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悪党とバカと不思議な黒猫  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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17/33

賢人、嫌なものを思い出す

 午後三時、賢人はそっと後藤ビルの周囲を歩いてみた。思った通り、ヤクザの数は少ない。

 この時間帯は、学校帰りの学生や主婦が多い。中には出勤途中の風俗嬢が混じっていることもあった。

 そんな中を、賢人は何気ない様子で歩いていく。と、彼の目はあるものを捉えた。

 路地裏を、少年たちが歩いている。全部で五人。特に悪そうには見えないタイプばかりだ。何やら言いながら、じゃれ合っている……ように見えた。

 だが、賢人の目は見抜いていた。あれは、単なるじゃれ合いではない。ひとりの少年が、一方的にやられているのだ。飛び蹴りを食らったり、肩にパンチされたり、後頭部をラリアットされたり……やられている少年は、ヘラヘラ笑いながらされるがままになっていた。

 賢人にはわかっている。笑っていないと、自分が惨めになってくるのだ。笑うことで、これはいじめではなく単なるじゃれ合いだ、そう己に言い聞かせているのである。

 思わず拳を握りしめる賢人。今すぐその場に乱入し、全員を叩きのめしたかった。

 だが、必死で自分を堪える。万が一、ここで警察を呼ばれたら、今度は自分が留置場にいくこととなる。いや、下手すれば暴行に傷害で刑務所行きだ。

 今は、またとないチャンスなのだ。ヤクザたちは、あのスケキヨマスクを被ったアホな青年を殴った罪で勾留されている。売上金を強奪できる機会は、今をおいて他にない。

 それなのに、自分とは無関係の少年たちのいじめに介入したら……チャンスは水の泡だ。


 堪えろ。

 俺には関係ない連中だ。

 

 自分に言い聞かせながら、立ち止まり視線を逸らす。とにかく、あの少年たちが視界から消えるまで待つのだ。そうやって、やり過ごすしかない。




 やがて、少年たちは去っていった。賢人は、フゥと息を吐く。

 直後、ある言葉が浮かんできた──


(マリアさまは、悲しむ人のそばに、必ずいてくださいます。どんなに暗い夜でも、母のように静かに手を差し伸べてくださるのです。皆さん、優しさを忘れないでください。人の心にあるものは、醜いものだけではありません。自分の中にある強さを信じてください。弱い人に手を差し伸べる気持ちを、失わないでください) 


「クソがぁ……」


 思わず毒づいた。こんな時になぜ、シスターの言葉など思い出してしまうのだろう。

 同時に、もうひとつ思い出してしまったものがあった。忘れ去ってしまいたい嫌な記憶。だが、絶対に忘れることのできない記憶でもあった──


 ◆◆◆


 かつて、賢人は少年刑務所にいた。

 刑務所と一口で言うが、実のところ簡単に行ける場所ではない。まず初犯の場合、よほどのことがない限り執行猶予で済む。初犯で刑務所に行くのは、強盗や強姦、もしくは殺人といった凶悪な罪を犯した者だ。

 また、最初は執行猶予で済むが……同じ罪を二度繰り返せば、その場合は実刑判決が出る。刑務所に行くことになるのだ。

 つまり、刑務所にいる者は……凶悪な事件を起こした者か、同じ罪を繰り返す懲りることのない者である。


 こんな若者たちを一箇所に集めて生活させ、トラブルが起きないはずがない。放っておけば、誰もが好き勝手なことをやりだし混沌とした空間になってしまうだろう。

 そのため、刑務所は厳しいルールを受刑者に強いている。

 さらに少年刑務所の場合、受刑者同士の独特のルールがある。


 当然ながら、賢人は新入りとして雑居房に入る。新入りは、先輩受刑者たちの布団の上げ下ろしや室内の掃除などもやらされるのだ。

 しかも賢人は孤児である。兄弟も配偶者もいない。この点は、受刑者間では大きなマイナス要素である。

 他の受刑者たちは、両親に頼んで金銭を送ってもらっていた。その金で、石鹸や歯ブラシやシャツといった日用品、さらには書籍などを購入できる。

 しかし、賢人にはそれができない。必然的に、日用品などは刑務所から支給されるものを使うわけである。


 書籍にいたっては、買うことすらできない。そうなると、雑居房内のランクは最低である。

 雑居房において、ひとりが所持できる本や雑誌の数は決まっているのだ。そうなると、皆で話しあい様々なジャンルの本や雑誌を買うことになる。あいつは週刊誌、こいつは漫画担当、そいつは小説……というような役割分担をするのだ。

