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悪党とバカと不思議な黒猫  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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15/33

賢人、チャンスの到来を知る

 賢人は、唖然となっていた。


「なんなんだよ、これ……」



 

 先ほど、後藤ビルではとんでもない光景が繰り広げられていた。

 まず、ひとりの青年が後藤ビルに隠れた。中でスケキヨのマスクを被り、通りかかったギャルトリオを脅かしたのだ。しかも、すぐに逃げればいいものを、調子に乗ってその場で様々なパフォーマンス(?)をしていた。

 そのため、大勢の野次馬を呼び寄せてしまう。彼らは、スケキヨマスクを被りバカをやっている青年を、笑いながらスマホで撮影しだした。ただでさえ、学校帰りの中学生や高校生の多い時間帯である。そんな若者たちにとって、大通りでスケキヨマスクを被る青年は、迷惑系の動画投稿者か何かのように映ったのであろう。

 バカバカしい話ではあるが、それだけならまだよかった。


 しかし、そこからとんでもないことになる。

 青年の行動が、後藤ビルのヤクザたちを呼び寄せてしまったのだ。まあ、当然と言えば当然である。なにせ、後藤ビルの地下には裏カジノがあるのだ。そんな場所で、スケキヨマスクを被るアホが出現して騒ぎを起こしていた……こんなものを放っておいては、ヤクザの面子にかかわる。裏カジノの顧客にも、迷惑がかかるかもしれない。

 しかも、そのアホのマスクを剥がしてみれば、見覚えのある顔だ。そう、前にも後藤ビルの前でバカなことをやらかした前科を持つ青年だった。ヤクザたちにしてみれば、これはただで帰すわけにはいかない。

 そう、ヤクザの商売も変化しているが……その内実は変わっていない。暴力団と呼称される通り、彼らの本質は暴力にある。

 ましてや、彼らの信条は「ナメられたら終わり」である。ヤクザという人種は面子を重んじ、ナメられることを極度に嫌う。こんなアホな行動を連発する青年など、ヤクザにしてみれば「ナメきっている」以外の何ものでもない。


 青年は、ヤクザに殴られた。それも三回だ。もっとも、ヤクザの暴力はこれではすまない。この後、事務所に連れて行かれ、もっとひどい目に遭わされることになっていただろう。

 そんな状況にもかかわらず、周囲の野次馬たちはスマホをかざしている。間違いなく録画しているのだ。ヤクザに殴られている青年の姿も、彼らにとってはただのネタでしかないのだろう。

 ところが、そこに現れたのは警官だった。おそらく、野次馬の誰かが通報したのだろう。十人以上の制服警官が現れたのだ。

 その目の前で、ヤクザは青年を殴ってしまった……これは、もはや暴行の現行犯である。言い逃れはできない。

 ヤクザたちは全員、警官に連行されていってしまった……。




 そして今も、賢人は偵察を続けていた。時刻は六時を過ぎている。仕事帰りのサラリーマンが闊歩し、華やかに着飾ったキャバ嬢が出勤する時間帯である。ネオンにも電気がつき、派手な照明がチカチカ通りを照らす。さらには、裏社会の住人たちも動き出す時間帯だ。

 しかし、賢人はそんなものなど見てはいない。彼が見ているのは、後藤ビル周辺だ。その間にも、様々な考えが頭の中に浮かんでは消えていく。

 とはいえ、うまく考えがまとまらなかった。正直、台風が通り過ぎていった後のような気分だ。

 いったい、今の騒ぎは何だったのだろう。この出来事は、賢人の計画にとってマイナスなのではないだろうか。下手をすると、警官のパトロールが増えるのではないだろうか。

 

「ったく、バカなことしやがって……お陰で、いい迷惑だよ」


 賢人は、名も知らぬ青年を罵った。が、次の瞬間、全身に電流が走る──


 もちろん、本当に電流が走ったわけではない。ただ、そのような感覚に襲われただけである。そう、賢人は自分が恐ろしく間違っていたことを悟ったのだ。


 ちょっと待てよ……。

 これ、迷惑でも何でもねえじゃねえか!


