第105話『辛夷』
「お父様っ!」
「希羅々っ!」
人工種鷹科レイパーが爆発し、一呼吸置いた後。
希羅々は光輝の元へと駆け寄った。
「希羅々、お前がどうしてここに? 久世に監禁されているはずじゃ……」
「はぃ? 一体何のことでして?」
「……そうか……やはり、嘘だったのか……」
久世がこの会社を乗っ取るために光輝を脅した際、希羅々が監禁されている映像を見せた。
無論、久世が作った偽りの映像だ。
画像はぼやけており、希羅々だと完全には確認出来なかったために疑ってはいたが、万が一のことを思えば、光輝は久世の言うことを聞くしか無かったのである。
人工レイパーから助け出され、目隠しを取った際に希羅々の姿を見て、自分が騙されていたと確信した。念の為尋ねてみれば、希羅々の反応は案の定である。
「あの時、もっと抵抗すべきだった……いや、結果論か。何にせよ、希羅々が無事で良かった……。だが、何故ここに?」
「どこから話せば良いか……。実は――」
希羅々は、ここまでの流れを説明する。
謎の鏡の存在に、それを奪われた雅達のこと。それを取り返そうとしていたところ、久世が現れ、自分達のアーツを奪ったこと。レーゼがアーツを取り返し、久世を止めるために地下へと向かっていたこと。
時間が無いため短く簡潔に、光輝に伝える。
細かいところはともかく、大まかな内容は理解出来た光輝は、静かに唸る。
すると、
「桔梗院ちゃん! こっち、終わりました!」
人工レイパーに変身する、オールバックの男を拘束した――拘束には、光輝を縛っていた縄を使った――雅と優が、希羅々達の方へとやって来た。
「あら、すみません。ありがとうございます」
「何よ、お礼だなんて……。それより、お父さんは無事?」
「ええ、お陰で何とか。助けて頂き、大変ありがとうございました」
光輝がそう言って、深く頭を下げる。
その後に続けて、希羅々も同じように頭を下げ、それを見た優が渋い顔になった。
「ちょっと、あんたまで……止めてよ、何か気持ち悪いんだけど」
「やかましいですわよ庶民。……今回は、あなた方のお陰でお父様を助けられたのです。本当に、感謝しているんですわよ?」
「……むむむ」
少しばかり口をモゴモゴとさせた後、優は恥ずかしそうにそっぽを向いた。
頭を上げた光輝は、優と雅を交互に見ると、希羅々へと視線を向ける。
「この二人は、希羅々の友人かい?」
「友人……?」
「桔梗院ちゃん、そこは『はい』って即答してくださいよぅ」
光輝の質問に真顔で首を傾げた希羅々に、雅は思わず苦笑いを浮かべてしまう。
光輝も同じことを思ったのか、困った顔でクスクスと笑ってしまった。
「そう言えば、まだ名前を聞いていなかったね。私は桔梗院光輝。この『StylishArts』の社長だ。君達は?」
「束音雅です」
「相模原優。桔梗院ちゃ――あー……娘さんの同級生です」
父親を目の前にして、娘を苗字で呼ぶのは些か変だと思ったものの、雅との約束で『希羅々ちゃん』とは呼べない優。
咄嗟に『娘さんの同級生』と表現したが、それも何となくしっくり来なくて、頭をガリガリと掻いてしまう。
そんな優に、希羅々は深く溜息を吐いた。
そしてそっぽを向いて軽く鼻を鳴らすと、口を開く。
「……お好きになさい」
「は?」
「な、ま、え。好きに呼べばよろしいのでは?」
「……いいの?」
「好きになさいと言っているでしょうに。あなた方に苗字で呼ばれる方が、何だか背中がむず痒くなるのです。借りもありますし、名前を呼ぶくらい許して差し上げますわ」
そっぽを向いたまま小さく告げられ、優も雅も目を丸くして顔を見合わせる。
一瞬間を置いてから、自然と笑顔になる二人。
希羅々は顔を背けているが、僅かに赤くなっているのが見え、思わず笑いが込み上げてくる優と雅。
「ありがとうございます、希羅々ちゃん!」
「じゃあ、今まで通り希羅々ちゃーんって呼ばせてもらうわ」
「希羅々ちゃん!」
「希羅々ちゅゎーん!」
「希羅々ちゃんっ!」
「希―羅―々―ちゃーん!」
「ええいうるさい! 希羅々ちゃん言うな! ですわ!」
名前を連呼される度に顔の赤みが増していく希羅々は、羞恥に耐え切れなくなったのかついに爆発した。
自分のコンプレックスが無くなったわけでは無いのだ。
「ちょっと話が違うんじゃなぁあいっ? 名前で呼んでも良いってさっき言ったじゃん!」
「そうですよぅ!」
「やかましい! 許可は致しましたが、文句を言わないとは言っておりませんわ!」
「横暴だー!」
「そうだそうだー!」
やんややんやと抗議する雅と優の顔は実に楽しそうで、それに過剰反応を示してしまう希羅々も、傍から見れば意外にもやりとりを楽しんでいるような雰囲気を醸し出している。
随分と仲が良くて結構だと、光輝は思うのだった。
すると、
「皆!」
「あ、レーゼさん! 皆も!」
上の階で人工レイパーを倒したレーゼ達が、このフロアにやって来た。
無傷というわけでは無いが、全員無事な様子を見て、雅達もホッとする。
「あ、光輝さん! 無事で良かった!」
「あぁ、真衣華ちゃん。心配を掛けたようだね。済まなかった」
希羅々の親友である真衣華のことは、当然光輝も知っている。
難なら、真衣華の父親は『StylishArts』の社員だ。希羅々と真衣華が出会ったのは、互いの父親が同じ会社の人間だったからである。
「光輝さんが、どうしてここに? 久世さんに捕まったって聞いていたけど……」
「あぁ、実は……」
曰く、レーゼが社長室から落とされた後、光輝は最終実験室まで連れて行かれたそうだ。
久世は手に二枚の鏡を持っていたとのことで、状況から自分達が奪われた鏡だと判断する雅達。
最終実験室で何をしていたのかは、目隠しをされ、耳も塞がれていたため、光輝も分からないらしい。
だが、巨大なエネルギー装置を使っていた気配はあったとのこと。
しばらくすると、あの人工種鷹科レイパーに連れられて、今に至るというわけだ。
「久世君が何をしようとしているのかは不明だが……嫌な予感がする。あの部屋には僕の指紋が無ければ入れない。一緒に行くよ」
「……分かりました。しかしお父様、私達を中に入れたら、早く避難して下さい。何が起きても不思議ではありませんし」
「希羅々ちゃん、念の為、お父さんの側に。何かあったら、私達で避難の時間を稼ぎます」
「お願いしますわ」
「任されました……って、どうしました?」
雅と希羅々のやり取りを聞いていた愛理が、少し驚いたような顔をしていたのを見て、雅が首を傾げる。
「いや……名前呼びに戻ったな、と思ってな」
「……まぁ、色々あって、一応許可したのです。何か問題でも?」
説明するのも面倒だ、と言わんばかりの顔の希羅々に、思わず愛理はクスリとしてしまう。
「いや……悪いことなんてあるものか。それよりも早く行こう」
そうして、一行は建物の最深部へと足を踏み入れるのであった。
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