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「いやーー、びっくりですよー、聖女様。今度はいったいどんな気まぐれを起こされたんです?」
「……」
「貴方様が聖女の泉に訪れるなんて何年……あー、そう、三年ぶりですよ、三年。三年もあればメレウスの雛だって立派に角が生えますけどね」
「…………」
「なんですか? どういう風の吹き回しで黙りしてるのか分からないですけど、面倒事はごめんですよー。俺だって暇じゃあ無いんです」
「…………」
「…………おや、これは本格的におかしいですね。やあアイザック君。この聖女様はなにかおかしなものでも食べたのかい? それともついに君が痛めつけでもした?」
「ルートリヒ」
ようやく爽やかな笑顔から繰り出される嫌味攻撃から解放されたわたしは微笑(多分失敗している)を浮かべたまま、視線を声の主に移した。
アイザックさんは、この男の名前らしきものを呼んだきり、お得意の無表情で見返すばかりだ。
…………いったい今度はなんなんだ。
着替えが終わったわたしを置いて侍女は逃げるように(というか実際逃げていった)去っていった。
ため息をつき、動きにくいミントグリーンのドレスが物珍しくてあちこち観察していたところで再びノック音。
返事をして入ってきたのは、黒いローブにすっぽり身を包んだ銀の長髪のえらく中性的な男だった。
声とその身長から多分男。……恐らく。
そいつは入ってくるなり素晴らしい笑顔で嫌味をマシンガン並のスピードで繰り出し、あえなくわたしは固まることになる。
女性と見紛わんばかりのお綺麗な顔立ちで、爽やかな笑顔で繰り出される嫌味の数々は実に攻撃的かつストレートで、嫌味なのにやけにストレートで、はじめ何を言われているのか分からなかったほどだ。
「ルートリヒ、聖女様は倒れたばかりで本調子じゃない」
「へえー、なんだろう天罰かな。願わくばそのまま目覚めなければよかったのにね」
「おい」
「なんだよ、アイザック君、今更。君だってそう思っているだろう? ……それともまさか、ついに絆されてしまったのかい? ああ、無駄に魔力の多い馬鹿はこれだ」
「いい加減にしろ」
……なんていうか。思い切り憎悪を全面に出してくるアイザックさんも怖くてなかなかしんどいものがあったが、この笑顔でさらりと毒を吐くルートリヒさんという人は更に恐ろしい。
顔面とセリフがあってなさすぎだ。
ひくひくと引き攣る口元を手で隠してちらりとアイザックさんを見ると、彼はやはり無表情でこちらに目配せをした。
…………ごめんなさい分かりません。
「ルートリヒ、殿下が居られたら事だぞ」
「俺も馬鹿じゃないんだから。殿下がいらっしゃらないから言ってるんだろう。というかこんなに大人しい聖女様なんて珍しいし、おかしくなっている今のうちじゃない? 言いたいこと言うの」
「お前はいつも言いたいこと言ってるだろうが……」
小声でされる会話が全く意味を為していない。全部聞こえていますよお二人さん。
恐らくわたしの目はもう虚ろになっているだろう。またちらりとこちらを向いたアイザックさんから、つい、と視線を逸らした。
……だから分からないんですってそんなにチラチラ見られても。
少しぐらい表情で語るというか、そういう努力をしてくれませんと!
「とにかく、あの聖女様が泉に行ってくださると言うのだからいいだろう」
「はーん、何を企んでるんですかね、今回は」
「いいからさっさと連れて行け。俺だって暇じゃないんだ」
「暇じゃないって、殿下にコレのお守りを任されてるからでしょう? 騎士団長が嘆いてるよ」
「……その話は後で聞く」
その後もしばらく二人のこそこそ話(丸聞こえ)が続き、ルートリヒさんは外人さんらしく肩を竦めてひらひらと手を振った。
「……ま、分かりました。じゃあ行きましょうか聖女様。三年ぶりじゃあ道すら覚えておられないでしょうけど」
「お、オネガイシマス」
わたしの返答にすかさずアイザックさんの無表情が向く。
あ、今のは分かる「そんな事聖女様は言わない」だ。
けれど、ルートリヒさんは特に気にした素振りはなく、片眉を上げただけで前を向いた。
「……あの人、誰なんですか」
その隙にわたしはこそこそ話とはこういうものだと言わんばかりの小声でアイザックさんに耳打ちした。
彼は顔を寄せたわたしに心底嫌そうな目をしたがしぶしぶと言ったふうに耳をよせ、それから即座に離れた。
……傷つかないといえば嘘になるけどまあ、良い。この人は多分こういう人だ。仕方がない。
「ルートリヒ・スペンサー。城属魔術師だ」
「ま、魔術師……」
ついに来た魔術師。
魔術があり聖女様がいるのだからいるにはいると思っていたけれど、魔術師。
…………本当の、本当にいたんだ。何をする人達かよく分からないけど普通にすごい。
「ちなみに聖女様のことが嫌いだ」
…………うん、それは説明されなくても分かります。




