賢人、とんでもない計画を思いつく
賢人は、頭を抱えていた。
「あのバカ、何をやってるんだよ……」
小さく呟いた声は、突然吹いてきた夏の風に消えていく。汗ばんだ首筋も、風により少しだけマシになった気がした。
今さっき、自転車に乗った配達員が、通りのベンチに座っていたギャルトリオに小包のようなものを渡していた。まあ、普通なら受け取らないであろう。そんなことを思いつつ、賢人は成り行きを見ていた。
ところが、予想外のことが起きる。三人の中でも一番小柄で、髪をピンクに染めた少女が、何の疑いもなく小包をひょいと受け取ってしまったのだ。驚くほど不用心な行為である。彼女は、他のふたりに何やら言いながら包みを抱えていた。
他のギャルたちも、立ち上がって小包を見ている。
「おい、なんてバカな奴なんだ……」
賢人は呟いた。あの少女は、見た目の通り世の中の危うさなど一切感じ取れない性格らしい。まあ、爆発物ということはないだろうが、この状況を怪しむことなく、差し出された小包を受け取ってしまえる神経は、おかしいと言わざるを得ない。
一体どうなるのだ……と成り行きを見ていると、事態はとんでもないことになる。突然、小包の中から何かが飛び出したのだ。
しかも、それは人の頭のような物体だった。ベンチの前にいた三人は悲鳴を上げ、包みは地面に転がる。ギャルたちの黄色い悲鳴と同時に、周囲の通行人もざわめいた。
さすがの賢人も、これにはたまげた。思わず声が出そうになったが、よくよく見れば人形の頭である。箱の底に仕掛けられたバネにくっついている。要は、ビックリ箱だったのだ。
「何じゃそりゃあ?」
賢人の口から、らしからぬセリフが漏れた。
緊張が抜けると同時に、呆れが込み上げる。だが、その仕掛けの精巧さには、彼自身も驚かざるを得なかった。紙を突き破って飛び出すバネは、相当な強度でなければならない。あの小さな小包に収めるには工夫も必要だろう。しかも、ただではない。時間も手間も金もかかる。
そんなことを思っていた時だった。
その場に、小包を渡した配達員が戻ってきたのだ。自転車を停め、ギャルトリオの前に歩いてきて、ヘルメットとサングラスを外す。
その顔を見た瞬間、賢人は「あっ」と言いそうになった。あの、後藤ビル周辺でバカばかりやっていたイタズラ小僧なのだ。今や、忘れようにも忘れられない顔である。何やら、勝ち誇った表情でギャルを見ている。
さらにイタズラ小僧は、ギャルに向かい何か言った。直後、すぐに逃げ出す。自転車にまたがり、猛スピードで逃げていく。
当然ながら、ギャルたちも怒りの形相で拳を振り上げ追いかけていく。だが、さすがに自転車には追いつけない。あっという間に逃げ去っていった。
ギャルトリオは、地団駄を踏んでイタズラ小僧の後ろ姿を見ている。
「何を考えてるんだろうな……」
賢人は、呆れた表情でかぶりを振った。あのビックリ箱のような小包だが、それなりに金がかかっているはずだ。紙を突き破る強さのバネともなると、細工するのに手間もかかるだろう。
あの仕掛けに、どれだけの金を使ったのだろうか。また、どれだけ時間を費やしたのだろうか。何の得にもならない悪ふざけに、そこまで全力を注げる執念は、賢人には全く理解できない。だが、だからこそ羨ましさも覚えた。賢人自身、何の得にもならないことにそこまで没頭した経験など、もう長らくなかったからだ。
その後も、賢人は偵察を続行した。
時間が経つにつれ、通りを歩く者たちの年齢層は上がっていく。学校帰りの学生から、仕事帰りのサラリーマンや出勤途中のキャバ嬢や風俗嬢といった者たちが目立つようになる。
そんな中、賢人は後藤ビルの周辺を見張っていた。だが、頭の片隅には先ほどの件が引っかかっている。ただのイタズラなのに、なぜか強烈に印象に残り頭から離れてくれない。
いや、あのイタズラ小僧そのものがインパクト強すぎだ。初めて目撃した時から、ずっとバカな行動を繰り返している。
学校に行けば、クラスには必ずお調子者がひとりはいる。場をどっとウケさせることに、執念を燃やすタイプだ。
とはいえ、大抵は大人になれば落ち着くものだ。さすがに、そのノリを二十歳過ぎて続けていくのは難しい。まあ、中には「宴会部長」などと呼ばれ、酒の席で重宝がられる者も、いるにはいる。ただ、それには場のTPOをわきまえる能力も同時に要求される。
しかし、あのイタズラ小僧は違う。酒も飲んでいないのに、しょうもないイタズラに夢中になっている。しかも、二度もヤクザに脅され、うち一度は殴られ鼻血まで出したのだ。
にもかかわらず、懲りずにまた下らないイタズラをした。しかも、なかなか凝ったものである。先ほどのビックリ箱など、普通の人間に作れるものではない。それなりの技術が必要だ。
もし、あいつと友だちになったら、毎日あんなイタズラをやられるのだろうか?
