超越者たちの帝国②
その謎の一団が行く手に立ち塞がったのは昼頃のことだった。
「なんだあれ?」
山に両脇を囲まれた細い街道の先に、鎧姿の兵士たちが陣を張っていた。簡易的な柵が地面に打ち込まれ、通りかかる商隊や行商人に対して取り調べを執り行っているようだった。今も数組の旅人が兵士たちに囲まれて、怯えた様子で身体や馬車の中身を検められていた。
「あれは検問ですね。しかもかなり厳重に執り行っている様です」
馬車の前面に作られた覗き窓から陣の様子を盗み見たリカさんが教えてくれる。
「陣に翻っている旗を見るに、あれは帝国騎士ですね」
「帝国騎士か」
俺は昨夜の話を思い出さずにはいられなかった。
「もしかして、フレミアを見つけるために?」
「いえ、さすがに人一人のために行う規模ではありません。この先には帝都がありますので、恐らくはそこへ向かう旅人全員に行っているものでしょう。どうやら帝都でなにかあったようですね」
「どうした方がいいかな? 別に俺たちがここにいることは、誰に咎められることでもないわけだし、そのまま行った方がいいかな」
立場として俺たちは全員フレンス王国の国民だが、俺は国家間を行き来することもある冒険者であり、リカさんは国を超えて協力することもある冒険者ギルドの職員だ。フレミアだけ王国の貴族ではあるものの、役職なんてものはないただのお子様である。
「そうですね。ライさんだけなら、そうした方がいいでしょう。問題は私とフレミアです。こういった検問の場合、確実に鑑定スキルの持ち主が配備されているはずです。その力量如何によっては、私の咎人系スキルを看破されてしまうかも知れません」
バレス帝国は咎持ちとなれば即処刑というやり方を取っている。リカさんがなんの罪も犯していない、と主張しても聞き入れてもらえないかも知れない。
「まして、昔私は帝国騎士に対して反抗的な行動を取っていますので。そのことを覚えられていると、かなりまずいです。一度、ここで私だけ別行動を取った方がいいかも知れません」
「そんなに気にしなくても大丈夫だとは思うけど。それを言ったら、俺だってこのステータスだし」
ステータスを看破されて怪しまれるのは俺も同様である。むしろリカさんよりもまずいかも知れない。
「唯一、まともなフレミアも今は『大導師』に勧誘を受けてるし、もしも向こうがフレミアの帝国入りを把握していたら」
「ええ、まず間違いなく検問のついでに探すように指示を出していることでしょう」
つまりフレミアもまずい、と。
もちろん、考えすぎという可能性もある。実際には悪いことはしていないわけだし、何事もなく検問を突破できるかも知れない。
「……このまま行こう。いざとなったら、そのときに逃げればいい」
「わかりました。私もフレミアも備えておくことにします」
色々と考えた結果、堂々と正面から行くことにした。
そのまま馬車を走らせて陣に近付いていくと、向こう側も近付いてくる俺たちを発見したようだった。柵の向こう側から、鋭い声で「止まれ!」と声をかけられる。
言葉に従って、陣から少し離れた場所で場所を止める。
向こうから数人の騎士が近付いてきたので、俺は剣を御者席に置いて、一人彼らへと近付いていった。
「すみません。俺たち、この先に行きたいんですけど、これはなにをしているんですか?」
「見て分からないのか? 検問だよ、検問」
騎士の一人が、思いの外、軽い口調で答えてくれる。その顔に浮かんでいるのは面倒だという表情だった。
バレス帝国の騎士と言えば、皇帝への絶対の忠誠心が知られており、職務には生真面目を通り越して狂信的ですらあると言われているのだが、目の前の男たちは違うようだった。旗から見て、ここの陣に帝国騎士がいるのは間違いないが、彼らは騎士に使われているただの兵士のようだった。
「検問ですか。またどうして? 帝都でなにかあったんですか?」
「ああ、どうもそうらしい。俺たちも詳しくは知らないんだが、またどこぞの反抗勢力が暴れてるみたいでな。いきなり騎士の奴らにこんなところまで引っ張ってこられて、もう四日もこんなことをやらされてるわけだ。急いでるところ悪いが、順番に身分と馬車を検めるから、向こうの方に並んでくれ」
兵士の指さした方には、俺たち以外の旅人たちが検問の順番待ちをしていた。
「わかりました。お仕事お疲れ様です」
