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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第12章 北蒲原郡聖籠町『StylishArts』
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第97話『単身』

 『StylishArts』の正面玄関。


 そこに、レーゼはいた。


 手には剣型アーツ『希望に描く虹』が握られている。


 肩で大きく息をしており、どうやらここまで来るのに苦労した様子。


 それもそのはず。今『StylishArts』の近くでは、たくさんのレイパーのような化け物――きっと久世の手下だとレーゼは思った――と、警察所属の大和撫子が戦闘を行っていた。


 バトルフィールドとなっている近くで車から降り、戦いの中を潜り抜けて、ここまで来たのだ。


 優一はレーゼを降ろした後、北へ向かった。住民の避難が間に合っていないところがあり、そちらの応援に行ったのだ。


 必死で戦っている大和撫子を援護したい気持ちも芽生えたが、レーゼの最優先事項はアーツの奪還。


 任せっきりになってしまったことを申し訳なく思いつつも、レーゼは『StylishArts』の中へと入る。


 ロビーに足を踏み入れた瞬間、ブザー音が鳴り響き、何事かとレーゼは辺りを見回した。


 トラップか? と思っていると、ロビーの中心に何者かが出現し――レーゼは奥歯を噛み締める。


 久世浩一郎だった。思わず突進し、希望に描く虹で斬りかかるが、斬撃もレーゼの体も久世の体をすり抜けてしまう。


「っ? これは――」

「立体映像だ。しかし驚いた。てっきり、奴に殺されたかと思っていたのだが……」


 久世の言う『奴』とは魔王種レイパーのことである。


「生憎、全員生きているわ。返してもらうわよ、あなたが奪った、ミヤビ達のアーツを!」

「ならば、上まで来ると良い。最上階の、社長室で待っている」


 そう告げると、久世の立体映像が消える。


 レーゼはすぐには動けなかった。


 わざわざ自分の居場所を教える理由は何か……それが分からなかったから。


 何かしら罠があるのは間違いない。


 しかし踏み込まないわけにもいかず、レーゼは辺りを見回した。


 階段はあるが、このビルは二十階建て。階段で昇り降りするのは相当に骨が折れる。


 すると、階段の反対側に、透明な筒が天井を突き抜け上まで続いているのが見えた。


「あれは……確かエレベーターよね。ミヤビと前に出かけた時に見たわ。えっと、使い方は……」


 ブツブツと呟きながら、レーゼは記憶の中の雅の動きを真似すると、


「っ、来たわ。良かった……」


 円盤型の床が降り、入り口が開くのだった。



 ***



 一方、新潟市南区の、地上から百メートルのところに、二機のドローンが飛んでいた。


 遥か昔は小型だったドローンも、人を乗せて飛べる程の大きさの物も普及している今日この頃。


 今飛んでいるのも、四人乗りの大型ドローンである。


 見た目は、大きな箱の上に、四方向に伸びたアームとプロペラが付いている。名称はドローンなのだが、構造はどちらかというとヘリコプターに近い。


 中にいるのは、雅達だ。片方のドローンには雅、優、志愛の三人が。もう片方には希羅々、真衣華、愛理が乗っている。


 そして、希羅々達が乗っているドローンにて。


「希羅々、良かったの? あんな強引に……」


 真衣華が苦笑いを浮かべ、チラチラと希羅々と、希羅々の家がある方を交互に見る。


 一旦南区杉菜にある希羅々の家へと向かった彼女達。母親や使用人が皆希羅々を心配して駆け寄る中、ドローンで『StylishArts』へと向かうことを宣言したのだ。


 当然、危険だから駄目だと反対されたのだが、それら全部を振り切ってドローンのしまわれている倉庫まで雅達を連れていき、強引に出発したのである。


「後で絶対怒られるよー?」

「構いませんわ。状況が状況ですし」


 朗らかにそう言う希羅々に、やれやれと真衣華は肩を竦める。


「愛理ちゃん、知ってる? 実は希羅々って、家じゃ結構な問題児――」

「真衣華?」

「キャー、コワイー」

「は、ははは……」


 ジト目になる希羅々に、おどける真衣華。


 愛理は困ったような笑い声を上げるしか出来ない反面、内心では真衣華がいつもの調子を取り戻し、ホッとしていたりもした。


 最も、真衣華とて完全復活したわけでは無い。大事なアーツを奪われた悲しみはまだ残っているし、恐怖心もある。無理矢理『いつも通り』を演じているだけだ。


 しかし『演じる』気力があるだけ、先程までよりもずっと良い精神状態と言えるのだが。


「それにしても桔梗院、ドローンの操縦なんてどこで覚えたんだ? 免許は十八歳以上じゃ無ければ取れないだろう?」

「ハワイでお父様に習いましたの。やって見ると簡単ですわよ?」


 このドローンは、希羅々が手元で操作している小型のコントローラーで操縦している。ラジコンの操作のような感覚に近い。加えて、ある程度の自動運転も可能だ。


 故に少し練習すれば誰でも乗りこなせるのだが、愛理の言った通り、人を乗せることが出来るほど大きなドローンの運転には一応免許が必要。破れば刑事罰(一年以下の懲役、又は二十五万円以下の罰金)が下される。


