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「おい、なんださっきの態度は」
「はい?」
冷たい目でこちらを見下ろす翡翠の瞳に正直言って腹が立った。
なんださっきの態度は、って……むしろよくやった方だと思うんですけど。
よく乗りきったと思うんですけど?!
「聖女様はあんな笑い方をしない」
「……知らないんですけど」
じゃあ先に言っててくれないだろうか。こっちだってめちゃくちゃびくびくしながらどうにかあのピュア王子を追い払ったというのに。
「いやだって情報が少ないっていうか……」
ギロり、と冷たい目でこちらを睨むアイザックさんを負けじと睨み返した。
正直その腰の剣がチラつく限りビビるのはしょうがないと思うのだけど、なにしろこの男は無理難題を言い過ぎである。
「あの王子の名前すらわからないですし」
「……」
「聖女様のフリっていっても、こんなんじゃ無理ですよ」
アイザックさんは眉間のシワを濃くして緑色の瞳を細めた。どうでもいいけどその無言でじっと見てくるくせはどうにかならないのだろうか。
聖女様……というかわたしの顔がものすごくお嫌いなのは分かってますけど、怖いんですよ。
「……本当に別人なのだな」
「だから何百回もそう言ってるじゃないですか」
何百回もは言ってないけど。気持ち的には。
ため息をついたわたしから、アイザックさんは視線を逸らしてそれからため息をつき再度こちらを向いた。
「分かった。情報は与える」
「あ、ありがとう、ございます」
「ただし、その代わり俺の指示には従ってもらう」
「あ、あの……」
「拒否権があると思うな。お前の命は俺が握っているも同然だ」
「……はぁ」
こいつ……。冷めた瞳で淡々と語る男にこのDV野郎と言ってやりたかったが言える訳もなく。というか絶対通じないし、そもそも家庭内暴力でもないな。
こんな男と付き合う女性は大変に違いない。絶対に亭主関白だしモラハラだし、あとこいつの部下とかも。
「まずこの国の名はフェインズリード。アンドレイ王陛下が収める国だ。王太子殿下の名はジョシュア・フェインズリード殿下。次期国王であり俺の主だ。聖女様は馴れ馴れしくもジョシュと呼んでいた」
「さっきの人ですよね」
「そうだ。殿下と聖女様は婚約関係にあった」
「こ、こんや……」
婚約。
…………え、婚約!?
「無理じゃないですか! つまり恋人ってことですよね! それのフリ?!」
「無理じゃない、やるんだ」
「無理ですよ! だからあの王子やたらと馴れ馴れしかったのか……」
わたしのつぶやきに奴が鋭い視線を送ってきたが知るものか。
婚約者だなんて絶対に気づかれるに決まってる。というかなぜ気づかないんだあの王子は!
いやいや、その前にこの男……主の、しかも一国の王子の婚約者殺しておいて、平然とした顔であの場にいたの? 信じらんないんですけど。
この男の頭どうなってんの? こわっ。
「幸いにして殿下は紳士であられる。婚前交渉などは一切有り得ない」
「こ、婚前交渉?」
「性的な触れ合いがないということだ」
「ぶっ!!」
「だからあの女は俺に…………いや、なんでもない」
せ、性的な……。いや、いい事だ。うん。王子にとってもわたしにとっても。
ということは外見だけどうにか繕えば問題は無い、と思う。
わたしが混乱している間にアイザックさんは何かを呟き憎悪に歪んだ顔をしていたが、怖いので触れないことにした。
「あ、あの、アイザックさん」
「アイザックさん?」
なんか知らないがものすごく低い声でそう返され背筋が伸びた。絶対に部下には鬼って呼ばれているに違いない。
「ひっ、あの……」
「………………他に人がいる場合、俺の事はアイザックと呼び捨てにしろ。いいな」
「は、はい!」
歯をギリギリさせながら唸るようにそういった彼からどうにか視線をずらしてホッと息をつく。
恐らく聖女様がそう呼んでいたのだろうけれど、わたしに名前を呼ばれることすら嫌なのか。それはそうだろう、だって彼は王子を尊敬していそうなのに、それなのに聖女様を殺したのだ。
あの王子の聖女様への愛を知りつつもそれでも殺すことを選んだのだ。そのくらいに憎い何かが……。
「あの、聖女様の名前は……」
「…………ニーナ・サーチス。北のはずれの小さな町の生まれだ。殿下以外のものは聖女様と呼ぶ」
「あ、そうですか……。どんな、人だったんですか」
ちょっと迷ったけど、これを聞かないことには話は進まない。
やはりというか、なんというか、憎らしげにこちらを睨んだアイザックさんへの悲鳴をどうにか飲み込んで言い切った言葉に彼はやがてため息をついた。
「…………聖女、とはとても言い難い人だった。淑女ともかけ離れている。殿下に馴れ馴れしく、上位の役職を持つ人間に礼儀もなく擦り寄っていく。よく言えば天真爛漫、悪くいえば我儘で自分勝手。膨大な魔力を自分の為だけに使っていた」
「……なる、ほど」
「あの女を見つけたのは俺だった。聖女にしたのも俺だ。三年……三年もこの城で贅沢三昧に過したくせに、その力を持ちながらあの女は役目を一度も果たさなかった」
わたしを真っ直ぐに見据える瞳はとても暗く、最初に出会った時のようだった。憎悪が渦巻く澱んだ翡翠の瞳に、勝手に冷や汗が出る。
聖女様はわたしではない。この人が語っているのはわたしとは別人で、それなのに恐ろしくて仕方がない。
きっと、アイザックさんはわたしを通して聖女様を見ているのだ。彼的には別人だろうとそう重要なことではないのかもしれない。
ただ、この顔がこの姿かたちをした女がひたすらに憎いのだろう。
「……わ、かりました。ありがとうございます。わたしに出来ることなら協力しますから」
「……協力? 違うな。その姿でいる以上、義務だ。幸いお前からはあの女と同じ聖女の魔力を感じる。特別なものだからそうそうバレる事もないだろう」
「魔力……?」
「そうだ。聖女は代々尋常ではない量の魔力を持つ。それを使って役儀を果たし、人々を癒し守るのが定めだ」
魔力? わたしにそんなものがあるなんて思えないんだけど。傷も治っていないって言ってたし……。そう思って首筋に触れると何故か痛みを感じなかった。
傷の感触も無い。
「っ……」
治った? いつの間に? どうして、わたしなにもしていないのに……。
恐ろしくて汗がふきでる。
そのわたしの様子をアイザックさんはじっと観察していた。
「……まあいい、聖女の泉に行けば分かる事だ」
「聖女の、泉……」
「…………あの女は一度しか訪れなかったがな」
憎々しげに言った彼は目を伏せ、それからさっさと踵を返してしまった。
「あの、待っ!!」
バタン。
またこのパターンだ。
「はあ……」
あの扉を出たら内臓どろどろはもう大丈夫なんですか? どうなんですか……?
いつもありがとうございます!
今日はもう1回……いや、もう2回更新出来たらいいのになーと思っています。
よろしくお願い致します。




