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第87話『保守』

 七月十四日土曜日。午後一時二分。


 束音宅にいた雅が来客の知らせを受け、出迎える。


「いらっしゃい! 真衣華ちゃん!」

「どもー。お邪魔しまーす!」


 玄関の戸を開けた先にいたのは、エアリーボブの髪型の女の子。橘真衣華だ。


 真衣華がやって来たのは、雅とレーゼのアーツをメンテナンスしてもらうためだ。


「ご足労頂き、ありがとうございます。なんかごめんなさい! ささっ! どうぞどうぞ!」

「いいのいいのって。レーゼさん、暑いの苦手なんでしょ? それよりも楽しみにしていたんだよね、二人のアーツを見せてもらうの!」


 先日、雅が真衣華と話をした時、「機会があれば是非メンテナンスをお願いします」という話になったのだが、早速その機会がやって来たという訳である。


 リビングに通された真衣華だが、テーブルに突っ伏してぐったりしているレーゼを見て、苦笑いを浮かべた。


 真衣華が入ってきたことに気がついたレーゼは、ゆっくりと顔を上げる。あまり顔色は良くない。


「いらっしゃい、タチバナさん。ごめんなさいね、だらしなくて……」

「いやいや、いいですって。でも、本当に暑いのが駄目なんですね……」


 今日の外気温は三十度近く。寒いノースベルグ育ちのレーゼにはまさに地獄だ。


 だが、


「でも雅ちゃん、この部屋、普通に涼しいよね?」

「ええ。冷房はガンガン効かせていますね」

「なんか、体がついていかないのよ。だるいって言うか……」

「あ、多分その原因は……」


 今度は雅が苦笑いを浮かべる番だった。


「え、何? 何が原因?」

「あ、あははは。多分、志愛ちゃんですね。実は昨日、うちに泊まりに来たんですよ」

「ほうほう……ほう?」

「今日の朝、帰ったんですけど――」


 雅が事情の説明を始める。


 人型種チョウチンアンコウ科レイパーと戦った、あの日。雅と志愛は一緒にアニメを見る約束をしていた。それが昨日なのだ。


 最初は志愛の家で一緒に見よう、という話になっていたのだが、雅が志愛の家に行っている間、レーゼだけが家に残されてしまう。それは流石に……ということで、アニメに一切興味の無いレーゼも、二人に付き合わされることとなった。


 無理矢理付き合わせたレーゼを外出させるのは少々気が引けたため、志愛が雅の家に来るようにしたのだ。


 雅と一緒にアニメを見ることを楽しみにしていた志愛だが、そこにレーゼも加わるとなればテンションはうなぎのぼりになるのは必然。


「志愛ちゃん、凄く張り切っちゃって……。日付が変わるくらいの時間までアニメを鑑賞するだけの予定だったんですけど……そのぉ……」

「……え、もしかして徹夜?」


 苦笑いで頷く雅。


 なお、志愛は午後十八時にやって来た。そこから今日の朝六時までずっと、雅の部屋でアニメを見ていたというわけである。


 食事中もずっとアニメ鑑賞。流石に入浴中は中断したが。


 なお、三人で一緒にお風呂に入った。雅が志愛の裸を触った感想としては、よく引き締まった良いボディといったところだ。それを正直に志愛に伝えたところ、隣で聞いていたレーゼから拳骨が落ちた。


 当の本人はほとんど気にした様子は無く、頭を押さえて悶絶する雅と、冷たい瞳で説教を垂れ流すレーゼを見て大笑いしていたが。


「あー、徹夜明けなら仕方無いね」

「まぁ、面白かったわよ。その『アニメ』っていうの。絵が動くだけで、あんなに面白くなるものなのね」


 これがレーゼの率直な感想だ。よく分からない描写もあったが、そこは志愛と雅が熱心に解説してくれた上、バトルものはヌルヌル動く戦闘描写を眺めているだけでも心が震える。