「ああ。なにもなければ、半日くらいで向こうに通してやれるから。まあ、そうなったらもう陽も暮れてるし、今夜はここらで夜営した方がいいと思うがな」
そう言って、兵士たちは検問へと引き上げていった。相手を締め上げてまで、という程の警戒はしていないようだった。
俺は馬車に戻って、リカさんたちに順番待ちをしていることを伝えたあと、その列の方へと馬車をゆっくりと近付けていった。
今、順番待ちをしているのは全員が商人のようだった。数は五組、多いのか少ないのかはわからないが、皆一様に苛立っているようだった。やれ商談に間に合わないだとか、商品が傷んでしまうとか、そういった文句をお互いにもらしあっているようだった。
それでも帝国騎士に対して、その不満を直接ぶつけたりはしていない。純粋に怖いのか、それとも仕方がないと理解しているのか。俺たちはここまで町に立ち寄らずに来ていたが、彼らは他の町に寄った際になにかを聞いていたのかも知れない。
「できれば情報収集がしたいですね」
「俺に任せてくれ」
リカさんのもっともな言葉に、俺は他の面々に近付いていった。
と言っても、商人には話しかけない。俺が話しかけたのは、商隊の護衛をしていた冒険者らしき男だった。
「どうも。少し話を聞かせてもらっていいか?」
「ああ、いいぞ。ちょうど退屈していたところだからな」
俺と同じか少し年上くらいの男性は、いい暇つぶしが来たという顔で応じてくれた。
「これ、帝国への反抗勢力がどうこうとかのための検問って聞いたけど、具体的なことそっちは知ってるか?」
「噂話程度だがな。そっちがどこの国の冒険者かは知らないが、ほら、最近モンスターの異常発生が各地で起きてるだろ? この帝国領内でもいくつか現れてるんだが、それに対応するために騎士たちが帝都を離れたんだ。で、それを幸いに、どうも帝都で暴動を起こした反抗勢力があるみたいでな」
バレス帝国はここ五十年あまりで大きくなった新興国である。強大な軍事力を背景に、近隣の国を取り込んでいった結果、一代で強大な帝国を築き上げたが、強引な手段は様々な恨みを買い、多くの反抗勢力を各地に残していると聞く。
「かなりの規模で暴動が起きているらしい。帝国側は、他の反抗勢力がこの機に乗じて帝都の反抗勢力に合流したりしないよう、こうして検問を敷いてるみたいなんだ」
「なるほどな。教えてくれてありがとう、助かったよ」
「なに、国のいざこざなんて俺たち冒険者には関係ないことに巻き込まれた、運が悪かった者同士、これくらいはお安いご用だ」
そう言って、男は自分の名前と所属しているパーティーの名前を名乗った。つまりはなにかあったとき、情報提供の分くらいは助けてくれよ、という意味だった。
どうも彼を含めた五人はフレンス王国からやってきた冒険者パーティーのようだから、もしかしたら名前を知られているかも知れないが、俺も冒険者として、そう言われてしまっては名乗り返すしかない。
「俺はライ・オルガスだ。俺もフレンス王国の冒険者だよ」
「へえ、あんたもそうなのか。奇遇だな。冒険者クラスは?」
この口ぶりはどうやら俺のことは知らないらしい。
……まあ、うん。そうだよな。別に俺、そこまで有名じゃないよな。なんか残念と思っている自分が、少しだけなんか自意識過剰に思えば気恥ずかしさを覚える。
「俺はまだEクラスだよ」
「てことは駆け出しか。なんかわからないことがあれば聞いてくれよ、後輩!」
バンバンと強く背中を叩かれる。駆け出しではないのだが、あえて誤解を解くのも面倒だったので、俺は曖昧な笑顔で誤魔化して仲間の許に戻るのだった。
「なるほど。そういうことですか」
他の冒険者から聞いた情報をリカさんに伝えると、彼女は納得した様子で頷いた。
「我々も対処したモンスターの異常発生、大陸の他の国でも発生しているとは聞いていましたが、予想よりも多くの影響を与えているようですね」
「みたいだな。実際、この異常発生の原因ってまだわかってないんだよな?」
「はい。国もギルドも調べてはいますが、正確なところは冒険者ギルドでも把握できていません。自然に起きた異常発生なのか、それとも別に要因があるのか……」
「それよりもあたしは帝都の暴動の方が気になるんだけど」
フレミアは不安そうな顔で言った。
「もしもその暴動が大きくなって内乱とかになったら危険じゃないの? 別に帝国がどうこうなってもあんまり気にならないけど、あたしたちも巻き込まれたりしない?」
