表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪党とバカと不思議な黒猫  作者: 赤井"CRUX"錠之介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/33

賢人、再度トラブルに巻き込まれる

 夜八時になり、賢人は偵察を終え帰ろうとしていた。

 これまでのところ、後藤ビルや裏カジノを取り巻く状況は予想通りである。人通りは多いが、ヤクザの数は減っていた。

 これなら、当初の計画通りにいけるはずだ。大通りから、人混みに紛れて逃げる。賢人は後藤ビルの裏口を回ってみた。と、思わぬものを発見する。

 

 裏口では、スーツ姿の男がタバコを吸っていた。前回はふたりだったが、今回はひとりだ。やはり、組員が大量に逮捕された影響であろう。

 とはいえ、ひとりでも裏口に配置されている事実に変わりはない。賢人は、すぐさま路地裏に入っていった。そのまま歩いて行った時、またしてもトラブルにぶち当たる。


 前から、男が歩いてくるのが見えた。痩せこけた体で、ひとりブツブツ言いながら近づいてくる。賢人は目を逸らし、肩が触れないよう体勢を変えた。

 その時──


「おい、お前だ! お前だろ!」


 突然、わけのわからないことを言われた。賢人は面食らい、思わず後ずさりする。


「はい? 何のことです? 俺、あなたなんか知らないですよ」


 できるだけ穏やかな表情を作り、静かな口調で応じた。自分を、誰かと間違えているのか。

 しかし、相手に引く気配はない。


「いいや! お前だお前! 間違いねえんだよ!」


 喚きながら、なおも近づいてくる。その目は血走っており、頬はこけ体全体から嫌な匂いが漂っていた。どうやら、何日も風呂に入っていないらしい。

 賢人は、チッと舌打ちした。この男は、本人にしかわからない理由で腹を立てているタイプだ。その怒りの矛先が、たまたま自分に向いてしまった。

 こうなると、話し合いで逃れることは無理だ。かといって、逃げると先ほどのヤクザとまた顔を合わせることになる。それは避けたい。

 となると、打つ手はひとつだ。賢人は、つかみかかってきた男の腕を逆につかんだ。同時に、思い切り引き寄せる。

 バランスを崩し、男はつんのめった。ガリガリに痩せており、力も弱い。一方、賢人は見た目からしていかつく、大抵の人間は目を合わさず道を空ける……そんな迫力の持ち主なのだ。

 にもかかわらず、怒り狂い喧嘩を売ってくる。しかも風呂も入らず、目の下には隈ができている。おそらく、昨日から寝ていないのだろう。どんな人種であるか、すぐに理解した。おそらく、違法薬物を摂取し、興奮状態にあるのだろう。

 ならば、やることはひとつだけだ。賢人は素早く背後に回り、腕を相手の首に巻きつける。ブラジリアン柔術や総合格闘技などで使われる絞め技、バックチョークだ。

 キュッと狭めていくと、相手はジタバタもがき出した。だが、賢人はなおも絞め続ける。コツは、紐で絞めるように腕を狭めていくことだ。がっちり決まったバックチョークは、相手が野獣でもない限り外すことはできない。

 やがて、相手の体から力が抜けた。腕はダランとなり、体が重くなる。意識が消えた証拠だ。これで、後は立ち去るだけだ。

 かといって、このまま放っておいて死んでしまってもまずい。今、殺人犯になるわけにはいかないのだ。こんな男のせいで捕まるのは御免である。

 賢人は、鳩尾(みぞおち)の辺りをグッと押した。いわゆる「活を入れる」という動作だ。

 すると、相手の男の口から呻き声が漏れた。どうやら、意識が戻ってきたらしい。

 これなら問題ないだろう。後は逃げるだけだ。賢人は、足早にその場を離れる。

 その時、またしても思い出したくない記憶が蘇った──


 ◆◆◆


 あれは、賢人がまだ十代の頃だ。

 裏の世界で、偶然に知り合った男・山田健人(ヤマダ ケント)。背はさほど高くなかったが、とんでもない肉体の持ち主だった。首は異様に太く、僧帽筋から肩周りに連なるラインの筋肉は凄まじい。こんな体の人間を、現実に見たのは初めてだ。

