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悪党とバカと不思議な黒猫  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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賢人、奇跡の存在を実感する(1)

 あれは、賢人が少年刑務所を出て一月ほど経った時のことだ。

 生まれ育った教会と児童養護施設を訪れてみよう……それは、ほんの気まぐれからの行動であった。無論、シスターらと会うつもりはない。自分は前科者なのだ。もはや、教会に入る資格などないと思っていた。

 ただ、遠くから一目見てみたかった。


 だが、行った先で思わぬものを見てしまった。

 明らかに裏社会の住人と思われる者たちが、養護施設の職員らに因縁をつけていたのだ。しかも、その内容がはっきりと聞こえてくる。


「だからぁ、土地の権利が豊川商事のものになったんだよ! 土地代払えなきゃ、出ていってくれや! ゴルフ場にでもした方が儲かるからよ!」


 賢人は愕然となった。これは、どういうことなのだろう。

 助けに入りたかったが、今の自分には何もできなかった。下手に暴力を振るえば、教会に迷惑をかけることになる。後ろ髪を引かれる思いを感じながらも、その場を離れた。

 

 その後、賢人は独自に調べ始めた。結果、様々なことを知る。

 豊川商事は、一応は堅気の人間が営む会社だったが……その手口は、ヤクザも同然であった。教会の土地も、以前の地主が痴呆症になったのを知り、だまくらかして二束三文の値段で買い取ったようなのだ。

 そして、今は土地代を払えと教会に要求している。その額は三千万。この辺りの土地の相場を考えれば、あまりにも高い額である。

 だが、経緯はどうあれ豊川商事が教会の土地の権利を持っている事実は変えられない。三千万が払えなければ、教会と児童養護施設にいる者たちは追い出されてしまう。

 何より、自分の育った場所がゴルフ場になってしまう……それは、賢人にとって受け入れることのできない話であった。

 だが賢人には、三千万などという大金をすぐに用意することなどできない。


 その時、賢人は思い出した。刑務所にいた時、ある受刑者が言っていた話である。


(真幌市狂言町にある裏カジノの売上金は、二日に一度、午後六時から午後八時の間に運ばれる。回収ルートは地下から北側の搬入口、そこから黒いワンボックスが迎えに来る。最低でも五千万、多い時は一億いくかもしれないって話だ)


 これに賭けるしかない。賢人は、狂言町まで行き裏カジノを偵察した。その時、意外な人物を発見する。

 豊川商事の社長が、裏カジノから出てきた。しかも、ヤクザと親しげに話しながらである。

 一般企業の看板を掲げている会社の社長が、ヤクザとの繋がりがある……これは、スキャンダルになる。豊川商事へのダメージになるのは確実だ。

 賢人は、売上金の強奪と並行し、豊川商事の社長の動向にも気を配るようになった。

 そう、賢人の立てた裏カジノの売上金の強奪計画、さらに毎日の偵察……全ては、生まれ育った教会を救うためのものだった。




 そして、賢人は計画を成功させた。

 売上金を奪い、見事に逃げおおせた。その後は、現金を少額に分け、寄付の名目で別々の場所から封筒に入れ送ったのだ。

 一度に大量の現金が送られてきては、向こうも驚き警察に通報するかもしれない。だが、各地から少しずつ送られてくれば、不思議に思いつつも受け取ってくれるだろう。


 さらに賢人は、裏カジノの偵察で得た画像をマスコミに送った。それだけでは済まさず、ネットにも投稿した。豊川商事の社長が、裏カジノに出入りする場面や、ヤクザと親しそうに話している姿が映っているものだ。

 これにより、豊川商事はネット民から散々に叩かれ炎上する。もともと評判の良くない会社だっただけに、火が回るのも早かった。

 もっとも、この程度で、豊川商事を潰せるなどとは思っていない。それよりも、奴らの目を教会から逸らせたかったのである。騒ぎが大きくなれば、豊川商事もこんな小さな土地のことなど忘れるだろう……という計算である。


