真実を求めて②
「あ、やっぱりびっくりした? びっくりしたわよね?」
ドラゴンのステータスを記した羊皮紙を見せたフレミアは、言葉を失う俺やリカさんを見て、得意気に胸を反らした。
「ふふふっ、こんなステータス見たことも聞いたこともないでしょ? でもこれがドラゴンのステータスなの。滅多に見られるようなものじゃないんだから、すごくすごく感謝して欲しいわ!」
「…………」
「あ、あの、二人とも、そんな黙り込んでどうしたの?」
黙ったままお互いに顔を見合わせる俺たちを見て、フレミアが一転、不安そうな表情となる。
「もしかして、信じてくれてない? 嘘だって思ってる?」
「いや、信じるよ」
俺はフレミアにそれだけははっきりと伝えた。
ディザスターとの戦いから数日が経ち、平穏を取り戻したサンドウェルドの町。その一角に居を構えるマルドゥナ家に俺とリカさんがお邪魔をしているのは、再会したフレミアがそう望んだからだった。
ディザスターとの戦いでの活躍などを聞いたあと、フレミアが見せたいものがあると言ってみせてくれたのが、マルドゥナ家に代々伝わるドラゴンのステータスだった。
それを見せてくれたのは純粋な好意だろう。しかし俺たちを信じてくれたからでもあった。
過去信じてもらえずに王宮を追放される原因となったステータスである。見せるのには勇気が必要だったに違いない。
「それがドラゴンのステータスだってこと、俺は信じるよ。フレミア」
「はい。私も信じます」
「ほんと?」
俺とリカさんが頷く。フレミアはほっと胸を撫で下ろしたあと、頬を膨らませた。
「ならもうちょっと反応してくれてもいいじゃない。驚きすぎて言葉を失うにしても、ずっと黙ってたら不安になるじゃない」
「いえ、それは……」
リカさんが俺に目配せする。どう説明したらいいか判断がつかないようだ。すでに覚悟があった俺よりも、ある意味ではリカさんの方が衝撃は大きかったのかも知れない。
「こういうことだよ、フレミア。オープン」
俺は一人事情を飲み込めていないフレミアに、前回の旅で見せることのなかった自分のステータスを開示した。
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今度はフレミアが言葉を失う番だった。
口をあんぐりと開けて、フレミアは自分の手元にあるドラゴンのステータスと、俺のステータスとを見比べる。
そしてどちらもが聖ハレヤ語ではない、得体の知れないステータス画面であることを理解し、
「えぇえええええええええ――――ッ!?」
みんなの心を代弁するような、そんな大きな悲鳴を上げたのだった。
◇◆◇
「なるほど。ライのステータスもドラゴンと一緒で、読めないステータスだったのね。色々と納得がいったわ」
三十分後、フレミアに俺の事情について説明したところ、ようやく彼女は落ち着いてくれた。
その上で不思議そうに首を傾げる。
「けどどうしてライとドラゴンのステータスが似ているのかしら? 偶然、なわけないわよね?」
「そうだな。これは偶然じゃない。俺とドラゴンには関係がある」
問題はどういった関係があるのかがわからないこと。さらに言うなら、そもそもドラゴンについて知っていることがほとんどないということだ。
「なあ、フレミア。俺はドラゴンについてほとんど知らないんだ。伝説のモンスターで、ものすごく強いってことくらいしかな。もしもドラゴンについてなにか知ってることがあれば教えてくれないか?」
「そうね。たしかにマルドゥナ家はドラゴンをずっと追い求め得てきた一族だもの。普通よりは色々と知ってるつもりよ」
ドラゴンのステータスを見る前から、薄々自分がドラゴンに関係があることを察していた俺がフレミアに会いたいと思ったのもそれが理由だった。マルドゥナ家なら、誰も知らないドラゴンについて知っているかも知れないと。
「けど、ライの疑問に答えられるような情報は持ってないわ。ううん、きっとそんなの誰も持ってない」
