息を吐く。


「……アプリカッツァさん」

「わ、私ですか?」

「あなた以外に誰がいるのですか。……これをミカエルに渡して頂戴」


 ヴェーリエがノルンに渡したのは、一冊の本。


 見た目からして、相当に古い本だ。


 震える手でノルンがそれを受け取り、タイトルを見て目を丸くする。


「『コートマル鉱石に付着している魔法成分による採掘場所の推測方法』……これって、もしかして……」

「コートマル鉱石を探しているのでしょう? 古い本ですが、数ある文献の中で一番役に立つはずです」

「あ、ありがとうございます!」

「勘違いなさらぬよう。……偶然見つけただけだと、ミカエルにはそう言いなさい。では」


 早口でそう言い終え、ヴェーリエはノルンに背を向ける。


 ノルンはヴェーリエと本を何度も交互に見て、それから、


「あの! 待ってください!」


 緊張に震えた声で、ヴェーリエを呼び止めた。


「……何か?」

「先程師匠から、話を聞きました。『無限の明日』……私が今使っているアーツは、この家の家宝で……本当は、師匠の妹様に渡されるはずだったと」

「…………」

「私のせいで、ごめんなさい。でも……これもごめんなさい。私、まだ『無限の明日』を手放したくありません。これは師匠が私を認めてくれた証……私が師匠の側にいるために必要な、私にとっても大事な物なんです」


 一気にそう言うと、ノルンは大きく息を吸い込んでから、再び口を開く。




「絶対、大切に使います! そして誰にも負けないくらい、使いこなしてみせます! このアーツにふさわしい人間に……師匠のような人に、必ずなってみせます! だから、もう少し私に使わせてください! よろしくお願いします!」




 深々と頭を下げるノルン。


 そんな彼女に、ヴェーリエは一切振り返ることはしなかったものの、さりとて無視は出来なかったのだろう。


「……勝手になさい」


 短くそう告げ、ノルンがお礼を言う声が響くのだった。



 ***



 そして、ミカエルは自室にも、ノルンの声は届いていた。


 ミカエルは壁に寄りかかりながら、愛する弟子の言葉を噛み締め、自身のアーツ『限界無き夢』を握る手に力が籠もるのであった。

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