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第11章幕間

 異世界。


 雅と真衣華が、キリギリス顔のレイパーと戦っていた頃。


 ナランタリア大陸の中辺りを帯のように真横に広がる国、ナリア。


 そのナリアの東側、イーストナリアにあるガルティカ遺跡に、雅とレーゼの捜索メンバー――ライナ、セリスティア、ファム、ミカエル、シャロン、ノルンの六人だ――は訪れていた。


 雅達が雅の元の世界へと転移したのでは、と推理した彼女達は、先日天空島をもう一度調べてみたのだが手掛かりは無し。


 その際シャロンが、ガルティカ遺跡にもう一度訪れてみようと提案したのだ。ガルティカ遺跡の地下で、雅の世界の女性の白骨遺体が見つかったため、二つの世界を繋ぐ何か手掛かりがあるかもしれないと考えたのである。


 以前ミカエル達がガルティカ遺跡の地下に来た時は魔王種レイパーの襲撃に遭い、探索どころでは無かったため、今一度落ち着いて調べてみることになったのだ。


 そして今、ガルティカ遺跡はというと、以前ミカエル達が訪れた時とは随分様変わりしてしまっていた。


 かつては遺跡の中央に、高さ六十三メートルもの階段ピラミッド――こちらの世界では『ピラミダ』と呼ぶ――があったのだが、地下から天空島が浮上した際に崩壊してしまい、代わりに地下へと続く巨大なホールがある。


 その他、階段ピラミッドの周辺には石造や住宅等があったのだが、それらも多かれ少なかれ損傷していた。


 現在、遺跡には関係者以外立ち入り禁止となっている。


 イーストナリアは遺跡を目玉とする観光都市だったのだが、今や客足は激減。当然、店や宿屋は経営に大打撃を受けた。未だ再開の目処が立たないことから、イーストナリアから撤退することを決めた人も少なくない。


 ミカエルのコネで遺跡に入ることを許可してもらったライナ達。


 遺跡の地下はライナ、ミカエル、シャロンの三人で。地上は他の三人で手分けして調べている。


 広間や小部屋、通路が複雑に入り組んだ地下。


 ライナ達が最初に向かった先は、白骨遺体のあった部屋だ。


 天空島が飛び立った後も、この部屋に変わりは無い。


 床には白い絨毯が敷かれ、壁には観賞用と思わしき武具が飾られている。


 一番奥の壁には、壁画があった。


「やっぱり、この部屋だけ、他と雰囲気が違うわよね……」


 この部屋に来るのが二度目のミカエル――鍔の大きな帽子を被り、白衣のようなローブを着た金髪の女性だ――が、部屋を見渡しながらそう呟く。


 他の部屋は一切飾り気が無いのだが、この部屋だけやたらと煌びやかである。


「ほぅ……これが、タバネの言っておった壁画か。長年放置されていた割には、随分と綺麗じゃが……」


 ガルティカ人が信仰していた『アイザ教』の神、アイザが大きく描かれた壁画を見て、シャロン――ポンパドールという髪型をした、見た目は幼女の竜人――は感嘆の声を漏らす。


「しかし、綺麗な女神じゃのぉ」

「シャロンさん、ちょっとおっさん臭いですよ。あ、これなんだろう……?」


 若干呆れたような声を出したライナ――真紅のワンピースを身に付けた、銀髪フォローアイの少女である――だが、壁に飾られた、不思議な形のネックレスのような物を見ると、興味深そうにそれを眺める。


