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6 アイザック




「なんなのだ……いったい」



聖女の部屋を出て早々、俺は壁に拳を当て項垂れていた。

あの女はいったいなんだ?


確かに俺は数刻前、計画していたように聖女の部屋に魔封じの術式を作り上げ、誘われるがままに部屋に入ったふりをして斬り殺したはずだった。


ジョシュア殿下が陛下と謁見されている時を狙い、邪魔が入らぬように配慮して漸く、漸くあの悪魔のような聖女を葬り去ることが出来たはずだったのだ。



「……バカな……!」


振り絞るようにして出た声には、情けなくも動揺がありありと浮かんでいる。

固く握った拳も震えが止まらない。


それなのに、それなのに、あの女はなんなんだ。


聖女の死を確認しに行ったはずだったのに、結局俺は耐えきれずに飛び出してきてしまった。


入念に魔術師に術式を教わり、慣れないながらも張り巡らした魔封じは我ながら完璧だった。

あの部屋から聖女が出たら内臓から融解する呪いのおまけ付きだ。

だったはずなのに、あの悪魔は復活したのか?いったいどうやって? 能力だけでいえば間違いなく聖女であるあの悪魔には俺程度の術式など無意味だったのか。



……いや、しかしあれは、別人格にしか見えなかった。


珍妙な衣服に聞きなれない単語を並べ、必死にこちらを睨むあの目つきは聖女のものでは無い。


けれど、見た目はそのまま聖女なのだ。

淡褐色の髪、琥珀色の瞳、白い肌、顔つきすべてが聖女のものだ。



俺が、この俺があの小さな町から連れてきてしまった、悪魔のような聖女の……。





「ぅっ、」


込み上げてくる吐き気に口元を抑え壁に背を預けた。


もうこれ以上あの悪魔のバカバカしい所業を見てはいられなかった。

傾倒していく王太子殿下のお姿も、聖女としての役割を果たそうとせずに媚びた目で擦り寄ってくる様も。

見ていられなかったのだ。


この国がもし、衰退してしまうのだとしたらそれは俺のせいだ。

あのような人間を聖女にしてしまった俺のせいだ。

その罪の意識に耐えきれずに俺は彼女を殺した。

あのようなものが聖女でいるくらいならば、早く淘汰して次を待つ方がマシだ。それは俺にとっては真実で確信で希望だった。


殿下に遺体を確認してもらって、それから罪を償うつもりだった。


王太子殿下の婚約者であり、この国唯一の聖女を殺害したのだから極刑は免れない。



けれど、それで良かった。満足だった。


俺は、それで…………。


それなのに……、同じ顔の人間がもう一人現れるだなんて有り得るのか? それとも、やはり



「アイザック! こんな所に居たのか探したぞ」


その声にハッと姿勢をただし、かかとを揃える。それはもう条件反射のようなものだが今だけは罪悪感でくずおれそうになる膝を必死に支えるだけで精一杯だった。



「ジョシュア殿下」

「どうした? 顔色が悪いようだが」

「いえ! ……いえ、あの」

「はは、またニーナに無理難題でも押し付けられたのだろう。まったく仕方の無いやつだ」

「……いえ」


ジョシュア殿下から出た“ニーナ”の言葉に唇を噛み締める。

言うべきだ。

俺が貴方の“愛するニーナ”を殺しましたと。


もとよりそのつもりだった。言わなければならない。


けれど、しかし、どうやって?


当然ながら、聖女の遺体はある。俺が殺したのだからそれを見せれば良い。

いかに俺を信頼してくださっている王太子殿下であろうとも、その証拠があれば十分だろう。


……けれど、あのスズキニーナはどうする?

どう説明すればいい?

まったく同じ顔をした人間をいったいどう説明したらいいのだろうか。


……そもそも、あれは本当に別人なのだろうか?

やはり、なんらかの魔術で聖女が復活しているのではないだろうか。



「お前はニーナの気に入りなのだ。大目に見てやってくれ」

「……はい」


ぼんやりと殿下の言葉を聞き、どうにか頷いた俺を見て王族らしく見事な金髪を持つ殿下が満足気に微笑む。


この方は素晴らしい方なのだ。幼い頃から俺を取り立ててくださり、努力家で純粋で国と民のことを真摯に考える立派な方だ。

あの聖女に、あの悪魔に関わりさえしなければ……。



「……殿下、聖女様の事ですが……」

「ん? ああ、そうだ。私もニーナを探していたのだ。ニーナも城に来て三年経つ。そろそろ聖女としての役目を果たさないと、さすがに教会が、な」

「はい、仰る通りです」


バツが悪そうに眉を下げる殿下だって本当は分かっているはず。

あの聖女は聖女としてこの城に来て三年の間、一度たりとも役目を果たしていない。


何故だかそれを許容する周囲と殿下は恐らくあれに騙されているのか操られてでもいるのか……。


膨大にあるはずの魔力を私欲のために使う様には何度も腸が煮えくり返る思いだった。



「殿下、その事ですが、聖女様は」

「なんだ? また嫌がって自室に籠ってしまったのか? まったく……ニーナの我儘は可愛らしいが過ぎると面倒が起きるな……」

「いえ、そうではなく」



……やはり、言おう。

俺は人を殺めた。しかも恩のある主の婚約者を。

正当に罪は償うべきだ。


「俺は……」

「まあいいさ、私からニーナには話してみる。言えば分かってくれるさ」


意を決して、見た殿下の空色の瞳は優しく微睡んですぐに聖女の自室へと向かった。

聖女のこととなると話を聞いてくれなくなって久しいが、まあいい、……見ればわかる事だ。



俺の人生は恐らくここで終わるだろうが、悪くなかった。後悔はしていない。



願わくば次の聖女様はこの国を思い、力を尽くしてくださる方でありますようにーー。







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