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夢の在処③



 アライアス魔法学院の職員に案内してもらい、ティタノマキアが封印されている場所まで急ぐ。


 目的地に到着する前より先に、敵の姿は確認できた。

 薄闇に覆われ始めた丘の上に、その鋼色の巨人の姿はあった。


 姿形は人に似ているが、全長はアライアス魔法学院とほとんど変わらないほど大きい。胴体はもちろん、足も四本ある腕もすべてが分厚く、さながら岩山のごとき威容だった。


「あれがティタノマキアか!」


 俺は駆けながら剣を引き抜いた。


 すでに現場は阿鼻叫喚の混乱の中にあった。封印を施していたであろう数十人の魔法使いたちが逃げまどっている。


 なんとか迎撃しようと数人の魔法使いが魔法を唱えたりしているが、それらはティタノマキアにはなんの痛痒も与えることはできずにいた。逆に巨大な腕を振るわれ、小石のように吹き飛ばされている。治癒魔法を使える魔法使いがいるため、死者は今のところ見られないが、最初の一人が出るのも時間の問題だ。


「リカさん! 俺がティタノマキアを引きつける! その間にみんなを逃がしてくれ!」


「わかりました! ですがライさんも気を付けてください! 鑑定スキルで読み取ったところ、あのティタノマキアは普通の個体で体力も削れているようですが、なにか様子が変です!」


「わかってる!」


 ティタノマキアは自身を封印していた魔法使いたちに対し、積極的に怒りをぶつけることなく、攻撃されれば追い散らすように反撃するだけで、その意識は別の方に向けられているようだった。のっぺりとした顔はきょろきょろと周囲をうかがっている。


 基本的に人間に対して襲いかかってくるモンスターの習性としては、いささか異様だった。


 それに――この気配。


 俺はティタノマキアから、背筋が寒くなるような圧迫感を感じていた。それこそあのヒュドラをも凌ぐ強者の気配。決して、油断していて勝てる相手ではないと改めて認識させられる。


 俺は走りながらリカさんから数本の剣を受け取り、それを腰にくくりつけ、さらに速度を上げた。


 アライアスの魔法使いたちを助けるためにも、気兼ねなく全力で戦うためにも、まずはあのティタノマキアを人のいない場所まで連れて行く必要がある。


 その方法は決まっている。


「おぉおおおオオオ――ッ!」


 両手で剣を持ち、下から振り上げるようにして全力でティタノマキアの胴体に剣を叩きつけた。


 周囲を見回すばかりで、足下への注意がおそろかになっていたティタノマキアは剣の直撃を受け、その巨体を浮き上がらせた。


 さらにもう一撃、空中に飛んで踏ん張りのきかないティタノマキアに対し、渾身の力で剣を振るう。まさに岩山に向かって剣を叩きつけたような重さと感触が手まで伝わってくる。前に岩山を吹き飛ばしたときと同じ感触でもあった。


 ティタノマキアが遠くへと吹っ飛んでいく。


「もう一発!」


 俺は一度着地すると、飛んでいくティタノマキアを追って、巨人が体勢を整える前にもう一度剣を叩きつけた。


 さすがに今度の一撃は四本の腕を使ってガードされてしまったが、今は倒すことよりも此処から遠ざけることが先決だ。腕越しではほとんどダメージを与えられないことを理解しつつ、次々に剣を叩きつけていく。


 だがやがてティタノマキアも体勢を整え、地面に着地し、こちらの攻撃では吹き飛ばされることはなくなってしまった。燃える炎のような赤い瞳が、高い場所から俺を見下ろす。先程まで別のところへと意識を向けていたティタノマキアだったが、今ではまっすぐ俺と脅威として認識し、警戒していた。


 できればもう少し引き離したい。ティタノマキアのパンチを避けながら、俺は背後をちらりと振り返る。


 かなり小さくなった封印現場だが、それでもまだ近い。


 俺はさらにティタノマキアを誘導し、引き離すようにして戦うことにした。どちらにせよ、この巨人を倒しきるには、リカさんに封印現場を収拾させ、武器を持ってきてもらう必要がある。


 王国騎士であるグィンゲッツがいれば、また話は別かも知れないが……。


 頭を過ぎった後悔をすぐに振り払う。こんなにも早い封印解除は、誰も予想できなかったことなのだ。今頃、アラド卿も慌てふためいた対応に追われていることだろう。結果として、封印は当初の予定の三分の一以下、十日間にも満たなかったのだから。


