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悪党とバカと不思議な黒猫  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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30/33

誠、心に愛が生まれる

「おい、なんだこの部屋は?」


 呆れた表情の寅美に、誠は仕方なく笑ってごまかすことにした。


「な、なんだと言われると困ってしまいますが……まあ、見ての通りです。ははは」


 そう、誠の部屋は汚い。とは言っても、ゴミが散らばっているわけではなかった。いわゆる「ゴミ屋敷」とは違う。

 ただ単に、床のあちこちに玩具が散らばっているだけなのだ。しかし、その量は多い。お片付けのできない子供部屋のような状態であった。


「ははは、じゃないだろう! もう少し部屋を綺麗にできんのか!」


「いやあ、俺は散らかってないと落ち着かないんですよね」


 なおも叱りつける寅美に、誠は顔を引きつらせながらも適当な言い訳をした。




 先ほど、ヤクザから身に覚えのない因縁をつけられ、殴る蹴るの暴行を受けていた誠。

 そこに颯爽と現れたのが寅美である。彼女は、ヤクザたちを一瞬で叩きのめしてしまった。さすがに、ここまで強いとは予想外であった。しかも、乱闘後の処理の仕方も素晴らしい。誠は、ちょっとだけ惚れてしまった。

 その後、傷ついた誠を見かねて、傷の手当てをしてやる……と言い張り、半ば強引に家に入ってきてしまったのだ。

 正直、誠としては複雑な心持ちであった。助けてもらった以上、入るなとも言えない。

 それに、誠はなぜかドキドキしていた。そう、彼の心はときめいていたのである。

 寅美が、自分の部屋にいる……ほんの一月前だったら「冗談じゃない。あの人と俺の家でふたりっきりになるくらいなら、ライオンの檻の中で暮らす方がマシだよ」と、笑って言えただろう。

 しかし、今は違う──


 それ以前に、誠はこういう状況に慣れていなかった。なにせ、中学生の時からバカなイタズラばかりしており、女子たちからは「残念すぎるイケメン」と密かに言われていたのである。実際、誠のことを見て好きになった女子もいるにはいたのだが、彼のあまりにもバカすぎる行動にドン引きし「あれは無理だ」と、数分で恋心が冷めていたのである。

 高校生の時はというと、男子校であり周りは男ばかりである。一応、近所の女子校の子たちとカラオケ……のようなイベントもあるにはあったのだが、誠は誘われなかった。「あいつを連れていくと、何をやらかすかわからない」と思われ、そういったイベントには呼ばれなかったのである。また、本人もさして興味がなかった。

 そんなわけで、誠のこれまでの人生において、彼女なるものがいたことはなかった。本人もまた、イタズラやおふざけに夢中になっており、恋愛に割く時間などなかったし興味もなかった。

 そんな誠が今、柔道三段空手二段で百八十センチを超えるゴツい女上司と、ふたりきりで自宅にいるのだ。

 一応、いつも通り締まりのない顔でヘラヘラ笑ってはいた。だが頭の中では、いろんなことを考えていたのである。


 そんな誠に向かい、寅美は真面目な顔で語っていく。

 

「物事には、程というものがあるだろうが……まあ、いい。今は、まず傷の手当てだ。ほら、服を脱げ。どこか傷めている箇所がないか、確かめてみなくてはな。それに、血のついた服は早く洗え」


 すると、誠は両手で胸を隠す素振りをして、イヤイヤというリアクションをしてみせる。


「ふ、服を脱げだなんて……寅美さん、まさか俺を襲う気ですか? そんな、駄目ですよ。やめてください」


 一応、冗談めかしていた。だが、実のところ本人は恥ずかしかったのだ。まさか、寅美に服を脱げと言われるとは……誠の心臓は、バクバク高鳴っていた。それをごまかすには、ふざけなくてはならなかったのだ。

