誠、恐ろしい事件に巻き込まれる
誠は、何がなんだかわからなかった。
これまで、様々なイタズラをして周囲に混乱を撒き散らしてきた彼だったが、今回は本人が混乱させられていたのだ。
夜の六時過ぎ、誠は仕事を終え帰ろうとしていた。またギャルトリオの襲撃を食らうかもしれないので、裏道を歩いていたのである。
ところが、大通りの方からとんでもない音が聞こえてきた。ダタダダタ……という、マシンガンを乱射するような音である。
いったい何事が起きたのか。誠は、急いで大通りへと向かった。だが、何も起きていない。人々は驚いた表情で周りを見回しているものの、ケガ人の姿はない。マシンガンを乱射している無法者の姿も見えない。
何だ何だ、誰かのイタズラか……と思っていた時、誠は背後から視線を感じた。
見ると、スーツ姿の中年男である。恐ろしい形相で、こちらを睨んでいる。どこかで見た覚えもある顔だ。
誰だったかなぁ……と思った次の瞬間、男は口を開く。
「またテメエか。ふざけやがって……」
そこで誠は思い出した。この男は、仁龍会のヤクザである。自ら、そう言っていたのだ。
しかし、今日は怒られる覚えはないのだが……と思う間もなく、誠は襟首をつかまれた。
「テメエ、ちょっと来いやゴラァ!」
喚いた直後、誠を路地裏へと引きずり込む。その後ろには、三人の若者がいた。いずれもストリート系のファッションに身を包んだ若者である。
誠は、何がなんだかわからない。ただただ、されるがままになっていた。
路地裏にて、誠は壁に押し付けられる。中年男の力は強く、誠は抵抗すらできない。
「ゴラァ! イタズラもいい加減にしとけと言ったろうが! お前、本当に死にたいらしいのぉ!」
「な、何のことですか?」
誠は必死で尋ねた。そう、彼には身に覚えがない。今日は、珍しく何のイタズラもしていないのだ。
しかし、ヤクザは容赦しなかった。
「とぼけんなゴラァ! テメエがやったことはお見通しだ! ふざけた真似しやがって!」
吠えた直後、パンチが飛んできた。
拳が顔面に炸裂し、誠は地面に倒れる。めちゃくちゃ痛い。誠は、殴られたところを手で覆った。
だが、それだけでは終わらない。倒れたところに、今度は蹴りが飛んでくる──
「テメエ! もう許せねえ! 仁龍会ナメんな!」
蹴られ怒鳴られた時、誠はようやく事態を把握した。あのマシンガンのような音、あれを自分の仕業だと思い込んでいるのだ。
「だから、違いますゴフッ!」
言った途端に蹴りが炸裂した。しかも、一発では終わらない。続けざまに飛んでくる。
どうやら、相手に聞く耳はないらしい。このままだと殺される……そう思った時だった。
「何があったか知らないがな、その辺で勘弁してやってくれ」
突然、聞こえてきた声。聞き覚えのあるものだ。同時に、ヤクザの暴力がやむ。誠は、そっと顔をあげた。
そこには、豪力寅美が立っていた。Tシャツにデニムパンツ、そしてリュックサックという格好だ。
「はぁ!? お前何じゃ!」
若いチンピラが、寅美に近づき睨みつける。寅美は身長が百八十センチを超えており、肩幅も広くゴツい体つきだ。大抵の男なら怯ませられるのだが、ヤクザには面子がある。簡単に引くわけにもいかないらしい。
一方、寅美は落ち着いた態度で答える。
「私は、そいつの上司だ。それだけ殴れば充分だろう。もう許してやってくれないか」
「ざけんなゴラァ! 女は口出すんじゃねえ!」
言いながら、チンピラは寅美の体をドーンと突いた。その一撃で、普通なら突き飛ばされているはずだった。
しかし、寅美は微動だにしない。チンピラの表情が、みるみるうちに変わっていった。
一方、寅美はフゥと溜息を吐く。やれやれ、と言った表情が浮かんでいた。
「今のは、暴力だな。先に手を出してきたな。だったら仕方ない」
