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悪党とバカと不思議な黒猫  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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賢人、計画を実行する

 誠がヤクザによって路地裏に引きずりこまれ、散々に殴られていた頃、賢人は既に動き出していた。これまで、己の時間の全てを費やしてきた計画を、ついに実行へと移したのだ。


 騒ぎのどさくさに紛れ、後藤ビルに素早く忍び込んだ。そう、大通りのマシンガンの音は賢人の細工である。映画で流れている戦争のシーンを録音し、時間がきたら大音量で鳴るようにセットしていたのだ。この音に乗せられ、ヤクザたちはただでさえ少ない人数を大通りに差し向けたのだ。

 ただでさえ、誠のやらかした騒動により、裏カジノ担当ヤクザの大半が留置場にて勾留されている状態である。賢人の仕掛けのせいで、裏カジノ内にいる者はほとんどいなくなってしまった。

 ちなみに、機器は全て下町の商店街にあるリサイクルショップで購入したものだ。大手の通販サイトと違い、こういった店なら足がつかない。賢人は、必要なものひとつひとつを、全て別々の地域にあるリサイクルショップで購入していった。もちろん現金払いである。電子マネーもまた、とかく足がつきやすいからだ。


 騒ぎに乗じ上手く後藤ビルに入り込んだ賢人は、まっすぐ地下駐車場へと向かう。夏にもかかわらずレインコートを着込み、フードを下ろしていた。したがって、顔は誰からも見えていない。ビル内部にも防犯カメラはあるが、レインコートを着た男の姿は映っていても顔は映っていなかった。

 そんな格好で、賢人は車の陰に潜む。二人組のヤクザが来るのを、じっと待っていた。心臓は高鳴り、額には汗がにじむ。それでも、賢人は微動だにせず標的を待っていた。




 やがて、二人組のヤクザが歩いてくるのが見えた。

 両方とも、ブランド物のスーツ姿だ。年齢は、三十代半ばから四十代前半といったところか。どちらも、ヤクザらしからぬ風貌である。店を何軒も持っているイケイケの実業家、といった雰囲気を漂わせていた。まあ、今どきのヤクザはこうでなくては務まらないのだろう。

 片方はアタッシュケースを持っている。あの中に、売上金が入っているはずだ。

 賢人は、すぐさま立ち上がった。同時に、催涙スプレーを噴射する。大型のもので、広範囲に噴射できるのだ。もちろん、賢人は目を守るためゴーグルを着用している。

 ふたりのヤクザは、完全に不意を突かれた。催涙スプレーをまともに浴び、目に激痛が走る。さらに涙が止まらなくなっていた。どちらも、目を押さえてうずくまる。

 賢人は、片方の男が持っていたアタッシュケースを奪い取った。同時に走り出す。ケースの重さは尋常ではなかったが、賢人はそれでも走っていく。階段をあがり、瞬時に登りきった。日頃から鍛えていた成果が、ここで存分に発揮されたのだ。

 そこでカメラの死角に行き、着ていたレインコートを脱ぎ捨てた。すると、中から現れたのは自転車の配達員である。ヘルメットを被りゴーグルを付け、それらしきロゴの入った制服を着て、背中には大きなリュックを背負っている。

 そのリュックにアタッシュケースを入れると、何事もなかったかのように後藤ビルを出ていく。いかにも、配達してきたような雰囲気だ。傍から見ても、何の違和感もない。

 直後、ビルの中から男たちが飛び出してきた。血走った目で辺りを見回し、怒声が飛び交う。


「野郎! どこ行った!」


「生かして帰すな!」


「さっさと探せ!」


 戦場のごとき状況の中、賢人は素知らぬ顔で歩いて行った。

 さらに、誠を殴っていたヤクザたちも合流したが……うち三人は、寅美にボコボコにされており、もはや戦闘不能の状態である。

 そんな光景は、道行く人たちの好奇心を刺激した。通行人たちは足を止め、何事かと見ている。中には、スマホを向けている者までいた。怒号を吐きながら、凄まじい形相で周りを見回しているヤクザたち……これは、なかなか面白い光景である。

