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夢の足跡①



 早朝。


 今日も今日とて二日酔いに苦しみながら、宿の一階に下りていく。


「うぷっ、昨日は一段と飲み過ぎたな」


 気持ちが悪い。まず冷たい水を一杯と、ロロナちゃんお手製のシチューが食べたい。


 そう思いながら食堂に顔を出す。






「どうぞ、リカリアーナさん。昨夜ライさんが、どうしてもお前の作ったシチューが食べたいんだ、って頼むから作ったシチューです。徹夜明けにはおすすめの一品ですよ」


「いただきましょう。私もライさんの生活を支えるために、夜を徹してモンスターの素材鑑定をしておりましたので」


「そうですか。ライさんのために」


「ええ。ライさんのためを思って」






 俺の危険感知スキルが囁いている。あそこに近付くべきではない、と。


 ほ、本当だから。俺には危険感知スキルがあるから!


 危険感知が働いているのに近付くのは馬鹿のすること。従って、俺はこっそりと食堂を脱出しようとした。


「おや、ライさん。おはようございます」


「うぐっ」


 だがすぐにリカさんに見つかってしまう。彼女はとても人の気配に敏感なのだ。


「そんなにこそこそしてどうしました? ああ、なるほど。きっと食べたくないものがあったんですね」


「やだな、リカリアーナさん。ライさんはきっと、会いたくない人が食堂内にいたんですよ」


「なるほど。私以外の一体誰なのでしょうね?」


「わー自分を一番に除外するその自信がすごーい」


 うふふ、あはは、と微笑み合う二人。

 前から疑問なんだけど、なんでこの二人こんな仲悪いんだ? そんなに接点ないよな?


 はっきり言って、今の二人には近付きたくなかったが、ここで立ち去るのはあまりにも不自然だ。


 他の宿泊客から同情の視線を浴びながら、仕方なく俺は二人に近付いていった。


「おはよう、リカさん。ロロナちゃん」


「おはようございます、ライさん。すぐに約束の! 約束のシチューをお持ちしますね!」


「なんで今約束をそんな強調したの?」


「約束は大事ですから! ではすぐに持ってくるので、変なことはしないように!」


 ロロナちゃんはリカさんを一睨みすると、それから調理場へといつもの倍の速度で去っていった。


 彼女の姿が見えなくなったところで、リカさんは懐から小さな布袋を取り出した。


「ライさん。こちらを受け取ってください。昨日討伐されたモンスターの買取額となります」


「わざわざ持ってきてくれたんだ。ありがと」


 リカさんが手渡してくれた袋をそのまま懐にしまう。


「今日もいつもと同じ、最初の契約どおりの額ではあるのですが、中身を確認しなくてもよろしいのですか?」


「ああ。リカさんを信じてるからな」


「そ、そうですか。ありがとうございます」


 リカさんは少し頬を染めて、なぜかお礼を言って頭を下げた。


「お礼を言うのは俺の方だろ。朝早くからありがとな」


「いいえ。お気になさらず。ライさんには昨日、頼み事も聞いていただきましたし、他にも用件がありましたので」


「用件?」


「はい。ライさんはこのあと、いつもの日課であの山に出かけるのですよね?」


「ああ、うん。まあ」


 リカさん、俺の日課のこと知ってたのか。


「であれば、今日はいつもよりも滞在時間を延ばして欲しいのです」


「それは別に構わないけど、またどうして?」


「実はライさんに会いたいという人がいるんです。勝手ながら、ライさんがいつも日課で行かれる山を待ち合わせ場所に指定してしまったので、待っていただければ、と」


「俺に会いたい人? 誰なんだ?」


「それは」


 そこでリカさんははっとなって、唇の前で人差し指を立ててウインクした。


「秘密です」


 綺麗な人がそういう仕草をすると、とても可愛く見えるから不思議だ。


 あとリカさん、なにげに徹夜明けで変なテンションになってるな。いつもはこんなことする人じゃないし。でも可愛い。


「ですが驚くと思いますよ」


「う~ん。気になるな。せめて男か女かだけでも教えてくれないか?」


「男性です。ライさんと女性を会わせるわけがないでしょう?」


「え?」


 俺ってリカさんに、女性に会ったら変なことするって思われてるのか? 本当に思われてるなら泣いてしまうんだけど。


「お待たせしました!」


 詳しい理由を尋ねようとしたが、その前にロロナちゃんが邪魔するように大声でシチューを持ってきた。


「わたしが腕によりをかけてじっくりコトコト作った愛情シチューです! どうぞ召し上がれ!」


「お、おう。いただきます」


 渡す際に両手で手を握りしめられて持たされたスプーンを手に、シチューに向き直る。ミルクとチーズをベースに、いくつかの香草で味付けがなされた『黄金の雄鶏亭』の名物シチュー。これを食べるのは久しぶりだ。相変わらず美味しそうである。