ドラゴンは目撃情報が少なく、交戦情報となれば荒唐無稽なお伽話として扱われる。かつてのフレミアの先祖がそうだったように。
なぜなら、ドラゴンのステータスは誰にも読めないから。
「国や冒険者ギルドがモンスターの強さや特徴を把握してるのって、つまりはそのモンスターを倒した経験があって、そこから情報をまとめたからでしょ? けどドラゴンを倒した人は誰もいない。倒し方もわからなければ、そもそも倒すことができるのかさえわかっていない」
だから姿形も、力も、ステータスも、すべては確定していない不確定の上にある。
「一応、おばあさまが残してくれた手記があるから、姿形はこういうので間違ってないはずだけど」
フレミアは自分の部屋から祖母の手記を持ってくると、彼女が記したドラゴンの絵姿を見せてくれた。
そこに描かれていたのは、伝説に伝わっているのと同じ姿だった。漆黒の鱗に覆われた、巨大な翼を持つ蜥蜴。さらにその身体の回りを黒い障気のようなものが渦巻いている。
「あたしがドラゴンについて知ってるのはこれくらい」
「そうか」
リカさんと一緒に、フレミアのおばあさんの手記に目を通す。だがそこにあるのはドラゴンの特徴というよりも、ドラゴンが現れる場所の特徴といった方向性が強かった。交戦した記録も書かれているが、気が付けば戦いが終わっていて、仲間が全員死んでいた、というような書き方をされている。
「以前、私もギルドの記録でドラゴンについてまとめてあるものを読んだことがありますが、ここに書かれている以上の記録はありませんでした」
リカさんもそう教えてくれる。やはりドラゴンの情報はこれが限界のようだ。
「ごめんね、ライ。役に立てなくて」
「いいさ。気にしないでくれ」
「でも不安じゃないの?」
フレミアは祖母の手記をぎゅっと抱きしめながら、心配そうな眼差しで俺を見てきた。
リカさんもそれは一緒だった。俺のことを心配してくれてるのがわかる。
「ライ。もしかしたら自分がドラゴンなのかも、とか考えてない?」
「それは……」
「ライはドラゴンなんかじゃないわ。偶々同じステータスを持ってるだけの人間よ。けど、それでもこれを見たらやっぱり不安になると思うし、その、あたしはちょっと驚かせようと思っただけなのに……」
「馬鹿。俺はお前に感謝してるよ」
涙ぐむフレミアの頭を、ぽんぽんと軽く叩く。
「これまで、自分とドラゴンに関係あるってことは薄々わかってたんだけど、最後の確信が持てなかった。けどフレミアにドラゴンのステータスを見せてもらって、その確信が持てた。だからありがとうだよ、フレミア」
「怖く、ないの?」
「怖くない。むしろ嬉しいくらいだ。ずっとずっと、誰にもわからなかった俺のステータスの謎に、ようやく今一歩近付くことができた。進むべき道も見つかった。ドラゴンを追い求めた先に、きっとその真実は見つかるはずだ」
だからあとは進むだけだ。真実に向かって突き進むだけなのだ。
「まあ、この先どうやってドラゴンのことを調べたらいいのかがわからないんだけどな」
「ひとつ私に心当たりがあります」
リカさんが控えめに手を挙げた。
「本当か? リカさん」
「はい。絶対そこにドラゴンについての情報がある、とは言い切れませんが、少なくとも可能性はあると思います」
「十分だよ。それってどこなんだ?」
「私の故郷にある図書館です」
「図書館?」
「はい。私の生まれ育ったタトリンの村には図書館がありました。長命なエルフたちが退屈しのぎにと世界各地からかき集めた膨大な書物が収められていて、見つからない情報はないと言われていたくらいの大図書館です。ドラゴンについての情報も、恐らくはあるではないかと思います」
「そんな場所があるのか。けどリカさんの故郷ってことは」