 そのため洒落にならないくらいの問題行動なのだが、今はそうも言っていられない状況だからと、この場の誰も、特に気にしていない。


「それより、束音さんも存外上手いですわね」


 隣を飛ぶドローンの動きを見て、希羅々は感嘆の声を漏らす。操縦しているのは雅である。


 難なら自分よりも上手く、ちょっと悔しいと思ってしまう希羅々。


「まぁ、どうせ誰かに教えてもらったとか、そんなところだろう。特段驚くことでも無いさ。ところで桔梗院、こんな時に聞くのも難だが――束音と何かあったのか?」

「『何か』と仰いますと?」

「いや、彼女が君のことを苗字で呼んでいたから、珍しいこともあるものだと思ってな。基本、女性は誰でも名前呼びする子だから」

「あ、それ私も気になってた。この間まで『希羅々ちゃん』って言っていたのが、今日急に『桔梗院ちゃん』呼びになってたよね? なんで?」


 二人の言葉に、希羅々は渋い顔になる。


 希羅々自身、二人の質問にどう答えて良いか分からないのだ。


 まぁ、言われたことをストレートに解釈し、伝えるならば、


「束音さんから、(わたくし)ともっと仲良くなりたいと、そう言われましたの」

「……仲良くなるのに、苗字呼びに変えたの?」

(わたくし)が良いと言うまで、名前呼びは止めておくそうですわ。相模原さんにも、(わたくし)の事を名前呼びしないよう言っておりましたわね」

「……はっはっは!」


 それを聞いて大笑いし出した愛理に、何がそんなに面白いのかと、希羅々も真衣華も目を丸くする。


「くっくっく……ふふふふふ……。あぁ、いやすまない。ただ、そうか……束音が、相模原に……」

「ど、どうしたの?」

「なに、相模原も思わぬとばっちりを受けたと思うと面白くてな」

(わたくし)としては、相模原さんに鬱陶しい絡み方をされなくなると思うと、いっそ清々するのですが」

「まぁ名前呼びだが、良かったら検討してやってくれ。束音は君と、ちゃんと仲良くなりたいのだろう。だから、嫌がることはしないことにしたのだと思うよ。しかし……ふふふ……」


 まだおかしいのか、そのまま顔を背けて体を震わせる愛理。


 漏れ出る、押し殺したような笑い声についイラっときた希羅々は、


「そう思うなら、あなたこそ束音さんを名前呼びしたらどうですの?」


 嫌味のつもりで、そう言ってやったのだった。



 ***



 何時何が起きても対処出来るよう警戒していたのにも関わらず、二十階までスムーズに到着したレーゼ。


 訝しみながらも廊下を歩いていたが、壁が全面ガラス張りの部屋に久世がいるのが見えると、グッとアーツを握る手に力が入った。


 だが、レーゼは勇み足になる自分の心を押さえつける。


 折角部屋の中の様子が丸分かりなのだ。突入する前に、状況の把握を優先すべきだと、そう言い聞かせる。


 まずは久世。


 レーゼが近くに来ても、久世の目は外の景色をジッと眺めている。レーゼに気が付いていないのか、気が付いていてなお背を向けているのか……レーゼは恐らく後者だと判断。エレベーターが使えることは久世も知っているだろうし、注意を払わないはずは無い。


