番外編:天才に憧れた 1
今回から数話は、ある2人のエピソードの番外編です。
天は二物を与えず……そんな言葉があることは知っていた。
自分はその言葉を、人間には優れた才能が一つはある。
もしくは、優れた才能は二つもらえないというそのままの意味で受け取っていた。
だが、本当の天才に出会ってしまったことで、この言葉の本当の意味を思い知ることになる。
天は一つの才能を与える代わりに、その代わりとなるものを奪い取ってしまうのだと。
「なーに、1人で黄昏てるの!」
後ろから声がかけられ、両肩に重さを感じる。
「相変わらずいい声だと思ってただけだよ」
「相方さんの演奏が良いから思いっきりやれるだけだよ」
「それはどーも……よっと」
「ひゃっ!?」
「ぐへっ」
座っている自分の後ろから、抱きしめるように手を回す彼女。
そんな彼女を持ち上げるように立ち上がる。
急な衝撃に驚いた彼女は咄嗟に手に力を入れ……自分の首にギュッと腕が食い込んでしまった。
「あ、ごめんなさい」
「いや、自分が急に立ち上がったのが悪かったから。
それじゃ収録に向かおうか」
「ええ、今回もファンの人に喜んでもらおう」
自分は彼女の前に手を差し出し、彼女は当たり前のようにその手を掴む。
2人で手を繋いでやってきたのは、自室の中の一区画。
完全な防音工事を施して作った、簡易的なレコーディングスタジオである。
ここで何度も音を録っていくのだが……どれも甲乙付け難い。
このままでも十分な気はするし、やればやるだけまだ先がある気もする。
「好きなだけやり尽くそうよ。
ここは私達の空間なんだから」
「ほんと……よく、この施設を作ろうと思ったよね」
自分の相方……原田雫。
彼女は正に歌の天才という他なかった。
その才能を私が見出した……見出してしまったことから、彼女はどんどんと変わっていった。
それまでは卑屈で他人の足を引っ張ることが生き甲斐のような性格だったらしい……だが、私と音楽を始めてから自信に満ち溢れ、堂々とした立ち振る舞いをするようになった……ここまではいい。
「自分達の空間とはいえ、ローンを完済するまでは特に気をつけて使うんだよ」
「はーい、後30年頑張りまーす」
雫は音楽にこだわりを見せ、そこへの金銭と努力に妥協しなくなったのである。
そのため、この防音室の導入をありえないほどの長期ローンで購入する事を決定し、更に……
「よし、もう一回!」
「待って待って……もう開始してから10時間は経過してるよ。
再開する前にご飯だけでも食べでおこう」
「え……そんなじか……」
「危ない!」
入り込んでいた集中力が切れた時、身体の限界を感じた雫が倒れるのを咄嗟に抱き止めた。
「へへ……毎回ごめんね」
「慣れてるからいいよ」
こうして自身の体力の限界を超えて活動することが多々あったのである。




