4
「聖女、様……?」
サラサラの黒髪に黒い軍服のようなものを着た男が震える声でわたしにそう言った。
それからちらりと視線をずらしてベッドに投げ出された四肢を見てからもう一度こちらに翡翠色の瞳を向ける。
日本人顔では無いなとバカみたいに冷静に思った。
スラリとした体躯が硬直しそれから腰にぶら下げられた剣に手を伸ばす。
真っ直ぐわたしを見据えるお綺麗な顔はとてつもなく蒼白だ。
「聖女様」
彼はどこか睨みつけるようにしてこちらを見ると一歩部屋に踏み入った。
彼の厚そうな重々しい軍靴の音は見事に絨毯に吸収されわたしは反射的に一歩後ろに下がる。
もしかして、その剣を抜いてわたしを斬り殺す気なのだろうか。
勘弁してくれ。日本でも刺殺されてこの訳の分からない状況で今度は斬り殺される?
そんなのって無い。
彼の言う「聖女様」はどう考えてもわたしでは無いし、そんな大層なお役目を承った覚えもなければそんな力もあるわけが無い。
だとすれば彼の言う「聖女様」はそのベッドで息絶えている彼女の事で、もしかしたらわたしが殺したと思われているのかもしれない。
……ちょっと待って欲しい。
紛れもない冤罪だし、そもそもわたしはわたし自身で状況が理解出来ていないのだ。
「ち、違います」
「何を仰っておられるのですか」
「人違いです」
「馬鹿なことを」
彼の言い分は最もだ。
死んだ人間の、それも他殺っぽい遺体の傍に人がいれば誰だって疑うに決まっている。
しかもその彼女は「聖女様」らしい。
「わ、わたしじゃありません」
顔をひきつらせながら後ずさると直ぐに壁にぶち当たった。
あんなに広い部屋だと思っていたのになんて事だろう……。
もうすぐそこに男が迫っている。
憎々しげにさぞ、恨めしそうにわたしを睨む男は彼女の生前親しい仲だったのだろうか。
こんな顔をするくらいだしもしかしたら恋びととかだったのかもしれない。
それほどまでに男は暗い顔をして憎悪に顔をゆがめていた。
「また、訳の分からないことを……」
「だって、その、違うんです! もうわたしがきた時にはあの人は死んでいて!」
訳が分からないのはわたしの方だ。
とにかく必死に首を振るわたしに男は目を細めてそれからベッドへ視線を移した。
「承知しています。だから貴方はどうせまたお得意の魔術でこうして俺の前に姿を現したのでしょう。一体どんな手を使ったのかは知りませんが」
「え?」
彼は吐き捨てるようにそう言って遂に剣を抜いた。
「こうなれば、刺し違えてでも……」
ぎらり、と鈍い光を放つそれは“わたし”が死んだあの日に見たものと同じだ。
身がすくみ身体が小刻みに震えるが、それよりも彼の放った言葉の違和感にどこかで冷静な自分が疑問を投げかけた。
ま、待ってほしい。
そう言えばこの男はまず入ってきて生きている方のわたしを見て驚いたのだ。
それから死体の方には目もくれずわたしに憎悪を向けてきた。
ということは、そもそも、わたしが殺しただなんて思っていなかったのかもしれない。
それどころか、もしかして……。
「あ、貴方があの人を殺したのですか?」
震える指で指し示した先にあるものを男は一切見なかった。