 不幸中の幸いは、俺がすでに到着していたことだろう。あと少し到着が遅れていたらと思うとぞっとする。ティタノマキアのパンチは大地を割り、陥没させるほどの威力だった。これがサンドウェルドの町に振るわれていたとしたら、町は一夜と待たず崩壊していただろう。


 どうして封印解除がここまで早まったのか、その疑念は頭の片隅に追いやって、俺は目の前のモンスターを倒すことに集中することにした。

 

 戦う中で、場所は山と山の間の谷間へと来ていた。周りに人の姿はなく、ここなら存分に戦えるだろう。


 剣の残りは三振り。心許ないが、リカさんが来るまでは持たせられる。


「それに……」


 四つの拳をそれぞれ強く握りしめて俺に対峙するティタノマキアを観察する。


 恐ろしい姿。伝わってくる脅威。だが恐怖はヒュドラのとき程ではない。こうして向かい合っている今、先程感じ取った威圧感が嘘のような圧力しか感じられなかった。


 リカさんは異常個体ではないと言っていたが、ある意味では異常だった。そのことに数合打ち合った俺は気付いていた。


 このティタノマキア、明らかに弱っている。


 恐らくは長く封印されていたのが原因だろう。あるいは、無理矢理封印を解こうと暴れでもしたのか。すでに体力は元々の半分以下になっているのではないだろうか。


 勝てる。敵を目を前にして、確信をもって俺はそう言い切れた。


「行くぞ!」


 ティタノマキアに剣先を向け、一気に詰め寄ろうとし、


「え?」


 次の瞬間、ティタノマキアが取った思いも寄らない行動に、俺は一瞬呆けて動きを止めてしまった。


 ティタノマキアは俺に背中を見せ、一心不乱に逃げ出したのだ。


「に、逃げるだと!?」


 俺は慌てて追いかけた。だが谷の合間をすいすいと移動するティタノマキアの速度は、その巨体からは想像もできないほど速かった。しかも逃げながら山肌に指を食い込ませ、岩つぶてを放ってくるため、なかなか追いつくことが出来ない。


「待て! こら待ちやがれ!」


 岩塊を避け、必死になってティタノマキアを追いかけながら、俺は意味がわからないと慌てていた。


 モンスターが逃走という行動に出ることはままあることだが、それは相手との絶対的な戦力差を感じ取ったときなどに起きうることだ。まさかティタノマキアが俺を見て逃げるとは想像もしていなかった。リカさんを待つ必要性がある身としては、これをやられるとかなりきつい。


 人里から離れてくれる分は構わないが、かといって放置することもできない。

 結局、俺はしばらくティタノマキアとの追いかけっこに興じるしかなかった。


「くそっ、なんなんだこのモンスターは!?」


 やがてティタノマキアは逃げ切ることは無理だと判断したのか、谷の深い位置で動きを止めた。


 俺も数十メートルの距離を離して止まると、素早く目を周囲にやって地形を確認する。


 ここまでの左右を山に囲まれた一直線の道とは違い、この場所は大きく開けていた。さらに複数の小さめの岩山がいくつも地面から突き出ている。それらをティタノマキアはおもむろにつかみ取ると、地面から引き抜いて構えた。


 即席の武器。巨大な四つの棍棒だ。どうやらただ逃げていただけではなく、ティタノマキアの狙いはこれにあったらしい。


 そういえば、リカさんがティタノマキアはモンスターの中ではかなり知能が高いと言っていた。武器を倒した冒険者から奪い取って扱うモンスターはいるが、まさか自然物を武器として活用するとは。


 言うまでもなく、攻撃の間合いが倍増したことによる脅威の上昇は大きい。


 さらに、ティタノマキアの武器となりうる岩山はまだたくさんある。つまり武器の補充は容易。投擲武器として使ってくる可能性も十二分にあった。


「まんまと狩り場に誘い込まれたわけか」

  

 ここはまさにティタノマキアに有利となる地形だった。ティタノマキアは最大限有利になる条件を整えて、一気に俺に向かってきた。


「やってやる!」


 だが関係ない。最初から俺はこのモンスターを倒すためにここまでやってきたのだ。


「さあ、勝負だ!」


 Sランククエスト。ティタノマキア討伐。その本当の戦いを始めるべく、俺は叩き下ろされた棍棒に対し、まずは最初の一撃を放ったのだった。


 



  

次回、他者視点。


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