救出劇の裏側
「大変大変!
先輩達、今すぐこっちに来れないですか!?」
ユウとマオの元に突然セシムから連絡が入る。
現在、セシムとネコリは雪女の里と銘打たれる予定の場所の視察に熊本へと向かっていたはずである。
「急に熊本までとは無茶を言うなぁ。
何があったの?」
「実はネコリと2人で宿泊施設に向かっている最中に遭難者の男性を見つけたんです。
捜索隊なんかの話が出ていなかった事から、申請せずに登山をしていた人みたいなんですけど……そのせいか発見が遅れて身体のあちこちが黒く変色していて」
「それは凍傷の末期症状じゃな。
指先だけでないとなると医療機関に連れて行っても助からぬであろう」
2人は以前に見た山岳遭難事故の動画から雪山の怖さを嫌という程に思い知らされていた。
このままではいつ命が尽きてもおかしくないだろう。
「ネコリは自己責任だし自然の摂理だと言ってるんですけど、正直オープン前に近くで遭難事故が起きて死亡者が出たなんて話、良くないじゃないですか。
何とか先輩達の力でどうにかなりませんか?」
「うーん、確かにオープン前にそう言う話は避けたいよね。
ルーナ、聞いてる?」
「人命と可愛い後輩の未来が関わっているなら仕方ありませんね。
今回は私の独断なので滞在時間は少しだけですよ」
ユウが呼びかけると、それまでは姿の見えなかったルーナが、突如として室内に現れた。
「それで十分じゃろ。
一応、袋も持っていくのじゃぞ」
「あ、そうだね。
万能薬は余らせてるから何とかなるでしょ」
こうしてルーナと共にセシム達の場所へと移動したユウ達。
最初は驚きつつも余計な事をと言った態度のネコリであったが、それが全て自分とこの施設の未来を心配したセシムの判断だと聞いて直ぐに機嫌がなお……いや、デレた。
「もう、セシムってば本当に心配性なんだから。
……でも、ありがと」
「こっちこそ勝手な事してごめんね」
「私と施設の事まで考えてくれたんでしょ?
謝る必要なんてないよ」
「えっと、とりあえず早く案内してもらっていいかな?
流石に死人は生き返らせられないからね」
2人が甘ったるい雰囲気を出し始めたので、ユウが話しを修正する。
「あ、すいません。
こちらです」
我に返った2人は慌ててユウ達を部屋に案内した。
温かく保たれた部屋で男が布団の上に横たわっている。
登山服は濡れていたので脱がされて浴衣へと変えられていたが、見える素肌が毒々しい色に変色しており、まともな女性であれば見るに耐えないであろう。
セシムを含めて幸いにもここにいる女性陣はそれ耐えられる精神力の持ち主であったが、それでも男性が死ぬ直前だと言う事は理解できた。
「とりあえず万能薬ぶっかけるよ」
ユウは袋から小瓶を取り出し、その中の水を男性に向かって振りかけていった。
すると、先ほどまでの痛々しさが嘘のように彼の身体が通常の肌色へと戻っていく。
「すごい効き目ですね」
「あっちの世界の状態異常を瞬時に治す薬だからね。
でも、体力は戻らないから……」
「ここからは妾の出番じゃな」
マオはそう言って男性の顔に手を翳して何かを唱え始める。
それはこの世界の何処にも通じない言語……魔術を使うための呪文であった。
マオの手から放たれた暖かな光を受けた男性。
次第に顔色が良くなり安らぎの表情へと変わる。
「回復魔法はかけておいたから大丈夫なようじゃ」
「あまり長居できないからもう行くね」
そう話していると男性の目が開き、身体を動かそうとしている事に気付く。
「あ、まだ動いちゃ駄目だよ」
「念には念を入れておくかの」
マオはそう言うと男性に向かって睡眠魔法をかける。
一瞬開きかけた男性の目が再び閉じられ、穏やかな寝息を立て始めた。
「それじゃ帰りますよ」
『うひゃあ!?』
いつの間にか現れたルーナにセシムとネコリが驚きの声を上げる。
「あら、驚かせてしまってごめんなさい」
「のうルーナよ……温泉に入るくらいの時間は……」
「残念ながらありません。
では、行きますよ」
「それじゃ、2人とも。
成功を祈ってるよ」
「今度は普通に訪れるので接待するのじゃぞ」
眩い光に包まれながら消える2人。
まるで幻のような時間であったが、男性の容体が落ち着いているので本当に彼女達が先ほどまでいた事が分かる。
「頼りになる先輩達で良かったね」
「それを呼び寄せてくれたセシムも頼りになるよ。
これからもよろしく」
「こちらこそ」
こうして遭難事故の裏側であった救出劇は一部の人物達の心の中にのみ留められる事となったのであった。




