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わたしは絶句していた。
とんでもないことが目の前で起きたわけだが、まあそれを言うならそもそもわたしがここにいることが“とんでもないこと”だ。
いや、それにしても。
なにが起きたのか分からない。
「ぇぇええ……」
今しがた出ていった黒髪の男に日本では有り得ない感じの脅しをされはしたが、とにかく異常なピリピリ感から開放されたとホッと息を着いたのも束の間。
もう、自分と同じ顔をした死体と二人(?)きりとかいう異常事態に何も思わなくなったかと思えば……。
死体が消えた。
血痕ひとつ残さず服まで丸ごと、それはもう綺麗に。
「え、なんなのこれ」
ここに来てからの出来事が何一つわからん。
わたしは死んだはずではなかったのだろうか。というかあの死神のような男は一体何なのだろうか。そしてなによりあの死体は何だったのだろう。
死体って時間たったら消えるものだっけ? いや、そんなわけない。けどもしかしたらこの世界では常識的な事なのか?
恐る恐るベッドを触ってみるが手に吸い付くような魅惑の肌触りのシーツと心地の良いスプリングの感触がかえって来るだけだ。
…………そういえばあの黒髪の男は“魔術”とかなんとか言ってたような気もする。
“聖女様”とやらがいる世界なのだから魔法みたいなものがあってもおかしくないのかもしれない。
それとも聖女様だから特別なのか?
というか聖女様って一体何。
何をする人なの?
「……ひっ」
ぼんやりとしていたところで、突然聞こえてきたノックに大袈裟でなく多分飛び上がった。
まさか、あのちょっと脅し方がサイコパスな男が戻ってきたのだろうか。
途端に震える両手を握って壁際まで再び後退し、扉を睨みつける。
「ニーナ、私だ。入るよ」
ええ、わたしの名前は仁奈ですとも。
ばあちゃんは亡きじいちゃんが付けた名だと言っていた。
両親に関しては殆どと言っていいほど情報がない。わたしの日本人らしくない見た目や色からして多分どっちかは外国の人間なのだろうけれどばあちゃんはとりあえず普通に普通の日本のばあちゃんだ。
……いや、そうでなくって。
問題なのはわたしの名前とか生い立ち云々ではなくって、わたしの名を読んだ声にまったく、聞き覚えがない事だ。
なぜ名前を知っているのか。あの黒髪が伝えたのだろうか? いやでも話が通じているとは思えない感じだったけど……。
至極当然のように吐かれたセリフと大きく開かれる扉から目を逸らせないまま、わたしは震えて棒立ちしていた。
「やあ、ニーナ。突然部屋に引きこもってしまったから驚いたよ。まあ、私も悪かった。君を責めるつもりではなかったのだけれど」
両手を広げて近づいてくる人物はやはり相当親しげにつらつらとそう言って、困ったように微笑んだ。
眩い金の髪はゆるやかにウェーブしていて空色のビー玉みたいな瞳は金の睫毛に縁取られている。
顔立ちは然る事ながら服装も、まさしく王子様。
白タイツじゃなかった事が意外なくらいに王子様。
王子様って言葉を人間にしたらこんな風になるんじゃないかって感じの男がそこにいた。
「お、おうじ」
「? どうしたんだい? …………というかその格好はなに? なんていうか……その、珍しい服装だね」
彼は不思議そうに目を丸くして、それから眉を寄せて苦笑した。
そりゃあこんな部屋でこんな王子様感丸出しの人と会うにあたってTシャツジーパンスニーカーがよろしいわけも無い。
その表情の理由も分かる、分かるんだけど……。
それ以外がまるで分からん。
わたしはいろいろぐっちゃぐちゃで爆発しそうな頭のまま石のように固まり、それから扉付近にいた黒髪を漸く見つけた。
あの殺人犯である。
彼は青い顔でベッドを見たまま放心していた。
うん、わかるわかる。
自分が殺したはずの人間が消えたのだ。しかも死んでいたのに。跡形なく。
この訳が分からなすぎる状況で、どう考えてもやばい男である黒髪に少しだけ共感して、それよりもやたらと親しげなこのザ・王子様が恐ろしくて仕方がなかった。
未だにニコニコしながらわたしを覗き込んでいる王子を無視して、黒髪になんとか助けを求めてみるが彼は動かない。
緑色の瞳をこれでもかと見開いてベッドに釘付けだ。
しかもそれが遠くからでも見えるくらいにウロウロと動きどう考えても動揺しきっている。
い、いや分かりますけど、助けて欲しい。
確実に一人殺しているどころか、先程殺されかけたわたしがいうのもなんだけど。
せめて状況を説明して貰えないものだろうか。
「あ、あの!」
ずいずいと近づいてくる王子に日本人的なパーソナル感覚を持つわたしが耐えきれなくなって声を上げると、男は漸くびくりと肩を震わせてこちらを見た。
いや、見たというか…………。
ものすごい感じで睨んできた。
「え……」
「? ニーナ? どうしたの? いつもと、なんだか」
あれ、もしかして。
もしかしてこれは、せっかく別人だと晴れかけた疑いが、まさか、もしかして、また……。
そりゃそうだ、死体がなくなってるのだから、彼が殺し損ねたのはわたしだと錯覚しても何ら不思議はないというか……。
そこまで考えて多分わたしの顔色は最高潮に悪くなったことだろう。
「ニーナ?」
そして、わたしは意識を失った。
いつもありがとうございます!
序盤のシリアスからまだ抜け出せずにいますがラブコメになったらいいなーと思っている作者です。
よろしくお願い致します。




