番外編:天才に憧れた 2
雫は一言で表すなら音楽の化け物であろう。
それは単に才能があるという意味では無い。
音楽のためならば自分の生活や命すらも失って構わないと思っている節があった。
コンビを組んでしばらくは個々に活動しつつ、打ち合わせや音合わせなどで一月の半分以上は顔を合わすという生活をしていたのだが、ローンを組んで防音室をマンションに作ると言い始めてから、彼女の異常さにようやく気付いたのである。
そうして、目を離していては危ないと考え、現在は共に暮らしているのであった。
「ほら、ご飯できたよ」
「わぁ、いつもありがとう!」
ご飯を作るのは私の役目である。
いや……彼女の身の回りのことのほとんどの面倒を見るのが役目と言ったところだろうか。
先ほどのように音楽にのめり込んでしまうと本当に周りが見えないほどの集中力を出し、眠気と疲れで気絶するまでやり続けることも多々あった。
そうした凶器とも言える姿の彼女をサポートすること、それが自分の役割なのである。
彼女は……雫は私が求めて止まなかった物を持っているのだから。
子供の頃からピアノ教室に通わされて音楽に携わってきた。
人並以上には出来る自負はあるのだが、他人と比べると自分の限界というものが見えてくる。
時間をかけて愛せば愛すほどに応えくれる才能は私には無いのだ。
応えてくれないものに生活の全てを捧げるなどは出来ようはずも無いだろう。
だが、雫は求めれば求めるだけ、心血を注げば注ぐほどに応えてくれる才能がある。
だからこそ、彼女は此処まで狂ってしまったと言えるだろう。
「さ、ご飯も食べたし……」
「戻るのは一回寝てから!
そんな状態じゃ最大限のパフォーマンスなんて発揮できないでしょ」
また無茶をしようとし出す彼女に釘を刺してベッドへと連れていく。
この道に誘い出したのは自分だ…….だからこそ、その責任を取って彼女の面倒を見ているという一面もあるだろう。
だが、結局のところ、私の持てなかった才能を持っている雫にどうしようもなく惹かれているのだ。
雫を抱えてベッドまで運び込むと、彼女は当然のように自分の隣をポンポンと叩いて促してきた。
「はいはい、分かってるよ」
「えへへ、いつもありがとね」
「自分が好きでやってることだから……」
「それでも嬉しいんだよ。
私ね、今のお仕事にも感謝してるし、冥夜にはもっと感謝してる。
だからね……」
雫の声が段々と小さくなっていき、やがて寝息へと変わっていく。
どうやら、眠気に耐えられずに途中で眠ってしまったようだった。
「自分も……雫にはとっても感謝してるっスよ」
そう告げた自分は、彼女を抱き抱えるようにして、同じように眠りについたのであった。




