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15 ルートリヒ





「はぁ?」


ついつい出た素の声をどうか許して欲しい。



「本気でやってます?」


「本気で、やって、ます……」



今日の聖女はかなり変だ。俺がこんなことを言ったら大抵涙(人工的な)をその琥珀色の瞳にいっぱい浮かべて、殿下に泣きつくのに。



というかそもそも、「だってわたしとっても疲れるの……」とかなんとか言って泉に近寄らないようにしていた、あの聖女が、三年ぶりに泉に来て魔力を注ぐだなんて。


「ジョシュの贈ってくれたドレスが汚れるのだもの」とか言って俺達魔術師の提言を笑って交わし続けたあの女が。


もう随分小さくなってしまった泉の前に膝まづき、目を閉じて祈っている。

額に浮かぶ玉のような汗が時折流れ落ち、聖女の魔力によって淡く金色に輝く泉が徐々に水量を増していく。


その余りのゆっくりさに、最初は馬鹿にしているのか、とも思ったがどうやら様子を見る限り本気らしい。



……いや、でも……。



俺は、ニーナ・サーチスという聖女の力しか見たことがない。

城属の魔術師として城に上がってすぐ、三年前に現れた聖女の力を見て、当時は身体中が歓喜で震えるような不思議な経験をしたものだ。


先代の聖女様が亡くなられて今年で四年。先代の泉をあっという間に倍以上の大きさに広げる魔力と眩いばかりの金の光に、俺は魔術師として感銘を受けた。


聖女様とはいかに素晴らしい存在なのか。この不思議な魔力を持つ人間を他に見たことがなかったし、こんなに強大な魔力を持つ人間がいるものかと、心底驚いた。



その時は確かに聖女様を護っていかなければ、と思ったハズだ。いや、絶対に。



魔力を持つものはその力が強ければ強いほど、強大な魔力に惹かれやすくなる。

これは高名な魔術師によって証明されている事実で、フェインズリードのような魔術に秀でた国でいえば真理で核のようなものだ。


だから、王太子殿下が聖女様にみるみる傾倒していくのも仕方がない、と当初は思ったかもしれない。

そもそも、聖女様は代々王族と婚姻を結ぶことになっているし、前王妃は先代の聖女様だった。体が弱くあまり表には出てこられなかったが、国のために尽力した素晴らしい方だった。



けれど、徐々に周りの……特に位の高い、男が聖女様に傾倒していくうちに気がついた。


聖女様はその高い魔力を使って、魅了をしている。



人の感情を操る魔術、しかも長時間、複数人を、だなんて正気の沙汰じゃない。馬鹿みたいに魔力を消費するし、そもそも普通そんなことは出来ないのだ。


だけど、彼女は確実にそれをしていた。



気がついていたのは俺と、多分殿下の護衛騎士であるアイザックくらいのものだ。


魔術師団長もまんまと罠にかかりどんどんあの女に傾倒していってしまった。


城はもうあの女のやりたい放題で、我儘はなんでも通ってしまう無法地帯だった。


この国はもう滅ぶんだな、と鼻で笑って、呪いやら魔力封鎖やらの術式を熱心に勉強していたアイザックに懇切丁寧に助言をしてやったのも俺だ。


何に使うのかは知らないけれど、あのくそ真面目な男のことだ。聖女様をどうにかしようとしてるに違いない。



……それがもしかして成功したのか?



明らかに聖女は今までとは違った。


かれこれ数時間。必死に祈りを続ける女の横顔を見続けて笑みを消した。


三年前に見たあの壮絶な力とは似ても似つかない。

ちょろちょろと少しずつ拡張される泉は、ようやく元の二倍にさしかかろうと言うところだ。


眩いばかりの金の輝きもなく、淡く発光するそれは見ていて心地がいいけど、あの日の光景とはまるで違った。



…………聖女様の口調とか表情といい、まるで人が変わったような……。



しかし、姿形と彼女のその特異な魔力は聖女のままで。


……まさか、本当にアイザックがなにかしでかしたのか? あの魔力の塊のような女に呪いやら封印を施せるものなのか? しかもアイザックは魔力が高いとはいえ素人の騎士だ。



「……聖女様、そろそろ」


「ふぅ……、はい、分かりました」



彼女は俺に敬語は使わない。いつも甘ったるい魔力を纏って甘ったるい笑顔と子供のような声音で擦り寄ってくるのだ。


流れる汗を拭って小さく微笑んだ彼女は全くもって聖女様らしくはなかった。



「明日も来たいのですが……」


「は?」


「だって枯れたら大変だし……思ったより大きくならなくて」


ついつい飛び出した俺の素の声に、青ざめた聖女が視線を逸らしてもごもごと言う。


「あのね、どういう気まぐれか分かりませんが、言ったでしょう、俺も暇じゃないんですよー。そんなこと言って気を引こうったって」


「あ、貴方じゃなくても、魔術師の方が付き添ってくだされば……あ、一人でもいいなら一人できますし!」


「……」


なんのアピールだ、なんの。


彼女が何を企んでいるのか分からない以上一人にだなんて出来るわけもない。


俺は深いため息をついて、いつもの笑顔を張りつけた。



「はぁー、分かりましたよ。ではまた今日と同じ時間にお迎えにあがります」


「あ、貴方が、ですか?」


「……なにか、文句でも?」


まさかお気に入りの魔術師団長が来てくれるとでも? 近づけさせるわけが無いだろう。

それにあの人は本当に多忙だし。


俺の笑みに彼女は顔をさらに青くして「いえ……」と小さく呟いた。

どう考えても不満そうな顔が腹立つ。

いつもだったら笑顔で腕に抱きついてくるくらいはしそうなものを。



……とにかく、アイザックに話を聞く必要があるらしい。



「ひっ……!」



扉の外に待機しているであろうあの鉄仮面の騎士を思い出して俺はまた笑みを深めた。










いつもありがとうございます!

初のルートリヒ視点です。もっとねちっこい感じになる予定だったのですが……。

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