「ちょっと二人とも、ここに来た目的、分かっているかしら……?」


 ミカエルが苦笑いしながらそう言うと、ライナもシャロンもハッとした。


「すみません、こういうのを見ると、どうしても気が向いてしまって……」

「儂はちゃんと調べておったぞ、うむ」

「シャロンさん、誤魔化さない」

「す、すまぬ……」


 この中では一番年上のはずのシャロンだが、ミカエルに注意されてしまえば年上の威厳も何もあったものでは無い。


 幼女の姿だから、なおさら型無しだ。


「それにしても、目新しい物は何も無いわね。また手掛かりゼロかしら……?」

「まだ探しはじめたばかりじゃろう。もう少し調べてみようぞ」


 言うと、今度は真面目に周囲を観察し始めるシャロン。


 先程の情け無い姿は嘘のように消え、年長者らしい雰囲気を醸し出していた。


 最も、見た目はやはり幼女であり、そういった雰囲気を出されたら出されたで困惑が先に来てしまうのだが。


 ライナもミカエルも、シャロンの後に続き、再び部屋を調べ始める。


 すると、十分後。


「……む?」


 壁に掛けられた武器を眺めていたシャロンが、何かに気が付く。


「これ、動くのぅ」


 壁に四角い線が見え、そこに手を伸ばしたシャロンは驚きの声を上げる。そこだけ、押し込めるようになっていたのだ。


 一センチ程押し込んだ瞬間、壁画の奥から突如、何かが動くような音が聞こえてくる。


「な、何っ?」


 丁度壁画の辺りを調べていたミカエルが、慌ててその場を離れた。


 ライナ達はひと塊になって、遠くから壁画を注視すること五分。


 壁画のある壁が、重々しい音を立てて横にずれる。


 丁度、人が一人通れるくらいの通路が現れたのだ。


 三人は顔を見合わせ頷くと、慎重に通路へと足を踏み入れる。


 この通路も他の場所と同じく、壁に灯りがあるため、視界は悪くない。


 辿り着いた先は、小部屋。


 どうやら物置となっていたようで、大小様々な木箱が所狭しと置いてあり、三人は揃って目を見開く。


「こんな隠し部屋があったなんて、気が付かなかったわ」

「あれがスイッチとなっていたようじゃが、よく見んと分からんようになっておった。余程隠しておきたい物が置かれとるのかの?」


 もしかすると、何か手掛かりがあるかもしれない。


 そんな期待を胸に、ライナ達は木箱の中を調べ始める。


 箱に入っていたのは、何に使うかも分からない、不思議な形をした置物が大半だ。他には、部屋に飾ってあったような武器や防具、杯等の食器らしきもの、お面等がしまわれている。