 賢人は、目の前で起きたことをもう一度頭の中で再現してみた。

 あのバカな青年が、後藤ビルの前でマスクを被りアホなパフォーマンスをした。結果、ヤクザがやってきて彼を取り囲んだ。

 その頃、誰が呼んだかは不明だが警官が駆けつけた。ヤクザたちは、それに気づかず青年を殴った。それも三回。これは、暴行の現行犯逮捕が成立する案件だ。さらに、青年は鼻血を出していた。これは、傷害罪の現行犯逮捕も成立する。

 しかも、ヤクザたちは逮捕に抵抗した。これにより、公務執行妨害も成立だ。

 その上、奴らはヤクザである。となると、全員が初犯ということはあり得ない。おそらく、幼い頃より幾つもの補導歴を重ね、悪さを繰り返して少年院に行き、成人してからは刑務所……そうした裏街道を歩んできたことだろう。当然、検事の受ける印象は最悪だ。

 となると……逮捕後は、ほぼ間違いなく勾留される。数日から十日間、留置場に入れられるのだ。

 起訴するかどうかは検事次第だし、また青年が告訴するかどうかにもかかってくるが……いずれにせよ、しばらくはこの街から消えることになる。

 しかも……仮にこの件により警官のパトロールが増えたところで、賢人にはほとんど関係がない。なにせ、裏カジノの売上金は警察に知られてはいけないものなのだ。

 ヤクザが警察に「裏カジノの売上金を奪われました」などと訴えられるはずもないのだ。したがって、パトロール警官が増えたところで、大した関係はない。


 これは、千載一遇のチャンスだ。


 そう、今連行されていったヤクザたちは、全員が留置場にて勾留されることとなる。となれば、裏カジノの警備は手薄になる。

 つまり、賢人の仕事が成功しやすくなったということだ。


 いけるぞ。

 今なら、必ずいける!


 賢人は、改めて己の幸運に感謝した。と同時に、あの名も知らぬお調子者にも感謝する。


 誰だか知らねえが、ありがとうよ。

 お前がバカやってくれたお陰で、うまくいきそうだ。




 その後も、賢人は偵察を続行した。

 大通りは、昼間とは違う顔を見せていく。酒の匂いが漂い始め、キャッチの声が路地裏から響き渡る。サラリーマンたちはネクタイを緩め、居酒屋の暖簾をくぐっていく。光と影が交錯するこの街の夜は、まるで巨大な舞台のようだ。

 表向きはネオンに彩られた歓楽街、だが裏に潜むのは金と暴力と欲望である。

 賢人は、ポケットから小さなメモを取り出す。そこには、企てた計画や偵察で気づいたことが緻密に書き込まれていた。どの路地を通り、どの監視カメラの死角を抜けるか。すべてを頭に叩き込んできたのだ。


「これなら、いけそうだ」


 口の中で呟き、夜風を吸い込む。ネオンの光が瞳に反射する。

 その時、背後で甲高い笑い声が響いた。振り返れば、派手に着飾った若い男女が、スマホ片手に騒いでいた。

 そういえば、あのスケキヨマスクを被った青年はどうなったのだろうか。彼の動画は、すでにSNSで拡散されているに違いない。


 賢人は、思わず笑ってしまった。

 世間がゲラゲラ笑っている出来事が、賢人にとっては運命を変える鍵になったのだ。もっとも、その事実は誰も知らない。


 まだ終わりじゃねえ。

 勝負はこれからだ。




 家に帰った賢人は、遅い夕食をとる。麦の混じった米、それと安い鶏肉に卵だ。味付けにもこだわっていない。はっきり言って美味くないが、美食を楽しむために食べているのではない。体の材料プラス燃料として腹に詰め込んでいる、そういう感じだ。

 食べながら、改めて先ほどの事件について考えた。あの青年は、さすがにもう後藤ビルの周辺には近づかないだろう。

 だが、それは構わない。むしろ、ここまでやってくれて感謝だ。とは言っても、礼を言う機会など永遠に訪れないだろう。また、その方がお互いのためにいいのだ。

 とにかく、今は計画を成功させる……それだけを考えよう。







 



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