 だがその前に、懐からリカさんにもらったばかりのお金を取り出す。


「はい、ロロナちゃん。シチューの代金」


「あ、要らないです」


「え? けど」


「もうツケておきましたから、それは受け取れません」


「いや、だったらなおのこと宿代含めて今支払って」


「ごめんなさい。うち、ツケの支払いは宿での肉体労働以外では受け付けてないので」


「そうだったんだ!?」


 一年ここにいるのに知らなかった!


「そういうことなら、また今度なにか手伝うよ。親父さんにも言っておいてくれ」


「でしたら、わたしの買い出しに付き合ってくれませんか? 実は買い揃えないと行けないものがたくさんあるんですが、ほら、わたしか弱い乙女なので」


「荷物持ちか。それくらいならもちろんいいよ。いつにする?」


「やたっ!」


 ロロナちゃんが人を勘違いさせかねない弾けるような笑顔を浮かべると、


「じゃあ、今度のおや――」


「そういえば、ライさん。お誘いいただいたお食事の件なのですが、今度のお休みなどはいかがでしょうか?」


 ロロナちゃんとの話に突然割り込んでくるリカさん。


「せっかくのライさんからのお誘いなのですから、その前にゆっくりと街でも見て回りませんか? この前、いつもの朝市で質のいい武器を扱ってる露天商を見かけたんですよ。販売だけではなく剣の研ぎもやってくれるようですし」


「露天商で武器? それは珍しいな。興味ある。砥石もなくなりかけてるし、いっぺんこの辺りで剣のメンテナンスを」


「朝市に行くならわたしと一緒に行けばいいよ! 実はうちも包丁を研ぐ砥石がなくなりかけてるし!」


 リカさんとの話に割り込んでくるロロナちゃん。


「……ロロナさん。今、ライさんは私とお話をしているのですが?」


「違います。ライさんはわたしとお話をしていました!」


「…………」


「…………」


 もはや笑みもなくにらみ合う二人。

 俺の目には、二人の背後に威嚇し合う得体の知れないモンスターの姿が見えた。


 やばい。どうにかしないと。


「そ、そうだ! それならいっそ、三人で出かけないか? 俺、荷物持ちもするし、食事もおごるからさ!」


 おお。咄嗟に考えついた案にしては、なかなかいい案が出たと思う。


 俺の提案に対し、二人は顔を見合わせると、


「それじゃあ、わたし、食事の後片付けがあるので」


「私も帰りますね。ごちそうさまでした」


「あれ?」


 なぜか俺をしらけた目で見て、それぞれ次の行動に移り始める二人。喧嘩は止められたけど、なんとも言えない切なさが俺の胸には残った。試合に勝って勝負に負けた。そんな気分だ。


「ではライさん。私は今日、非番となりますので。また明日お会いしましょう。先ほどの待ち合わせの約束、絶対に忘れないでくださいね」


「わかった。色々と気遣ってくれてありがとな」


「いえ、好きでやっていることですので」


 リカさんはいつもの綺麗なお辞儀を遺して、宿を出て行った。


「しかし、俺に会いたい人か」


 リカさんの紹介ということはギルド職員か冒険者だろうか。けどわざわざ俺なんかに会いたい人なんているのだろうか? まったく想像がつかないが……。


 ふと、妄想が頭をよぎる。


「……まさか俺の腕を見込んで騎士の人が騎士団に誘いに来た、とか?」


 自分で口にして、笑ってしまう。


「ないない」


 あり得ない。第一、もしもそうならリカさんもギルドマスターからの伝言だと言っただろう。冒険者ギルドのギルドマスターとは個人的な付き合いがあるが、あのお貴族様からは、これまでそういった誘いの話があったとは一度だって聞いたことがない。


 そもそも、名の知れた高位冒険者ならいざ知らず、万年Eランク冒険者に騎士団から声がかかるわけがないのだ。


 ライ・オルガス。その名前を知ってる王国の騎士は、恐らくあの馬鹿野郎くらいのものだろうから。


 そんなことを考えていたからなのだろうか。


 数十分後。宿を出て少し歩いたところで、俺はその馬鹿野郎に遭遇してしまった。


 ニルドの馬鹿野郎に。




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