72.理想以上のものが出来上がり
それから結珠は母指導の下、せっせとセミロングトレーン作りに取り掛かった。
腕に不安があると訴えれば、母が「結珠、もうここで作業しなさいよ」と言い、付きっ切りで結珠の作業を見守り、ときにはアドバイスをしてくれた。
あとできっちりお礼をしないとと思ったら、都内のホテルのアフタヌーンティーで手を打つと言われた。母もちゃっかりしている。
店を終えたあとに、実家へと通い、セミロングトレーンを作っていく日々。
必要な布を裁断したあとに、まずはパーツから取り掛かる。布を小さくカットして、グルーガンで接着をして大小さまざまな花をたくさん作った。その後、布を仮縫いして、ジュジュとの約束の日を待つ。
仮縫いのトレーンをジュジュに身に着けてもらい、問題がなさそうだったので、その後はミシンでの本縫い。
本縫いが終わったあとに、母と二人で「この場所が良い、いやこっちに付ける方が……」と、やいのやいの言いながら布の花を配置して手縫いで縫い付けていく。ついでに布と同系色のスパンコール刺繡も縫い付ければ、想像以上に華やかな仕上がりとなった。
「出来たー! お母さん、ありがとうー! 想像以上の仕上がり!」
「良かったわね。でも結珠、言うほど裁縫出来ないわけじゃないのにね。なかなか良い仕上がりよ」
「どうしても苦手意識が先行しちゃうんだよね。失敗しそう……みたいな」
結珠だってやれば出来るのだ。ただ、出来ないと思い込んでいる部分もある。そもそも学校の課題とはいえ、手縫いで浴衣を縫った経験もあるし、編み物は出来るのだから、苦手意識さえ克服してしまえば、どうにかなる。
「でももうあんまりやりたくないね……。肩凝った……」
出来たとはいえ、やっぱり結珠はアクセサリー作家なのだ。布の花くらいは今後も作っても良いかと思うが、ミシンまで持ち出す作業は遠慮したい。
作業を終えた解放感を母とお茶で分かち合ったあと、結珠は家へと戻った。ただ、帰ると言った時間が少し遅めで、帰り道も暗いため、一人で帰すのは危ないと言い出した母が店まで車で送ってくれた。
「じゃあ、残りも頑張ってね」
「うん! 送ってくれてありがとう! アフタヌーンティーの予約出来たら連絡するね!」
「待ってる」
車を降りる際に、アフタヌーンティーについて再度約束をして、結珠は家へと戻る。
その日は結局帰るなり、風呂に入ってさくっと寝てしまった。連日のトレーン製作作業で疲れていたせいだ。無理にやるよりも、ちゃんと休んでからの方が作業効率も良いはずだ。
翌日はちゃんと寝たせいか、頭も身体もしゃっきりしていた。店番の合間にネイルチップについて考える。
魔石粉を使うのは確定。デザインによってジェルと混ぜるか、あるいは上から乗せてコーティングするか。使い方は考えなくてはいけないだろうが、どちらにせよ多分問題はない。
問題は魔石だ。大きいものは使えないから、アクセントとして使うのであれば、低価格魔法道具に使っているのと同じサイズのもので恐らくぎりぎりの大きさだろう。
それをネイルチップと合わせる……とぐるぐる考えながら、思いついた。
「ネイルリングにする……?」
ネイルに合わせて指先につけるネイルリング。リングだけのものもあれば、金属製のネイルチップと一体化したものもある。
店の中に客がいないのを確認してから、結珠はエプロンのポケットからスマホを取り出してネイルリングにどんなデザインのものがあるのか、検索をしてみた。
結珠が以前見た通り、リングだけのものもあれば、ネイルチップと一体化したものと様々な画像が出てきた。
「これならいけるかも」
ジュジュの指のサイズを測る必要性があるが、シルバークレイで作れば問題ない。予算的な問題があるので、指一本だけネイルリングにして、残りは魔石粉を使ったネイルチップにしてしまえば問題ないだろう。
「魔術が使えるかどうかはさておき……これなら一応魔術的処置の分類に入るよね。とりあえず夜会に合わせて急いで作って、あとから実際に使えるか実証実験してもらえばいいし」
そもそも公爵令嬢や他のご令嬢たちに向けて「これは本当に魔法道具ですよ。普通の人には取り扱えませんよ」というパフォーマンスが大事なのだ。
実際に魔法道具として商品になるかどうかについては、夜会のあと後日ゆっくり確かめてもらえばいい。夜会で魔術を使うような場面もないだろう。
もしかしたら舞台演劇のように、光の球でライト演出のような本当のパフォーマンスがあるかもしれないが、ドレスを着て参加をするジュジュがやることでもないはずだ。
「使えなくても良し。ただ、周囲から魔法道具に見えるようにさえしておけば、今は問題なし!」
方向性は固まった。今夜から作業開始だ!
