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どうしてわたしはこう楽観的というか、どうにかなるだろう的な考えなのだろう。
あれか、頭が悪いのがいけないのか、やっぱり高校にいかなかったのがいけないのか。
でもお金もなかったし、すぐにでも働きたかったのだから仕方がない。
翌日、早速五冊ほどの本を持ってきてくれたアイザックさんにお礼をいい、ワクワクしながら開いてみたところでわたしは容易く絶望した。
「……何語?」
少し考えれば分かること……というかそもそも、当たり前というか。
ここは日本じゃないし、地球ですら無さそうだから当然なのだけど、なぜか言葉が問題なく通じているから気にしていなかった。
まあ、でも、考えてみればそうだ。
このフェインズリードという国の言語が日本と同じわけが無いのだ。
というわけで、その分厚い本のミミズの這ったような、線と点を組み合わせたような謎の字はわたしには理解できなかったのだ。
「……よ、読めん」
本を開いたまま打ちひしがれるわたしの傍で(心底嫌そうに)その様子を見ていたアイザックさんは無表情のまま、美麗な眉を上げ目を細めた。
「何故だ」
「わたしにもよくわかりません……」
そりゃそうだ。
何故だか言葉は通じるのだもの。文字も読めるものだと信じて疑わなかったよ。わたしの馬鹿野郎。
「何を企ん」
「何も企んでいません」
さっそく繰り出されるアイザックさんの必殺技に先手を出して阻止し、別の本を手に取ってみる。
日本の本らしくなく左開きで横書きの文字がダーーっと並び、絵は少ない。
それも物凄く白黒で紙はちょっと分厚いし、日本の紙ほど綺麗な感じではなかった。
例えるならば海外の古書みたいな。
わたしは海外語が得意な訳では無いから、もしかしたら外国語が得意な人は読めるのかもしれない。それか、近しいものがあるのかもしれない。
けれどわたしには無理だった。
せっかくこの世界の情報と娯楽を手にしたと思ったのに……。
「……はぁ、」
項垂れるわたしをアイザックさんは傍で(嫌そうに)観察した後、「ふむ、」と小さく口ごもってわたしの座る正面に来た。
「なんですか」
また、「なんの演技だ」とか口うるさく言われるのだろうか。面倒くさいな。
こちとら今はちょっとそっとしておいて欲しいって言うのに。
というかそれもこれも、この気が利かない男が本当に必要最低限(嘘、全然足りない)しかくれずに無理難題を言いやがるせいだ。
こんなにハラハラしながら生きてたら寿命縮むわ。
じとっと睨みつけるわたしの前で男は腕を組み、やたらと端正な顔でこちらを見下すと、ゆっくり顎を上げた。
「俺が読んでやってもいい」
「……偉そうだな」
あ、しまった。つい本音が。
ボソボソと飛び出してしまった本音にヒヤリとしたが、しかし奴はやはり無表情のままだった。
表情筋が死んでいるのはいいけどその無表情でじっと見つめてくるくせは本当にどうにかして欲しい。怖いから。
「……いいですよ、別に。忙しいんでしょう。エマに少しずつ教えて貰いながら字勉強しますんで」
「遠慮しなくてもいい」
「いやほんとにいいですから」
これ以上この男に借り? 的なものを作るのは怖いし。ただでさえ命握られて監視されてるのに。その上本を読んでもらうとか……恐ろしすぎる。それになんか突然の親切な提案がえらい不気味だ。
「読めないというのなら、むしろ好都合だ。お前に不都合な知識を与えるより、俺が教えた方がいいと思っただけだ」
やはり無表情で告げられた言葉に、わたしは多分死んだような顔をしていると思う。
……まあ、この男がわたしに対して親切心とか抱くわけもなかったか。そりゃそうか。
むしろちょっと安心するレベルのアイザックさんらしさだ。
わたしはその冷めた瞳をしばらく見つめて、観念したように頭を下げた。
「……そういうことなら。じゃあオネガイシマス」
「ああ、これでお前も不満は無いのだろう」
「…………ええ、ハイ、まあ、ソウデスネ。ありがとうございます」
どこの世界に知らない世界で軟禁されて、人殺しに他人のフリを脅され強要され不満のない人間がいるというのだ。
無いわけないだろう。この男、表情筋だけじゃなくて心も死んでるのか。
…………とかなんとか、言えるわけもないので、へらりと引きつった笑みを浮かべてわたしは一冊の本をアイザックさんに手渡した。
……まあ、仕方がない。聖女様はアイザックさん以上にヤバい人どころか、人間的に終わってたらしいから、彼の状況も分からなくもない。
それにアイザックさんはこういう人なのだ、多分。