 ◆◆◆


 売上金を強奪してから、二ヶ月が経った。

 賢人は、再び教会を訪れていた。もっとも、今回も中に入る気などない。あくまで、遠くから眺めるだけで良かった。

 ただ、自分の成し遂げたことの成果を、自身の目で確認しておきたかった。


 古びた教会は、幼い頃と同じように丘の上にそびえていた。記憶に比べると、小さくなったような気がする。


「やってやったぜ」


 呟く賢人の顔には、笑みが浮かんでいる。

 そう、自分はやってのけたのだ。刑務所にて、弱者をいたぶっていた頃の記憶……それは、どうしても頭から離れない。以来、自分はクズだという思いが賢人に取り憑いてしまった。

 今も、その思いは消えたわけではない。それでも、ひとつだけ言えることがある。


 俺は、自分がクズでないことを証明できた。


 今後、当時の記憶が蘇ったとしても「俺はクズじゃねえ」と自分自身に胸を張って言えるのだ。

 心についた傷は、一生消えることがないのかもしれない。しかし、別の何かで上書きすることはできるのだ。


 せっかくだから、もう少し近づいてみよう。賢人は歩き出した。

 だが、教会に近づくにつれ、様子がおかしいことに気づいた。

 いつも、この時間帯はしんと静まりかえっているはずだった。なのに、今日は笑い声が聞こえるのだ。

 しかも、裏の駐車場には車が数台停まっていた。来訪者が、普段に比べ多いことは一目でわかる。いや、多すぎると言っていい。


 こんな田舎の教会に、いったい何をしにきたんだ?


 賢人は好奇心に負け、そっと覗いてみることにした。足音を立てずに歩き、近づいていく。

 だが、そこで教会の扉が開かれた。中から、ウエディングドレスを着た女が出てくる。身長は高く、賢人よりも確実に大きい。肩幅も広くがっちりした体型だ。賢人も体を鍛え込んではいるが、この女には負けるかもしれない。

 しかし、賢人の目は女ではなく、その横にいる男に釘付けになっていた。

 あの軽薄そうな顔……忘れもしない、裏カジノの前で散々バカをやっていたイタズラ小僧だ。

 

 賢人は、口を開けたままその場に立ち尽くしていた。同時に、彼のやらかした奇行の数々が蘇る。なんてバカな奴なんだろうと、最初は呆れながら見ていた。

 だが、彼こそが賢人の計画の最大の功労者であった──

 

「なんだよ、これ……」


 何という偶然だろう。あのイタズラ小僧がいなかったら、賢人は計画を成功させることはできなかった。いや、生きてここにいることすら叶わなかった。イタズラ小僧がいたから、賢人は売上金を奪い教会を救えた。

 その救った教会で、今度はイタズラ小僧が結婚式を挙げている──


 不意に、賢人は笑い出した。

 こんな偶然があるはずがない。そう、これは奇跡なのだ。奇跡が起き、教会は救われたのだ。

 その奇跡が、あのイタズラ小僧にも幸せをもたらした。


 奇跡って、本当にあるんだな。


 そんなことを思いつつ、賢人は新郎新婦を見つめた。大きく逞しい新婦と、細くて頼りない新郎……だが、ふたりはとても幸せそうに見えた。

 そんなふたりの周囲には、多くの人がいる。外国人がいるかと思えば、ギャルもいる。それも三人だ。よく見れば、あのイタズラ小僧と揉めていた三人組ではないか。

 皆、心からふたりを祝福してくれているようだった。ふたりが、皆にとってどれだけ大切な存在であるかが窺えた。


 そんな光景を見ているうち、賢人の胸にある感情が湧き上がってきた。


 俺は、この場所にいてはいけない。


 そう、自分は犯罪者なのだ。これまで、人を騙し、盗み、傷つけてきた。人殺しこそしていないが、罪人である事実に変わりはない。

 このようなめでたい場に、いてはいけない人間なのだ。


 こんな場所を、俺の存在で汚しちゃいけないよな。


「お兄さん、ありがとうな。あんたには、本当に感謝してるよ。あと、結婚おめでとう。あんたらの今後の人生に、幸多からんことを祈ってるよ」


 そう呟くと、賢人はくるりと背を向ける。そのまま立ち去ろうと歩き出した。

 だが、そこで不思議なことが起きる──


 突然、突風が吹いたのだ。賢人は、不意をつかれバランスを崩しそうになった。

 いったい何事が起きたのだろう。賢人は、周りを見てみる。

 そこで、彼は意外なものを見る──

 

 

 



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