 同じケントという名前であり、さらに同じ孤児という境遇から、ふたりはすぐに仲良くなった。

 やがて、山田は己の過去を語り始める。かつてはプロの総合格闘家であった。デビューから五連続KO勝ちという華々しい実績を持ち、ついには日本チャンピオンと対戦した。

 試合は、微妙な判定負けを喫したが……それより問題なのは、その試合で受けたパンチにより片目の視力を失ってしまったことだ。

 結局、山田は引退せざるを得なくなる。その後はというと、何もできなかった。格闘技に全てを捧げてきた中卒の青年に、世間の風はあまりにも厳しかった。

 総合格闘技という業種は、潰しが利かない。よほどの有名人でもない限り、自分のジムを持つことなどできないのである。

 結果、山田は裏の世界に身を投じるしかなかった。


 やがて賢人は、山田とふたりで格闘技の練習をするようになる。もともとは遊びのようなものであり、また山田のトレーニングも兼ねていたようだ。ウエイトトレーニングばかりでは、実戦の感覚が鈍ってしまう……山田が常日頃いっていたセリフである。

 初めのうち、賢人は相手にさえならなかった。いいように遊ばれる展開ばかりである。だが、続けていくうちに状況は変わってきた。

 賢人は飲み込みが早く、コツをつかむのも早い。たちまち様々な技術を覚えていった。時が経つうちに、山田を圧倒する瞬間が訪れるようになった。

 練習を重ねていくたび、山田は苦笑しつつ言っていた。


「お前、大したもんだよ。この俺を相手に、ここまでやれるようになるとはな」


 続けて、こうも言った。


「でもな、総合格闘技は趣味程度にしておけ。本気になって打ち込んで、俺みたいになったら惨めだぞ」


 練習が終わると、ふたりはよく酒を飲んだ。山田が、ことあるごとに言っていたことがある。


「俺はな、運がかなかったんだよ……運が。これからって時に、片目をやられちまった。俺以上にパンチをもらってるのに、両目がはっきり見えて選手を続けてる奴がいる。なのに、俺は引退せざるを得なかった」


 さらに、こんなことも言っていた。


「俺がデビューして五連続KOした時は、マスコミも取材しに来てたんだぜ。後輩たちの面倒も、きっちり見てたつもりだ。それが引退した途端、誰も助けてくれねえ。世の中、こんなもんだよ」




 そんな山田は、ある日突然に死んでしまった。

 ことの発端は……数人のチンピラと肩が触れたか触れないかで喧嘩になり、全員を叩きのめした。そこでやめておけばいいのに、路上で全員を正座させ、ひとりずつ顔面を蹴っ飛ばしていったのだという。

 数日後、そのチンピラたちは復讐した。山田の家を調べ、いきなり襲撃したらしい。どんな強い人間でも、油断する瞬間はある。不意を突かれては、対処のしようがないのだ。

 死体は悲惨な状態だった。顔の原型を留めぬほど殴られ、頭蓋骨は陥没していたという。


 ◆◆◆


 賢人に闘いの技術を仕込んでくれたのは、山田であった。しかし、その山田は死んでしまった。自分は、どうにか生きている。

 山田の死に様を知らされた時、こんな死に方だけはしたくないと思った。だからこそ、賢人は普段は目立たず慎重に生きている。道を歩いていて、肩がぶつかったら「すみません」と自分から謝るようにしている。トラブルを呼びそうな状況には、絶対に近寄らない。

 たまにこちらを睨み「チッ!」と聞こえよがしに舌打ちする者もいるが、無視して歩いていく。こんなバカを相手にした挙句、山田のような死に方はしたくないからだ。

 それでも、向こうからトラブルはやってくる。身に降る火の粉は払わねばならない。

 だからこそ、先ほどのおかしな男を絞め落とした。こればかりは仕方ない。


 では、あれはどうだ?


 思い出すのは、あの外国人女性を助けた時だ。無視して放っておくこともできた。が、体が自然に動いてしまった。そして、あの女を助けていた。


 俺は、あの女の前でいい格好がしたかったのか?

 それで、助けたのか?


 もちろん、そんなことを考えてはいなかった。むしろ、頭は「かかわるな」と命じていたのだ。にもかかわらず、体はその命令を無視した。ふたりのチンピラを殴り倒し、女を助けてしまった。

 

 いや、それだけならまだいい。

 昨日は、あの女と再会してしまった。何者かもわからない女と再会した挙句、とんでもないセリフを口走っていた。

 

(俺は今、忙しい。けどな、仕事が全て終わり、無事でいられたら……その時は、その、食事に誘っていいかな?)


 今も、はっきり覚えているセリフ。三流のライターがやっつけ仕事で書いたバカドラマのワンシーンのようだ。

 あり得ない。あの仕事を終えたら、自分はこの街から立ち去る。したがって、もう一度再会するなど絶対にあり得ない話だ。ましてや、その時に彼女が笑って自分を受け入れてくれることなど、もはや奇跡としかいいようのない確率であろう。


 それでも、心のどこかで再会を期待している自分がいた。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