「はい。タトリンの村はすでに人喰いによって滅ぼされています。本も調査にやってきた帝国か、あるいは事態に気付いた他の隠れ里のエルフたちによって回収されているかも知れません。ですが、量が量です。村自体もなかなか辿り着くのが難しい秘境にありますので、必要な書物だけ抜き取って、ほとんどの本は残されている可能性も高いと思います。お望みであれば、ご案内させていただきますが」
「そうしてくれたら嬉しい。けどリカさんは平気なのか?」
リカさんにとって滅ぼされてしまった故郷は、かつて追放された場所でもある。複雑な感情を抱いていることを俺は知っていた。
「大丈夫です。いえ、まったくの平気と言われれば平気ではありませんが、それでも一度はまた帰ってみたいと思っていましたから。……そうです。帰る、とそう私はあの故郷を指してそう思うことができるのです」
「リカさん……」
「それにライさんにはまだ伝えていませんでしたが、実はディザスターとの戦いの中で人喰いが私の前に現れました」
「あいつが!?」
リカさんの予想通り生きていたのか。
「くそっ、あの野郎。リカさん、なにもされなかったのか!?」
「はい。安心してください。私はなにもされていません。人喰いの興味は今、別のものへと注がれているようでしたので」
「別のもの?」
「人喰いもドラゴンに興味を抱いているようでした。それにあのタイミングで現れたということは、ライさんの言うシスティナさんの中に潜む誰かと行動を共にしていると考えるのが普通です」
「そうか。あいつも俺、つまりドラゴンについては気にしてるみたいだったからな」
「ディザスターとの戦いに駆け付けたのを見るに、最初からこの近くにいたのでしょう。となれば、もしかしたらあの二人の目的地もタトリン村かも知れません」
「当然、人喰いもリカさんの故郷は知ってるからな」
ならば、これはまたとないチャンスだった。
リカさんの故郷にある大図書館にドラゴンに関する情報があれば良し。なくても、他に唯一知っているであろうあの女に会って、今度こそシスティナのことも併せて問いつめることができるかも知れない。
「リカさん。悪い。タトリン村まで連れて行ってもらえるか?」
「悪いなんてとんでもありません。ライさんとの旅が続くことは、私にとって嬉しいことです。ましてや、その、今度は二人た――」
「はい、あたしも行く!」
リカさんが唐突に手を挙げたフレミアに、無感動な瞳を向けた。
「はい、あたしも行く!」
「聞こえています」
もう一度大きな声で繰り返すフレミアに、リカさんが諭すように言った。
「フレミア。これは遊びではないのです。それに私の故郷はバレス帝国の領内にあります。道中、どんな危険があるか……」
「そんなの覚悟の上よ! それよりも、ドラゴンのことを探すっていうのに、このフレミア・マルドゥナを置いていくって方が大問題よ! あたしだってドラゴンのことはずっと調べてるんだから!」
「それは……ですが……」
フレミア、ひいてはマルドゥナ家がドラゴンにかける情熱を知っているだけに、リカさんもそう言われてしまうと弱い様子だった。
「ライさん、どうしましょう?」
「そうだな」
個人的にはフレミアが同行するのは一向に構わない。ただ、問題がひとつある。
「とりあえず、フレミア。――今度は親の許可をもらってくるのが条件な?」
「うぐっ」
ぎくりと肩を震わせるフレミア。そのとき玄関の扉が開いて、ちょうどフレミアの親が帰ってきた。
「ダメだ」
帰ってきた自分の父――マルドゥナ家現当主であるロベルト・マルドゥナに、フレミアが俺たちの帝国への旅に同行したいと伝えたところ、返ってきたのは不許可の言葉だった。
「なんでよっ! ドラゴンのことがわかるかも知れないのよ!」
「だが絶対ではないのだろう? それに危険だ。帝国ではマルドゥナ家の名前になんの力もないんだぞ?」
「それを言ったら、この国でもうちの名前なんてもうなんの力も持ってないじゃない! 馬鹿にされたり鼻で嗤われたりしないだけむしろマシだわ!」
「やめなさい。事実だけどやめなさい」
