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憧れの在処④



 押し寄せる影の軍勢は目と鼻の先まで迫っていた。


 間近で見たディザスターのダンジョンモンスターは、これまで見たモンスターとは異なる姿形をしていた。


 門から確認できるかぎりでも、オレの知っているモンスターは一体もいない。すべてが黒一色の、ディザスターと同じく影がそのまま立体化したような姿形をしている。四足歩行する獣のようなモンスターと、二足歩行するゴブリンに似たモンスターの二種類が多く、それよりも二回りほど身体の大きなモンスターもかなりの数が確認できた。総数は数えるのも億劫なくらいだ。


「飛行型のモンスターはいないようだな」


 もしもいた場合、最優先で仕留めなければならない。アライアスの城壁は頑強で正門以外からの突破は難しいが、無視して城壁の上に配置された友軍を攻撃されてはたまらない。


 だが一番気を付けなければならないのは、ディザスターの動向だ。


 レベルはわからないが、ティタノマキアが逃げ出すほどなら、少なく見積もっても八十は超えているだろう。今は最初の位置から動いていないが、もしも自ら攻め込んできたら、こんな砦など一瞬で打ち崩されてしまう。偵察スキルを持つ冒険者が逐次動向を見守っているが、いざ戦闘が始まったらこれまでとは異なる行動を取るともかぎらない。


「つまりわからないこと尽くしの戦いか」


 経験したことのない戦いに恐れはある。けれどかみ殺して、オレは大剣を構えた。


 いよいよディザスターの影が、アライアス魔法学校の敷地を侵蝕し、モンスターたちがこちらの存在に気付いた。


 刹那――


「撃てェ!!」


 アラド卿の号令に従い、四つの塔から戦いの始まりを告げる号砲が轟いた。


 四種の属性の輝きを尾のように伸ばし、燃え盛る炎が、吹き荒れる風が、荒れ狂う波濤が、巨大な岩塊が、それぞれ勢いよく敵の前衛に突き刺さった。すさまじい破壊力に、数十体のモンスターがまとめて吹き飛んでいく。


「続けェ!!」


 さらにアラド卿の号令が轟き、城壁の上から魔法使いたちが一斉に魔法を放った。色とりどりの光が宙を舞い、次々に敵の群れの中へと落ちては破壊をばらまいた。


「口を休めるな! 撃て撃て撃てェ!!」


 魔法による攻撃は途切れることなく続いた。


 まずは接敵と同時に魔法による飽和射撃を行う。これでまずは相手の気勢を削ぎ、相手の戦力の一割を消し飛ばす。


 だが数が数だ。最初は魔法による攻撃に怯んでいた敵だったが、やがて仲間の屍の乗り越え、影に染められた大地を駆けて城壁に取り付かんと押し寄せてくる。


 それに気付いた城壁の上の魔法使いが、真下に向かって魔法を唱える。城壁の上から放たれた矢のように、魔法はまとめて近付いてきた敵の息の根をとめる。その間も、四つの塔からは強力な魔法が放たれ、敵の戦力が固まった場所を的確に爆撃していた。


 この城壁は易々と突破できない――そうモンスターたちは思っただろう。唯一、城壁ではなく木製で出来た門を構えた場所があることに彼らが気付くのに、そう時間はかからなかった。


 多くのモンスターたちが徒党を組んで、この入り口目指して襲いかかってくる。


 馬鹿め。と、内心でせせら嗤いながら、オレは剣を振るった。


「オレはレベル五十だぞ?」


 血風が舞う。オレの一撃によってゴブリンモドキたちが、肉片をまき散らして吹き飛んでいく。


 さらに一撃、二撃と踏み込んで刃を振るえば、振るった数の十倍の敵の肉片が千切れ飛んでいった。その威力は、一撃の破壊力では戦士を超えると言われている魔法よりも遥かに上だ。


 当然である。塔にいない魔法使いたちのレベル平均は三十五。そしてオレはレベル五十だ。通常、五レベルあるとかなりの差が生まれると言われているのだ。他よりも十五レベル高いオレの守る門の硬さは、城壁という地の利を活かした彼らよりも遥かに上なのだ。


