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思うに、聖女様っていうのはとても褒められた人間ではなかったらしい。
役目を果たさずに贅沢三昧、しかも聖女の力を自分の為だけに使うだなんて確かにアイザックさんでなくても、憎らしく思うかもしれない。
「……というかそもそも聖女ってなんだ」
王子やアイザックさんが言っていた“役儀”というのがお仕事なのだろうけど、日本人の感覚ではイマイチ想像がつかない。
こんなことならもっと本とか映画とか見とくんだった。
あんまりそういうのに興味がなくて、見ようとしなかったからな……。
「そういえばわたしに魔力があるとかなんとか……」
にわかには信じ難い話だけれどいつの間にか傷が治っていたのも本当のことだ。
前に向かって「はあっ!」と手を翳してみるがまあ当然何も起きないわけで。
無駄に恥ずかしい思いをしただけで終わったわたしは布団に潜り込んだ。
…………どうして聖女様は役目を果たそうとしなかったのだろう。三年もニートみたいな生活をしていたなんて信じられないというか、わたしなら絶対に無理だ。
聖女様、と呼ばれるだけあってある程度は我儘が許されていてのかもしれないけれど、王子の婚約者なのだとしたらなおさら周りの目は厳しかっただろうに。
王子もわたしは馴れ馴れしくて怖かったけど、あれはどう見ても聖女様を心から愛していたからだ。
王子に申し訳なくはなかったのかな。城の皆に……国の人とかに申し訳なく無かったのかな……。
何となく感傷に浸って、柔らかい、シーツの感覚に意識がふわふわしてきた所で、ノックの音がした。
「は、はい!!」
危ない危ない……寝るとこだった。どんだけ図太いんだわたしは。
ヨダレが垂れていないか口元を拭い体を慌てて起こす。
どうせまたアイザックさんか心配性王子だろうと思っていたが聞こえてきたのは予想外に可愛らしい声だった。
「あ、あの、せ、聖女様っ」
「は、はい?」
「はいっても、よろしいでしょうか?」
びくびくと怯えきったようなか細い声が小刻みに震える。
なにをそんなに脅えているのだろうと首を傾げて「どうぞ?」と口に出すと、扉の向こうごしでも分かるほどに生唾を飲み込む音が聞こえた。
「し、失礼いたします……」
意を決したように入ってきたのは赤毛を丁寧に編み上げ、黒と白の所謂メイド服のようなものに身を包んだ少女だった。
わたしと同じくらいの背丈か、少し低いくらいの彼女はどこか自信なさげで猫背気味で、ひどく脅えていた。
「あの、お着替えをするようにと……」
「着替え?」
「ひっ!」
「え、いや、ちょっと……」
ただ、疑問を口にしただけだったのに、彼女は悲鳴をあげ青ざめて固く目をつぶった。
ガチガチと震える歯が痛々しいし、噛んでいる唇は紫色だ。
どうしてわたしはこんなに怖がられているんだろう。
焦って起き上がりオロオロしていると彼女は震えながらようやく口を開く。
「ど、どうか、髪だけは……髪だけは切らないでください。ほ、他ならあの、大丈夫ですので……」
「え! き、切らないですよ。他って何? 何もしないから……だから……」
「っ……!」
ガタガタ震える彼女がまた硬く目を閉じる。
ちょ、ちょっと待って……。この聖女様いままで何をしていたんだ?
この子がこんなに怯えるほどのなにを? というか切るとかって、まさか、本当にそんなこと……。
「大丈夫ですから。何もしません。本当です。……えっと、だから、あの……着替えを手伝ってくれるのでしょう?」
ガクガクブルブルの可哀想すぎる彼女をどうにかしようと、しどろもどろに言った言葉に彼女はようやくゆっくりと目を開けて、それから涙でうるうるの茶色の瞳で頷いた。
「……よかった」
「も、申し訳ございません。すぐに終わらせますから……」
「うん、ゆっくりで大丈夫ですから、落ち着いて……」
「…………」
彼女が扉に向かい、震える細い指先で布の塊を持ってくる。
わたしはどうしたらいいのかよく分からず、とりあえずベッドから降りて後ろを向いた。
「し、失礼いたします……」
痛々しい程に震えた指先がそっと背中に触れる。
この尋常ではない怯え具合……どう考えても聖女様はこの子に酷いことをしていたに違いない。
「……はぁ」
わたしが漏らしたため息に彼女が背後で震えるのが分かる。一体何をしたらここまで怯えられるのだろうか。
アイザックさんの言う通り“とても聖女とは言い難い”というのは本当の事らしい。
この分だと、彼女の立ち位置がどんなものか想像出来てしまいそうで恐ろしい。
いったいこれからどうなるのだろう。先行きが不安すぎて、わたしはまたもや漏れそうなため息をどうにか飲み込んだ。
いつもありがとうございます!
あと一話、更新出来たら10時か11時くらいに更新致します。
よろしくお願いします!




