第13章閑話
七月十八日水曜日。十二時二十二分。
雅とセリスティアは、ノースベルグから南西に向かった先にある街、ウェルダベルグへと訪れていた。
ウェルダベルグは山に囲まれた地域であり、街の南には大きな牧場が広がっている。酪農が盛んな地域であり、アランベルグで出回っている食肉の八割以上が、このウェルダベルグで生産されたものだ。
そんなウェウダベルグの西に、小さな更生施設があり、二人はそこへと向かっている。
かつてアランベルグの首都、セントラベルグで出会ったセラフィ・メリッカという少女に会いに行くためだ。
かつてセントラベルグでは、インプ種レイパーが少女を攫い、監禁するという事件があった。セラフィはその事件の被害者である。
その事件では他にも被害者が多数おり、いずれもホームレスの娘。犠牲者も二人出てしまった。
最終的に雅とセリスティア、そしてセラフィ本人の頑張りにより、インプ種レイパーが倒されたことで、監禁されていた少女達は全員救出されたのだ。
ただ、問題はそれだけで終わらなかった。
少女達は、日常的にスリ等を行っていた。雅も一度、セラフィにパンを盗られたことがある。生きていくために仕方が無い行為だったとは言え、犯罪は犯罪。
そんな彼女達が送られた先が、この更生施設というわけだ。
異世界の更生施設の役割は、雅の世界の施設と同じ。入所した人に対して職業訓練や生活指導を行い、社会復帰の手助けをしてくれる場所である。
無事に幸せな人生を送れるかは彼女達の頑張り次第だが、それでもセラフィ達を心配していた雅とセリスティア。
魔王種レイパーや久世のこと等、具体的な対策を詰めること、及びライナ達に雅の世界を紹介することを目的として、一行は日本へと向かうことになったのだが、戻る前に雅はセラフィ達の様子を確認しておきたかったため、今日ここに来たというわけである。
因みに、セリスティアは一度ここに来たことがあったため、本日で二度目の訪問だ。
「おっし、着いたぞ」
街中にある、レンガ造りの建物の前で、二人は立ち止まる。建物は上から見ると『コ』の字型の構造になっており、奥には宿舎があった。
ここが更生施設『牛の歩み』。ゆっくりとで良いから、社会復帰して欲しいと願いを込めて付けられた名前だそうだ。施設にいる子供達は五十人弱である。
野外では、昼食を食べ終えた子供達が元気に走りまわっているのが見え、自然と二人の口角も上がる。
中で手続きを済ませ、数分後。
「おーい! ミヤビー! セリスティアー!」
奥から、綺麗なブロンド色のボブカットの、ファムやノルンよりも少し小柄な少女が走ってきて、セリスティアの胸に飛び込む。
「おう、セラフィ! 元気してたか?」
「あぁん、ずるいですぅ! 私にもハグプリーズ!」
「えい!」
「やーん!」
言われた通り少女は雅にハグをすると、雅は顔を綻ばせてその体をギュっと抱きしめる。
「お元気そうで何よりです。……でぇーもぉー」
雅はクスクスと笑いながら、少女の頬を人差し指でグリグリしはじめた。
「いたずらっ娘ちゃんですねぇ。私は騙せませんよぉ! ――エルフィちゃん!」
「あぁん? エルフィだぁ?」
「……あはは、バレちゃった?」
照れくさそうに、少女はペロリと舌を出す。
彼女はエルフィ・メリッカ。セラフィの双子の妹だ。彼女もレイパー事件の被害者で、セラフィと一緒にここに送られてきていた。
すると、
「ミヤビすっげー! 何で分かったの?」
近くの部屋から、エルフィそっくりの少女が現れる。
彼女がセラフィだ。
「ふふふ! セラフィちゃんは目の下に小さなホクロがあるでしょう?」
「あー、そういやお前、昔そんなこと言ってたな……」
少し関わっただけの相手の特徴を、よくもまあ細かいところまで記憶しているものだと感心するセリスティア。
同時に、そこまでよく覚えていることにちょっと引いたが。
「ちぇー、折角久しぶりに来たから、ちょっと驚かそうと思ったのになー」
「セリスティアは騙せたけどねー」
「エ、エルフィ……お前なぁ!」
「あ、セリスティア怒った!」
「逃―げろー!」
笑いながら走り出すセラフィとエルフィ。
わざとらしく「がおー!」何て言いながらセリスティアが追いかけ、雅はそんな三人に温かい目を向けるのだった。
***
数分後。四人は建物の外にいた。
「ところで、何か世界が凄いことになってるみたいだね。南の方で、レイパーがたくさん出たって聞いたけど……」
