「風、戻る②」
~~~風~~~
紅蓮世界シンの皇帝龍驤が娘、第二皇女龍涙の離宮。
その外れに、茅葺き屋根の家がぽつんと建っている。
亡くなった庭師の住まいだったのだというそこは、華々しい離宮の有り様に比してあまりに質素で、牧歌的だ。
だがそれだけに、風は住みやすいと考えている。
「あら、干し芋に干し柿……。これも鈴がやってくれたのかしら」
軒先に吊るしてあるこの地方の名産に、風は目を細めた。
見れば庭先は綺麗に掃き清められ、植え込みもしっかりと刈り込まれている。
「ホントに助かるわ。留守中もあれこれと世話を焼いてくれて」
風はひとりの男と同居している。
しかしその男は意識が無く、常に誰かが身の回りの世話をしなければならない状態だ。
龍花の片腕として方々を飛び回ってばかりの風にとって、『拾われ子』たちのリーダー格である鈴の介助はこれ以上に無い助けになっている。
とは言え、鈴の存在自体は龍花に属するものであり……。
「できればあまり迷惑をかけたくないのだけど……」
それが本音だが、かといってどうにかなるわけでもない。
どうあれ、同居男性である○○○が目を覚まさないことには始まらない。
「戻ったわ」
ひとつため息をついてから、風は土間に足を踏み入れた。
庭師の遺したものだという様々な道具が壁に立てかけられ、古式ゆかしいかまどの類が並んでいる。
土間の奥には板敷きの部屋があり、家の雰囲気に似つかわしくないカプセル型の治療装置が設置されている。
呼吸を妨げない薄青色の特殊ジェルによって満たされた中に○○○が横たわり、緩やかな眠りについている。
「……ホント、よく眠ってるわよね」
ひょろりと背の高い、優しげな顔立ちの男――○○○が眠りについているのを確認すると、彼女は床に座った。
治療装置に背を持たせるようにすると、しばし瞑目した。
「あれからもうすぐ九年……か」
彼女の脳裏には、今もまざまざと焼き付いている。
あの日、あの夜、あの瞬間。
あの少年を守るために○○○がとった行動が、光景が。
「……」
失格ね、と彼女は思う。
本来ならそれは、彼女の役割だった。
○○○の所有物である彼女が、身を挺してでも行うべき役割だった。
だが実際にはそれは行われず、○○○はこうして覚めることなき眠りについている。
「……ねえ、知ってる? 『予言』は変わりつつあるのよ。わたしが死なず、あなたも死ななかった。そこから始まった変化が、あのコの身にも影響を及ぼしつつある。武術家としてより強くなり、周囲の人間関係も強固に固まりつつある」
ねえ、知ってる?
ねえ、知ってる?
彼女は眠れる彼に繰り返し伝えた。
『予言』を回避するために龍の面をかぶりなしてきた、己の行為を。
それがあのコにもたらした変化を。
血みどろの塔手の末に打ち倒されたことすらも。
「言われちゃったわ。『狂ってるよ、あんた』って。『あんたみたいな化け物に、誰が恵みを与えてくれるってんだよ』って。まあしょうがないわよね。したことがしたことだし、あんなお面もかぶってるし、理解されなくて当たり前。そもそもわたし、子供扱いって苦手だし……」
でもまあ……と彼女はつぶやいた。
自嘲するように目を細めながら。
「実の息子に言われるのは、そこそこキツイわ」
はあとため息をつくと、彼女は治療装置に頭を載せた。
ひんやりした感触を後頭部に感じながら、天井を見上げた。
「ねえ、いつまで『眠り姫』をやってるつもり?」
愛しい主人の名を――
万感の想いをこめて――
「もういいかげん目覚めてよ。ねえ、アラタ――」
彼女は――新堂トワコはつぶやいた。
前作『トワコさんはもういない』より引き続きの読者様方へ。
『彼女』の生存、確認されました。
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