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悪党とバカと不思議な黒猫  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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6/10

誠、またしてもヤクザに怒られる

 誠は激怒した。

 必ず、かの傍若無人なギャル共に天罰を与えねばならないと決意したのである。




 ことの起こりは、つい先ほどだ。

 仕事が終わった誠は、珍しく繁華街のど真ん中を歩いて帰るつもりであった。

 外国人バイトによれば、後藤ビルなる場所の周辺にはヤクザが多いらしい。一応、今後のことも考えて、そのヤクザたちを見ておこう……と考えたのであった。

 途中、ファーストフード店でハンバーガーとコーヒーを買った。そのふたつが入った紙袋を手に、人混みの中をすり抜けつつ後藤ビルを探す。

 目当ての後藤ビルは、簡単に見つかった。見れば、古びた建物である。誠は、漠然と金ピカの趣味の悪い外壁なのでは……などと想像していた。だが、現実はまるで違う。

 また、黒スーツ姿にスキンヘッドとサングラスの凶暴そうなヤクザが、門のところで睨みを利かせているのかとも思っていた。だが、そんな者は見当たらない。


「何だこりゃ。つまんねえなぁ。さては、この誠さまに恐れをなしたか」


 そんなバカなことを呟きながら、誠は向かい側のビルの階段に座り込む。通りは、人々でごった返していた。

 誠は、紙袋からハンバーガーを取り出し、パクパク食べ始める。と、その視界に妙なものが入った。


 後藤ビルの入口に、猫が座っている。前に会った二本尻尾の黒猫だ。相変わらず、尻尾を優雅にくねらせながら誠を見つめている。

 

「ね、猫又ちゅわぁん……」


 誠は、そっと立ち上がった。勢いよく立ち上がると、猫は逃げてしまう恐れがあるからだ。

 締まりのない顔で、おいでおいでをする。が、黒猫は動かない。ただ、まっすぐ誠を見つめているだけだ。時おり、二本の尻尾が床を撫でる。まるで、お前がこっちに来い……と誘っているかのようにも見える。

 ならば、こちらから動くだけだ。誠は、ハンバーガーを片手に近づいていく。

 この時点で、誠には気づいていないことがあった。これだけ大勢の人々が行き来しているのに、誰ひとりとして猫に見向きもしていないのだ。

 毛並みは美しく、しかも尻尾が二本ある黒猫である。見た人間なら誰もが「お?」と思い二度見してしまうだろう。

 にもかかわらず、この黒猫に反応しているのは誠だけであった。これは、明らかにおかしい。にもかかわらず、誠はこの状況の不思議さに全く気づいていなかった。


「猫又ちゅわぁん、おいで……ほら、ハンバーガーおいちいよぅ。だからぁ、お背中ナデナデさせてぇん」


 文字通り猫なで声を出しながら、誠は猫に近づいていく……と、そこにぶつかって来た者がいる。化粧の濃い三人組の女の子だ。俗に「ギャル」と呼ばれている少女たちである。

 ギャルたちは、三人でベラベラ喋りながら突き進んでいく。香水の匂いを撒き散らしながら、前をよく見もせず傍若無人な態度で歩いてきたのだ。

 結果、ひとりのギャルが誠にぶつかってしまった。しかも運の悪いことに、三人組の中でも一番体格のいい女の子だったのである。

 誠は弾き飛ばされ、転んでしまう。そのため、コーヒーがこぼれてしまった。

 そんなことをしておきながら、ギャルたちはお構い無しである。誠のことなど無視し、謝りもせずスタスタと歩いていってしまった。

 誠は頭にきたが、今はそんなことに構っている場合ではない。今、優先すべきは猫又である。何よりも、あの猫又と仲良くしたいのだ。

 急いで猫又の方を見た。が、影も形もない。目の前で転んだ誠に驚き、逃げてしまったのだろうか。いや、ひょっとしたら香水の匂いで退散したのかもしれない。なにせ、猫は香水が嫌いである。

 いや、猫又が逃げた理由など、今さらどうでもいい。あのギャルがぶつかってこなければ、猫又ちゃんとお近づきになれたかもしれなかったのに──

 

