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第83話『螳螂』

 キリギリス顔のレイパーから命辛々逃げた雅と真衣華。


 互いに肩を支え合い逃げ込んだ先は、戦っていた場所から東に少し離れたところにある工場。


 随分大きな工場で、建物が七棟もあり、身を隠すにはうってつけだ。


 本来なら関係者以外立ち入り禁止である。敷地の門も閉ざされているのだが、レイパーから逃げている今、そんなことも言っていられない。止むを得ず、門を乗り越え、東側の建物の陰に身を潜めていた。


 隠れた当初は、二人して大きく肩で息をしていたのだが、数分もすれば落ち着いてくる。


 建物の壁に寄り掛かり、いつでも逃げられる準備をする中、真衣華は人差し指を空中でスライドさせ、ウィンドウを出現させた後、眉を顰める。


「だ、駄目だね。希羅々に連絡つかないや。さっきの戦いで、ULフォン壊れちゃったのかなぁ……?」

「私、ULフォンは鞄の中なんですよねぇ……。あそこに置いてきちゃいました」


 助けてくれそうな仲間達への連絡手段が無く、雅と真衣華は溜息を吐く。


 ちらりと建物の陰から顔を覗かせ、追っ手の存在を確認するが、あのキリギリス顔のレイパーがいる様子は無い。


 どうやら、敵を撒く事に成功したと分かったところで、真衣華はズルズルとしゃがみこんだ。


「……さっきはごめんね」


 真衣華が目を伏せて、小さく謝罪の言葉を述べる。


 弾き飛ばされたアーツを、無理に拾いにいったことだと察する雅。


「あの、真衣華ちゃん。あの時、どうしてアーツを?」


 気にしないで下さい、とは、流石に言えなかった。


 一歩間違えれば、真衣華の命が危なかったから。


 雅の言葉に、真衣華を非難する色は無い。彼女はただ純粋に、行動の理由を知りたかったのだ。


 真衣華は少し黙るも、雅は回答を急かさない。


 それが真衣華の頭を冷静にさせ、覚悟を決めたように小さく話し始める。


「私、実はフォートラクス・ヴァーミリアの前に、別のアーツを使っていたの。『影喰写(ようばみうつし)』っていう、小太刀型アーツ。小学校に入学した時に貰ったアーツで、黒光りしていて凄く格好良かった」


 言いながら、真衣華は自分の手の平を見つめる。


 一般的には、まだ体の出来上がっていない子供には、身を守ることに特化した盾型アーツを持つことが普通だ。雅も中学校に入学するまではそうだった。真衣華のように、他のアーツを持つ子はかなり珍しい。


「私、もう凄く嬉しくてさ。必要も無いのに毎日お手入れとかしちゃって、寝る時も抱いて……よく『危ない』って怒られたなぁ……」

「とても、大事にしていたんですね」

「そうそう。自分で言うのも難だけどね。大事にしていたからかな? 買って貰ってから半年くらいで、スキル、頂いたんだ。『鏡写し』のスキル。でも、七年前……」


 真衣華の目が陰り、声のトーンが少し下がる。


「人型の狼みたいなレイパーに襲われてさ。子供ながらに必死に戦ったんだけど、全然敵わなくて……まぁ、そいつは駆けつけた他の大和撫子が倒してくれたんだけど……影喰写、壊れちゃった。大事にしてたんだけど……大破したから、もう直せなくて。大事に、してたんだけど」


 震える声で、小さく語ってくれたその話を、雅は沈痛な面持ちで、黙って聞いていた。


「折角貰った影喰写、壊しちゃったのに、お父さんもお母さんも私のこと全然怒らなくて……寧ろ、その後に別のアーツ買ってくれてさ。今使っている『フォートラクス・ヴァーミリア』がそれ」

