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第88話『目撃』

「鏡を持ったレイパーが見つかった?」


 電話の相手は、優の父、優一であった。彼の言葉を聞いた雅の第一声が、これだ。


 雅と優一の会話を聞いて、レーゼと真衣華は顔を見合わせる。


「場所は……『じゅんさい池公園』?」

「じゅんさい池公園って、確か東区にある大きな公園だ。しだれ桜とホタルの名所……」


 周囲を赤松の林に囲まれ、東西に二つの大きな池がある。じゅんさい、というのは、西側の湖中に水生する植物のことだ。


 先週位までなら、夜に飛び交うホタルを楽しめただろう。


「……怪しいわね」


 ポツリと、レーゼがそう漏らす。


「この間、私達が鏡を奪われてから、次に発見されるまでの期間が短過ぎるわ。まるで、見つけて欲しいって言わんばかりじゃない?」


 そもそも、この間のキリギリス顔の化け物の一件から、レーゼは違和感を覚えていた。


 鱗粉を探知する機械を使えば、すぐに敵が見つかった。見つかった、というより、向こうからやって来た、と言う方が正しいか。しかしそれだって、余りに早過ぎる展開である。レーゼはもっと、捜索に難航するだろうと予想していたのだ。


 雅が偶然向かった先に、偶々鱗粉が落ちていた、なんてことがあるだろうか?


 そして同じ違和感を、優一も覚えていたらしい。


 雅に通話をスピーカーにするよう伝えると、レーゼに話しかけてきた。


『マーガロイスさん、レイパーなんだが、実は目撃情報があってね。それで見つけることが出来たんだ。提供してくれたのは、この人物』


 すると、レーゼの目の前にウィンドウが出現する。


 そこには、三十代後半と思わしき男性の顔写真が映っていた。写真の下には、名前や住所等の詳細な情報が書かれている。


『彼が送ってきた動画も雅君のところへ送ろう。後で見て欲しいんだが、私が見る限り、少々鮮明に映り過ぎているように思える。私は、彼の素性を少し調べてみようと思うんだが……』

「分かりました。動画、すぐに確認します」

「優一さん、良いんですか? 私達、一般市民なんですけど、こういう情報教えてもらっちゃって」

『勿論、大問題だ。この目撃情報も、上には報告せず、私のところで止めている。バレれば説教では済まないだろう。しかし、君達にも事情があるのは、先日聞いた。くれぐれも内密に頼む』

「……すみません、ありがとうございます」


 優一にとって、この行動にはメリットは無い。それでも協力してくれることには、ほとほと頭が下がる思いになるレーゼと雅。


『……危険を感じたら、決して無理はしないように。連絡をくれれば、すぐに向かう』


 そう言って、通話が切れる。


 それと同時に、雅のULフォンは動画が送られてきた。


 先程話をした、動画のことだろう。


 すると、インターホンが鳴る。


 誰が来たのかと扉を開ければ、そこには――


「みーちゃん、今、お父さんから連絡あった?」

「突然すまない」

「今朝振りだナ」


 相模原優と、篠田愛理、権志愛の三人がいた。



 ***



「突然、優に呼び出されてな。何事かと思ったんだが……」

「例の鏡を持ったレイパー、見つかったと聞いていル」

「お父さんから、『罠かもしれないから気をつけるように』って言われた。これからどうするの?」

「取りあえず、送られてきた動画を見ようかと思っていたところよ。ミヤビ、お願い」


 協力しに来てくれた三人を、レーゼは快く迎え入れる。人手は大いに越したことは無い。


 特に、動画の件は愛理に相談しようかと思っていたのだ。動画投稿でお金を稼いでいる愛理なら、これが不自然かどうか、レーゼよりも正確な判断が出来る。


 状況を軽く説明した後、早速、雅が動画を再生した。


 映っていたのは、人型の怪物だ。背中からは羽が生えており、確かにレイパーだということが分かる。どうやら、外を歩いている時に見つけ、撮影したようだ。


 それを見た愛理が、真っ先に口を開いた。


「……確かに、ちょっと映りが良過ぎるな。咄嗟に撮った、という感じでは無い」

「同感ですね。なんか変です、この動画。それに、このレイパーですけど――」


 雅は、レイパーが一番鮮明に見えるところで動画を一時停止させ、眉を顰める。


「なんか、雰囲気があのキリギリスの顔をした奴と一緒に思えます。真衣華ちゃんはどう思います?」

「うん……。なんていうか、不気味な顔。普通のレイパーとはちょっと違うみたいだよね」


 真衣華も、画面を凝視しながら険しい顔をする。


 顔は鷹のように見えるのだが、頭部が歪んでいるように見えるのだ。


「……もしかして、悪戯なのかな?」

「それは無いわ。手に持っている鏡は、私達が奪われたものと同じよ。悪戯なら、ここまで再現出来ないはず」

「そりゃそっか」


 レーゼの言葉に、あっさりと納得する優。


「……レイパーを放って置くことも出来ないけど、こっちの男も気になるわね」


 レーゼが、この動画を送って来た男の顔写真に目を移す。


 男の住所は、新潟市東区。じゅんさい池公園から少し離れたところにあるアパートで、一人暮らしをしているとのことだ。


「二手に別れるカ? レイパーも放っては置けなイ」

「そうですね。私、レイパーの方を何とかしてみます」

「私も一緒に行くわ、みーちゃん」


 飛んでいる相手なら、弓型アーツ『霞』の出番だ。


「ミヤビ、サガミハラさん、お願いするわ。他の皆は、私と一緒にこの男を調べましょう」

「ム? 四人でカ?」


 男一人を調べるのに、人数を掛け過ぎではないかと思った志愛だが、レーゼは頷く。


 これは、レーゼの勘だった。レイパーも危険だが、どこかこの男はきな臭い。何が起きても良いようにしておきたかったのだ。


 一応、雅が分身出来るため、レイパーにもある程度人数を掛けられるだろうというのも、こちらの人数を増やした理由でもある。


「雅ちゃん達の方に、希羅々を呼んでおくね。やっぱり二人だけじゃ怖いって」

「むぅ、希羅々ちゃんか。まぁいいけど」


 優の言葉に苦笑いを浮かべつつも、希羅々に送るメッセージを打ち始める真衣華。


 どうにも顔を合わせると小競り合いに発展するのだが、戦力としては充分頼りになるのは優も分かっていた。故に、不満そうな顔をしながらも、文句は言わない。


 希羅々最大の一撃である『グラシューク・エクラ』が命中すれば、大抵のレイパーは一撃で仕留められるだろう。


「おっけー。希羅々、すぐに現場に向かうってさ」

「ありがとう、タチバナさん。それじゃあ――」


 レーゼが、時計を見る。時刻は午後二時四十六分。


 外の暑さを思い浮かべると足が竦むが、今はそんなことに構っていられない。


 両手で頬を叩き、気合を入れる。


「早速、行動しましょう」


 そう言うと、五人は揃って頷くのであった。

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