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憧れの在処⑥



 オルガスが地面を蹴って、怪物に立ち向かっていく。


 オルガスを脅威と認めたのだろう。これまで砲撃を放ちこそすれ、不動だったディザスターも同時に動く。空を泳ぐように移動してオルガスの方に向かっていくと、続けざまに漆黒のブレスを放った。


 頭上から降り注ぐ一撃は、黒い雷となってオルガスを襲った。地面に着弾すると同時に周囲を吹き飛ばし、得体の知れない黒い障気をまき散らす。


 だがオルガスはすべてを見切って避けていた。投げ込まれた剣を握りしめ、天高く飛ぶディザスターに向かって振り上げる。すると光の斬撃となってディザスターの身体を切り裂いた。初めてディザスター本体に届いた攻撃に、周囲から歓声が上がる。


 さらに光の刃は何度もディザスターの身体を抉っていく。人間業とは思えない戦いぶりは、見る者に希望を与えていくのだった。

 

 その輝きを見ているうちに、オレは少しだけ我に返ることができた。自分でもオルガスが戻ってきたという事実に、知らず高揚していたらしい。


 だが冷静になって戦いを見てみると、決してオルガスが圧倒的有利で戦いが進んでいるわけではないことに気付く。


 たしかにディザスターの攻撃は動き続けるオルガスの動きを捉えきれずにいる。一方でオルガスの攻撃はディザスターに届いている。ここだけを見ればオルガスの方が優勢だが、彼の攻撃はディザスターになんの痛痒も与えられていなかった。


 オルガスの攻撃はたしかに強力だ。直撃させれば、一撃でディザスターの半身を吹き飛ばしてさえいる。


 しかしディザスターの身体が抉り飛ばされているのは、斬撃に触れたその瞬間だけのことで、次の瞬間には元に戻ってしまっている。


 圧倒的な再生力、とは少しだけ様子が異なった。ディザスターは身体の一分が欠けても動じることなく、動きの一切を鈍らせていない。


 再生ではない。攻撃自体が効いていないのだ。


 だが考えてみれば当然の話か。元々、ディザスターは影が形となったモンスターだ。つまり伝説のドラゴンに似たあの姿は、あくまでも影が真似をして形取っているだけであり、肉の身体があるわけではなく、その中身に生物が持つ重要な器官といったものがあるわけでもない。恐らく、痛覚すらないのだろう。


 ならば一撃ですべてを吹き飛ばせばいい――そうオルガスも考えたのか、一度動きを止め、渾身の振り下ろしをもってディザスターの身体を跡形もなく吹き飛ばした。


 オレも、周りの者たちも、全員が勝利を確信して――


「なんだと!?」


 再生する。蘇る。影の雲と影の沼から再び影の触手が伸び、それが絡み合って再びドラゴンの姿を形取った。


「まさか、ディザスターの正体は……!」


 最悪の予想が頭を過ぎる。


 目に見えているあのドラゴン型は、ディザスターの身体の一部分でしかないのかも知れない。言うなれば、敵を攻撃するための『砲台』であって、たとえ跡形もなく消し飛ばしても、ディザスターの総体から考えれば指先を消し飛ばされた程度のダメージでしかないのかも知れない。


 そんなオレの予想を証明するように、ドラゴン型は一体のみならず、二体、三体と続けざまに影より産み落とされた。


 それが意味するディザスターというモンスターの正体。


「この影すべてがディザスターというモンスターなのか!」


 影の雲と沼の形をとって世界を覆い尽くしていく災厄。

 蠢くダンジョン――それこそがディザスターというモンスターの正体だった。


 ならば、ディザスターを倒すにはこの天地の影すべてを取り払うしかない。目を凝らしてみれば、オルガスが剣を振るって敵を吹き飛ばすたびに、広がり続けていた影がその範囲を狭めているように思えた。


 だが確信を持つには至らない。オルガスの攻撃は強烈だが、それでも削ぐことができたディザスターの総体は極僅かでしかなかった。


 さらにディザスターはその特性を利用し、オルガスを四方八方から追い詰めるようにして攻撃を始めた。


 頭上からの砲撃では捉えきれないと判断したのか、地面から十体のダンジョンモンスターが現れ、オルガスへと襲いかかっていった。一体一体が、オレが手こずったあの両腕が剣となったモンスターだ。さすがのオルガスも倒すには剣をそちらへ向けざるを得ず、その隙を突くようにオルガスの足下から触手型の影が飛び出してオルガスを拘束した。