「じゃあ、真衣華ちゃんがさっき、無理してまでアーツを取りにいったのって……」

「……うん。もう、失いたくないんだ。フォートラクス・ヴァーミリアも、影喰写と同じ位大事なアーツだから。でも、ごめん。馬鹿だよね」


 真衣華は、自分で矛盾したことを言っている自覚はあった。


 本当にアーツを失いたくないのなら、レイパーとの戦いには関わらないのが一番だ。だが真衣華は戦闘訓練も受けるし、現に、これまで何体ものレイパーを撃破してきた。希羅々からの依頼とはいえ、今日のように、レイパーの調査に赴くこともある。


 それは、レイパーから身を守るため、倒すために存在しているのがアーツだからだ。物は、本来果たすべき役割をきちんと果たしてこそ、世に生み出されてきた意味があると真衣華は思っている。


 だから、アーツを失いたくないという気持ちがあっても、レイパーに立ち向かうのだ。


 小さく自らを「馬鹿だ」と告げた真衣華に、雅もどう声を掛けてよいか、分からなかった。



 ***



 一方、レーゼ達はというと。


 月岡、中浦間にて、急停車した電車。


 外でたくさんの女性の悲鳴と、何かが壊れるような鈍い音が聞こえてきて、直後、後方車両へと血相を変えて走る乗客に、レーゼも愛理も希羅々も何事かと頭を混乱させる。


「ちょっと! 何があったんですかっ?」

「ばかデカいレイパーが現れたんだ! 君達も早く逃げろ!」


 レーゼが走る男性を捕まえ聞けば、怒鳴るような声でそう返される。


「ばかデカい……ミドル級以上ということか! ……って、マーガロイスさんっ? どこへっ?」


 突如、人の流れに逆らうように前方車両へと向かい始めたレーゼ。


 何をするつもりなのか、愛理はすぐに悟る。


「まさか……戦うつもりですかっ? 無茶だ!」


 普通のレイパーならともかく、ミドル級以上のレイパーは、出現したら避難するのが今の日本の常識だ。巨大なレイパーと戦う訓練を積んだ警察所属の大和撫子に、対処を任せるのである。


