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悪党とバカと不思議な黒猫  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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20/33

誠、作戦を練る

 本日の工場内には、異様な雰囲気が漂っていた。


「おいマリア、どうしたんだよ。お腹でも痛いのか?」


 誠が、恐る恐る尋ねる。

 そう、朝からマリアの様子がおかしいのだ。作業中も、どこか上の空である。話しかけても「わかったよ」くらいしか言わない。元気印の娘にしては、大変珍しいことである。

 これは変だ、と外国人バイトたちが言い出した。そして休憩時間になり、皆を代表し誠が事情を聞くことになったのである。


「あの人と、また会ったよ」


 マリアは、ボーッとした表情で答えた。


「誰と会ったんだ?」


「ミスターヒーローよ。カッコよかったよ。今度もし会えたら、食事に誘ってもいいかな……なんて言ってくれたよ。きゃー、恥ずかしいよ」


 急に頬を赤らめ、両手で顔を覆い足をバタバタさせるマリア。よくわからんリアクションだが、その時のことを思い出して照れているらしい。


「だから、誰だよミスターヒーローって?」


 もう一度、誠は聞いてみた。


「私を助けてくれた人よ。また会ったよ。カッコよかったよ」


「この人、何言ってんの?」


 誠は、皆の方を向き聞いてみた。


「わからないだ。ずっとこの調子だ」


 答えたのはソムチャイである。他の外国人バイトたちも、ウンウン頷いている。皆もお手上げらしい。


「まったく、しょうがねえなあ」


 呆れた表情で、誠は呟く。が、そこで閃くものがあった。


「ああ、そのミスターヒーローってアレか? 前に言ってた、チンピラをぶっ飛ばした筋肉もりもりマッチョマンのイケメンか?」


 その言葉に、マリアは頬を赤らめつつ頷いた。と、そこでソムチャイが誠をつつく。


「誠、どうするだ?」


「うーん、本来なら俺がそのミスターヒーローと勝負して、マリアに相応しい男かどうか確かめてやるところだ。しかし、今の俺は他にやることがある。だからソムチャイ、お前いけ」


「はあ? 何で俺が行くだ? だいたい何するだ?」


「それはだな……ソムチャイ、お前はエリートだろ。お前の目で、ミスターヒーローを上から下までじっくり観察するんだよ。何か変なとこがあったら、俺に報告してくれ。本当は俺がやらにゃならん仕事なのだが、あいにくとこれから作戦を練らなくてはならんのだ」


 そう、こう見えてソムチャイは凄いのである。タイでも、いいところの大学を出ているし英語もペラペラだ。日本語は、まだ若干慣れていない部分はある。しかし、本国に帰ればエリートなのは確かだ。その上、ムエタイの選手だったという経歴もある。

 ソムチャイはなかなか凄い男なのであるが、なぜか誠のようなアホに一目置いている変な奴なのだ。


「作戦? 何の作戦だ?」


「悪の権化ともいえる三馬鹿ギャルを成敗する作戦だ。あいつらだけは、絶対に許さん。俺さまの渾身のひとりオクラホマ・スタンピードをバカにしやがって……今度こそ、奴らの鼻を明かして鼻高々で後藤ビルの周りを歩くのだ」


 わけのわからないことを言いながら、誠は拳を握りしめる。その目には、闘志の炎が燃え上がっていた。


「そうか。意味はよくわからんが、頑張るだ」


 そんなことを言いつつ、ソムチャイは誠の肩をポンポン叩く。


「おうよ。今度で、奴らとの抗争の終止符を打つ。そして、汚名半壊といくのさ」


「オメイハンカイ? それなんだ?」


「知らんのか? なら教えてやる。汚名というのは、悪い評判や不名誉なことだ。半壊というのは、半分が壊れている状態だ。そして汚名半壊とは、手柄を立てて、これまでの悪い評判をぶっ壊すことだよ」