 次に雅達のアーツ。


 部屋の奥にある大きなデスクの上に、アタッシュケースが置かれていた。あれには見覚えがある。雅達から奪ったアーツは、あの中にあるはずだ。


 しかし、あれを持って出れば奪還成功とはならない。久世がどうやってアーツを奪ったのか、その方法が分からなければ、再び奪い返されてしまう。


 それが何か――と視線を走らせていると、ふと、部屋の隅に人が見えた。


 猿轡を噛まされ、拘束された男性の姿だ。


 優一から教えられていたので、レーゼは彼を知っていた。


 桔梗院光輝。『StylishArts』の社長であり、希羅々の父親だ。


 久世が会社を乗っ取ってから消息が不明で、優一は恐らく久世に捕まったか、最悪殺された可能性があると言っていたが……生きていると分かり、レーゼはホッとする。


 そして直後に、眉を顰めた。


 部屋の中には久世と光輝しかいないのだが、果たしてそんなことありえるのだろうか。少なくとも、久世を守る護衛の姿が無いことに、大きな違和感を覚えたのである。


 それから少しの間、中の様子を探っていたが、それ以上のことは分からない。


 レーゼは一旦、静かに深呼吸して気を静めると、部屋の方へと歩いていく。


 『President‘s Office』と書かれたタグが付いた扉を、蹴破るように一気に開けた。


「お望みどおり、やって来たわよクゼ! さぁアーツを返しなさい!」


 そう怒鳴りつけた瞬間。


 光輝がレーゼに何かを伝えるように、モゴモゴと声を上げた。


 それを、助けを求めていると判断したレーゼ。


 彼に向かって安心させるように頷き、視線を久世へと向けた。


 光輝の声が、大きくなる。


 久世はここで、ようやくレーゼの方を振り向き……彼女の足元に何かを放り投げる。


 咄嗟にその場を飛び退くレーゼ。


 投げてきた物を見ると、それは何かのリモコン。レーゼは怪訝な顔で久世を見た。


「どうした? 取らないのか?」

「何っ?」

「それは、彼女達のアーツを奪うためのリモコンだ。試しに使って見るといい」

「…………」


 何かの罠か?


 そう思ったレーゼだが、敵の狙いが分からない。


 恐る恐る近づき、拾い上げる。


 リモコンのボタンを試しに押してみると、デスクの上にあったアタッシュケースが、ふわりとレーゼの元に飛んできた。


 中身を確認して見れば、入っていたのは確かに雅達の指輪。


 どうやら嘘では無いらしい。


 だが、そこで。


 光輝の声がさらに大きくなり、流石に何だと思ってレーゼはそちらに目を向ける。


 光輝は、レーゼに首を横に振って、何かを伝えようとしていた。


 刹那。


「――っ!」


 背後から殺気を感じ、咄嗟に横っ飛びするレーゼ。


 今まで彼女がいたところを、大きな怪物が通り過ぎて息を呑む。


 鷹のような頭をした人型の怪物。レーゼが東区材木町の廃工場で見たオールバックの男が変身する、あの化け物だ。


 今までオフィス家具の陰に隠れており、奇襲するタイミングを狙っていたのだ。


 光輝はレーゼに助けを求めていたのでは無い。この化け物がいるということを伝えようとしていたのだと、遅まきながらレーゼは気が付く。


 光輝の声が無ければ、確実にやられていた。レーゼに隙を作らせるために、雅達のアーツに気を向けさせたのだろう。


 奇襲が失敗したことで、久世も化け物も小さく舌打ちをする。


 レーゼは腰を落とし、片手でアーツの切先を化け物へと向けた。


「レイパーと同一の存在……」

「……何?」

「ミヤビ達を襲った、サイのような化け物に変身する男がそう白状したそうよ。こいつも同じなの?」

「……使えん男だ。まぁ、いい」


 久世は憎々しげに溜息を吐く。


 久世にとって腹立たしいことこの上無いが、男が白状することを想定していなかった訳ではなかった。


 故に、今まさにレーゼに飛び掛かろうとする鷹のような頭をした人型の化け物を制止し、レーゼに向かって口を開く。


「そこまでバレている以上、教えよう。彼の言う通り、この怪物はレイパーと同じ力を持っている。私が作り上げた薬によるものだ。そう――」


 久世は、目を大きく見開かせるレーゼに、妖しい笑みを浮かべる。



「言うならば『人工レイパー』といったところかな」



 そう告げられた瞬間、鷹のような頭を持った人型の化け物――否、『人工種鷹科レイパー』はレーゼへと飛び掛かる。


 衝撃の事実を告げられ動揺し、さらに手にはアタッシュケース。


 人工レイパーの放つ素早い乱打を、片手で握った希望に描く虹だけで受けきるのは不可能だ。


 自身のスキル『衣服強化』による防御も含め、四発は辛うじて捌いたものの……。


「――ぐぅっ!」


 背後に回りこまれ、背中に鋭い蹴りを撃ち込まれたレーゼの体は、いとも容易く飛んで行く。


 くぐもった光輝の声が、一層大きくなる。


 そしてレーゼの体はガラスを突き破り、


「きゃぁぁぁあっ!」


 ビルの最上階から地上へ落ちるレーゼの悲鳴が、闇に大きく木霊するのだった。

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