 そこへ殺到する剣持ちのモンスターたち。オルガスが触手を振り払い、モンスターを薙ぎ払うその一瞬の硬直を狙い澄まし、ドラゴン型から一斉にブレスが放たれた。


 オルガスの身体がモンスターごとブレスに飲み込まれる。直撃だ。周囲で見ていた者たちの顔が絶望に染まり、中でもミリエッタさんは卒倒しそうなほど顔を青ざめる。


 けれどオルガスは生きていた。ブレスによって身体を灼かれながらも、恐るべき耐久力で無事な姿をオレたちに見せる。


 恐らくは瞬間的に剣を振って迎撃したのだろう。彼の手からは剣がなくなっていた。


 武器を失ったオルガスの背を、新たに生じたモンスターたちが追いかけ、その眼前にも立ち塞がる。足下からは再びの触手。頭上では、ドラゴン型が次の攻撃の準備をしている。


「ライさん!」


 リスティマイヤの声がして、オルガスに再び二本の剣がどこからともなく投げ渡された。オルガスは両手で剣を受け取ると、左手で足下の影を触手ごと吹き飛ばし、右手の剣を振るって周囲のモンスターを一掃した。


 それを見たディザスターの狙いが変わる。


 オルガスとは別の場所から無数の触手が蛇のように現れ、一斉に誰もいない空間に襲いかかった。誰もいないと思われたそこから、数本の剣を身体にくくりつけたリスティマイヤの姿が現れる。彼女はオルガスをサポートするべく、気配を殺して隠れていたのだ。


 だが見つかってしまった。そしてディザスターは再びオルガスという難敵に武器を渡されてはたまらないと、執拗にリスティマイヤを追いかける。全方位から押し寄せる触手に、リスティマイヤは足を取られ、その華奢な身体が宙へとつり上げられてしまった。


「リカさん!」


 オルガスが助けに向かおうとするが、その周囲にモンスターが何十体と立ち塞がった。さらに瞬く間に塞がった足下からも、助けには行かせないとリスティマイヤに向けれたものの数倍の量の触手が伸びる。


「くそっ!」


 オルガスは助けに迎えない。ならば、とオレは城壁の縁に足をかけた。だがその前に、リスティマイヤは自力で触手から逃れてみせた。自分の足を拘束する触手を短剣で切り裂くと、素早い身のこなしで触手の追撃からも逃げ切って見せた。


 だがオルガスとの距離が開き、易々と新しい剣を渡せない状況へと追いやられてしまった。

 

 さらにそれでもディザスターは満足することなく、次々にモンスターを生み出してリスティマイヤの追っ手として差し向けた。


 結果として、リスティマイヤはどんどんと戦場から追いやられ、最後にはオレたちのいる砦に来るのを余儀なくされてしまった。オルガスが現れてからずっと無視され続けていた砦の周囲から、一斉にダンジョンモンスターの大群が現れ砦を囲ったのは、ちょうど彼女が砦にたどり着いた瞬間のことだった。


 無理矢理攻めてくる様子はない。ただ、オレたちを逃げられないように牽制だけを仕掛けてくる。


 いや、むしろこれは……


「なんてことを!」


 リスティマイヤが悲鳴を上げ、オレもそれに続いた。


「オレたちをオルガスへの人質にするつもりか!」


 ドラゴン型が一体、砦の真上の影から顔を出し、その口をオレたちに向けて開いていた。いつでも落とせた一撃を放たないのは、オレたちの命がオルガスの枷になるからだ。


「…………」

 

 見れば、オルガスへの執拗な攻撃がすべてやんでいた。視界が開け、こちらの様子がオルガスに伝わるようになっている。


 オルガスはこちらを状況を見て、欠片も迷うことなく剣を捨てた。


 オルガスが捨てた剣はそのまま影の中へと引きずり込まれ、直後、止んでいた攻撃が再開された。触手がオルガスの四肢に絡みつき、動けなくなったところで容赦のないブレスが連続で叩き込まれる。


