旅路の始まり①
フレンス王国国内で起きたその異変が民衆の耳にも入ってきたのは、俺がヒュドラを倒してから二週間以上が経過したあとのことだった。
国内のあちらこちらで、討伐推奨レベル五十を超えるモンスターが異常発生しているというのだ。
これを受けて王政府は早期の事態収束を目指して、各地に騎士団を派遣すると共に冒険者ギルドと連携して動くことを発表した。Aランク以上の冒険者たちには、異常発生したモンスターへの対応が願われ、Bランク以下の冒険者たちにもそのフォローを求められた。
そして俺にも、今回の件における役割が割り振られることになった。
「ティタノマキアの討伐ですか?」
「そうだ」
執務室を訪れた俺に対し、ギルドマスターは首を縦に振った。
「今回の異常発生で出現したモンスターの中で、Sランク冒険者でも手に負えない最上級モンスターが四体存在している。そのうちの一体がティタノマキアだ。国王陛下はこれの討伐を冒険者ギルド、ひいては君に託したんだ」
「陛下が直々に俺に……」
国からの重要なクエスト、即ちSランククエストである。
しかも国王陛下から直接依頼なんて、名誉以外のなにものでもない。
「ライ。しばらく冒険者稼業を休止して調べたいことがあると君は言っていたが、そこを曲げてお願いしたい。どうかティタノマキア討伐の依頼を引き受けてはくれないかい?」
俺は前もってギルドマスターに、自分の力について調べるため、しばらく冒険者としての活動を休止することを伝えていた。
だがこの状況下でこの依頼だ。これまで世話になってきたギルドへの恩返しのためにも引き受けなければならないし、俺の力が必要とされているなら引き受けたいと思う。
「わかりました。その依頼、受けさせてもらいます」
「そう言ってくれると信じていたよ」
ギルドマスターは笑みを浮かべると、すでに用意してあった依頼書を渡してくれた。王国の紋章が刻まれた依頼書の他にも、各地の街を素通りできる通行許可証や、冒険者ギルドを始めとした各ギルドに対して一定の協力を要請できる特別な身分証なども一緒になっている。
「冒険者ギルドも協力は惜しまない。とはいえ、出現したモンスターはティタノマキアだけではないからね。上級冒険者を助力として向かわせることは難しい。下手な冒険者では、君の足かせになるだけだしね」
ティタノマキアは討伐推奨レベル七十五の巨人型モンスターである。ステータスの能力値はヒュドラよりも上回るが、ヒュドラほどの再生力はないため、この討伐推奨レベルとなっている。ヒュドラよりもわずかに弱いモンスターとはいえ、油断していい相手ではなかった。
「本人の承諾次第ですけど、リカさんを借りることはできませんか?」
「そうだね。それがいいだろう。彼女なら状況に応じて、君のフォローができるはずだ。馬車や武器の類も一緒にそろえておくから、出発は明日にしてもらってもいいかな?」
「急を要さないんですか?」
「ああ。ティタノマキアには現在封印が施されているんだ。ティタノマキアが現れたのは南のサンドウェルド近郊なんだが、そこには魔法学校があってね。そこの魔法使いが総出で封印処置を施しているらしい。討伐するのは難しいが、最低でも半月は封じてみせると報告があったよ。ここからサンドウェルドまでは片道八日ほどだから、少しではあるが余裕はある。無理をして急ぐことはないだろう」
「そうですか。しかし、サンドウェルドか」
フレミアの住んでいる街である。ちょうどいいと言っていいかわからないが、彼女にドラゴンのことについて聞けるチャンスでもある。
そのためにも、ティタノマキアはしっかりと退治する必要があるが。
「わかりました。じゃあ、リカさんには明日の朝出発すると伝えてもらっていいですか?」
「わかった。……ああそれと、なんだが」
ギルドマスターは歯切れの悪い様子で、困ったように眉根を寄せた。
「どうかしたんですか?」
「いや、実は騎士団から君の補佐兼雑用として一人騎士が派遣されてくるのだが、その相手がだね」
ギルドマスターは俺も知っている騎士の名前を口にした。
「……もしかして、俺って騎士団側から邪険に思われてたりします?」
「先のヒュドラ討伐は、騎士団の獲物を横から奪い取った形になるからね。まったくないとは言えないが、それでもこれは偶然だろう。君のことを詳しく調べる時間もなかっただろうしね」
それでも少しくらいは俺のことを調べてからにして欲しかった。
「立場的には君がパーティーのリーダーだ。彼にも明日の朝、ギルドに来るように伝言しておこう。構わないかい?」
「どうしようもないんですよね?」