 数を頼みに押し寄せてくるゴブリンモドキを蹴散らし、速度で横をすり抜けようとしてくる獣型を追って仕留め、力をもって突破しようとしてくる巨大な影を真っ向から叩き伏せる。 


「オルガスには負けたが、貴様らなんぞに負けるものか!」


 周囲にいたモンスターすべてを蹴散らし、オレは再び門の前に戻ると、地面に勢いよく剣を突き刺してこちらに向かおうとしていたモンスターをにらみつける。


 彼らは本能的に恐怖したように足を止めた。彼我のレベル差をようやく理解したのだろう。


 そしてそれはオレも同じだった。


 姿形は異様だが、ダンジョンモンスターたちの強さはレベル二十から三十相当だ。束になってかかってきてもオレには勝てないし、城壁の上の魔法使いたちでも追い払える程度でしかない。その異様さからもっと手こずるかと思ったが、これは嬉しい誤算だった。


 さらに彼らは魔法に対する抵抗力も持っていないようだった。四つの塔から放たれる魔法によって、面白いように数を減らしていた。


 少し心配していたフレミア・マルドゥナも、さすがに他の三人よりは劣るが、十分な威力の『砲撃』を続けていた。連射性という点では、他の三人すらも凌いでいる。恐らくは魔法スキルに加え、魔法関係の戦闘系スキルも持っているのだろう。


 この程度なら問題ない――他のモンスターに背中を押されるようにして向かってきたモンスターを軽く粉砕しながら、オレは冷静に判断した。


 この程度の攻撃なら、この砦はいくらでも持ちこたえられる。すでに影はアライアス魔法学校全域を包み込み、四方から攻撃を受けているが、別の場所から応援要請が届くこともなかった。


 唯一懸念を上げるとするなら魔法使いたちの魔力か。魔法を使うには相応の魔力を消費する。そして通常、魔力の回復は時間経過によってのみ回復する。


 ただし、別の手段も存在する。マジックポーションと呼ばれる、魔力を回復するポーションだ。作成できるものが少ない体力を回復するポーションは馬鹿のように高いが、『魔導師』でも作成できるマジックポーションはそこまで高級な代物ではない。そしてアライアス魔法学校には、授業などにも用いるため、腐るほどこのマジックポーションが保管されていた。


 戦えない人間が、必死になって倉庫からマジックポーションを引っ張り出し、それぞれの魔法使いたちに届けている。だから魔力が本当の意味で底を突くことはないが、如何せん、マジックポーションというのは飲み物だ。許容限界というものが存在する。


 つまりこの戦いは持久戦の様相を呈し始めているということだ。彼らが自分が戻したポーションによって溺死する前にオルガスが戻って来れるかどうかが問題になる。

 

 などと楽観視できたのもわずかな間だった。こちら側の圧倒的優勢という状況を覆されたのは、ほんの十分も経たない頃のことだった。


 絶えず押し寄せてくるモンスターたちを倒し、屍の山を築き上げていたオレは、段々と襲ってくるモンスターたちの数が増えていることに気付いた。


 他の場所が窮地に陥って攻撃の手が止まっているのかと思ったが、違う。頭上を駆け抜ける四本の魔法の奔流は変わることなく敵の群れを薙ぎ払っている。


 だが……


「なにっ!?」


 爆風によって吹き飛ばされたモンスターの半数が、身体に損傷を負いながらも起きあがっていた。


 それが意味する可能性はふたつ。こちらの魔法攻撃の威力が下がっているか、あちらの抵抗力が上昇しているかだ。


 そして、どうやら後者が正解らしい。こちらの塔から放たれる魔法の威力は健在だ。だが最初のように一撃ですべてを吹き飛ばすことができなくなっていた。明らかに、モンスターたちの魔法抵抗力が上がっている。


 それらは新しく影から生み出されたモンスターに備わっている特性のようだった。つまりこの短時間で、奴らはこちらの主力である魔法に対抗するべく進化したということだ。


 さらに過酷な環境に晒され続けた動物が、環境に適応するために姿形を変えるように、彼らもまたその姿を変えようとしていた。


 新しく影の雲から大型モンスターが数体産み落とされる。それらは地面に叩きつけられることなく、背中から翼をはやして宙を飛んだ。飛行能力を獲得したのだ。


「まずい! 撃ち落とせ!」


 オレが叫ぶより先に、事態に気付いた魔法使いたちが飛行型に対して魔法を放っていた。


 だが飛行型もまた、魔法への高い抵抗力を有しているようだった。打ち落とせたのは六体のうち二体だけで、それ以外の四体が城壁の上の魔法使いに襲いかかった。


 悲鳴が上がる。


「くそっ!」


 オレは大振りの一撃で近くにいたモンスターを討ち払うと、壁を走って城壁の上へと駆け上った。そして今まさに魔法使いへと食らいつこうとしていたモンスターの首をはね飛ばす。