「オルガス! なにをしているんだ!」


 オレは叫んだ。


「戦え! 貴様が負ければ、どのみち同じことだろう!」


 オルガスが負ければオレたちも死ぬのだ。ならば、オルガスがオレたちを思ってした行為にはなんの意味もない。ただの自己満足だ。


 だが……それでもオルガスは動かない。あいつがオレたちを無視して攻撃なんてできるはずがなかった。そんなことは、付き合いの短いオレだって知っている。ディザスターが取った策略は、まさしくオルガスを仕留める上では最善であり最大の効力を発揮していた。


 それが恐ろしい。途轍もなく恐ろしい。


 ディザスターには間違いなく知能がある。策略を張り巡らせ、罠を仕掛ける頭脳がある。その上で、相手を苦しめることに労力をさいている。


 ディザスターが天地に広がる影すべてを自在に操れることは、今や疑いようもない事実だ。となれば、今こうしてオレたちの頭上に砲塔を用意できたように、オレたちを仕留めようと思えばいつでも仕留められたのだ。


 けれど奴はじわじわとなぶるように弱いモンスターを作って攻めさせた。じょじょに攻め手を強くさせていったのも、ここぞという時に心を折るように強烈な砲撃を放ってきたのも、すべてはこちらが絶望する様を愉しむため。


 奴は進化などしていない。生き残るために死にものぐるいになっているわけでもない。最初から徹頭徹尾、相手を苦しめることだけを考え抜いている。その事実が恐ろしい。


 オレはこんなモンスターなど知らない。こんなにも邪悪なモンスターなど知らない。


 野放ししてはいけない。あれはこの国すらを滅ぼしうる邪悪な怪物だ。絶対に、あれはなんとしてでもここで仕留めなければならない!


 そしてオルガスならばそれができる。たしかに時間はかかるだろう。けれど、オルガスならばきっとディザスターをも倒しきることが可能なのだ。


 そう、オレたちがここにいなければ。


 オレは生唾を飲み込み、周りにいる仲間を見回した。


 彼らはオルガスが嬲られる様を、絶望と悲哀を込めて見つめている。それだけしかできないでいる。


 大局的な視点で見れば、その弱さは罪だった。

 ならば話は簡単だ。オレが騎士として正義を行えばいい。


 そう、正義だ。ここでオルガスを失い、その結果ディザスターによって死ぬことになる多くの人々のことを思うのならば、苦しくともここで動くことは間違いなく正義なのだ。大のために小を斬り捨てる。騎士として果たさなければならない残酷な選択だ。憧れのあの人も言っていた。『大剣聖』様ならば、きっと迷わないだろう。


 けれど……動けない。


 ここにいるのは決死の戦いを共にして仲間たちだ。想いを寄せる女性もいる。


「坊ちゃま? 大丈夫ですか?」


 大切な家族も、いるのだ。


 ルゥナがオレの泣きそうな表情に気付き、気遣うような顔を見せた。それを見て、オレには出来ないと思った。


 けれど、そうは思わなかった者もいた。


「…………」


 リスティマイヤが無言で短剣を手に取った。表情は前髪に隠れて見えない。けれど、オレには彼女がなにを考え、なにに悩み、そしてなにを決断したのかがわかってしまった。そしてそれが大局的見地に基づいたものではなく、もっと個人的なものであろうことも。


 ああ、始まってしまう。どうあれ、ここに地獄が始まってしまう。


 周囲にいるモンスターたちが、そんなオレたちを歓迎するようにざわめき揺れる。悪意が急かすように嗤っている。お前たちの奮戦にはなんの意味もなかったのだと嗤っている。


 そう、意味はなかった。


 あれだけ必死になってがんばったことは意味がなかった。みんなと力を合わせ、オルガスが戻ってくるまで必死になって時間を稼いだことはなんの意味もなかったのだ。


 なんの、意味も……


「いいえ。いいえ。意味はたしかにありましたとも」


 知らない誰かの声がした。

 刹那、黄金の輝きが砦の周囲にあったすべての影を吹き飛ばした。


 それは清らかな聖なる光だった。影は触れた瞬間、跡形もなく消し飛んでしまった。モンスターたちなど、その光を浴びただけで消え失せてしまった。


「なにが……?」


「あなたは……!」


 突然の出来事に呆然となっていると、リスティマイヤが驚きの声をあげて後ろを振り返った。


「やあ、我が友よ。ごきげんよう。なかなか愉快な出来事になっているようだね」


 そちらに視線を向けると、銀色の髪のエルフの姿があった。リスティマイヤと特徴が似ている。家族かなにかだろうか? 