 ただ、徹夜で一気に鑑賞するのは今回が最初で最後にしてもらいたいと思っているが。


「でも、レーゼさんはぐったりしているけど、雅ちゃんは意外と平気そうだね?」

「まぁ私は慣れていますから」


 異世界に転移する前から、友達との話が盛り上がり、気がつけば朝になっていた、ということも偶にあった雅。徹夜にならずとも、夜更かしすることはしょっちゅうある。


「なんか私、ショートスリーパーみたいで。あんまり寝なくても疲れが取れるんですよね。志愛ちゃんが帰った後、二時間くらい寝たらスッキリです」

「うわー、何その体うらやましー。ショートスリーパーって普通にチートだよね」

「訓練すれば、そういう体に出来るみたいですよ?」

「……ちょっとミヤビ。その訓練方法、後で教えなさい」

「私も知りたい!」


 日常的にレイパーと戦うレーゼからしてみれば、短時間の睡眠で体が持つ体質は是非とも欲しい。


 真衣華もアーツを弄っていると夜が明けていることが結構あり、そうなると一日ぐったりだ。あまりに酷いと、希羅々から窘められてしまう。


 グイっと二人に迫られた雅は思わず一歩退いてしまった。彼女も詳しく知っているわけでは無いのだ。


 後程ちゃんと調べて教える旨を伝え、その後にようやく、真衣華が来た目的の話に移った。


 レーゼから『希望に描く虹』を受け取った真衣華は、興奮した様子で刃の先から柄の後ろまで視線をなぞらせると、「おぉ!」と感嘆の声を上げる。


「レーゼさんの希望に描く虹、本当に綺麗だね。雅ちゃんから聞いたんだけど、毎日研いでいるんですよね?」

「ええ。鍛練が終わった後、簡単に……だけど」


 護身用であり、仕事道具であり、何より大事な相棒だ。日々のメンテナンスは持ち主の義務と言っても過言では無い。


「鍛錬……って、いつもどんな事をしているんですか?」

「基本は素振り、型の稽古ね。偶に模擬戦をするわ。この間のキキョウインさんとやったように、ね。でもこっちの世界は暑いから、最近は鍛錬の質も落ちているわね……」


 最近のレーゼの悩みである。暑さに体力を奪われ、鍛錬どころでは無いのだ。まさか、家の中で素振りや模擬戦をするわけにもいかない。


 筋トレなど、家の中でも出来ることはやっているのだが、やはりアーツを振る方が断然効率が良い。


「この暑い時期に外で体を動かすとか自殺行為過ぎない……?」

「でも、鍛えておかないと、いざという時困るでしょう?」

「まぁ、それはそうだけど……」


 それとこれとは話が別である。言っていることはレーゼが最もなのだが。


「それにしても不思議。私達が使っているような、機械チックなアーツと全然違う」

「一本の剣! って感じがしますよね。やっぱり、珍しいものですか?」

「うん。一般販売されているアーツでは見たことないよ。レイパーが最初に出現した時、各地で色んな形状のアーツが見つかったって話じゃん? それは、レーゼさんの希望に描く虹みたいに『武器そのもの』って感じのアーツだったみたいだけど」

「でも、レーゼさんみたいな感じのアーツを持っている人、偶にいますよね?」


 そう聞いた雅だが、真衣華は首を横に振る。


「昔発見されたアーツが、代々受け継がれているってだけだね。メーカーが作るアーツは、どうしたってどこかしらにメカメカしさがあるもんだよ。でも、この希望に描く虹は、ネジ一本付いていない。コアとか、どうなっているんだろう?」