娘から突きつけられた悲しい現実に、マルドゥナ卿は切なそうに目を細めた。
ちなみにこのフレミアの家、リビングに部屋がふたつだけという小さな家だった。とてもではないが貴族の邸宅とは呼べないような代物だ。
「それにうちにはまだお前がいる。お前ならばアライアス魔法学校にも間違いなく入学できるし、首席卒業もほぼ間違いないだろう。あそこを卒業できれば、そのあとは国の魔法研究所か騎士団に入って、ゆくゆくは宮廷魔導師も夢ではない」
「お父様。そんなにもあたしに期待を?」
「しているに決まっている。だからフレミア、お前を危険な旅に行かせるわけにはいかないんだ」
「お父様……」
娘の肩に手を置いて、優しく言い聞かせるマルドゥナ卿。これはフレミアの同行は無理だな、と俺とリカさんは思った。マルドゥナ卿の娘への愛情は本物だった。
「けどその割にはディザスター退治に行くって言ったときには反対しなかったわよね?」
「だ、だってアライアス魔法学校への入学金と学費を免除させられる好機だったから」
愛情は本物だが、それでもお金のためなら危ない賭けも仕方がないらしかった。
金運を下げてくる悪運スキル。とても恐ろしいスキルである。
「と、とにかく、私はお前が旅に同行するのは反対だ! しかもこんなどこの馬の骨ともわからない男と一緒なら尚更だ!」
「馬の骨って……」
そりゃまあ、俺は貴族でもないし、見物確かな家の出でもないけど。
「ちょっとお父様! 馬の骨だなんて酷い! 二人ともあたしの大切な仲間なのよ!」
「ええい、黙りなさい! お前が王都に行ったときの仲間だというのなら、そこの男は万年Eランクの冒険者! つまりは将来性のない貧乏人! そんな男と一緒に旅をして、もしもあの男に魔が差してお前がぱくりと食べられてしまったら、私は母にどう謝ったらいいか!」
「ライはあたしのこと食べたりしないわよ!」
「いやそういう意味ではなく……ん? ライ?」
そこでようやくマルドゥナ卿は俺のことを初めてマジマジと見た。
そういえば、帰ってくるなりフレミアに突撃されてたから、ちゃんと自己紹介をしていない。ディザスター退治のあと、フレミアに会いに行ったときもマルドゥナ卿はいなかったし。
「すみません。自己紹介が遅れました。俺、ライ・オルガスって言います。フレミアとは――」
「フレミア。彼の旅に同行してあげなさい」
手のひらがくるんと返された瞬間だった。
「まさかフレミアの例の仲間がオルガス卿だったとは……ふ、ふふふふふっ! まさに好機! かつてない圧倒的好機がマルドゥナ家に押し寄せてきている!」
マルドゥナ卿は瞳を爛々と輝かせると、フレミアの肩に手を置き、先程以上の迫力で言い聞かせた。
「いいか? フレミア。決して彼を逃してはいけない。絶対にだ。なんだったらこの旅の途中で既成事実を作ってくるんだ」
「わかったわ! 任せて! ……ところで既成事実ってなに?」
「それはオルガス卿に実地で教えてもらいなさい」
「おいこら娘になに言ってるんだ!?」
「よくわからないけどわかったわ! ライと既成事実を作るまで帰らないわ!」
「フレミアもわかってないのに引き受けない!」
「さすがは我が娘、マルドゥナ家の期待の星だ。きっと母さんもお前の成長を喜んでくれているだろう」
「おばあさま、見てて! あたし、やってみせるわ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれって。あのな――」
「落ち着いてください、皆さん」
そのとき声がした。感情も一切のこもっていない、冷たい声が。
リカさんは俺たち三人に向かって言った。
「それとも落ち着かせてさしあげましょうか?」
「「「ごめんなさい」」」
有無を言わさないリカさんの迫力に、俺たち三人はその場に正座し、声を揃えて謝るのだった。
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