「あなたが今の光を?」


「いえ、違いますよ。この男がこんな聖なる光を紡げるはずがありません」


 リスティマイヤが吐き捨てるように言う。そして、エルフの男も同意するように頷いた。


「そのとおりです。これは光、救世主の光ですよ、グィンゲッツ・ニルヴァーナ卿」


「どうしてオレの名を?」


「さあ、どうしてでしょう? ですが自分は知っている。あなたが今、ここでの戦いになんの意味もなかったと嘆いていたことも知っていますよ」


 エルフの男はオレの心を読み取ったように笑った。


「けれどそれは違います。あなた方の奮戦にはたしかに意味があったのです。あなた方が力を合わせてがんばったからこそ、ライ・オルガスが戻ってくるまで持ち堪えることができた。そして――」


 男は天から差し込む光に向かって両手を伸ばし、讃えるように告げた。


「あの方もこうして駆け付けることができたのですから」


「エデンズサンクチュアリ」


 綺麗な声が響き渡る。再び光が放たれ、影を取り払う。


 エルフの男が見つめる先、影の晴れた月夜を背に天に立っていたのは、黄金の髪をなびかせた美しい女性だった。


「まさか、あれは!?」


 以前、警備のときに見かけたことがある女性だった。いや、御方だった。


「聖女様!?」


 第五十八代聖女フィリーア。間違いなく、彼女こそは聖女フィリーアその人だった。


 聖女様は砦の安全を確保すると、地上めがけて巨大な光の槍を放った。


 光の槍が突き刺さったのは、オルガスがディザスターに嬲られていた場所だった。光が影を吹き飛ばしたあと、そこには地面に倒れ伏すオルガスの姿だけがあった。


 聖女様はゆっくりとオルガスの傍に降り立つ。


 二人の声がかすかに聞こえた。


「起こして差し上げましょうか?」


「冗談……だろ」


 オルガスは聖女様の手は借りずに起きあがる。


「けど礼は言わせてもらう。いいタイミングで来てくれたな、よくわからないの」


「結構。頭以外は大丈夫なようですね。手間が省けて助かります。……死んでいればよかったのに」


 二人は一度顔を合わせたあとは、もう視線を合わせることはなかった。それなのに、まったく同じタイミングである方角へと顔を向けた。


 そちらにはなにもない。けれど、二人にはなにかが潜んでいることがわかっているようだった。


「あそこだよな」


「ええ、あそこですね」


「引きずり出せるか?」


「造作もないことです」


「なら剣を取ってくるから、戻ってくるまでに引きずり出しておいてくれ」


「なぜわたくしがあなたの指示に従わないといけないのですか?」


「なんだ? 自信がないのか?」


「ふふっ、馬鹿なことを。なんでしたらわたくしが潰しておいて差し上げますので、あなたは尻尾を巻いて逃げてもいいのですよ?」


「誰が逃げるか。あれは俺がこの手で必ずぶっ潰す」


「その身体で出来るとは思いませんが、精々急ぐことですね。でなければ、わたくしがとどめまでやってしまいますから!」


 聖女様がその手から光を放ると同時に、オルガスがこちらへと一息にやってくる。


「みんな無事か?」


「ああ、大丈夫だ」


 聖女様の攻撃らしき光によって、頭上の影は完全に取り払われていた。周囲の影によって塞がれる様子もない。


「よかった」


 オルガスはオレたちの無事を確認して笑みを零す。同時に、ふらりと倒れそうになる。


「ライさん!」


 リスティマイヤが泣きそうな声を上げ、慌ててすっ飛んでいきオルガスの身体を支えた。


「悪い。ありがとう、リカさん」


「それはこちらの台詞です! こんな、こんなにもボロボロになって……!」


 近くで見たオルガスの身体は予想以上にボロボロになっていた。今、ここにいる誰よりも傷だらけの死に体だ。意識を保っているだけ奇跡のような有様だった。


「ライさん。もういいです。あとは聖女様に任せましょう。あの御方ならきっと」


「いや、ダメだ。今のあいつじゃ影からディザスターの核を引っ張り出せても、消滅させるほどの力はない。なんとなく、それがわかったんだ」