「ああ。あっちもこっちも大騒ぎになってるよ。見たことも無い大陸が現れたってな」
「南の方ってことは、シェスタリアのことですね。出てきたレイパーは私とセリスティアさん、他の仲間達で倒しました」
「すごーい!」
日向ぼっこをしながら、そんな話をしていた雅達。
世界が融合し、こちらも騒ぎになったらしいが、彼女達の生活が変わるような変化は無く、今は落ち着いた日常を取り戻しつつあるらしい。
「そういや、二人がここに来てからもう二ヶ月くらいだな。後どれくらい、ここにいるんだ?」
「うーん……四ヶ月くらい?」
「結構早いですね……。その後は、どこかの孤児院に預けられることになるって聞いていますけど……」
雅がそう聞くと、セラフィは自分の髪をクシャリと掴む。
「みたいなんだけど……実は、働こうかなって」
「働くぅ?」
セリスティアは眉を顰めた。
セラフィもエルフィも、まだ十歳だ。異世界では十五歳で成人。仕事も、基本的にはその年になってからするものである。
「孤児院に行きゃぁ生活も面倒見てくれるし、教育も受けられるって話だろ? 就職なんて、成人してからでも遅くねぇよ」
「……どうして仕事しようって思ったんですか?」
「あー……」
セラフィの視線が、一瞬だけエルフィに向けられる。
しかし、意を決したように、口を開いた。
「アーツ、欲しいんだ。またレイパーに襲われても、エルフィを守れるように」
セラフィはかつて、『焔払い』というナイフ型のアーツを所持していた。インプ種レイパーが、捕らえた少女達が虚しい抵抗をする様を楽しむために、わざと与えていたのだ。
事件終了後、その『焔払い』はバスターが回収したため、今のセラフィはレイパーと戦う術が無い。
「アーツを持たせてもらえる職業があるって聞いたから、そういう仕事が出来ないかなって」
「……妹を守りたいって理由なら、止められねぇけどよ。アーツを持たせてもらえる職業って言ったらバスターだろ? バスターになりたきゃ、ある程度の学は必要だ。尚のこと、孤児院で教育を受けねぇとだぞ?」
スリの前科者がバスターになれないなんてことは無いが、実技や筆記の試験にパスする必要はある。更正施設で職業訓練を受けたくらいでなれるような職業ではない。
「うん。バスターになるなら、勉強頑張らないといけないのは知っているよ。でも、アーツを持てる職業って、他にもあるじゃん? ……看守とか、どうかなって」
「あぁ、そうか。看守の仕事なら、アーツを支給されますね」
「実は、この間リアロッテさんが来てさ――」
リアロッテというのは、以前雅がセクハラで投獄された『カルアベルグ収容所』の看守だ。金髪ポニーテールの女性であり、セラフィ達が『牛の歩み』に入れる手続きをしてくれたのも彼女である。
リアロッテもセラフィ達の事情は知っていたので、一度ここに訪れていたそうだ。
「その時、看守の仕事について色々教えてもらったんだ。それでアーツが欲しいって話をしたら、その気があるなら自分の下で働かないかって誘われて」
看守になるには二種類の方法がある。
一つは、試験を受ける方法。雅の世界の看守と同様に、国家試験のようなものがこちらにもあるため、それに受かればよい。
もう一つは、推薦してもらう方法だ。看守の下で働いて経験を積み、看守から国に推薦してもらえれば、試験を受けずとも看守になれる。
「早ければ、三年くらいで看守になれるって聞いた」
「三年か……。確かに、大人になるのを待つより、アーツは早く手に入るな」
「うん。それで、リアロッテさんのところで頑張ろうって思ってる。エルフィも一緒だよ」
自分達がどれだけ役に立てるか分からないが、精一杯頑張りたい。
そうセラフィは言うのだった。
***
セラフィとエルフィ、そして他の子達の様子を見てから、『牛の歩み』を出た雅とセリスティア。
「しっかし、あいつらも色々考えてるんだな。俺なんか、あんくらいの頃は遊ぶことしか頭に無かったぜ」
「私もです。でも……」
雅は施設の方を振り返り、顔を曇らせる。
「レイパーがいなくなれば、セラフィちゃんもあんな決断、しなくて済んだんですよね……」
「……まぁな」
「だから……頑張りましょう」
二人は頷き合うのであった。
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