 やがて、ヤクザたちは自らに向けられたスマホに気づいた。

 途端に、怒りの矛先は変わる。ここにいない強奪犯よりも、今目の前にいる者たちに怒りをぶつけることにしたのだ。


「何を撮っとんじゃゴラァ!」


 ひとりが怒鳴り、スマホで撮っている者の襟首をつかむ。と、その様子をさらに周囲の者たちがスマホで撮影する。ヤクザはさらに猛り狂い、群衆の中に突進していく。状況は、さらに混沌としていった。もはや、裏カジノの売上金強奪犯などどうでもよくなってしまった……。


 一方、賢人は人混みの中をかき分け進んでいく。こうなると、ただの自転車配達員に疑いの目を向けている場合ではない。もはや、暴動が起きそうな雰囲気である。

 そんな騒ぎを尻目に、賢人は淡々とした動きで自転車にまたがり、ペダルを踏み込んだ。チェーンが回転する軽快な音が、彼の心臓の鼓動をかき消してくれる。

 そう、賢人の心臓はとんでもない音を立てていた。それでも、彼はペダルを漕いでいく。ここで止まってはいられない。一刻も早く、家に帰らねばならないのだ。




 家に帰ると、賢人はそのままバタリと倒れた。これまで感じたことのない疲労感が、全身を蝕んでいた。肉体よりも、精神的な疲労の方が遥かに大きい。

 そんな状態にもかかわらず、唐突に笑いがこみ上げてくる。賢人は、久しぶりに心から笑った。

 とうとうやってのけたのだ。あの仁龍会の裏カジノから、売上金を奪ってやった。こうなれば、警察に追われることもない。あとは、ここを離れるだけだ。

 思わず、口から声が漏れる。


「ざまあみやがれ」


 そう、賢人はやり遂げた。

 今まで、自分のことをずっと好きになれなかった。受刑者だった頃を思い出すたび、不快になっていた。


 俺は、自分で自分を許せねえ。


 今まで、そんな思いに苛まれ続けてきた。

 だが、それも今日で終わりだ。これで、ようやく自分がクズでなかったことを証明できた。しかも、誰の助けも借りず、たったひとりでやり遂げた。


 いや、ひとりではないな。


 思わず苦笑する。賢人は、あのイタズラ小僧のことを思い出した。イタズラ好きで、狂言町にてとんでもないことをやらかし続けていた。

 あいつがいなかったら、こんな計画を思いつくことはなかった。あいつこそ、今回の計画の唯一の共犯者である。


 ありがとうよ。分け前はやれないかな。


 心の中で呟くと、賢人は金を数え出した。

 ある意味では、ここからが本番なのだ。そう、賢人の目的は金を奪うことだけではない。奪った金を、どうするかが問題なのだ。

 

 やがて、賢人は金を数え終えた。全部で、およそ四千万円と少し……といったところだ。事前に聞いた情報では、五千万から一億という話だった。それに比べるとずいぶん差があるが、正直どうでもいい話だ。これだけあれば、目的は達成できる。

 まず賢人は、当面の生活に必要な分だけを別に分ける。

 これから、非常に面倒くさいことをしなくてはならなかった。だが、そうしなくては目的を達成できないのだ。賢人は一枚ずつ金を数え、小さな束にまとめていく。

 やがて、十万円の束が幾つも出来上がった。賢人は、それをひとつずつ封筒に入れていく。

 全てを封筒に入れ終わると、ひとつひとつに宛先を書き、切手を貼っていく。

 その大量の封筒をリュックに入れると、賢人は目をつぶり横になる。ついに、彼の体にも限界が訪れたのだ。

 賢人は、そのまま泥のように眠った。




 そんな賢人を、窓の外から眺めているものがいた。

 彼のことを、じっと見守っていた黒猫である。二本の尻尾をくねらせつつ、エメラルドグリーンの瞳でじっと彼を見ていた。

 だが、その姿は一瞬の後に消えてしまった。






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