「こんな物、何に使っていたのかしら……?」


 ミカエルは、半分に割れた杯を持ち上げ、首を傾げる。


 綺麗に真っ二つになっており、どうも最初からこのような形状では無いかと思う程だ。


「多分、祭事に使うものだと思います。ほら、箱の奥には、それらしそうな物がまだ入っていますし」

「あら本当。これは……鈴?」

「小さな台もあります。これに乗っけて祀っていたのかな?」

「へぇ。色々あるわね……あら? これは何? 外にあった石造と似たようなものだけど……」


 ミカエルが他の木箱を開けると、蝶と蛙を足して二で割ったような形の石造を見つけた。


 ただの石造にしては、わざわざこんな場所に置いておく理由が無い。階段ピラミッドの周りには、同じようなものがたくさん飾られていたため、一緒に並べておけば良いはずだ。


「む? こっちにも同じようなものがあるのう?」


 シャロンが見つけたのは、蛇と虎を足して二で割ったような生き物の石造だ。


 続けて、ライナも鷲と飛蝗を足し合わせたような生物の石造を発見する。


 三つの不思議な石造を眺め、頭に『?』マークを浮かべるライナ達だが、そこでふと、ライナが小さく「あっ」と声を漏らした。


「もしかして……外に並んでいたあの石造の中で、一番出来の良い物をしまっているのでは?」


 そう言うと、ライナは石造の一部分を指差す。そこには小さな二重丸が刻印されていた。


「そう言えば、ガルティカ人はこういう物が好きだったと聞いたことがある。センスは謎じゃが……」

「なんか、独特ですよね」


 何故色々な生き物をキメラにしようと思ったのか、今一理解出来ないシャロンとライナ。


 最もライナからしてみれば、その理由をあれこれ想像するのが楽しいのだが。


 そして、調べること三十分。


「しっかし、あるのはこんな物ばかりか? 興味深いが、ちと残念じゃな」


 粗方箱の中身を調べたものの、雅の世界に通じる手掛かりになりそうな物は無く、落胆するシャロン。


 だが、その時。


「……っ、ちょっと二人とも」


 ミカエルの声色が、明らかに興奮味を帯びる。


 何か見つけたのかと思い、ミカエルの元に寄るライナとシャロン。


 彼女の手には、小さな石版があった。


 何か書かれているようだが、幾何学的な模様の羅列のため、内容はさっぱり理解出来ない三人。


 しかし、これまで見つけたものとは、明らかに異質なものだという雰囲気は感じた。


「なんか、随分綺麗な石版ですね」

「ええ。以前階段ピラミダの上で見た石版と比べると、非常に状態が良いわ。ここにしまってあったからかしら? ……いえ、そうでも無さそうよね?」


 自分達が広げた、他の物を見渡しミカエルは自身の言葉を否定する。他の物は、状態は決して悪く無いが、それでもある程度経年劣化は免れていない。


 だがこの石版は、たった今作られたのではないかと思う程、綺麗な見た目をしていた。感じ取った異質な雰囲気は、これが理由なのかもしれない。


「この模様、どこかで……」


 頭の奥底に眠っている記憶がちらりと顔を出し、ミカエルはジッと、石版に書かれている模様を見つめる。


 ライナとシャロンが見つめる中、少し考え込んでいたミカエルだが、やがて思い出したかのよう口を大きく広げた。


「そうだわ……これ、魔法言語よ!」


 魔法言語というのは、魔法使いが自分の魔法を文章に表す時に使う言語だ。


 研究が進んだ今は、魔法というのは才能が無ければ使えないものだと認知されているが、遥か昔はそうでは無かった時代があった。


 その際、自分が使える魔法を他の人に教えるのに、この魔法言語が用いられたのである。


 この模様一つ一つに複雑な意味が込められており、それを理解することでその魔法が使える……という理屈らしいのだが、上述の通り魔法が使えるか否かは才能による。


 当然魔法言語を用いて他人に自分の魔法を伝授しようとしたところで効果なんてある訳も無く、十数年流行ったものの、その後は全く使われなくなってしまった。


 その使われていた時代というのが、丁度ガルティカ人が存在していた頃。


 今では、遥か昔の魔法使いがどんな魔法を使っていたのか示すための手掛かりになる位しか役に立たない。


 ミカエルは学生時代、偶然この魔法言語に関する論文を読んだことがあったので気がつけたのだ。


「誰かが、他の人に魔法を教えようとしたのね。でも……あー、駄目だわ。ごめんなさい、流石に何が書かれているのか、ちょっとしか分からない」

「ちょっとだけでも分かるのか? どんなことじゃ?」

「拘束系の魔法……それも、かなり高度な魔法ね。分かるのはそれくらい」

「拘束系……ですか」


 ミカエルの言葉を聞いて、落胆の色を隠せないライナ。


 もしかしたら、異なる世界同士を移動する魔法が書かれているのでは、と期待していたのだ。


「……一旦、戻りましょう。この石版は、専門家に解読してもらった方が良いわね。状態が良過ぎる理由も分からないし、それも調べてもらいましょう」


 力無く頷くライナ。


 その隣でシャロンも頷くが、彼女は何か考え込んでいる様子。


「シャロンさん、どうしました?」

「……む? あぁ、いや。ガルティカ人が『拘束系の魔法を覚えようとした』というのが少々気になっての。高い技術力があったのじゃから、誰かを拘束するものくらい作れたのではと思うのじゃ。別に魔法を覚える必要もなかろうて」


 何となく、シャロンの中でしっくり来ない。


 それでも、ここで考えていても答えは見つからないので、三人は一先ず外に出ることにしたのだった。

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