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悪党とバカと不思議な黒猫  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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7/10

賢人、計画の変更を余儀なくされる

 賢人は、思わず顔をしかめていた。




 今、狂言町の通りでパァンという乾いた音が鳴ったのだ。

 賢人は、すぐさま反応する。どこかのバカが、ピストルでもぶっ放したのか? と思い、辺りを見回してみた。が、それらしき者は見当たらない。どうやら、発砲音ではなかったらしい。

 代わりに、ひとりの青年が男たちに取り囲まれていた。ここから見る限り、取り囲んでいる男たちはヤクザのようだ。

 男たちは、年齢も背格好もバラバラである。ストリート系ファッションに身を包んでいる十代の若者がいるかと思えば、四十過ぎでスーツ姿の男もいる。傍から見れば、何の集まりかと思われるだろう。

 だが彼らには、共通する部分があった。裏社会に生きる者に特有の匂いを放っているのだ。どこか生臭い、血と金の混じった匂いである。賢人の目はそれを見逃さない。ヤクザと見て、まず間違いないだろう。

 彼らは、全部で七人いた。ヤクザと思われる男たちは、軽薄そうな顔の青年を囲み、敵意に満ちた視線を投げかけていた。


「まずいぞ、これは……」


 賢人は、ひとり呟いていた。

 当初の計画は、こうだった。後藤ビル地下の裏カジノから、地下駐車場に運ばれる売上金を奪う。そこからすぐに地上に出て、大通りの人混みに紛れる。大勢の人間たちと共に、何食わぬ顔で駅まで歩く。

 いったん駅に入ってしまえば、後はこちらのものだ。電車に乗り、さっさとおさらばする……それが、賢人の描いたシナリオだ。この通りにすれば、間違いないはずだった。

 しかし、今の騒動を見てわかったが、仁龍会もそこのところを警戒しているらしい。木を隠すには森、人を隠すには人混みである。同様に、ヤクザを隠すにも人混みが適している。

 そう、何かあれば、隠れているヤクザたちが一斉に動くことになっているのだ。


 仮に、賢人が当初の計画通りに動いていたとしよう。

 地下駐車場にて、車に乗せられる売上金。賢人はそれを首尾よく強奪し、地上に出る。だが、大通りに入った時点で一般市民に扮したヤクザたちに取り押さえられていただろう。そうなれば、後のことは想像するまでもない。死んだ方がマシ、という目に遭わされるのだ。


 危ないところだったな……。


 賢人は、額の汗を拭いた。これは暑さによるものではない。彼は今、まさに九死に一生を得た気分であった。


 その間にも、大通りでは騒ぎが続いていた。ヤクザたちのリーダー格と思しきスーツ姿の男が、青年にネチネチと因縁をつけている。さすがに、こんな公衆の面前で暴力を振るったりはしないだろうが、それでもきっちり脅されているのは間違いない。

 青年はというと、ヘラヘラした態度でウンウンと頷きながら話を聞いていた。怯えている様子はない。よくよく見れば、片手に紙袋を持っている。

 ひょっとして、あの紙袋に空気を入れ膨らませ、叩き割ることでパァンという音を鳴らしたのか。

 何を考えているのだろう……。


「あいつ、とんでもない奴だな。よっぽどのバカか、あるいは大物なのか」


 思わず呟きながら、賢人はこの騒動を見守っていた。

 同時に、頭の中で様々な考えを巡らせる。これまで何度も偵察していた。が、こんな風にはっきりとした動きを見たのは初めてである。

 今のヤクザの反応は露骨だった。パァンという音に反射的に集まり、武器を抜く寸前までいった者までいたのだ。

 つまり、売上金を狙われる可能性を、連中は常に頭に入れているということだ。あれがもし本物の銃声だったなら、青年はその場で蜂の巣にされていたに違いない。ヤクザという人種は、場合によっては、公衆の面前だろうが構わず殺しに来るのだ。

 さて、どう戦うか……。


 やがて、ヤクザたちは去っていった。青年はしばし立ち止まり、ポリポリ頭を掻きながらその場を去っていく。

 同時に、野次馬たちも肩透かしを食らったように散っていく。おそらくは、暴力沙汰を期待していたのだろう。悪趣味な連中である。まあ、これから強盗をやらかそうという自分に彼らを糾弾する資格はないが……。

 とにかく、青年は無傷で帰っていった。ヤクザ相手に、大したものである。

 とはいえ、ヤクザにしても、公衆の面前であんな雑魚以下の青年をさらったところで、大した利益は見込めない。それ以前に、あんな青年ひとりに構っているほど、彼らも暇ではないのだ。