 そもそも構造上分解出来ないようになっているのであれば、メンテナンスがどうこうという話にすらならない。


 結局、外観を見ただけで、真衣華はお礼を言って希望に描く虹をレーゼに返し、続いて雅のアーツに目を向ける。


「こっちは『StylishArts』製のアーツだから、分解可能だね。こっちもこっちで、外観は割と綺麗……。ちゃんと掃除しているんだ」

「異世界に行ってから、よくレイパーと戦うことになりましたからね」


 中学生の頃は、手入れも少しサボリがちで偶に祖母に叱られていた雅。メンテナンスの重要性を自覚していなかった、というのもある。


 向こうの世界ではアーツのきちんとしたメンテナンスが出来ないため、少しでも長持ちさせようと、雅はアーツをしっかりと手入れするようになったのだ。


「それにしても、結構細かいところまで見るんですね」


 雅の百花繚乱を分解し、中をじっくりと観察する真衣華。雅は手入れをする時でも、ここまで本格的にバラしたりはしない。


 持ち主である雅自身も、百花繚乱の中身は初めて見た。


「ここまで分解する理由は二つあってね」


 ピンセットで小さな部品を持ち上げながら真衣華は言う。


「一つは勿論、メンテナンスするため。表面を綺麗にしていても、激しい戦闘で中身が壊れちゃうこともあるし。ほら、これなんかそう」


 真衣華は先程ピンセットで摘んだ部品を雅に見せる。ガラス管のような見た目の部品で、雅は名前も知らないのだが、表面にヒビが入っており、素人目にも壊れているのは分かった。


「アーツのコアのエネルギーを、一時的に蓄えておく装置が百花繚乱の中にあった。多分、何かの拍子にコアが動かなくなったりしたら、ここに蓄えたエネルギーを使うんだと思う。予備電源みたいなものだね」

「エネルギー……あ、ライフルモードの時に放つ、エネルギー弾とか?」

「そっそ。そんでこれは、コアのエネルギーを、その装置に送るための管。まぁこれが壊れているからって、すぐにアーツが使えなくなるわけじゃないけど、安全のためにもちゃんと交換しておこうか」

「え? 同じ部品があるの?」

「この部品、他のアーツにも使われているやつだから」


 真衣華は自身が持ってきた工具箱から、同じ部品を取り出すと、手際良く取り付ける。


「ありがとうございます。部品代、後で請求して下さい。……ところで、アーツを分解する二つ目の理由は?」

「私のスキル、『鏡写し』だね。あれ、アーツの構造をよく知っていれば、フォートラクス・ヴァーミリア以外のアーツもコピー出来るんだ。一回使うと、十二時間はスキルが使えなくなるっていう制約はあるけどね」


 最も、真衣華が自分のアーツ以外をコピーするのは相当に稀だ。使い慣れていないアーツを持ったところで、満足に戦えるはずも無い。


 事実、昔一度だけ希羅々の持つ『シュヴァリカ・フルーレ』をコピーしたことがあるが、自分の戦闘スタイルにはどうしても合わなかった。


「外観しか観察出来なかった希望に描く虹は分からないけど、百花繚乱はここまで分解して中を見たから、多分コピー出来ると思うよ。ところで……雅ちゃんがこれを使い始めたのは、中学生になってからだっけ? 思っていたよりも、部品の消耗が早いなぁ」

「まぁ、たくさんのレイパーと戦いましたからねぇ。普通の人って、年に一回前後襲われるかなってところでしょう?」


 頭の中で、今年に入ってから何体のレイパーを倒したか計算する雅。一般人換算で二十年程度に相当するという結果が出て、改めて驚かされた。


「多分、次の定期メンテナンスの時期までは持つと思うけど、念のために早めに部品交換の依頼をしておいた方がいいかもね。……っと、はいこれ。ありがとう」


 百花繚乱を組み立て、軽く動作確認すると、真衣華はアーツを雅に返す。


「いえいえ、こちらこそありがとうございました。……これからどうします? 折角ですし、お茶でもしていきません? 実は、良いお茶とお菓子がありまして」

「タチバナさん、気を付けなさい。これ、ズルズルと長居させてお泊り会にする気よ」

「あはは……今日はお泊りセット持って来ていないし。せめて下着とパジャマくらいは欲しいから、無理だね」

「驚く無かれ。ミヤビ、何時誰がいきなり泊まりに来ても良いように、色んなサイズの下着やパジャマを用意しているのよ」

「うっそマジでっ?」


 何故かドヤ顔でサムズアップを決める雅。



 その時、雅のULフォンに誰かから着信が入った。

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