 しかし、寅美はそんな誠の気持ちなど知らない。怖い顔で誠を睨み、空手ダコに覆われたゴツい拳を突き出してみせる。


「私はな、傷の手当てをしてやると言ってるんだ! ふざけたことを言っていると、ここで全治一ヶ月くらいの重傷を負わせてやろうか!」


「す、すんません。冗談です」


 誠が言った時だった。突然、ベランダの方から音がしたのだ。それも、ニャアという音である。いや、音というよりは声だ。

 途端に、寅美の表情が変わった。何かを期待するかのごとき様子で尋ねる。


「い、今のはなんだ? 猫か? お前は猫を飼っているのか?」


「いや、飼ってませんけど……」


 言いながら、誠はベランダの方を向く。今のは、どういうことだろう。思い当たるのは野良猫のニャムコだが、奴が今まで声を出したことなどなかった。無言のまま、のそのそ庭を歩くだけだった。

 では、別の猫だろうか。


 誠がそんなことを思った時、再び音が聞こえた。さっきと同じ、ニャアという声である。

 そっとベランダのガラス戸を開けてみると、そこにいたのはニャムコだった。誠をまっすぐ見つめ、またしてもニャアと鳴く。


「お前、どうしたんだ……」


 思わず呟いた誠だったが、事態はさらに予想外の方向へと進んでいく。

 何を思ったか、ニャムコがこちらにのそのそと歩いてきたのだ。何のためらいもなく誠に近づいてきて、彼の横をすり抜け部屋に入ってきてしまった。


「えっ? えっ?」


 混乱する誠。ニャムコは今まで、誠の手の届く位置にまで近づいてくることはなかったのだ。それが、今では部屋の中にまで入り込んでいる。

 唖然となっている誠の前で、ニャムコの奇行はさらに加速していく。彼の体に顔を擦り付けたかと思うと、その場に寝転がりタプタプと肉のついたお腹を見せ始めたのだ。喉をゴロゴロ鳴らしながら、誠の前であられもない姿を見せつけている。

 しかも、そんなニャムコに寅美は熱い視線を向けているのだ。


「な、何この子……可愛い」


 うわずった声で言いながら、うっとりとした表情を浮かべニャムコを見ている。

 そして……そんな寅美を見た誠の中に、ある感情が生まれていた。


 寅美さん、こんな顔もするんだ……。


 そんなことを思いながら、うっとりと寅美を見つめる誠。その誠に、喉をゴロゴロ鳴らしながらじゃれついていくニャムコ。そのニャムコに、熱い視線を向けている寅美……何とも表現のしようがない、不思議な三角関係ができていた。


 そんな三者の様子を、ベランダの外から見ているものがいた。

 あの不思議な黒猫である。二本の尻尾をくねらせつつ、エメラルドグリーンの瞳で和やかな部屋をじっと見つめていた。

 少しの間を置き、黒猫はフッと消え去った──




 この日を境に、ふたりと一匹の関係は変わってしまった。


 寅美は、工場内では相変わらず怖い鬼班長だ。イタズラをした誠を怒鳴りつけるのも、いつもの通りである。

 しかし、時おり耳元でそっと「ねえ、今日も行っていい?」と可愛らしい声で聞いてくるようになったのだ。その声を聞く度、誠は痺れてしまう。


 誠は、部屋を片付け寅美がいつ来てもいいように準備するようになっていた。さらに、休日はふたりで出かけるようになっていた。とはいえ、ふたりの力関係は変わらない。誠がバカをやり、寅美が叱りつける……この図式は以前と同じである。


 ニャムコはというと、誠の部屋にちょくちょく顔を出すようになっていた。今までは、部屋の中に入ることはなかったし、触れることもできなかった。

 ところが、今では喉をゴロゴロ鳴らしながら、誠の体に頬を擦り付けたり、腹を見せながらくねくね動いたりもするのだ。もはや、完全に飼い猫の動きである。

 また、ニャムコは寅美にも懐いていた。寅美が来る度、嬉しそうに「ニャア」と鳴いては顔をこすりつけて来る。その度に、寅美は締まりのない顔で猫なで声を出すのだ。

 このニャムコがキューピットの役割を果たし、ふたりの距離は急速に縮まっていく。


 


 


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