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「というわけでちょっと勉強がしたいんですけど……」


「どういう訳だ。意味がわからん」



わたしの要望はあえなく無表情によって阻まれた。


……いやいや、とにかく情報が足りないんだってば。“聖女様としての役割を果たす”という大層な目標の割に与えられる情報量が少なすぎる。


この無表情サイコ男は「必要な情報は与える」と言ったくせに、全然話してくれないし、放っておくとずっと無言だし、下手をしたらなにか言いたげな顔で睨んでくる始末。

まだあの嫌味な魔術師とのほうが仲が良いと言えそうなくらいだ。


…………いや、やっぱそれはありえない。



「あのですね、わたしが知ってるのは聖女様がすごい嫌な人で仕事しないまるで聖女様でない人間だった事と、この国がどういう仕組みかはよく分かんないですけど泉が枯れたら終わるってことだけなんですよ」


「それさえ分かっていればどうにでもなるだろう。俺が殺めた聖女様の代わりにお前が聖女の役割を果たせばいいだけの話だ」


「だーかーらー! それが難しいんですって! 今はまだアイザックさんとルートリヒさんとエマとたまに王子にしか会ってないからいいですけど、もし他の人に会ってバレたら……」


「心配しなくても、聖女様に魅了されていた人間は気にも止めないし、聖女様を嫌っていた人間はまた何か企んでいるのかと厭うだけだ」


「全然良くないじゃん……」


相変わらずのアイザックさんに肩を下げる。

そうは言っても、この国の常識うんぬんはさすがに知っとくべきだし、聖女の仕事もきちんと把握しておくべきに決まっている。


若干、この代わり映えしない無表情にイラッとしつつそう訴えるがアイザックさんは片眉を上げただけだった。


「もともと聖女様は常識の無いあばず……人間だったし、聖女の仕事にも関心がなかったから問題ないだろう」


「え? 今あばずれって言いかけました?」


「……」


無視しやがった。

顔を背けた無表情に物凄く腹が立つ。

だからそういう問題じゃないんだってば。


まあ、信じられないのも無理はないしわたしに自由に行動させたくない気持ちは大いにわかるけど、この人はイマイチわたしが別の世界で生きていた人間だということを忘れがちな気がする。


日本生まれ日本育ちにとって、まず城ぐらしが一般的ではないし、侍女がつくことも一般的でない。ましてや魔術やら騎士やら聖女やらなんて本当に知識が無いのだ。

それがこの世界の常識で生きている彼にはイマイチ伝わっていない気がしてならない。



「……はぁ、なんか本とか無いですか? この国の歴史とか、マナーの本とか、聖女様についての文献とか」



額に手を当ててため息と一緒に吐き出したわたしを彼はやはり、じっと見つめてそれから目を僅かに細めた。



「……何を企んでいる?」


はい、出ました。

何を企んでいる。一日で一回は必ず聞くこの言葉。

何度、企んでいませんっていっても信用のないわたしの言葉は無意味に等しい。

ちょっと変わったことを言えば彼は決まってこう言って睨みつけてくる。

そしてしまいには……



「言っておくが何か事を起こせば俺はすぐにでもお前を切り殺……」


「大丈夫ですから、本当に役割を果たすために知識が欲しいだけですから!」


しまいには、こう言うのだ。


この応酬は毎日どこかで繰り返されていてもうなんというかうんざりだった。

悪い日にはルートリヒさんも“何を企んでいるの”と口にし嫌味を爆発させる。



「わたしが信用出来ないのは分かりますけど! 不安なんです、宙ぶらりんすぎて!」



知識もない、成りすます人物の詳細も分からない、果たす役割のことすら分からない。

周りは、わたしではなく死んだ聖女様を盲目的に溺愛している男と、わたしを嫌っている奴と、わたしに怯えている子しかいないし、評判は最悪だ。


泉が枯れると国が滅ぶと、お前のせいで国が滅びそうなのだと毎日言われて、馬鹿みたいに疲れる地味な作業を繰り返す日々。

逃げ場のない日常と他人のフリをする緊張感。


この国のルールもマナーも歴史も分からず、馴染めと言われて馴染めるわけもない。



ついつい怒鳴ってしまったわたしに向く無表情の冷たい顔が、もうなぜだか悲しくなってきて、気を抜いたら涙が出そうだ。


自分は割と冷静で落ち着いていて、図太い質だと思っていたけれど、どうやらこの成り代わり生活は思ったよりストレスだったらしい。


誰かに愚痴を聞いて欲しい。


逃げたい。どこに? 逃げ場なんてないけど、でも。



涙がこぼれそうで、それが嫌でアイザックさんを睨みつけるがやはり彼は無表情のままで。



「お前は聖女様と別人なのかもしれない。でも、そうでないかもしれない。お前が気付いていないだけでお前は聖女様に作られたものなのかもしれない」


「そんなわけっ」


「ないと言いきれるのか? お前が自分の意思でしようとしていることは聖女様に操られていることなのかもしれない。聖女様はそれだけの力を確かに持っていた」


「わたしには、そんな……」


確かに、アイザックさんの言い分もわかる。

本当に酷い人だったらしいから、それだけ警戒するのもわかる。


ルートリヒさんによると、あの泉を瞬く間に物凄い大きさにするくらいの力を持っていたらしい。数時間かけてちょっとずつの偽物のわたしとは全く違う。


「……聖女様は役割を果たさず、この国の上層部を掌握しかけた。周りの侍女や使用人を魔術で弄び、女は服と髪を切り刻み、男は言いなりの奴隷にした。この三年で何人の使用人が辞めたか分からない」


「えっ」


「それだけの人だったんだ。俺は正直あの聖女様が復活するのが恐ろしい。お前がニーナ・サーチスであったなら、今度こそこの国は終わるだろう」



淡々と語られるそれに思わず息を飲んだ。

思っていたよりもとんでもない人だったらしい。

エマが怯えまくるのも納得、という話だ。それでどうして彼女が好き放題で居られたのか、という話だが、やはり魔術でどうにかしていたのだろうか?

それともこの国にとって聖女様とはそれでも価値があるものだったのだろうか。


覚めた翡翠の瞳から目が逸らせないまま、どのくらい時が経ったのだろう。

やがて、アイザックさんは目を伏せて顎に手を当てた。



「……だが、まあ、お前の言い分もわからなくはない。泉を保とうとしてくれているのは事実だし、余計な知識を与えたくない、というのが本音だが……そうだな、俺の監視下で良ければ」


「本当に?!」


「ああ。ただし、俺が選んだものをこの部屋に持ってくる。読んでいる間は近くで監視させてもらうし今まで通り勝手に部屋を出るのは許さない」


「わ、分かってます!」


思わず前のめりになったわたしにアイザックさんはちらりと視線をよこしてそれから踵を返した。

あ、帰るんですね……。


あんまり聞きたくない聖女様のヤバい生態も知ってしまったけれど、これで少しは過ごしやすくなるかもしれない。

泉に居る時以外は部屋に軟禁状態で暇だったのもいけなかったのだと思う。

やることがあれば、少しはこの生活も楽になる気がする。







……とかなんとか、ちょっとだけ進展した日常にほくほくしていた時期もあったな。そういえば。




……まあ、この時のわたしは大分甘かったんだけど。
















いつもありがとうございます!

ノロノロですみません……もう少しで展開があるはず……。

見放さないでくださると嬉しいです(´;ω;`)

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