真実を求めて①
ディザスターの消滅と同時に世界が歪み、硝子のように割れて欠け落ちた。
世界に空いた孔から姿をのぞかせたのは、この世在らざる領域の怪物だった。紅の瞳。血塗られた魔眼。魅入られたものを魂から侵す獣の眼差しがこちらを見つめる。
ドラゴン――確信をもってそう言い切れた。これこそがそうなのだと。
「 ハ ヤ ク 」
声がどこからが聞こえてきた。男のようにも女のようにも、老人のようにも子供のようにも聞こえる声。以前、マルドゥナダンジョンで聞いたものと同じ声だった。やはりあのときの声はドラゴンのものだったのだ。
ならば、目の前のドラゴンこそマルドゥナダンジョンの奥深くに潜むものなのか。
「お前は……」
一体俺のなにを知っているんだ? と、尋ねようとしたとき、心臓が大きく跳ねた。
「ぐっ!?」
どくんどくんと鼓動が繰り返されるたびに、身体の奥から力が沸き上がってくる。頭の奥が甘く痺れて、全能感に押し流されて我を失ってしまいそうだった。
それを歯を食いしばって耐える。
この衝動に身を預けた結果どうなるか、俺はすでに知っているのだ。
それでも源泉のわからない力は、俺の中で荒れ狂い、表に出ようと暴れ回る。アラド卿によるアビスコールだけなら耐えられた。けど目の前の大いなる怪物と共鳴するように、力は際限なく膨れあがっていって……
「堪えなさい」
いつの間にか隣に立っていた金髪金眼の女が命じるように言った。
同時にするりとその手が伸びて、服が破れたため露わになっていた俺の胸にあてられた。
ひんやりとした冷たい手のひらの感触。そこから淡い光が発せられたかと思うと、荒れ狂う力は鎮まっていった。
「お前……」
「そう何度も暴走されてはたまりません。堪えなさい」
「……わかってる」
彼女と一緒になって力を押さえ込む。
完全に衝動が消え失せたとき、すでにドラゴンは消え、世界の歪みも元通りに直っていた。
「ドラゴンになにか共感でも抱きましたか?」
いなくなったドラゴンを探すように、なにもない暗闇を見つめていると、金髪金眼の聖女が手を離して話しかけてきた。
「本来、この世界に生きる人であれば、あれを目の前にして抱くのは恐怖だけです。それ以外のなにかの感情を抱いたとするのなら、ライ・オルガス。やはりあなたは間違っている。この世界にいてはならない異物なのです」
システィナと同じ顔をした、けれどシスティナではない誰かは糾弾してきた。向けられる敵意は、これまでのどのときよりも大きかった。
やはり目の前にいるのはシスティナではない。改めて、俺は確信した。
……そろそろはっきりさせないといけない。
きっとこれはチャンスなのだ。長年の疑問に蹴りをつけるときが来た。
「なあ、お前は誰だ? システィナじゃないんだろ?」
確信を込めて問いただすと、誰かは少しだけ怯んだ様子を見せた。いつもならこの辺りで、誰かに急かされるようにして立ち去るのだが、今日は俺をにらみつけたまま逃げようとはしない。
いつもとは少し様子が違う。戦闘中に顔を合わせたときにも感じた違和感は正しかったらしい。
「まさか今更自分はシスティナです、なんて言わないよな? お前は明らかに俺の知ってるシスティナとは違う。姿形は同じでも、間違いなくそこに宿っている意識が違う。システィナは俺のことをそんな眼では絶対に見ない。お前が俺に向ける視線は……」
答えを求めて詰問するうちに、ふと俺は既視感を抱いた。
剥きだしの敵意は、他の誰かに向けられたことのないほどに強烈なものだったが、以前、目の前の彼女以外にも向けられたことがあったような気がする。
あれは……そうだ。ステータスの異常を知り、そのことに対して生まれて初めて向けられた悪意だった。
先代聖女レフィ・トラベリオ様。俺のことを認めて祝福してくれた彼女が、最初に俺を見たときにだけ見せたあの敵意の眼差しと、目の前の女のそれとが俺の中で一致する。
「お前は……もしかして聖女に寄生する生物なのか? 前は先代聖女レフィ・トラベリオ様の中にいて、今はシスティナの中にいる。違うか?」
「人を寄生虫のように言わないでください! わたくしは聖女と共生するもの! 大いなる初代聖女の意思なのですから!」
「それは認めたってことでいいんだな?」
彼女は肯定も否定もしなかった。だが先程の反論は、認めているも同然だった。
「そうか。やっぱりお前はシスティナじゃない。システィナの肉体に宿る、別の誰かの意思なんだな」
確信していたことではあるが、改めて確認して安心する。やはり俺を嫌っていたのはシスティナじゃなかったのだ。
ならば問題はひとつだけ。この意思がシスティナにとって害があるのか否かだ。
「システィナはお前のことを知ってるんだよな? 無理矢理お前がシスティナの身体に乗り移ってるわけじゃないよな?」
「当然でしょう。わたくしが願い、システィナがそれを受け入れてくれました。我らが意思はひとつです。世界を守り、人々を救う。我らは二人でひとつの聖女という存在なのですから」
