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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第13章 日本海~シェスタリア
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第113話『狂蔦』

 時は少し前に遡る。


 シェスタリアの港から北に進むと、勾配の急な坂がある。ここを登ると、シェスタリアの街中に入るのだ。


 高いところに街があるのは、シェスタリアは七十年程前に大きな津波による災害があり、その経験から民家やお店等は高台に建てられるようになったからである。


 石畳の坂を登る、二人の少女。


 志愛と優だ。


「志愛―! 待ってよー!」


 優も足には自信がある方だが、志愛には敵わない。二人の距離は、どんどん離れていく。


 堪らず志愛の背中に向かって叫んだ優だが、その声は彼女には届いていなかった。


 そして、優がようやく坂を登りきった先には――


「あ、あれ……どこいった?」


 道が三本に分かれており、志愛の姿も無い。彼女がどの道を通っていったのか、分からなくなってしまった。


 悲鳴を上げる心臓に、優は顔を顰めて手の平で胸を押さえる。


「ま……全く……帰ったらトレーニングしなきゃ……」


 自分の情けなさにうんざりしながらも、優は大きく深呼吸する。


 遠くを見れば、煙が上がっていた。


 志愛がどの道を通って行ったかは分からないが、あの煙が発生しているところを目指しているのは明らかだ。そこを目指せば、自然と志愛と合流が出来る……優は、そう思った。


 だがその時、劈くような悲鳴が、彼女の耳に届く。


「っ?」


 三本の道の内、左側の道の先からだ。


 何となくではあるが、この道を進んでも煙の元には辿りつけないと優は直感する。


 何が起きているのか優には分からないが、志愛を一人にするのは危険だというのは分かっていた。普通に考えれば、彼女を追うべきである。


 しかし、この声を無視することは、優にはどうしても出来なかった。


「あー、もう! 志愛、ごめん!」


 後で必ず追いつくから、と優は心の中で詫びを入れる。


 嵌めている指輪が光を放ち、その手に弓型アーツ『霞』が握られた。


 そして優は、声の聞こえてきた方へと進んでいくのであった。



 ***



 突如発生した爆発音は、シェスタリア郊外にいたライナやセリスティア、シャロンの耳にも届いていた。


 三人は手分けして、煙が昇っている方へと向かっている。


 そして中央広場の方へと向かっているのは、ライナだ。


 手には全長二メートル程もある鎌が握られている。ライナのアーツ『ヴァイオラス・デスサイズ』だ。


 ファムやノルンと同様に、実は彼女も中央広場に行くつもりでいた。


 しかしそんな中、


「――今の声はっ?」


 向かっている方向とは別の方向から、突如劈くような悲鳴が聞こえてきて、彼女は足を止める。


 声が聞こえてきた方と、煙が昇る方を交互に見るライナ。


 悲鳴を無視することは出来ず、鎌を持つ手に力を込め、そちらへと走る。


 数分後。


 辿り着いたのは、小さな宿屋が建ち並ぶエリア。宿屋のほとんどが二階建て以上で、一階は酒場や小料理店になっている。こんな状況でなければ、夜は仕事を終えた人で賑わう場所だ。


 現在は全ての宿屋が営業停止中である。以前の襲撃のせいで、建物も大なり小なり損傷が見受けられた。


「っ? あれは……!」


 ライナの目に飛び込んできたのは、地面から生えた、全長三メートル程もある一本の巨大な緑色の蔦。


 触手のようにウネウネと動くその蔦は、女性を捕らえて首を締め上げている。レイパーだとすぐに分かった。


 分類は『ミドル級アイビー種レイパー』だろう。


 捕われている女性は、すでに口から泡を吹いている。


 ライナは急いで自身のスキル『影絵』を発動。


 現れた三人の分身ライナが、一斉にレイパーへと攻撃を仕掛ける。


 蔦の表面に深い斬り傷を付けられ、痛みで女性を離してしまうレイパー。


 落ちてきた女性を本体のライナがキャッチし、レイパーの相手を分身に任せてその場を離れる。


「大丈夫ですかっ! 聞こえますかっ!」

「……うぅ」


 宿屋の影で女性を下ろし、思いっきり肩を揺らしたライナは、女性が意識を取り戻したことに安堵の息を吐く。


「立てますか? 早くここから逃げて下さい!」

「げほっ、げほっ! あ、ありがとう――っ? 危ない……!」


 女性の警告。その視線はライナの背後へと向けられていた。


 思わず振り向き、ライナの顔が青褪める。気がつけば、三本の巨大な蔦が地面から生えており、ライナと女性へと向かっていた。


 創り出していた三人の分身ライナは、既にレイパーの攻撃を受けて消えてしまっている。


 ヴァイオラス・デスサイズで迎え撃つ暇も、分身で防御する暇も無い。


 ヤバい――そう思った、その時だ。


 突如、白い矢型のエネルギー弾が三発飛んできて、襲い掛かる蔦を破壊した。


 ライナがエネルギー弾が飛んできた方向を見れば、百メートル程離れたところに黒髪サイドテールの少女がいた。手にはメカメカしい弓が握られている。


「大丈夫っ?」

「はい! ありがとうございます!」


 声をかけたのは優だ。ライナや女性を襲うアイビー種レイパーを見て状況を悟り、助けに入ったのである。


 だが次の瞬間、優のいるところの地面が盛り上がった。


 慌てて優がその場を飛び退くと同時に、五本の蔦が出現し、彼女へと襲いかかる。


「このぉ……!」


 叩きつけられる蔦の攻撃をバックステップで避けながら、優は霞の弦を引いて矢型のエネルギー弾を装填。


 蔦が自分へと向かってくるタイミングに合わせて矢を放ち、破壊する。


 そのまま二本、三本と蔦を撃破するが、


「っ? しま――」


 横から薙ぎ払うようにして襲ってくる蔦には攻撃が間に合わない。


 直撃は避けられないと悟り、思わず優は体を強張らせた。


「――っ!」


 しかし、蔦の攻撃が優に届くことはない。


 蔦と優の間にライナが割り込み、その身を犠牲にして蔦の動きを止めたからだ。


 一瞬ドキリとした優だが、ライナの体が消えていくのを見て、これが分身だと分かる。心臓に悪い光景だ。


 動きが止まった隙に、蔦にエネルギー弾を当てて破壊する。


(これ、スキルよね。みーちゃんが使っていたアレに似てる……。じゃあもしかして……)