 恐ろしく間違っている四文字熟語を、偉そうな顔で語っていく誠。しかし、ソムチャイは真剣な顔つきで聞いている。


「おおお、そんな言葉があるとは知らなかっただ」


「ハッハッハ、これでまた賢くなったな」


 言った時、誠の頭にある考えが浮かぶ。彼は、マリアに近づき耳元で囁いた。


「マリア、恋愛相談だったら班長にしろ」


「えっ? 何でだよ?」


 不思議そうに聞いてきたマリア。まあ、当然の疑問である。寅美班長は身長が百八十センチを超えており、体重は不明だが並の男より遥かにゴツい。いや、そこらのトレーニング好き男よりも遥かにゴツい体格の持ち主だ。肩幅は広く、二の腕にはボールのような筋肉がついている。恋愛とは、無縁の人生を歩んでいるようにしか見えない。

 しかし、そこで誠は人差し指を立てて振って見せた。同時に、チッチッチッチ……と舌先を鳴らす。


「いやいや、わかってないなあマリアは。いいか、あの人は凄いぞ。これまで、何人の男を泣かせてきたことか。あの人はな、ああ見えて恋愛マスターの黒帯なんだぞ」


 もちろん大嘘である。だが、根が素直なマリアは信じてしまったらしい。


「ほ、本当?」


 目を丸くしたマリアに、誠はさらにたたみかける。


「当たり前だ。いいか、世の中にはな、ああいう逞しい女が好きで好きでたまらないって男もいるんだよ。寅美班長はな、そうした男たちを何人も奴隷にしてきたんだ。一時はな、逆ハーレム寅美帝国を築いていたこともあるんだぞ」


「ギャクハーレム? トラミテイコク? それ何よ?」


 混乱した表情で聞き返すマリアに、誠は悟りきったような態度で頷いてみせた。


「今はわからないだろう。だがな、わからなくていい。とにかく、あの人は恋愛マスターの称号を手に入れたんだ。恋愛に悩む大勢の人を導いてきたんだ。マリア、とにかく班長に相談してみるんだ」


「うん、わかったよ」


 そう言うと、マリアは立ち上がり寅美班長の所へと歩いていった。

 と、ソムチャイが誠をつつく。


「誠、それは本当だ? 寅美班長は、本当に恋愛マスターだ?」


「どうだろうな。まあ、寅美班長なら上手くやってくれんだろ。あの人、ああ見えて部下思いだからな」




 一方、マリアは思いつめた表情で寅美の前へと出ていく。


「班長、聞いて欲しいことがあるよ」


「ん? どうしたマリア。私にできることなら、何でもするぞ」


 寅美は力強く答えた。そう、彼女もマリアの様子がおかしいことに気づいていた。悩みがあるなら、自分が一肌脱ごうと思っていたのである。

 しかし、マリアの口から出たのは──


「私、好きな人できたよ。とってもカッコいい人よ。でも連絡先知らないよ。自分から聞けば良かったと後悔してるよ。班長、どうすればいいよ?」


 途端に、寅美の態度が一変する。目があちこち泳ぎ、自信に満ちた表情にも揺らぎが生じた。


「どうすればって……私は、そういうのは苦手だ」 


「へっ? 班長は、恋愛マスターだって聞いてたよ」


 そんなことを言い出したマリアに、寅美の表情が歪む。


「誰がそんなことを言った?」


「誠よ。誠が言ってたよ。寅美班長は恋愛マスターだって言ったよ。恋愛相談は班長にしろって言ったよ」


「あんの野郎、ふざけやがって……」


 寅美は、ギリリと奥歯を噛みしめる。さらに、拳も握りしめる。今すぐ誠の頭を小突いてやりたい衝動に駆られた。

 だが、そこでマリアが聞いてくる。


「班長、私どうすればいいよ?」


 切ない表情だった。寅美としても、さすがにこれは無視できない。だが、恋愛相談は苦手である。寅美は柔道三段で空手二段だ。しかし恋愛沙汰に関しては、ほぼほぼ白帯に近い状態なのであった。


「あ、あの、それはだな……実を言うと、私は恋愛はちょっと苦手だ。人には、得手不得手というものがある」


「エテフエテ? それ何よ?」


「それはだな……人には、それぞれ得意なことと苦手なことがある。私は、恋愛相談は苦手だ。他のことなら相談に乗ってやる。とりあえず、今は作業に戻ろう。な? な?」


 いい加減なことを言って、寅美はどうにかその場を収める。しかし、マリアは歩きながら呟いていた。


「私、ミスターヒーローは運命の人だと思うんだよ……」






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