 オルガスはリスティマイヤの手を離し、自分の力で立ち上がった。


「俺がやらないと。第一、大事な仲間を、家族を、人質に取るような真似をされて黙ってられるか。あいつは絶対に俺が倒す」


 その瞳は怒りによって爛々と輝いていた。男の顔をしていた。


「オルガス!」


 オレはオルガスに対して、気が付けば自分の持っていた剣を投げ渡していた。


「ニルヴァーナ家に伝わる宝剣だ。くれてやる。だからオレたちの分まで、あのくそったれに一撃をお見舞いしてやってくれ!」


 あんな状態のオルガスに任せるしかない我が身の弱さを恥じながらも、それでも込み上げる熱いものに突き動かされ、オレは叫んだ。 


「では私からは最強の魔法を贈らせていただきましょう」


 それに続くようにして、アラド卿が前に進み出る。


「地味だの熟練度が上げづらいなど色々言われながらも、少しずつ上げてきた我が補助魔法の熟練度は八〇〇に達しております。そうして手に入れた我が最大にして最強の魔法。オルガス卿がディザスターを砕く最後の一押しになるかと自負しております」


 老魔法使いが自分の人生を誇らしげに語る。その手には、彼の覚悟を示すように空になったスキルブーストポーションの瓶が握られていた。


「どうか我々の分まで、あのモンスターに鉄槌を」


「ああ」


 オルガスは強く頷いて、もう一度、あの言葉を誓うように口にした。


「任せろ! ディザスターは俺が必ずぶっ潰す!」


「では――マジックセレクト」


 アラド卿が詠唱を始める。

 一言一言におのが歴史を刻むように、最強の魔法を紡いでいく。


「墓穴にて輝ける闇よ。彼方より来たる破壊の大波よ」


 オルガスは剣を構え、ディザスターをにらみ据える。

 リスティマイヤはなにかを言いたそうに口を開き、けれどなにも言わずに下がった。


「此処に深淵の門を開く。終わりの日は来たれり」


 アラド卿の詠唱が続けられる中、聖女様によって影の中から、ディザスターの核となる部分が無理矢理地上へと引きずり出されていく。


 影で出来た巨大な球体。あれがディザスターの本当の姿、ダンジョンを広げる前のコアとしての姿なのだろう。心臓が鼓動するように、不気味に震えている。さすがの聖女様もそれを引っ張り出すので精一杯のようで、さらに攻撃することはできないでいる。


 すべては彼に託された。


 その背を祝福するように、アラド卿の魔法が完成した。彼にしか扱えないとされる、補助魔法の熟練度八〇〇で覚えることのできるステータス極大強化魔法が捧げられる。


「アビスコール」


 漆黒の光をまとい、英雄が走り出した。 


「ディザスターぁあああああああああ!!」


 怒りの咆吼を上げ、オルガスが閃光となってディザスターへと突っ込んでいく。


 ディザスターがすべての影を、彼の迎撃のために向かわせた。大地と空がめくれあがり、捻れ、巨大な槍となって四方からオルガスに突き出された。


 けれど無駄だった。すべてがオルガスに触れた瞬間、崩れ落ちていく。今のオルガスは影を飲み込む闇となっていた。光の届かない無明の闇に、影は侵蝕することはできない。


 ならば、とディザスターは核の周囲に何重にも影を張り巡らせた。


 鎧。盾。城壁。考えつくかぎりの防御手段を構築して、オルガスの一撃に備えて……。


 次の瞬間、すべて無駄だったのだと悟ったことだろう。


 一閃。


 オルガスは勢いを止めることなく跳躍すると、ディザスターと衝突――そのまま貫いた。


 ディザスターの背後にオルガスが着地したとき、すでにその手の剣は刀身を失っていた。


 彼はもう斬り終わっている。

 

 次の瞬間、ディザスターの巨体が斜めにずれる。

 影よりもなお黒い斬撃が、防御ごとディザスターの巨体を紙のように両断し、鮮やかにその命を奪い去っていた。

 

 世界を蝕んでいた邪悪な影は薄れていき、やがてすべてが夜に溶けるようにして消え去って行った。






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