ふと、そんなバカな考えが頭に浮かんだ。思わず苦笑し、空を仰ぐ。何を考えているのだ。今は、そんな場合ではない。
もっと集中しろ、と自分に言い聞かせ、再び通りに視線を移した。
その時、賢人の頭に雷が落ちたかのような衝撃が走る──
待てよ。
今のは、全くわからなかったじゃないか!
そう、賢人はあのイタズラ小僧の顔を何度も見ている。にもかかわらず、変装を見抜けなかった。配達員の制服と、ヘルメットそしてサングラス……ただこれだけで、あの青年の顔の特徴が全て消されていたのだ。
制服という強いスキーマ(既成イメージ)が働くと、目撃者は「配達員ぽい人」「作業員ぽい人」というような印象に引っ張られ、個々の顔の特徴を思い出しにくくなる……そんな話を、刑務所の中で聞いたことがある。
「あのな、人は制服と肩書きに弱いんだよ。白衣着てれば医者に見えるし、スーツ着てれば会社員に見える。顔なんか覚えちゃいねえもんさ。俺は、そうやって何人も騙したんだ」
その時は、そんなもんか程度にしか思っていなかった。犯罪者というのは、とかくホラを吹いたり、とんでもない武勇伝を語る者が多い。目の前にいる男も、どうせ大袈裟なことを言っているのだろう……と。
だが、先ほどの「事件」はその話が本当であることを、身をもって証明してくれたのだ。事実、賢人もギャルトリオも、配達員があのイタズラ小僧であることを全く見抜けなかったのだ。
これで、よくわかった。下手な変装をするより、制服を着た方が有効だ。
賢人の頭は、さらに恐ろしい勢いで回転していく。あの青年がこれまでに目の前でしてきたことが、賢人の脳裏に映像として次々と蘇っていった。
さっき見た配達員と自転車。大通りで破裂させた紙袋。その音に反応し、ヤクザが集まってきた光景……あの青年がやらかした様々な事件は、ひとつひとつを見れば単なる点に過ぎない。
それが今、賢人の頭の中でひとつの線となり結ばれていく。全てがひとつに溶け合い、新しい計画となった。
いけるぞ!
これならいける!
賢人は、すぐさま動いた。偵察をそこで終わらせ、すぐに家へと戻る。
まずは、必要なものを調達だ。賢人はスマホを操作し、いろいろなサイトを見ていく。その顔には、笑みが浮かんでいた。
今まで立てた計画には、どれも不安がつきまとっていた。事実、途中で何度も変更してきた。
だが、今回だけは違う──
無論、不安がゼロというわけではない。微かな不安はある。だが、それよりも自信の方が大きい。これならやれる、という自信だ。こんな状態になったのは初めてである。
スマホを操作しながら、賢人は改めてイタズラ小僧のことを思った。何者かは知らないが、あいつのお陰でいけそうだ。
どこの誰かは知らんが、ありがとうよ。




