絶賛、生放送中 ー短編版ー
序章:英雄たちの凱旋(と、彼らは信じていた)
ヴァルグレイス帝国の第三皇子にして『勇者』の称号を持つレオンは、眼前にそびえる魔王城を見上げ、確信に満ちた笑みを浮かべていた。
「ついにここまで来たな。長かった旅もこれで終わりだ」
彼の背後には、頼れる仲間たちが控えている。
深紅の鎧に身を包んだ、ノクタリア王国第二王子のハルク。
『筋肉こそ正義』を地で行く彼は、大剣を軽々と担ぎ上げ、不敵に鼻を鳴らした。
「ああ。魔王の首をへし折って、俺の筋肉の素晴らしさを親父に証明してやる」
清廉な白の聖衣を纏うのは、エルドラム王国の聖女ソフィア。彼女は祈るように手を組んでいる。
「神は全てをご覧になっています。不浄なる魔王に、慈悲なき鉄槌を」
そして、小柄な体に黒のローブを纏った魔塔の一番弟子、ルル。
「魔法こそ真理。魔王を解析して、私の論文の題材にしてあげる」
彼らは疑っていなかった。
自分たちが世界の希望であり、正義であり、この戦いが吟遊詩人に語り継がれる伝説になることを。
王都を出発したあの日、父である皇帝は言った。
『世界を救え、我が息子よ』と。
その言葉の裏に隠された『厄介払いのついでに、死んでくれれば政治利用できる』という本音など、知る由もなかった。
「行くぞ! 世界が俺たちを見ている!」
レオンが城門を蹴り開ける。
その瞬間、世界中の空に浮かぶ巨大モニターに、彼らの姿が大写しにされていることも知らずに。
◇◇◇◇◇◇
第1章:魔王城の“受付”
「ようこそ、歓迎するよ……と言いたいところだが、アポイントメントは取っているのかな?」
玉座──ではなく、機能的な事務机の向こう側で、その男は紅茶を啜っていた。
禍々しい角もなければ、威圧的な覇気もない。銀縁眼鏡をかけた、線の細いインテリ風の男。彼こそが、シルヴァネア王国(通称:魔国)の主、レオナルド・フォン・サテンである。
「貴様が魔王か! 命乞いなら無駄だぞ!」
レオンが剣を突きつける。
だが、レオナルドは視線すら合わせない。彼の目は、虚空に浮かぶ無数のウィンドウ──世界会議の生中継モニターに向けられていた。
「命乞い? 誰が? 私がかね? それとも……」
レオナルドは僅かに視線を横に向けた。そこには、執事服を着た一人の女性が控えていた。
「……オルカ、お茶のお代わりを。お客様には、一番安い番茶でいい」
「かしこまりました、陛下」
執事オルカ。その優雅な所作は、ただの使用人には見えない気品を漂わせていた。
「ふざけるな! 俺は勇者レオンだぞ!」
無視された屈辱に顔を真っ赤にし、レオンが叫ぶ。
「ハルク、やってしまえ!」
「おう! 俺の筋肉が唸るぜ!」
ハルクが床を蹴り、肉弾戦車のように突進する。同時にルルが詠唱を開始した。
「“宣言”敵を滅せよ、エクスプロージョン!」
「神よ、我らに守りを! プロテクト!」
最強の物理攻撃と、最大級の攻撃魔法。
本来なら、これで城の一角が消し飛ぶはずだった。
──シーン。
何も起きない。
爆発も、光の障壁も、何一つ現れない。
ハルクだけが虚しく突進し、レオナルドが指先一つ動かしただけで発動した床の転移トラップに足を取られ、無様に転がった。
「な、なぜだ!? なぜ魔法が発動しない!?」
ルルが悲鳴を上げる。
レオナルドは呆れたように眼鏡の位置を直した。
「なぜ、だと? 君たちが使っている魔法システム『ライブラリ』を作ったのは私だからだ。開発者が、使用料を払わない不正ユーザーのアカウントを停止して、何が悪い?」
「開発者……? お前が?」
「そうだ。魔法とは、20年前に私が民を救うために作った技術に過ぎない。それを君たちは『神の奇跡』だの『魔塔の秘儀』だのと崇め、中身も知らずに使っていただけだ」
「嘘だ! 魔法は神の……」
「嘘ではない。証拠に、今、全世界の魔法が停止している」
その言葉は、レオンたちへの宣告であると同時に、空のモニターを見上げる世界中の人々への宣告でもあった。
◇◇◇◇◇◇
第2章:暴露された世界会議
「さて、君たちの相手も大事だが、メインイベントはこちらだ」
レオナルドが指を鳴らすと、執務室の壁一面に巨大な映像が投影された。
そこには、豪華な円卓を囲む各国の王や代表者たちが映し出されていた。
ヴァルグレイス皇帝、ノクタリア国王、エルドラム王国の代表……レオンたちの『親』たちだ。彼らは今、パニックの只中にあった。
『な、なぜ会議室が映っておるのじゃ!?』
『放送を止めろ! すぐにだ!』
レオナルドは冷徹に告げる。
「国民の皆さん、よく見ておきたまえ。これが君たちを支配する者たちの本性だ」
彼は次々とデータを公開し始めた。
魔獣被害の真実──それは魔国が放ったものではなく、ルーメリア商国が条約を無視して建設したダムが原因で水不足になり、魔獣が移動しただけであること。
『魔物』の出現──それは、各国の暗殺部隊が『魔国への恐怖』を煽るために、自国の民を襲って偽装したものであること。
「で、でたらめだ! そのような証拠など!」
ヴァルグレイス皇帝が叫ぶ。
「証拠ならある。
……そこにいる、彼らが証拠だ」
レオナルドが顎でしゃくった先には、呆然と立ち尽くす勇者一行がいた。
「彼ら勇者一行は、何の入国許可もなく我が国に侵入し、破壊活動を行った。国際法上、即時処刑されても文句は言えない立場だ。
……だが、各国の王よ。貴殿らは何と言った?」
レオナルドは、先ほど録音したばかりの会議の音声を再生した。
『彼らに万が一のことがあれば、責任を取らせる』
『……死んでくれた方が、英雄として祭り上げやすいかもしれん』
レオンの顔色が蒼白になる。
「ち、父上……?