「私としても君としても、騎士団への心証を悪くしたくないと思っている以上、彼の参加を断るのは難しいね。もちろん、道中でなにか問題が起きれば、それを理由に排除することはできる。 彼が原因で討伐がどうこうということにはならないだろう」
「……わかりました」
正直言って嫌だったが、どうしようもないのなら仕方がない。受け入れるしかないだろう。
「ああ、それともうひとつ」
「まだなにかあるんですか?」
「心配することはない、ティタノマキア討伐とは別件だ。ギルドに寄せられた普通の依頼だよ。ただ、一緒にどうかと思ってね」
「一緒に?」
ギルドマスターからもう一枚、クエスト用紙を渡される。
依頼人はフィリーア教。依頼内容はバランドールまでの護衛。どこかで聞いたことのある依頼内容である。
「これって?」
「シスターミリエッタくんが請け負った依頼だろう。どうしても教会はバランドールに荷物を届けたい理由があるらしい。ただ、この状況下だからね。上級冒険者は軒並み駆り出されていて依頼を請け負う人がいないんだ。妹君も前回のことがあって不安だろうし、君が引き受けてくれれば安心だろう」
「けどいいんですか? ティタノマキア討伐なんて重要な任務の途中なのに」
「なぁに、先程も言ったがまだ少しは余裕がある。それにどうせサンドウェルドに行くのにバランドールは通る道だからね」
「それならその依頼も引き受けます。気遣ってもらってすみません」
「私も形だけとはいえあの孤児院の後見人だ。これくらいは気を利かせるとも」
院長先生が亡くなったあと、うちの孤児院は後見人がいない状態になっていた。元々は教会の持ち物だったのだが、院長先生が生前に権利を買い取っていたらしい。そこで院長先生と知り合いだったギルドマスターが、孤児院の後見人となってくれたのだ。
本当は生活費等もまかなってくれると言ってくれたのだが、そこは俺とシスティナが遠慮した。貴族の出資を受けると、貴族間の問題に巻き込まれる可能性があるからだ。院長先生はそういったしがらみに巻き込まれるのが嫌で教会から距離をとったので、その意思を受け継ぐためにも生活費は自分たちで稼ぐことを選択した。
まあ、現院長のミリエッタも形式上は教会からの派遣だったりと、教会とも完全に縁が切れてるわけでもないのだが。
そういう意味でもギルドマスターには感謝していた。今回のティタノマキア討伐で、少しでも恩が返せたらいいのだが。
「ではライ、ティタノマキア討伐をよろしく頼むよ。君の力を陛下に見せてやってくれ」
「わかりました。期待していてください」
ギルドマスターに約束して、俺は部屋を後にした。
翌日の早朝、俺はギルドの前でリカさんと一緒に他の二人が来るのを待っていた。
「やはり教会の護衛依頼の対象はミリエッタさんでしたか?」
荷物の積まれた馬車の前で待っている間、リカさんが訊いてきた。
「ああ。本人に直接確認した。やっぱりミリエッタが荷物運びを頼まれているらしい。ヒュドラの件もあって断ってたみたいだけど、俺が護衛ならもう一度引き受けるって言ってた」
「そうですか。……そうですか」
リカさんはそわそわとした様子で、身だしなみを整えたあと、俺のことを横目で見てきた。
「どうかした?」
「いえ、ミリエッタさんと言えば、この前、ほら、あれです。ライさんとその、していたではないですか?」
「ああ、キスの件か」
そういえば、ミリエッタにキスされた瞬間をリカさんにも見られていたんだった。
「もしやライさん、ミリエッタさんとお付き合いなどされているのですか? 妹分であって、実の妹ではないのですし」
「いや、そんなことはない。あんなところを見られたら誤解されてもしょうがないけど、ミリエッタに深い理由はないと思う。あれだ。あいさつみたいなもんだ」
「……舌が入っていたように見えましたが?」
「あいつの悪ふざけだよ。いつもは舌なんて入れてこないから」
「いつも!?」
リカさんが慌てた様子で詰め寄ってきた。
「いつもとはどういうことですか!? あれが初めてではなかったんですか!?」
「言ったろ? ミリエッタにとってはあいさつみたいなもんだって。俺が孤児院にいた頃は、偶にああやってキスして来たりしたんだ。本人曰く、がんばったご褒美らしい」
「ご、ご褒美ですか」
「ああ。どこでそんなこと覚えてきたのかは知らないけどな」
タイミング的には親父さんの一件で、俺がロロナちゃんにちゅーされたとちょっと自慢したあとだから、もしかしたらそのせいかもだけど。
「お陰で俺の初めてはあいつに奪われたよ」
「!?」
リカさんが愕然とした様子で、一歩、二歩と後退る。あれ? もしかして引かれてる?