「あ、ありが――」


「グランスラッシュ!」


 助け出した男性のお礼を聞くより先に、特技をもって続けて二体の飛行型モンスターも処理する。最後の一体は、オレが到着するより先に魔法使いの護衛をしていた冒険者に始末されていた。


 どうやら今の強襲で死者こそ出ていないものの、数人の怪我人が出たらしい。治癒魔法を施そうとしている姿を見つける。


「おい、軽い怪我なら治療は後回しにしろ! すぐに持ち場に戻れ! 突破されるぞ!」


 そう言いながら、オレは城壁の上から飛び降り、半ばまで登りかけていたモンスターをすれ違い様に叩き伏せた。そこからモンスターの群れを切り裂きながら、自分の持ち場だった正門へと戻る。


 空けていたのはわずかな時間だったというのに、七体近いモンスターが正門へと辿り着いて牙や爪をふりかざしていた。オレはすぐ横の城壁を駆け抜け、頭上から奇襲を仕掛けた。剣で四体の頭を叩き伏せ、足で残り二体を蹴散らし、慌てて逃げだそうとした最後の一体の頭を素手で潰す。


 持ち場に戻ったところで、もう一度状況を確認する。


 飛行型はあれ一回きりで、次は生まれていない。だがこれで終わりと判断するのは楽観過ぎるだろう。いつまた産み落とされるかわかったものではない。


 さらに目の前に迫った問題として、魔法抵抗力の高いモンスターたちへの対応だ。城壁の上の魔法使いたちでは対処が追いつかず、仕方なく四つの塔から援護射撃が飛んでいる。だがそうすると後ろの大群の数が減らせない。対応が追いつかなくなるのも時間の問題だった。


 オレもそう何度も持ち場を離れて援護には行けない。どうにか城壁の上の魔法使いたちに踏ん張ってもらわなければ……。


「朋友たちに灯火を。契約はここに成された」


 同じ判断を司令塔であるアラド卿もしたらしい。彼の朗々たる詠唱の声が響き渡る。


「杖を掲げよ。円陣を組め」


 放たれる援護魔法。その輝きが、城壁の上の魔法使いたちの頭上に降り注ぐ。


「マジシャンズロッド」


 それは一定範囲内の仲間の魔力と知力を高める援護魔法だった。


 王国屈指の援護魔法の使い手によってかけられたマジシャンズロッドは、仲間たちに多大な恩恵を与えた。敵に弾かれていた魔法が、再び敵を追い払える威力にまで上昇する。城壁の半分まで迫っていた黒く蠢く敵の群れが、瞬く間に追い散らされる。


 さらにそこから連続してマジシャンズロッドがかけられた。対象は四つの塔にいる魔法使いたち。揃えたように放たれた四つの輝きが、敵の軍勢を盛大に薙ぎ払った。


「さすがだな」


 アラド卿一人でこの窮地を脱してしまった。さすがは名門たるアライアス魔法学校の長である。


 だが最初から彼が援護魔法を皆にかけられなかったように、問題点も存在する。それは同じ援護魔法の効力は一定時間しか持続せず、また連続して同じ援護魔法はかけられないということだ。つまり今は追い払うことができているが、援護魔法の効力が切れたときに、そこから再び相手を押し返す力は取り戻せないということだ。


 いや、相手は援護魔法を極め、熟練度が国内唯一の八〇〇に達したアラド卿である。オレが知るかぎり、知力を向上させる援護魔法はマジシャンズロッド以外に知らないが、それ以外の援護魔法をもって対処できるかも知れない。ここで切り札のひとつを切った彼の選択を信じるしかないだろう。