 だが、レーゼは立ち止まると、愛理に向かって首を横に振った。


「私は……バスターよ。無茶でも何でも、市民を守るため、レイパーを倒すのが私の仕事だわ! それに――」


 そこでレーゼが前を向いたことで、愛理も気がつく。


 希羅々も、前方車両へと向かっていたことに。


「桔梗院……っ? 何故っ?」

「何か、様子がおかしかったわ! 嫌な予感がする……!」

「……くっ!」


 一瞬悩んだ愛理だが、希羅々を放っておくことは出来ず、レーゼと共に彼女を追いかける。


 だが、二つ先の車両に移動したところで、希羅々は立ち尽くしていた。


 無理も無い。今いる車両の奥には先頭車両があるはずだが、通路は何か大きい物で挟まれたかのように潰されていたからだ。


 辛うじて奥の光景が目に入り、レーゼ達も絶句する。


 先頭車両は、無残な鉄の塊に成り果てており、たくさんの人が圧死していたのだ。


「桔梗院っ! どうしたっ? 何があったっ?」


 愛理が慌てて青い顔をしている希羅々に声をかけると、彼女は我に返り、口を震わせながら開く。


「真衣華の……あの子の、位置情報が追えなくなりましたの……。何があったのか……」

「何っ?」


 真衣華と一緒にいるはずの雅は……と思った愛理が、慌てて空中にウィンドウを出すが、すぐに顔を歪める。


「どうしたのっ? ミヤビはっ?」

「束音の位置情報も消えています……。くっ、こんな時に……!」

「早く神山駅に戻りたいのですが、そこにレイパーが……。とっとと倒しますわよ!」


 最初は予想だにしていなかった光景にショックを受け立ち尽くしていたものの、我に返った後の行動は速かった希羅々。


 彼女の右手の薬指に嵌った指輪が光り、レイピア型アーツ『シュヴァリカ・フルーレ』を呼び出すと、車両のドアを破壊して外へと出る。


 後に続く、レーゼと愛理。


 外に出たところで三人が見たのは、全体的に緑がかった黒い体をした、全長四メートルはあろうかという巨大な螳螂のようなレイパー。


 分類は『ミドル級螳螂種レイパー』だ。腕の鎌は、伸ばすと三メートル以上もあり、電車を破壊する程のパワーがあるのも納得だ。


 そんな巨大なレイパーは、出てきたレーゼ達には気づかず、外に逃げた女性の乗客を捕らえ、体を引きちぎっていた。


 地面には壊れたアーツや、人間の体の一部がいくつも捨てられており、夥しい量の血が流れ、嫌な臭いに三人は込み上がる吐き気を何とか堪える。


 三人の顔は恐怖に引き攣っていた。これまで多くのレイパーと戦ってきたレーゼでさえ、だ。


 一目見ただけで、恐ろしく強い相手だと直感する。


 それでも一番最初に冷静さを取り戻していたレーゼは、頭の中で、どうやってこのレイパーと戦えばよいか考えを纏めていたのだが、


「っ! 桔梗院っ?」


 真衣華に何かあったのではと、精神的に不安定になっていた希羅々は、シュヴァリカ・フルーレを手に、ほとんど無策でレイパーへと走り出していた。


 愛理もつられて走り出しながら、自身の刀型アーツ『朧月下』を出現させる。


 希羅々から発する殺気に、レイパーも気がついたのだろう。


 それまで両腕の鎌で女性の体をぐちゃぐちゃに潰していたのだが、興味を失ったように脇に投げ捨て、希羅々へと上から鎌を叩き付ける。


 比較的直線的な軌道の攻撃だったため、希羅々は難なく躱し、一気にレイパーとの距離を詰めると、腹部に向かってレイピアで突く。


 だが――


「っ? 硬い……っ!」


 レイピアのポイントはレイパーの皮膚に阻まれ、少しも貫かない。


「桔梗院! 危ない!」


 攻撃後の隙を狙い、レイパーは希羅々の頭上にもう片方の鎌を振り下ろす。


 間一髪のところで愛理が声を掛けたことで希羅々はその場を離れることが出来、今度は愛理がレイパーの動きの隙を付いて刀で斬りつけるが、結果は希羅々と変わらず。


 そして、レイパーの三度目の攻撃。右腕の鎌を、払うようにして振ってきた。


 咄嗟にアーツを体の前に出して防御の構えを取る二人だが、攻撃が命中する直前に、レーゼが体を間に入れる。


 スキル『衣服強化』を発動しつつ、剣型アーツ『希望に描く虹』を足元から頭上へと振り上げ、上手くレイパーの鎌の側面に叩きつけることで攻撃の軌道を逸らす。


 攻撃の重さに、自らの腕がジンジンと激しく痺れる感触に、奥歯を噛み締めるレーゼは、希羅々と愛理を連れて即座にレイパーとの距離をとった。


「少し冷静になりなさい」


 レーゼが、レイパーから目を離さずに希羅々を諌める。


「大丈夫。向こうにはミヤビもいる。あの子は強い。あなたの友達だって強い。なら……きっと大丈夫だから」


 唇を噛み締める希羅々。言われて、自分の頭が随分と熱くなっていたと分かったのだ。


 レーゼは大きく深呼吸すると、戦慄の表情で敵を見つめる愛理と、昂ぶる焦りを必死に押し殺そうとしている希羅々をチラリと見てから、口を開く。


「三人で連携して戦うわよ。各自、自分の命を最優先にして動くこと」


 連携せよという割に、自分の命を優先しろとは是や如何に……と、二人からの疑問の視線を感じたのだろう。


 レーゼは雅から貰ったアームバンドを緩めつつ、額に汗を浮かべて、自分の恐怖を抑え込むように無理に口角を上げ、


「一人でも欠けたら――全滅するわよ」


 短く、そう告げるのだった。

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