第89話『犀人』
「ふん、待ちくたびれましたわ!」
「うっさいわね」
午後四時十三分。
じゅんさい池公園の、公園駐車場にて。
三十台もの車が止められる、広い駐車場の奥。休日だから、他にも十数台の車が見受けられる。
雅と優が到着した頃には、既に桔梗院希羅々はいた。
希羅々の近くには、黒塗りの、いかにも高そうな車がある。
二人がやって来ると、運転手の男性と会話する希羅々。すると車が発進し、どこかへと去ってしまう。
「あんた、車で来たの?」
「突然の連絡でしたので。急ぎなのでしょう?」
「こっちは歩きで来たっていうのに……途中で拾え」
「黙らっしゃい。親友と散歩出来たのですし、楽しかったでしょうに」
「まぁまぁ二人とも。それより、今日は突然だったのにありがとうございます、希羅々ちゃん」
「希羅々ちゃん言うな! ですわ!」
「あ、あはははは……」
会って数秒でこのやりとり。
何となく、先が思いやられる雅である。
「大体の事情は真衣華から聞いています。大事な鏡が見つかったとか」
先程車をどこかへやったのは、ここが戦場になると知っていたが故のようだ。
「はい。詳しく話をするとですね――」
改めて、ここまでの状況を説明する雅。以前、レーゼと愛理から色々聞いていたため、希羅々の理解もスムーズだ。
五分後。雅が説明を終えると、希羅々は眉間に皺を寄せて唸る。
希羅々も、今回の一件に違和感を覚えたのだ。
「まぁ一旦、見つかったレイパーを撃破しようってことになったのよ。こっちも放っては置けないしね」
「……それもそうですわね。仮に罠だとしても、レイパーを倒さなくて良い理由にはなりませんし。――あら?」
会話をする三人の頭上に、影が差す。
何気なく空を仰いだ希羅々は、息を呑んだ。
「っ! いましたわ!」
頭上にいたのは、目撃されたというレイパー。
背中から赤黒い翼の生えた、人型のレイパー。歪な形状になっているが、顔は鷹であることが分かる。
そしてその手には、雅達が盗まれた、二枚の鏡が握られていた。
「早速お出ましか!」
優がそう叫ぶと、三人の右手の薬指に嵌った指輪が光り輝く。
出現するは、彼女達のアーツ。
剣銃両用型の『百花繚乱』。
弓型の『霞』。
そして希羅々が持つのは、レイピア型の『シュヴァリカ・フルーレ』だ。
優が霞の弦を引くと、白い矢型のエネルギー弾が装填される。
レイパーに狙いを定める優。その時だ。
突如、雅の脳裏にモノクロのイメージが浮かび上がる。自身の『共感』のスキルにより、ノルン・アプリカッツァの『未来視』が発動したのだ。
全く別の方向から、角の生えた化け物が自分達に襲いかかってくる、そんなイメージである。
「二人とも危ない!」
「何ですのっ?」
突然明後日の方向に動き出した雅に、困惑の声を上げる希羅々。優も一瞬、雅の意図が分からず硬直する。
だが直後、化け物が、停まっている車を破壊しながら現れたのを見て、彼女の行動の理由を知った。
そして同時に、絶句する。
現れたのは、全身灰色の人型のレイパーで、頭部は激しく歪んでいるが、頭からは一本の角が生えていた。大きく肥大した両腕の皮膚は、見るからに頑丈そうだ。胴体は長いが短足であり、それが却って不気味に見える。
雰囲気はサイのようなレイパーだ。
突然現れたその化け物の突進を、雅はレーゼのスキル『衣服強化』を発動させ、さらに百花繚乱を盾にして受け止めようとする――が。
「きゃあっ!」
「みーちゃんっ? この……っ!」
雅は、いとも簡単に撥ね飛ばされてしまった。
慌てて、矢型エネルギー弾の先端を、サイのようなレイパーへと向け、放つ優。
揺らめきながら真っ直ぐ飛んで行ったエネルギー弾はレイパーの腹部に命中するが、まるで効いた様子が無い。
「ちっ!」
「相模原さん! あっち! 逃げますわよ!」
「っ! しま――」
サイのようなレイパーをアーツで斬りつける希羅々は優へと叫ぶ。
優は襲撃してきたレイパーに気を取られていたせいで、空中の鷹のようなレイパーから目を離してしまっていた。
既に、三人から遠く離れてしまった鷹のようなレイパー。
何とか狙撃しようと標的をそちらに変え、二、三発矢型のエネルギー弾を放つも当たらず。
「……ぐっ!」
「さがみん!」
雅が、警告の声を上げる。
サイのようなレイパーが希羅々を吹っ飛ばし、優へと突進していたのだ。
咄嗟に雅が百花繚乱をライフルモードにし、桃色のエネルギー弾をレイパー目掛けて放ち、同時に『共感』のスキルで優の『死角強打』を発動させる。
相手が視認していない攻撃の威力を上げるこのスキルにより、レイパーに命中したエネルギー弾は通常よりも大きな爆発音を立て、敵を吹っ飛ばす。
「二人とも! 下がりなさい!」
そこに轟く、希羅々の鋭い声。
同時に、空中に巨大なレイピアが出現し、レイパーへと突っ込んでいく。
希羅々のスキル『グラシューク・エクラ』によって召喚されたものだ。
彼女の最大の一撃が襲いかかってきて、一瞬体を強張らせるレイパー。
しかし、すぐに姿勢を低くし、向かってくる巨大レイピアへと角を向けて突進していった。
激突する、巨大レイピアのポイントと、レイパーの角。
両者の力は全くの互角。
否、僅かにレイピアの方が押されていて、三人は目を疑う。
そしてついに、レイパーのパワーに巨大レイピアが負け、滑るようにレイピアの軌道が逸れた。
レイパーの後方の地面を抉りながら突き刺さり、消滅するレイピア。
まさかの出来事に呆気に取られる希羅々。
そのままサイのようなレイパーは、彼女へと角を向けて突進するのだった。
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