 賢人は、さらに偵察を続行した。大通りは、先ほどの騒ぎなどなかったかのように、すぐにいつもの顔に戻った。キャバクラや風俗店の客引きがあちこちから現れ、道行く人に声をかけていた。仕事帰りのサラリーマンや遊び好きな学生たちが闊歩し、怪しげな職業の人間たちが獲物を狙う目で徘徊し始める。




 やがて、辺りは暗くなってきた。いよいよ、裏社会の住人たちが本格的に動き出す頃だ。そろそろ引き上げ時である。裏街道を歩く者の中には、異様に勘の鋭いタイプがいる。万一、そんな者に目をつけられたら完全にアウトだ。

 

 道すがら、賢人は考えていた。こうなると、どう動くか。

 賢人は運転免許を持っているし、当然ながら車も運転できる。だが、自分の車は持っていない。したがって、車で逃げるというわけにはいかないのだ。

 レンタカーを使えば、すぐに身元が割れてしまう。車を盗むという手もあるが、売上金強奪そのものが大きなリスクを背負う仕事なのだ。これ以上のリスクを負いたくはない。

 これらの事情を鑑み、売上金を奪った後は徒歩で人混みに紛れて逃げる……という計画を立てていた。あと二回ほど偵察をして、特におかしな点がなければ実行に移す段階にまで来ていた。


 しかし今日の騒動を見て、危ういところで幸運に救われたことを自覚した。

 同時に、ひとつの疑問が浮かんできた──


 あいつ、何者だったんだ?


 賢人の頭の中には、先ほど見た光景が浮かんでいた。軽薄そうな青年が、一般市民に紛れていたヤクザに取り囲まれ、脅されていた場面である。

 何者かは知らないが、あの男のお陰で賢人が救われたのは間違いない。

 

 偶然とはいえ、助かったぜ。


 賢人は、心の中で礼を言った。

 立ち上がり、冷蔵庫の中を覗く。昨日スーパーで買い込んだ惣菜が、まだ残っていたはずだ。

 冷蔵庫の中には、ビニールパックに入ったポテトサラダとサンドイッチが残っている。それらを取り出した。

 さらに、昼に調理した鶏肉の残りと炊いてあった米、さらに買い置きのカップラーメンにお湯を入れ、ちゃぶ台に並べていく。こういう時、味などどうでもいい。車が給油するのと同じく、体に燃料を入れるのだと思えばいい。


 遅い夕食をとりながら、賢人は今日の出来事を反芻していた。

 ヤクザどもが、いかに警戒網を張り巡らせているかがよくわかった。どれだけ用意周到にしても、奴らの裏をかくのは至難の業だ。もし先ほどの紙袋男がいなければ、今ごろ自分は「計画実行前に詰み」という最悪の結末を迎えていたに違いない。


 わざわざリスクを背負ってまでやる価値が、本当にあるのか?


 カップラーメンを啜っている時、心に影がさした。

 仁龍会の仕切る裏カジノの売上金を奪う。うまくいけば、五千万円から一億円という大金が手に入る。だが、それはあくまで「うまくいけば」の話だ。実際には、仁龍会という巨大な組織を敵に回すことになる。

 今日の件で、その恐ろしさをいやというほど思い知らされた。心の中で臆病風が吹き、言ってくる。お前じゃ無理だ……と。

 しかし、そこで裡に潜むものが問いかけてくる。


 やめてどうするんだ?


 なぜか、幼い頃の記憶が蘇った。教会に併設された養護施設で暮らしていた頃のことだ。賛美歌を歌ったり、牧師の説教を聞いたりする時間は退屈に思えた。

 だが、今振り返れば、あの日々は本当に楽しいものだった。自分の人生で綺麗な思い出と呼べるのは、あの施設で過ごした時代(とき)だけだ。


 大通りはダメだ。人混みに紛れる案は、もう潰えた。

 なら、どうする? 

 

 新しいシナリオの断片が、頭の中で少しずつ浮かんでは消えていく。賢人は思わず苦笑した。

 そう、結局やめる選択肢なんてありはしないのだ。いくら「やめちまおうか」と思っても、こうして次の手を練ってしまう自分がいる。もう、引き返せない場所まで来てしまったのだ。


 まずは、明日も偵察だ。期限までに、どうにか穴を見つけてやる。

 まだ終わっていないし、終わらせるわけにもいかない。




 

 

 

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