死んだほうがいいって、どういう……」
モニターの中のノクタリア国王も、失言を重ねた。
『ええい、ハルクの馬鹿息子め!
筋肉しか能がない捨て駒の分際で、さっさと死んで魔国を悪者にせんか!』
ハルクが膝から崩れ落ちる。
「捨て駒……?
俺の筋肉は……国を守るための力じゃなかったのか……?」
ソフィアの父、エルドラム国王も続く。
『ソフィアなど、今の王妃の機嫌を取るために差し出した前妻の娘だ。どうなろうと知ったことではない!』
「あ……ああ……」
ソフィアの目から光が消え、乾いた笑いが漏れる。
「神への奉仕じゃなかったの……?
私はただの、家庭内政治の生贄……?」
ルルだけは違った。彼女はレオナルドのモニターに映る『魔法のソースコード』に釘付けになっていた。
「すごい……! これが真理!
お父様なんてどうでもいい!
師匠、私を弟子にしてください!」
彼女はある意味で最強だったが、王族としての尊厳は崩壊していた。
◇◇◇◇◇◇
第3章:執事の正体、魔王の正体
勇者一行が精神的に壊滅する中、レオンだけがまだ現実を受け入れられずにいた。
「う、嘘だ……俺は選ばれた勇者だ。父上がそんなことを言うはずがない……そうだ、オルカ!
お前からも言ってやれ!」
彼は縋るように、執事の女性に声をかけた。
「……気づくのが遅すぎますわ、殿下」
オルカは冷ややかな瞳でレオンを見下ろした。
「どこかで会った気がする、と思っておいででしたか?
……私はオルカ・グレイス。貴方が『救う』と誓いながら、顔すら忘れていた元婚約者。そして、貴方の国が裏で手を引いたクーデターで滅ぼされた、ノクタリア王国の正当な王位継承者です」
「お、オルカ……?
死んだはずの……?」
「ええ。家族は皆殺しにされました。貴方の父が支援した革命軍によって。私は、レオナルド様が仕掛けた転移魔法に偶然救われたに過ぎません。
……貴方がのうのうと『勇者ごっこ』に興じている間、私は地獄を見ていましたのよ」
彼女の告白は、決定的なトドメだった。
レオンは、自分が「正義の味方」ではなく「侵略者の息子」であり、「被害者を踏みにじっていた加害者」であることを全世界に突きつけられたのだ。
だが、暴露はまだ終わらない。
レオナルドが立ち上がり、モニターの向こうのヴァルグレイス皇帝を指差した。
「叔父上」
その一言に、皇帝が凍りつく。
「わ、私をそう呼ぶな……!」
「国民よ、聞くがいい。私の父は、30年前に『無能』の烙印を押され、追放された先代皇帝の兄だ。私はその息子、正当なヴァルグレイス帝国の継承権を持つ者だ」
世界がどよめいた。
魔王とは、異界の怪物ではなかった。
権力争いに敗れ、追放され、それでも生き延びて自らの力で国を興した、人間だったのだ。
「貴様らが『魔族』と蔑む我々は、貴様らが捨てた同胞だ。それを『悪』と決めつけ、討伐隊を送る……
それが貴様らの言う正義か!」
◇◇◇◇◇◇
終章:夜明け前の闇
「もういい……もう十分だ……」
レオンは剣を取り落とし、床に伏した。
プライドも、信じていた正義も、父への信頼も、全てが粉々に砕け散った。
レオナルドは、完全に沈黙した世界会議と、戦意を喪失した勇者たちを見渡し、最後の宣言を行った。
「私は失望した。君たちは、思考を放棄し、腐敗したシステムにただ乗りし、真実から目を背け続けた……よって、今日この時をもって、全ての魔法技術の提供を凍結する」
バシュン。
世界中の街から明かりが消えた。通信が途絶え、文明の利器が沈黙する。
「便利さに飼い慣らされた代償だ。暗闇の中で、今一度自分の頭で考えたまえ。
君たちはどう生きるべきかを」
「君たちは見ているだけで、何も選ばなかった……今ですら他人事のまま現実から逃げている──君たちの事だよ」
レオナルドの視線は、勇者たちを通り越し、カメラの向こう──モニターを見上げている全ての人々に突き刺さっていた。
中継が切れる。
執務室には、静寂だけが残った。
「……終わりましたね、陛下」
オルカが静かに紅茶を淹れ直す。
「ああ。だが、ここからが始まりだ」
レオナルドは、床に座り込んだまま動かないレオンたちに目を向けた。
「さて、元・勇者たちよ。君たちも、これからどう生きるか、自分で選ぶんだな。
……まあ、まずはその情けない顔を洗ってきなさい」
最弱の魔王による、世界を巻き込んだ大博打。
それは、英雄の物語の終わりであり、人間たちが『自立』するための、痛みを伴う第一歩だった。
(完)