 遠くから分身ライナを見た時に何となく予想していたが、近くで改めて見て、優はライナが雅の仲間ではないかと直感した。


 優に襲いかかる蔦は残り一本。


「はっ!」

「っ! ありがとう!」


 だがそれは、いつの間にか接近していた本体のライナが、ヴァイオラス・デスサイズで斬り裂いた。


 分身で優をサポートしている間に襲われていた女性を逃がし、優の元へと近づいていたのである。


「こちらこそ、加勢ありがとうございます! あの……」

「何? どうしたの?」


 初めて会った人を見て、雅の仲間かもしれないと思ったのは優だけでは無かった。


 メカメカしい見た目のアーツや、珍しい髪色や服装を見て何となく想像していたが、優の右手に嵌った指輪を見てライナは確信する。


 彼女は、雅の世界の人間だと。そして恐らく、雅の仲間だろうと。


 しかし、その考えを伝えるのは少し憚られた。


「いえ……後にします! まずはこのレイパーを何とかしましょう!」


 レイパーは、ライナと優にのんびり会話させる暇を与えてはくれない。


 レイパーは既に、彼女達の周辺の地面から細い無数の蔦を出していた。


 ライナの近くに七人の分身ライナが出現し、本体も合わせてそれぞれが蔦を迎撃していく。


 優も負けじとエネルギー弾で蔦を破壊しはじめた。


 蔦の数が多かったものの、それ故か一本一本の動きは雑だ。優達の攻撃をすり抜け、襲い掛かってくる蔦もあったが、容易に避けることが出来、すぐさま撃破されていく。


 だが、蔦が減る度に追加の蔦が地面から生えてきて、埒が明かない。


「駄目っ……! こいつらを操っている元を何とかしなきゃ、やられる!」


 額に汗を浮かべ、優が堪らず悲鳴にも似たような声を上げる。


 ライナも同じことは思っていたが、かといって優の言う『元』がどこなのかは検討もつかない。


「くっ……あそこでジッとしている、一番大きな奴に攻撃しましょう!」


 そう提案するライナだが、彼女の直感が、最初から出現していた大きな蔦でさえ『元』では無いと告げている。


 それでも、このまま大量の蔦を相手にするよりはマシだった。


 本体と分身のライナが大量の細い蔦を引き受け、その間を縫うように、優がライナの指した大きな蔦を狙撃。


 細い蔦で視界を遮られ、数発は狙いが外れたものの、ついに強烈な一撃がヒットし、蔦に風穴を開けた。


 その瞬間、群れるように襲いかかっていた大量の細い蔦が、動きを鈍らせる。


 この隙を、ライナは逃さない。


 七人の分身ライナが一斉に蔦を刈り取り、本体のライナと優が、風穴の開いた大きな蔦へと走り出した。


「はぁぁぁあっ!」

「ふっ!」


 ライナがヴァイオラス・デスサイズを振り上げ蔦へと飛び掛り、同時に優が白い矢型のエネルギー弾を放つ。


 二人の攻撃がヒットすると、蔦は痙攣したようにその身を震わせ、地中へと戻っていく。


 慌てて、蔦が潜っていった後に残る穴を覗きこむ優とライナ。


「に、逃げた……?」


 しばらくアーツを構えて辺りを警戒していたものの、これ以上レイパーが襲ってくることは無かったのであった。



 ***



 高台にある建物の壁に寄りかかり、優とライナを見つめる影がある。


 人型のレイパーだ。こいつが、先程二人を襲っていた蔦を操る『元』だった。


 近くには、女性の死体。その数三十人以上。全員、首の骨を圧し折られている。全てこのレイパーがやったことだ。


「トモトモノタヘキノ。レレリカタゾト……」


 そう呟くと、そのレイパーは姿を眩ますのであった。



 ***



 戦闘が終わり、しばらくして。


 ライナは、ようやく優に聞きたかったことを聞くチャンスを得る。


「あの、あなたはもしかして、ミヤビさんの……」

「あ、みーちゃんを知っているんだ。じゃあやっぱり、あなたもみーちゃんの……」

「ミーチャン? あぁ、ミヤビさんの愛称ですか。ええ、彼女の仲間で、ライナ・システィアって言います。ミヤビさんは今はどこに?」

「私は相模原優。ここに来たら、この騒ぎが発生して……色々あってはぐれちゃったのよ。ちょっと待って、今確認する――って、あれ? 志愛からメッセージが……っ!」


 雅の居場所を確認するために人差し指をスライドさせてウィンドウを出すと、志愛からメッセージが届いていたことに気がついた優。


 文面を見て、優は目を見開く。


 突然現れたウィンドウに目を丸くしていたライナだが、優の様子が変わったことに、只ならぬ気配を感じて眉を寄せた。


「大変! 魔王みたいな格好をしたレイパーが、近くにいるかもって!」

「なっ?」


 告げられた言葉に、ライナも大きく目を見開く。


「と、とにかく、急いでみーちゃん達と合流しよう! こっち!」

「は、はい!」


 雅のいる場所を確認し、優はライナを連れて走り出すのだった。

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