誠、作戦を練る
本日の工場内には、異様な雰囲気が漂っていた。
「おいマリア、どうしたんだよ。お腹でも痛いのか?」
誠が、恐る恐る尋ねる。
そう、朝からマリアの様子がおかしいのだ。作業中も、どこか上の空である。話しかけても「わかったよ」くらいしか言わない。元気印の娘にしては、大変珍しいことである。
これは変だ、と外国人バイトたちが言い出した。そして休憩時間になり、皆を代表し誠が事情を聞くことになったのである。
「あの人と、また会ったよ」
マリアは、ボーッとした表情で答えた。
「誰と会ったんだ?」
「ミスターヒーローよ。カッコよかったよ。今度もし会えたら、食事に誘ってもいいかな……なんて言ってくれたよ。きゃー、恥ずかしいよ」
急に頬を赤らめ、両手で顔を覆い足をバタバタさせるマリア。よくわからんリアクションだが、その時のことを思い出して照れているらしい。
「だから、誰だよミスターヒーローって?」
もう一度、誠は聞いてみた。
「私を助けてくれた人よ。また会ったよ。カッコよかったよ」
「この人、何言ってんの?」
誠は、皆の方を向き聞いてみた。
「わからないだ。ずっとこの調子だ」
答えたのはソムチャイである。他の外国人バイトたちも、ウンウン頷いている。皆もお手上げらしい。
「まったく、しょうがねえなあ」
呆れた表情で、誠は呟く。が、そこで閃くものがあった。
「ああ、そのミスターヒーローってアレか? 前に言ってた、チンピラをぶっ飛ばした筋肉もりもりマッチョマンのイケメンか?」
その言葉に、マリアは頬を赤らめつつ頷いた。と、そこでソムチャイが誠をつつく。
「誠、どうするだ?」
「うーん、本来なら俺がそのミスターヒーローと勝負して、マリアに相応しい男かどうか確かめてやるところだ。しかし、今の俺は他にやることがある。だからソムチャイ、お前いけ」
「はあ? 何で俺が行くだ? だいたい何するだ?」
「それはだな……ソムチャイ、お前はエリートだろ。お前の目で、ミスターヒーローを上から下までじっくり観察するんだよ。何か変なとこがあったら、俺に報告してくれ。本当は俺がやらにゃならん仕事なのだが、あいにくとこれから作戦を練らなくてはならんのだ」
そう、こう見えてソムチャイは凄いのである。タイでも、いいところの大学を出ているし英語もペラペラだ。日本語は、まだ若干慣れていない部分はある。しかし、本国に帰ればエリートなのは確かだ。その上、ムエタイの選手だったという経歴もある。
ソムチャイはなかなか凄い男なのであるが、なぜか誠のようなアホに一目置いている変な奴なのだ。
「作戦? 何の作戦だ?」
「悪の権化ともいえる三馬鹿ギャルを成敗する作戦だ。あいつらだけは、絶対に許さん。俺さまの渾身のひとりオクラホマ・スタンピードをバカにしやがって……今度こそ、奴らの鼻を明かして鼻高々で後藤ビルの周りを歩くのだ」
わけのわからないことを言いながら、誠は拳を握りしめる。その目には、闘志の炎が燃え上がっていた。
「そうか。意味はよくわからんが、頑張るだ」
そんなことを言いつつ、ソムチャイは誠の肩をポンポン叩く。
「おうよ。今度で、奴らとの抗争の終止符を打つ。そして、汚名半壊といくのさ」
「オメイハンカイ? それなんだ?」
「知らんのか? なら教えてやる。汚名というのは、悪い評判や不名誉なことだ。半壊というのは、半分が壊れている状態だ。そして汚名半壊とは、手柄を立てて、これまでの悪い評判をぶっ壊すことだよ」
恐ろしく間違っている四文字熟語を、偉そうな顔で語っていく誠。しかし、ソムチャイは真剣な顔つきで聞いている。
「おおお、そんな言葉があるとは知らなかっただ」
「ハッハッハ、これでまた賢くなったな」
言った時、誠の頭にある考えが浮かぶ。彼は、マリアに近づき耳元で囁いた。