「クッソー……あのバカギャルども、許さん!」


 誠は、すぐさま行動を開始した。ハンバーガーとコーヒーの入っていた紙袋に、思いっきり空気を吹き込む。

 紙袋は、たちまちパンパンに膨らんだ。その紙袋を片手に、ギャル三人組の後を追う。

 すぐに追いつくと、その背後で膨らんだ紙袋を上げる。

 不敵な笑いの直後、紙袋を叩き割った──


 パァン! という派手な音が響き渡った。ギャルたちは、驚きのあまりとんでもない声をあげる。

 が、その行動は別な者たちまで引き寄せてしまった──


 それから一秒もしないうちに、誠は男たちに取り囲まれていた。当然ながら、見覚えのない人たちである。

 全員、年齢も背格好もバラバラであった。

 彼らの顔には、怒りと殺気が浮かんでいる。さすがに、手に拳銃やナイフは持っていない。とはいえ、その存在感だけで、誠の心臓は激しく打ち鳴った。


「おい、お前。今のは何だ?」


 リーダー格と思われる男が尋ねた。低く、地面の振動まで伝わりそうな声である。

 一瞬、誠は何が起きたかわからなかった。だが、すぐに察知する。そう、あの「パァン!」という音だ。紙袋を叩き割っただけの、ただのイタズラである。

 しかし、ヤクザたちはてっきり銃声だと思ったらしい。すぐに反応したが、その正体を知りブチ切れているのだ。


「お前! ここで何やってんだ!」


 ビルの中にいた男たちも、表に飛び出してきた。まさに一触即発の空気である。

 誠は、完全に焦っていた。


「やばいよ、やばいよ。これはまずい……」


 心の中で連呼しながら、必死で考えた。とりあえず、土下座して謝りたい衝動に駆られる。しかし、それだけで済んでくれるだろうか……「指を詰めろ」などと、言ってきたりしないだろうか。


 そんな誠に、リーダー格らしき男が接近してくる。鼻と鼻が触れ合わんばかりの位置まで顔を近づけ、口を開く。


「おいガキ、俺たちは仁龍会の者だ。名前は知ってるな?」


「は、はひ!」


「こんな音ひとつで街中を騒がせるなんて、命知らずもいいところだ」


 そんなことを言いながら、リーダー格は睨みつける。

 このままでは、猫又との再会どころではない。全ては、あのバカギャルのせいだ……と心中で責任転嫁するが、その間にも話は進んでいく。


「お前、これからどうするつもりだ? どう落とし前つけるんだ? 言ってみい」


 リーダー格は、そんなことを言ってきた。同時に、ぐるりと取り囲む男たちの冷たい視線が、誠に突き刺さる。

 だが、そこで気づいたことがあった。


 あれ?

 確かに怖いっちゃあ怖いけど……。

 でも、あの時に比べりゃ怖くないぞ。


 誠の脳裏には、ひとりの女性の姿が浮かんでいた。そう、鬼軍曹ならぬ鬼班長の豪力寅美である。

 

 なんだ……。

 ヤクザだって言うからビビったけど、班長に比べりゃ全然怖くないじゃん。


「おい、何笑ってんだ? 何がおかしいんだ? 言ってみろ」


 いつの間にか、顔に笑みが浮かんでいたらしい。こんな時に笑うのは、文字通り致命的だ。誠は、必死で表情を作る。


「え、えっと……あの、その、イタズラです、はい」


 その言葉に、リーダーは一瞬だけ顔を歪めた。どうしたものかと少考したが、こんなガキを相手にしても仕方ないと悟ったらしい。


「イタズラ? あのな、全く笑えねえんだよ。よく覚えとけ。イタズラってのはな、笑えればこそ許されるんだよ」


「は、はい。わかりました」


「いいか、次は許さんぞ。小指飛ばすくらいじゃ済まさねえからな。覚えとけ」


 そう言うと、リーダー格の男は去っていく。同時に、誠を取り囲む男たちも立ち去っていった。今回、誠は脅されるだけで済んだのである。

 そんな男たちを見つつ、誠は呟いた。


「うーん、やっぱり豪力班長の方が遥かに怖いな」




 そんな誠の姿は、大勢の人間に見られていた。しかも、人間でないものにも見られていた。

 黒猫は二本の尻尾を緩やかに揺らしながら、誠のことをじっと眺めていたのである。






 

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