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「話せって言われても……」
何を話したらいいのか。
上目遣いで睨みながら言った言葉に男は目を細めた。
「お前が聖女様でないというのなら、何故ここにいる」
「……知りません。気がついたらここにいて……ひぃっ!」
正直に話したというのに男はまた剣に手を伸ばした。わたしは多分青い顔で震え上がってベッドサイドにしがみつきどうにか「本当なんです」と叫んだ。
なんて、気が短い男なんだ。日本だったら一瞬で逮捕されそうなやつだ。
「ほ、本当にわたし何もわからなくて……」
神経質そうな無表情が怪訝そうに歪む。
「記憶が無いということか?」
「……そうじゃないんですけど」
このよく分からない状況をいったいどうやったら信じてもらえるのだろう。
恐らく違う世界から気がついたらここに来ていてあの聖女とは顔が同じでも全くの別人であるとどうしたら証明ができる?
どうにか震えの止まない唇を開いてわたしは息を吸った。
「……信じられない話だと思いますが、信じてもらうしかありません……。多分わたしはこの世界とは別なところから来たんです」
わたしの真剣で低い声に男はやはり眉をひそめたがもう剣に手を伸ばそうとはしなかった。
とりあえずは聞いてくれるらしい。
「それは、どういう意味だ。他国ということか」
「分かりません。違う国なのかそもそも世界が違うのか……なぜ、言葉が通じるのか。とにかくわたしのいた世界では魔法とか魔術はなくて、聖女様も存在しません。わたしのいた世界では王子も居なくて……総理が多分国のトップ……いや、天皇? まあなんかそんなかんじで」
「ソーリ? テンノー?」
「あ、あと、貴方みたいに剣を持っていたら犯罪で捕まります」
わたしの言葉に男は視線を剣に移してそれからわたしに視線を戻した。
「騎士は剣がなければ戦えない」
「……戦わないんです」
「剣も魔術も無ければどうして自衛するのだ。国はどうやって守る」
「……というかそんな危険があんまりないというか……」
そう言いかけて、自分の最後を思い出した。
そういえば、わたしは悪漢に刺されて死んだのだった。
確かに守るすべがなかったから自衛なんて出来るものでもなかった。そういうのを日本じゃ大体“自己責任”という。
あの日あんな時間に女が一人であんな道を通るから、とかどうせそんな事言われているに違いない。
「スズキニーナ。では聞くが、何故お前は聖女様と同じ姿をしている?」
「……それは」
そんなのわたしが聞きたい。
わたしが自信を持って言えるのはただ、別人だということだけなわけで。
日本では、アニメやファンタジーや創作物が充実していたから、もしかしたら同じ顔をした別の世界の人間、というのも説明しやすいかもしれないけれど、この頭の方そうな黒髪にどう説明するべきか……。
「ど、ドッペルゲンガーの可能性が……」
「どっどっぺ? なんだそれは」
「あ、いや、ドッペルゲンガーです。自分とまったく同じ姿をした人間がこの世には三人いるって都市伝説がわたしのいた国ではあって」
まあ、ここがわたしの言う“この世”なのかどうかは謎だとして。
男は眉間に深いシワを刻み込んで難しい顔をした。
「伝説……」
いやいや、“都市”伝説ですって。
恐らく聞きなれないよく分からない単語を排除してしまったのだろうけど、それはそれでおかしなことになるような……ならないような。
「ではまだ聖女様と同じ顔の人間がもう一人いるのか」
「……いや、それは、分かりませんけど」
……ものすごく嫌な顔をしていらっしゃる。
相当に聖女様がお嫌いらしい。
それはそうか、殺したくらいだもの。
「それに、わたしはあっちの世界で多分死んだので」
「?」
「この世の三人っていう法則に当てはまるかどうか……」
正直色んな意味で当てはまらないとは思うけれど。ドッペルゲンガー説なんてただのこの人に信じてもらう為の言い訳みたいなもので。
「死んだ?」
「あ、はい。刺されて……。死んだか、それかまあ良くて意識不明とか」
あれ、意識不明だった場合ってわたしの意識がこっちにある訳だから、どうなるのだろう。
ああ、なんか訳わかんなくなってきた……。
「だから、わたしもここは死後の世界だと思ったんです。同じ顔の死体が寝てるし……いろいろおかしなことばっかで……でも感覚はちゃんとあるし」
そう言って喉に触れるとやはりぴりっとした痛みが走る。
血はもうとっくに止まっているがお風呂とか入ったら沁みるんだろうなーとかどうでもいいことを思ってしまった。
「……いまいちよく分からない。なにがどうなって……確かに、お前と聖女様は見た目は寸分違わず同じだが雰囲気喋り方目付き……どれをとっても全く違う……だが、」
男はそう言って顔を顰めると艶やかな黒髪をぐりゃりと握り、それからこちらを真っ直ぐに見据える。
「死体はどうした」
その瞳は少し前までの憎悪が浮かんでいるようでわたしはちょっと怯んだ。
それでも意を決して口を開く。
「き、消えました。あなたが出ていったあと、跡形もなく」
「……消えた?」
「は、はい。し、信じられないとは思いますが、でも、本当に。血も服も一緒に消えたんです」
男の鋭い視線が刺さるようで、わたしは上手く酸素を取り入れられずにはっはっ、と浅く息をする。
なんだろう、この男の異様な威圧感は。怖すぎるんですけど。
そりゃあわたしも信じられないし有り得ないと思うけど、信じてもらうしかないし……。
視線が交わって離れない。張り詰めた空気に頭がクラクラする。
何時間にも数秒にも思えた地獄のような時間が終わったのは男の溜息でだった。
男は目を伏せため息をつき、その瞬間せき止められていたかのようにどっと汗が吹きでた。
「アイザック・ヴェルニル」
「……え?」
「俺の名だ。俺だけがお前の名前を知っているのは不公平だろう」
「あ、あ、ありがとう、ございます?」
「勘違いするな、信じた訳では無い。ただ王太子殿下にお前が見られた以上簡単に処分する訳にも行かなくなった。俺が葬り去りたいのはあの聖女様であって、無実の別人を切り殺すのは俺の本意ではない」
「あ、……はい、ソウデスカ」
「とりあえずはお前を監視しつつ、お前には聖女様のフリをしてもらいたい」
「えっ!?」
「言っておくが拒否権は無い。聖女様と同じ姿のお前をこの城から出せるわけもない」
「……えーー、」
「だが、もし、お前があの女と同一人物だと判明した場合は容赦なく斬り捨てる。覚えておけ」
「ぇ、えーーー、と」
もはや“聖女様”から“あの女”にまで落ちた呼び名に彼の嫌いさがありありと浮かんでいる。
いや、そんなどうでもいいこと考えてる場合ではない。とんでもないことに上乗せされてとんでもないことをバンバン言われた気がするんだけど……。
アイザック・ヴェルニルと言う例の男は言いたいことを言うだけ言ってそのまま部屋を出ていってしまった。
「…………えーー……」
聖女様のフリって、できる気がしないんですけど。
…………というか、その部屋からわたしが出たら内臓ドロドロうんぬんはまだ有効なんでしょうか?
どうしてわたしがここにいるのかは分からないし、分からないことばかりだけど、とりあえずやることが(有無を言わさず)決まったのだった。
いつもありがとうございます!
ようやく話が進みそうですね( ´` )
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よろしくお願い致します!