リカさんは額に汗を浮かべると、
「せっかくの二人旅に邪魔が入ったかと思えば、まさかライさんの初めての相手だなんて。要注意。要注意ですよこれは」
「リカさん、もしも~し。俺にもミリエッタにも深い意味はないから、そんな気にしないで欲しいんだけど」
「はい、気にしていません。気にしていませんよ?」
「あとなんか二人旅とか聞こえたけど、ミリエッタがいなくてももう一人いるわけだから、二人旅にはならないと思うんだけど」
「いやですね、ライさん。ゴミは荷物には数えても人数には含めませんよ?」
真顔での発言である。
リカさんももう一人の同行者が誰かはあらかじめ知っているのだが、やはりというかリカさん的には嫌いな部類らしい。表面上はクールに見えて、実は好き嫌いの激しいリカさんである。
そんなリカさん曰く人数に含まない人物はと言うと、一台の別の馬車と共に現れた。
そのときギルドの前にやってきたのは、ギルドマスターが用意してくれた馬車にも引けを取らない立派な馬車だった。二頭立てで見たことのない家紋が刻まれている。御者席で手綱を握るのは金色の髪を短く切りそろえた、小柄なメイドだった。
彼女は馬車を止めたあと、スカートを乱すことなく地面に降り立ち、優雅に一礼してみせる。
「はじめまして。ライ・オルガス様、リカリアーナ・リスティマイヤ様とお見受け致しますが?」
「ああ、そうだけど君は?」
「申し遅れました。わたくし、ニルヴァーナ家でご奉公させていただいております、ルゥナ・ヘミッツと申します。この度は坊ちゃまの従卒として、今回の旅に同行させていただくことになりましたので、どうぞ宜しくお願い申し上げます」
「坊ちゃまってことは」
俺は馬車へと視線を動かす。
それに合わせるようにルゥナと名乗ったメイドが馬車の扉を開けた。
決して小さくはない馬車の中から、窮屈そうに出てきたのは一人の大男だった。派手な服には見事な刺繍が施されており、ところどころに宝石がちりばめられている。
その貴族丸出しな男は俺を見て、ふんっ、と盛大に鼻を鳴らした。
「おい、平民。このニルヴァーナ家次期当主、グィンゲッツ・ニルヴァーナ様が助力に来てやったぞ。泣いて喜ぶがいい」
格好こそ甲冑姿ではないが、その尊大な態度は間違えようがなかった。
王国騎士グィンゲッツ・ニルヴァーナ。それが騎士団から派遣されてきた、旅の仲間である。
……あんなことがあったのにここまで堂々とされると、逆に清々しいくらいである。
なので、俺の第一声はこれしかなかった。
「よし、帰れ」
これからの旅路に不安しかない俺だった。
やっと更新できました。
更新返しなどはもうちょっとお待ちをば。
明日で片がつくので。
すみませぬ。