「マリア、恋愛相談だったら班長にしろ」
「えっ? 何でだよ?」
不思議そうに聞いてきたマリア。まあ、当然の疑問である。寅美班長は身長が百八十センチを超えており、体重は不明だが並の男より遥かにゴツい。いや、そこらのトレーニング好き男よりも遥かにゴツい体格の持ち主だ。肩幅は広く、二の腕にはボールのような筋肉がついている。恋愛とは、無縁の人生を歩んでいるようにしか見えない。
しかし、そこで誠は人差し指を立てて振って見せた。同時に、チッチッチッチ……と舌先を鳴らす。
「いやいや、わかってないなあマリアは。いいか、あの人は凄いぞ。これまで、何人の男を泣かせてきたことか。あの人はな、ああ見えて恋愛マスターの黒帯なんだぞ」
もちろん大嘘である。だが、根が素直なマリアは信じてしまったらしい。
「ほ、本当?」
目を丸くしたマリアに、誠はさらにたたみかける。
「当たり前だ。いいか、世の中にはな、ああいう逞しい女が好きで好きでたまらないって男もいるんだよ。寅美班長はな、そうした男たちを何人も奴隷にしてきたんだ。一時はな、逆ハーレム寅美帝国を築いていたこともあるんだぞ」
「ギャクハーレム? トラミテイコク? それ何よ?」
混乱した表情で聞き返すマリアに、誠は悟りきったような態度で頷いてみせた。
「今はわからないだろう。だがな、わからなくていい。とにかく、あの人は恋愛マスターの称号を手に入れたんだ。恋愛に悩む大勢の人を導いてきたんだ。マリア、とにかく班長に相談してみるんだ」
「うん、わかったよ」
そう言うと、マリアは立ち上がり寅美班長の所へと歩いていった。
と、ソムチャイが誠をつつく。
「誠、それは本当だ? 寅美班長は、本当に恋愛マスターだ?」
「どうだろうな。まあ、寅美班長なら上手くやってくれんだろ。あの人、ああ見えて部下思いだからな」
一方、マリアは思いつめた表情で寅美の前へと出ていく。
「班長、聞いて欲しいことがあるよ」
「ん? どうしたマリア。私にできることなら、何でもするぞ」
寅美は力強く答えた。そう、彼女もマリアの様子がおかしいことに気づいていた。悩みがあるなら、自分が一肌脱ごうと思っていたのである。
しかし、マリアの口から出たのは──
「私、好きな人できたよ。とってもカッコいい人よ。でも連絡先知らないよ。自分から聞けば良かったと後悔してるよ。班長、どうすればいいよ?」
途端に、寅美の態度が一変する。目があちこち泳ぎ、自信に満ちた表情にも揺らぎが生じた。
「どうすればって……私は、そういうのは苦手だ」
「へっ? 班長は、恋愛マスターだって聞いてたよ」
そんなことを言い出したマリアに、寅美の表情が歪む。
「誰がそんなことを言った?」
「誠よ。誠が言ってたよ。寅美班長は恋愛マスターだって言ったよ。恋愛相談は班長にしろって言ったよ」
「あんの野郎、ふざけやがって……」
寅美は、ギリリと奥歯を噛みしめる。さらに、拳も握りしめる。今すぐ誠の頭を小突いてやりたい衝動に駆られた。
だが、そこでマリアが聞いてくる。
「班長、私どうすればいいよ?」
切ない表情だった。寅美としても、さすがにこれは無視できない。だが、恋愛相談は苦手である。寅美は柔道三段で空手二段だ。しかし恋愛沙汰に関しては、ほぼほぼ白帯に近い状態なのであった。
「あ、あの、それはだな……実を言うと、私は恋愛はちょっと苦手だ。人には、得手不得手というものがある」
「エテフエテ? それ何よ?」
「それはだな……人には、それぞれ得意なことと苦手なことがある。私は、恋愛相談は苦手だ。他のことなら相談に乗ってやる。とりあえず、今は作業に戻ろう。な? な?」
いい加減なことを言って、寅美はどうにかその場を収める。しかし、マリアは歩きながら呟いていた。
「私、ミスターヒーローは運命の人だと思うんだよ……」