「なら今の俺の声を、システィナも一緒に聞いているのか?」
「いいえ。彼女にあなたの声は聞こえていません。聞かせる必要もありません。あなたは我らの敵なのですから」
「そんな言葉は信じない。システィナが直接そう言ったのならともかく、お前の言葉は信じられない」
恐らく、システィナがこいつのことを知っているのは事実だろう。前にニルドが話していたとおり、あのシスティナがなにも知らずに身体を奪われているとも思えない。
それでも違和感がある。すべてがすべて、システィナの願いどおりには運んでいない。そんな感じだ。
「システィナを出せ。あいつの言葉を聞かせろ」
「…………」
システィナに宿る誰かは俺のことを親の仇のようににらみつけた。にらみつけるだけで、それ以上はなにもしない。
きっとできないのだろう。敵意を隠そうともしないのに、こいつは俺に対して直接的な危害を加えることはこれまでしてこなかった。それどころか先程のように、時に助けてくれたりもする。
そしてそれはシスティナの意思のように思えた。
「システィナ! もしも聞こえているなら答えてくれ!」
システィナには聞こえていないという言葉を信じず、俺は大声で呼びかけた。
「俺はお前の言葉が聞きたい! お前の本当の気持ちが知りたいんだ!」
「無駄です。あなたの声はシスティナには届かない。……いえ、今となってはわたくしの言葉すら」
「どういうことだ? システィナはそこにいるんじゃないのか? それとも共生って言ったのも嘘で、本当はシスティナの身体を乗っ取ってるのか!?」
「誰がそんなことするものですか!」
女が怒りを露わにした。これまでの敵意とは違う、俺の発言に対する怒り。俺の一言は彼女の逆鱗に触れたようだった。
「システィナは我が愛しき聖女、システィナにとってわたくしは掛け替えのない相棒なのです。我らは二人でひとつ! 誰がシスティナの感じられない、わたくしだけの肉体など欲したものですか!」
女は自分の身体を掻き抱く。そうすることで、そこにはいないシスティナに触れようとするように。
「異変が起きているのです。何百年と変わらなかったこの身に異変が。そしてそれは間違いなく、ライ・オルガス、あなたが原因に違いありません。それ以外に考えられない」
「そう思うなら説明しろ」
俺にはなにがなんだかわからない。けれど、彼女の言葉がすべて本当なら。システィナを大事に思っている気持ちが本物なら。
「システィナが今危機に陥っているのなら、俺はあいつを助けるためならなんだってできる。お前はそうじゃないのか?」
「それは……」
彼女は俺の視線から逃げるように視線を逸らすと、顔をしかめ、思い悩む様子を見せた。
「……あなたになにが出来るものですか。あなたは、破壊することしかできないケダモノではないですか」
「そうかも知れない。けど俺は――」
「あなたは、わたくしの敵です」
俺の言葉を聞きたくないと言うように、彼女は言った。
「だってあなたは……」
その先の言葉を彼女は言わず、懐から小さな包みを取り出した。それはミリエッタが届け物だと教会から預かっていた代物だった。彼女が包み紙を解くと、中から黒い板状の金属のようなものが姿を見せる。
「ディザスターに襲われた方々の命が心配です。今はあなたを見逃して差し上げましょう。ですが、次は容赦はしません。我らは不倶戴天の敵同士。それを心に留めておきなさい、ライ・オルガス」
「待て!」
制止のために手を伸ばすが、その手は空を切った。彼女が金属板に指を這わしたかと思うと、その姿は霞のように消え失せていた。高速移動ではない。完全なる転移だった。召喚魔法など一部の魔法で可能とする現象だが、詠唱らしい詠唱は唱えていなかった。恐らくはあの黒い板の力だろう。
「くそっ!」
転移先であろうアライアス魔法学校に急ぐ。けれど俺が到着したときにはすでに彼女の姿はなく、代わりに気絶しつつも、治療が施されて傷ひとつないみんなの姿が残るばかりだった。
結局、わかったことは少しだけだった。
システィナの中にいる俺を敵視する誰かが、歴代の聖女と共生するなにかであること。今、システィナがなにかしらの危機に陥っているということ。
そして……
「あいつが俺を憎んでる理由。それは俺が――」
認めるように、受け入れるように、俺は声に出してつぶやいた。
「俺が――ドラゴンだから」
数日後、マルドゥナ家に招待された俺にフレミアが、マルドゥナ家に代々伝わるドラゴンのステータスを見せてくれた。
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その読めないステータスを見ても、俺は驚くことはなかった。ああ、やっぱり、とむしろ納得をしてしまった。
そして改めて疑問に思う。
どうして俺とドラゴンのステータスが似ているのか?
俺は本当にドラゴンなのだろうか?
いや、そもそも……
「ドラゴンって一体なんなんだ?」