「それは大丈夫でしょう。帝国の騎士たちは強いですし、なにより『大導師』がいますから」
一番の情報通であるリカさんはそう言い切った。
一応、リカさん的に帝国は故郷ではあるものの、まったく気にしていないようだった。
「相手がどれだけの数を集めても、『大導師』が帝都を守護している以上、勝ち目はありませんよ。いずれ鎮圧されてお終いだと思います。少なくとも、反抗勢力側にも超越者が協力していなければ話になりません」
現在確認されている超越者は五人だ。
フレンス王国の『大剣聖』ヴァン・ヘルメス。
バレス帝国の『大導師』メルフレイヤ・クルーリオ。
ドワーフの王国ラグハルトの『鉄血王』ガフ・ナドレ。
北方の三国同盟を見守るエルフ、『永遠の守護神』ユーヴェルナ。
そして今代の教会の『聖女』システィナ・レンゴバルト。
それぞれが国、あるいは組織の要職に就いているため、その動向には多くの監視の目がつきまとう。大々的に動くようなことがあれば、必ずや情報として伝わってくるだろう。
けれど、絶対に反抗勢力側に超越者がつかないとは言い切れない
たとえば人喰いのように、表舞台に名前が出ていない超越者も存在している。大体、ひとつの時代に十人前後の超越者が現れることが多いと伝えられているので、もう一人や二人、人知れず超越している者がいないとも限らなかった。
「あるいは、そうですね。安易に『大導師』が手を出せない状況に持って行くことができれば、か細いですが反抗勢力にも芽はあるかも知れません」
「それってたとえば?」
フレミアの疑問に、リカさんが答えた。
「たとえば、帝国の皇族を人質に取ったり、でしょうか?」
「そんなことできるの?」
「『大導師』を倒すよりは簡単だとは思いますが至難の業でしょう。第一、こんな状況で皇族が帝城の外に出る理由などあるはずもありませんし」
「それもそうよね」
「それに、噂によると『大導師』こそが帝国の影の支配者で、皇帝ですら彼女には逆らえないとまで言われていますし、人質に取ったところで無意味かも知れません。どちらにせよ、『大導師』がいるかぎりは良くも悪くも帝国は健在でしょう」
暴動はいずれ収まる。そう結論を付けたところで、俺たちは自分たちの順番が来るまでしばしの歓談を続けた。
そしてもうすぐ陽が暮れようという頃になって、ようやく俺たちの順番がやってきて……。
「ライ・オルガス!? フレミア・マルドゥナ!? 伝令! 伝れぇえええい!」
兵士たちの前で自己紹介をした瞬間、大きな声で叫ばれ、奥の天幕へと連れて行かれるのだった。
そう、俺たちは見誤っていたのだ。人の身を超えてしまうほどに、狂おしいまでの情熱を持つ超越者の執着というものを。
連れて行かれた陣の中でも一際大きな天幕は、とてもここが一時的な天幕とは思えないほどの立派なものだった。
天井からは色鮮やかな布がいくつも垂らされ、足下には毛足の長い絨毯が敷かれている。香が焚かれているらしく、甘い花の香りが鼻をくすぐった。
天幕の中心には小さなテーブルと四つの椅子が置かれていた。
そのうちのひとつに座って俺たちを待っていたのは、瑞々しい花のような美少女だった。
年齢は十五歳前後くらい。紫水晶のような艶やかな紫色の髪を長く伸ばし、一部を複雑に編み込んでいる。身につけているのは一目で高級と分かる細やかな刺繍の施された黒いドレス。まさに庶民が思い浮かべる高貴な身分の少女という感じだった。けれど愛らしく整った顔に、庶民に向けるものとは思えない穏やかな笑みを浮かべている。
「ようこそおいで下さいました」
彼女は勢いよく、それでも傍目から見ればゆっくりとした動作で椅子から立ち上がると、こちらを見て髪を揺らすように会釈し、俺たち三人に名乗った。
「はじめまして。わたし、『大導師』様の命でこの地に派遣されてきました、フローレンス・ハルジオンと申します。ええと、レベルも低く、これといった特別なスキルも持っていませんし、一番高い家事スキルのランクもDランクなのですけれど、一応は帝国の第三皇女です」
そのあと、むん、と握り拳を固めて、決意に満ちあふれた、けれどやはりのんびりとした声で皇女様は言った。
「あなた方を我が帝国に迎え入れるべく、これから精一杯あの手この手で口説き落とさせていただきますので、どうぞ宜しくお願い致します」
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