結珠は両頬をぱんと叩いて気合いを入れた。
□■□
あれこれ作業しているとあっという間に時間は過ぎ去っていく。ついに夜会の日がやってきた。
普段のジュジュならば、自宅で侍女にやってもらう夜会準備。この日は髪型と化粧のみ、結珠にやってもらうことになった。
髪型と化粧を結珠の店で行い、ジュジュは一旦帰宅。自宅の屋敷でドレスに着替え、夜会へ参加するというスケジュールだ。
当然、そんな前例はないので侍女からは反対をされたし、侍女はジュジュについて結珠の店へ一緒に行くと言い張ったが、何とか一人で行くことを説き伏せた。
さすがにこの店に侍女を入れることは躊躇われる。あとは、先日試しに結珠がやった髪型も説得材料のひとつになったのだ。
結珠曰く、結珠たちの世界では家に侍女などいないので、外部の専門職に髪結いなどを依頼することがあるのだと。
そのためジュジュは「友人のつてで、そういう事業を考えている方がいて、試しに参加してもらえないかという誘いを受けたので、了承した」と、侍女を説得したのだ。これも結珠と考えた言い訳である。
そんなこんなで、ジュジュは約束の時間に何とか結珠の店に到着した。今日の結珠の店は、夜会の日に客はそんなに来ないと判断し、臨時休業にしてある。
「さて、時間がないので、さくさくやっていきます」
「はい。よろしくお願いします」
互いにぺこりと頭を下げ合う。服も髪型が崩れないような脱ぎ着しやすいシャツで来てもらっていた。それでも服が汚れると困るので、化粧用の前掛けを首に付けてもらっている。
正直なところ、なりふりなど構っていられないので、結珠も日本の道具や化粧品をフル活用だ。
「とりあえず、今日見た化粧品は、見なかったことにしてほしい」
「どういうこと?」
いきなりそんな風に言われて、ジュジュも面を食らう。意味がまるでわからない。
「だって絶対にワーカード王国にはないものだし、多分普段よりも肌の調子良くなるだろうし、化粧のりも良いはずなの! これを手に入れたいとか言われても無理だし、もう魔術みたいなものだと。……だから、今日限りの魔術だと思ってあきらめて!」
「やっぱりよくわからないけれど、今日限りの魔術……というのはわかったわ。ユズの世界の化粧品ならば手に入れることも難しいでしょうし、他人にも知られないように努力するわ」
「お願いします! じゃあ始めるね!」
そう言って、いきなり取り出したのは洗顔フォーム。もう最初からジュジュが見たことがないものだ。
「狭くて申し訳ないけれど、そこでまず顔を洗って。これは顔を洗うためのもの。泡立てるから言う通りにやってね」
結珠が指さしたのは、店にあるミニキッチン。カップが洗える程度の小さな蛇口がある。水の出し方すらわからなかったが、結珠が付きっ切りでやり方を教えてくれた。言われるがまま顔を洗い、ふかふかのタオルで顔を拭く。
ジュジュをスツールに座らせると、続いて、これまた見たことのない筒を出し、何やら綿のようなものに中身の液体を浸し、ジュジュの顔に付けた。少しひんやりとした感触にジュジュは目を閉じる。
「何だか良い匂いがするわ」
「これ、化粧水ね。お化粧する前に、肌の調子を整えるから」
ワーカード王国にも色々あるが、こんなにさっぱりとしたものはない。まだ始まったばかりだが、結珠の言う通り、いつも使っているものよりも上等な品に思える。
確かにこんな化粧品があるなんて知られたら、社交界に激震が走るだろう。結珠が内緒にしてほしいと言ったのも頷ける。
気持ちよさにうっとりしていると、結珠は次に何かを取り出した。奇怪ともいえる白い穴の開いた何か。
何だか恐ろしいものにも見えてぎょっとする。
「何これ……? 人の顔のようにも見えるけれど」
「顔パックです。これで肌の調子をさらに上げます。五分から十分くらい付けておくの。その間に髪を少しやっていくから」
「……はい」
有無を言わせぬ口調で結珠がジュジュの顔にパックを付けた。自分の顔がどうなっているのか、ジュジュは怖くて鏡を見ることは出来なかった。