 オレは奮戦する魔法使いたちに負けないよう、それまで以上に力を剣を握る手にこめた。


「おおぉおおおおおお!!」


 自然と口から雄叫びが上がる。さすがに疲労を感じてきているらしい。


 だが生粋の戦闘職ではない彼らががんばっているのだ。騎士であるオレがそれ以上にがんばらないでどうするのか。


 斬る。斬る。目の前にいる敵を斬って斬って斬り捨てる。


 葬り去った敵の数は百を超え、二百に届こうとしている。魔法によって撃滅された敵の数に比べれば微々たるもの。けれど敵はオレを脅威と認めたのか、目の前で別の進化が始まった。魔法抵抗力ではない、耐久力を向上させた敵が現れる。刃に伝わってくる感触が重く、硬くなる。


「それがどうした!」


 ならばもっと力を込めればいい。勢いを増して斬りつければいい。


「その程度でこのオレの刃を止められるものか!」


 斬る。斬る。目の前にいる敵を斬って斬って斬り捨てる。


 硬かろうが、素早かろうが、大きかろうが関係ない。爪が届いて鎧に傷をつけようが、強烈な拳がこの身に突き刺さろうが関係ない。流れ出る血はそのままに、守るべきものを侵そうとする敵はすべてこの剣で叩きつぶすだけだ。


 闘志は消えない。戦意は衰えない。


 この場にいる誰もが強い意志で戦っていた。途切れることのない敵の猛攻を、跳ね返してしまうほどに。


 敵も揺らぐことなく健在な砦を見て察したのだろう。これは落ちない。このままでは落とせないと。


 ならば砦を無視すればいいというのに、敵は攻撃の手をゆるめようとはしなかった。相手に対抗した進化以外では、絡め手などは使用してこない。所詮はモンスターということか。基本的に人間とモンスターでは、同じレベル帯であった場合は人間の方が有利とされている。自分の能力しか使えないモンスターと、他の道具を使い、策を弄せる人間の差だ。


 そもそも奴らがここを攻め落とそうとしていることにも大した意味はないだろう。影によって形作られたモンスターたちに空腹という概念があるかでさえ疑わしい。奴らは飢えているから襲ってきているのではなく、純粋に人間を敵視して襲いかかってきているのだ。


 モンスターに備わった根源的な本能。人間への敵意。


 中には人間を見ても襲いかかったりしないモンスターもいるが、ほとんどのモンスターは人間と見るや襲いかかってくる。中でもダンジョンモンスターは絶対と言っていい。その法則に基づいて、奴らはこのアライアス魔法学校に集まってきている。


 今、オレたちが一番懸念していること。即ち、この場所を無視してダンジョンを広げる速度を上げ、サンドウェルドの町を襲う、といった攻撃は考えもつかないようだった。


 あるいは――考える必要がないのか。


「ん?」


 広がる速度を上げるどころか、影は唐突に拡大を止めた。


 これがディザスターの限界なのかという考えが頭の隅をかすめた瞬間、遠い場所でなにかが光った。


 いや、光ったというのは語弊があるだろう。それは影であり闇である。光とはかけ離れたもの。けれどオレの目にはそれは輝いているように見えた。さながら燃え盛る炎のように。ディザスターの口に集った闇が囂々と燃え盛り、そして――……


 闇の息吹が放たれた。


「っ!?」


 全身に悪寒が走る。絶望感が身体を支配する。

 自分の影の軍勢を飲み込んで迫り来る漆黒の息吹は、まさに迫り来る『死』そのものだった。


 回避は不可能。不条理なまでに相手に一方的に死を叩きつける、死神の鉄槌。

 闇の息吹が駆け抜けたアライアス魔法学校の火の塔周辺は、最初からそこにはなにもなかったかのように触れた部分が消え伏せていた。


 同じレベルであれば、モンスターよりも人間の方が有利。それは間違いない。


 けれどそんな考えを嘲笑うかのように、覆せない歴然たるレベル差というものは存在する。


 改めてオレは理解した。


 たとえどれだけの数を集めたとしても、あのモンスターには決しては勝つことはできないと。ディザスターがいるかぎり、一時の有利などなんの意味もないのだと、そう理解したのだった。


 そして城壁を失って穴が空いた場所へと、漆黒の群れは、光に集う虫のようになだれ込んでいくのだった……。



 

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