 ところが、金がない者はそうした貢献ができないわけである。それだけで「使えない奴」という評価を受けるのだ。


 そんな理由から、所持金ゼロの者は、他の受刑者から徹底的にナメられる。「おいおい、あいつ金持ってねえのかよ」と、バカにされるわけだ。

 特に新入りの場合、金のない者は徹底的に(さげす)まれる。「こいつ、ゼロ銭で来たのかよ。使えねえ奴」などと、聞こえよがしに言ってくるのだ。他の新入りよりも、さらに扱いが悪くなる。

 最初、賢人は我慢できず先輩受刑者を殴った。そうなれば、待っているのは懲罰という処分である。賢人は、懲罰房で過ごすこととなった。どういう処分なのかといえば、独房で何もせずずっと正座させられるのだ。

 とはいえ、賢人は懲罰など屁でもないと思っていた。孤独には慣れている。こんなもの、何度くらおうが耐えられる……そう思い、高をくくっていた。


 しかし、そうも言っていられない事実を知らされる。

 刑務所で人を殴り、ひどいケガを負わせれば「事件送致」という処分になることもある。今の刑に、さらに傷害罪による刑が加算されるのだ。

 そうなれば、受刑生活がさらに長引くこととなる。刑務所での喧嘩は、百害あって一利なし。賢人は先輩受刑者を殴り懲罰という処分が下ったが……相手をケガさせていたら、事件送致になっていた可能性もあったのだ。

 賢人は、仕方なく我慢することにした。先輩受刑者の言うことには逆らわず、従順な奴隷となることを決めたのだ。


 幸い、賢人は頭もキレるし体力もある。場の空気を読む術も心得ている。新しい雑居房では、先輩たちから重宝がられた。すぐに新入りを卒業する。

 月日が経ち、先輩受刑者たちが次々と出所していった。そうなると、必然的に賢人が雑居房のトップ……いわゆる「房長」という存在になる。

 そうなると、賢人もまた先輩受刑者のようなことをしなくてはならない。他の受刑者たちを顎で使い、時にはイジメのような行為もする。優しさを見せれば、刑務所ではナメられるからだ。


 そんな自分が、賢人はたまらなく嫌だった。

 賢人にとって、命令されることは嫌である。だが、命令することも嫌いだった。人に命令する時、賢人は自分が忌み嫌っていた人間になったような気がした。

 さらに、少年刑務所における雑居房特有のルールも嫌だった。

 新入りが、調子に乗ってべらべら喋る。すると誰かが「房長、こいつ新入りのくせに調子に乗ってますよ」などと言う……そうなると賢人は「お前、新入りの癖にうるせえんだよ。新入りはな、先輩たちに気を使っておとなしくするもんだ」などと言わなくてはならない。

 それもまた、たまらなく嫌だった。幼い頃にいじめられ、やり返したら相手は親に一方的な被害者であるかのように話し、最終的に自分が悪者にされた。その時の悔しさを忘れたことはない。

 にもかかわらず、今の自分はいじめをしている。もっとも嫌だった人間に成り下がってしまった気がした。




 そんな日々にどうにか耐え、刑務所を出た。誰も待っておらず、居場所もない世界。ただひとつありがたかったのは、もう誰かに命令することも、誰かをいじめることもなくなったことだった。


 ◆◆◆


 あの頃のことを思い出すと、賢人は今も自己嫌悪に襲われる。時には、壁をぶん殴り拳が血まみれになってしまうこともあった。

 自分がされて嫌だったことを、他人に繰り返していた時代。中には、賢人に向かい泣きながら土下座していた者もいた。

 だが、やらなくては自分がやられる。賢人は心を無にして、弱者をいたぶり受刑生活を過ごしていった。




 もう、一生自分のことを好きになれないかもしれない……出所した直後は、そう思っていた。

 そんな時、思いついたのが裏カジノの売上金強奪計画だ。

 この計画を成功させれば、金が入る。だが、それだけではない。


 こいつを成功させることができれば、俺は自分がクズでなかったことを自分自身に証明できる。

  




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