言った瞬間、寅美の目つきが変わる。完全に戦闘モードに突入したのだ──
突然、寅美がチンピラの襟首をつかむ。同時に、キュッとひねった。途端に、チンピラの顔色が変わる。ジタバタもがき出したが、寅美の手は外れない。
やがて、チンピラはバタリと崩れ落ちた──
寅美は、襟首をつかむと同時に服の襟を使い頸動脈を絞めたのだ。柔道の送り襟絞めの応用である。柔道の高段者ならば、このくらい簡単なのだ。
「テメエ! 何しやがる!」
長髪の若者が喚き、殴りかかっていった。しかし、寅美は余裕の表情だ。
次の瞬間、彼女の左足が放たれる。鞭のようにしなる上段回し蹴りだ。若者の側頭部に、寅美の足が叩き込まれた。
バットのフルスイングのような一撃をまともにくらい、若者は耐えきれず昏倒する。まるで土下座するかのような体勢で、顔面から崩れ落ちたのだ。
残るは、スーツ姿の中年男とストリート系ファッションの若者ふたりだけだ。
「このぉ! 調子に乗んじゃねえ!」
若者が吠え、棒状の何かを手にする。キラキラ光る金属製の凶器だ。おそらくは、携帯用の警棒であろう。男は警棒を振り上げ、寅美に殴りかかる。
だが、寅美はここでも冷静であった。直後、内回し蹴りが放たれる。通常の回し蹴りとは逆の軌道を描く技だ。彼女の足先は、警棒を握っていた手首にピンポイントで命中する。
金属の警棒は、弾き飛ばされ地面に落ちた。しかし、寅美の動きは止まらない。さらに右の裏拳が一閃、若者の顎を打ち抜いた。若者は、折れた歯を撒き散らし顔を歪める。
続いて、全体重をかけた左の下突きが放たれた。肝臓をえぐる一撃に、若者はひとたまりもない。腹を押さえ、ゆっくりと崩れ落ちていった。
「おい、あんた。ヤクザ相手にここまでするとは、いい度胸だな」
スーツ姿の中年男が凄んだが、その声は震えている。
それも仕方ないだろう。寅美の闘いぶりは、彼の予想を遥かに上回るものだった。暴力沙汰に慣れたヤクザでも、ここまで圧倒的な力と技の持ち主には会ったことがないのだろう。
寅美はというと、涼しい表情で答える。
「ヤクザか。だがな、そのヤクザ三人が堅気の女ひとりに叩きのめされた……などということが知られたら、困るのはそっちではないのか」
冷静な口調であった。先ほど三人のヤクザを叩きのめしたのに、息も切らせていない。
「んだと……」
中年男は低く唸ったが、それ以上は何も言えなかった。彼女の言う通りなのだ。ヤクザは、今も男を売る稼業であることに代わりはない。
そのヤクザが、女ひとりに叩きのめされた。それも三人……なんてことを世間に知られては、面子にかかわるのだ。
一方、寅美はつかつかと近づいていく。中年男は、慌てて飛び退いた。
だが、彼女の目的は違っていた。誠の腕をつかみ、引き寄せる。
「悪いが、こんなバカでも私の部下なんでな。もらっていくぞ。私は何も言わない、あんたらも何も言わない。それで、この件は手打ちといかないか?」
その言葉に、中年男は頷いた。
「わかったよ。だがな、そのガキの手綱をつかんでおとなしくさせとけ」
「ああ。私の方から、よく言っておく」
そう言うと、寅美は誠を引きずるようにして歩き、その場を離れていった。
「大丈夫か?」
ヤクザが見えなくなってから、寅美はそっと尋ねた。
「大丈夫で……あいててて!」
誠は、思わず呻き声をあげる。今になって、体のあちこちが痛い。
すると、寅美はとんでもないことを言い出した。
「確か、お前の家はこの近くだったな。そこで、怪我の治療をしよう」
「えっ? ウチに来るんですか?」
「仕方ないだろう。こうなったら、乗りかかった船だ。私が治療をしてやる」
「は、はい。わかりました」
そう言うと、誠は足を引きずり歩き出した。今も全身が痛い。だが、彼の心にはある感情が芽生えていた。
寅美さん、カッコいい……。




