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嵐の前の休日



 フレンス王国の王都ラシェールの中心にそびえ立つ王城の一室には、今、王国の重鎮たちが一堂に介して会議を開いていた。


 上座に座るのは国王ゼネレイト・フレンス。先の戦争終結後のフレンス王国を統べる壮年の王の顔には、深い苦悩の色が見えた。それは会議に参加している面々も同様だ。それほど事態は深刻だった。儂一人ではどうにもならないほどに。


「よもや国内にこれほど多くのモンスターが同時に現れようとは」


 大きなテーブルの上に広げられた国内の地図には、十を超える赤い点が記されていた。それらは討伐推奨レベル六十を超えるモンスターが確認された地点だった。こうしている今も点は増え続け、まもなく二十に迫ろうとしていた。


「陛下。これはあり得ない事態ですぞ。これまでの歴史を鑑みても、これほどの最上級モンスターの大発生は類を見ません」


 老宮廷魔導師が泡を食った様子でまくし立てる。


 それを受けて、大貴族の当主たちも口々に言う。

 

「もしや帝国の策略ではありませんか?」


「ありえますな。あの『大導師』であれば、モンスターを手懐けることもできるかも知れません」


「いえ、それはないでしょう」


 大貴族たちの言葉に反論したのは、下座にあたる席に座った一人の貴族だった。緊迫した会議の中で、柔和な空気を崩さない男。王都の冒険者を統べるギルドマスター、ラファエル・グリムドだった。


「帝国のギルドを通じての情報なのですが、どうやら同じ状況が帝国領内でも起きているようです。『大導師』も駆り出されての大討伐を行っているようですので、あちらの仕業という可能性は低いでしょう」


「そ、そうか。うむ、グリムド卿がそう言うのならそうなのでしょうな」


 大貴族の当主が、まだ貴族の当主としては若手に入るラファエルの言葉に、自分の意見を撤回する。


 冒険者ギルドという他国の情報が入手しやすい立場の主といえど、貴族としての家格が低い者相手には、あまりにも消極的な姿勢だった。


 だが仕方があるまい。相手はかつて国内の情報収集活動を統括し、国外問わず重要な情報の数々を握るラファエル・グリムドである。探られたくない腹を抱える貴族ほど、彼のことを邪魔に思い、また逆らえないで居た。


 一方で陛下はラファエルの言葉に、少し表情を和らげた。


「よい情報だ。これで帝国を気にすることなく、我が国も動けるというもの」


 陛下が一番危惧していた隣国の策略という芽が薄れたと同時に、この好機に侵略してくる可能性も低いとなれば、問題はどうやって国内に出現したモンスターを退治するかだ。


「早急に事態を収束せねばならん。すぐに騎士を各地に派遣せよ。それでも手に負えないモンスターに対しては――」


 陛下の視線が儂へと向けられる。

 幼い頃から見守ってきた王の眼差しには、儂への信頼が見て取れた。


「我が最強の騎士よ。『大剣聖』ヴァン・ヘルメスよ。そなたの出番だ。ヒュドラ退治の機会を二度にわたって失い、力が有り余っているだろう。存分にぶつけてまいれ」


「御意」


 立ち上がって騎士の礼を取る。


「うむ」


 陛下は満足そうに頷いて、もう一度地図に向き直った。


「だが確認されているかぎり、討伐推奨レベル七〇を超えるモンスターは四体だったな。さすがのヘルメス卿でも一人では手が回るまい」


「ひとつは騎士団本隊を派遣して対応しましょう」


 儂の隣の席に座っていた王国騎士団団長アドモンが提言した。


「特に海に現れたリヴァイアサン。これの対応は騎士団の半分を割かなければ対応が難しいと思われます」


「海戦か。我が国の弱点だな」


 騎馬白兵戦において無類の強さを誇るフレンス王国騎士団だが、歴史上の大戦が陸続きの帝国との戦いに終始しているため、海上戦を苦手としていた。


 儂がそちらに赴いてもいいが、海に潜むモンスターを率いるリヴァイアサンの相手は、軍として対応した方がいいだろう。


「ならば儂は北の二体を相手にさせてもらいましょう。脅威としては一番大きなところだ」


「それがよろしいでしょうな」


 長年の付き合いでお互いの考えているところはわかった。儂の言葉に、アドモンも同意を示す。


 となれば、問題は南の最上級モンスターだが。


「グリムド卿」


 陛下が自分から一番遠い場所に座るラファエルへと声をかけた。


「はい、陛下」


 ラファエルは立ち上がり、胸に手を当てて陛下に向き直った。


「グリムド卿。そなたのところにいる『閃光』と呼ばれし冒険者が、先に現れたヒュドラを退治したこと相違ないな?」


「誓って。『閃光』のライ・オルガスがヒュドラを倒しました」


「うむ。ならば此度もその力を貸してもらうとしよう。ライ・オルガス、だったか。その者に南のティタノマキアの討伐を頼めるか?」


「無論。かの者の王への忠誠は、騎士のそれに比べても遜色ございません。必ずや陛下の期待に応えてくれるでしょう」


「そうか。それは頼もしいことだな」


 一堂がざわつく。国からの一冒険者への依頼。前例がないだけではないがかなり珍しいことだ。だが現状、一番被害を抑えられる案である。ただ、騎士団としてもすべてを『閃光』に任せるわけにもいかない。アドモンが考え込む。


「お目付役をかねて、誰か一人付き添わせてもらわないといかんな」


「そうじゃのう。かといって、あまり強いものを行かせるのは無駄じゃな。リヴァイアサンのことをもあるし、王都の守りを手薄にするわけにもいかんし」


「そういえば、一人ギルドに迷惑をかけて謹慎中の騎士がいたな。罪滅ぼしもかねて、雑用役として出すか」


 儂とアドモンが相談していると、四体の最上級モンスターへの対応方法が決まり、ようやく陛下の顔に笑みが浮かぶ。


 そこからさらに最上級モンスターに比べれば小粒の、しかし一般の冒険者が対応するには難しいモンスターたちへの対処の相談が進められていく。上位の騎士の派遣、冒険者ギルドに登録されたSランク冒険者への要請、陛下とアドモン、そしてラファエルによって次々の対応が進められていく。


 苦々しく自分をにらみつける周りの視線もどこ吹く風と受け流して、ラファエルは軍事の頭領であるアドモンと同等にその存在感を示していた。


 元より情報という強い力を有していた彼である。さらにそこへヒュドラ退治の『閃光』という騎士団の精鋭をも凌ぐ戦力を手に入れたのだ。会議が進むほどに、集められた面々はラファエル・グリムドという男の影響力をまざまざと知らしめる形となったのだった。


「――ではそのようにせよ」


 最終的に陛下が可決し、モンスター討伐は実施されることになった。


「では私は早急に騎士団を動かさなければならぬゆえ、これにて失礼させていただきます」


 アドモンが先に席を辞する。


 そのあと議題は、そもそもこのような事態が発生した原因の究明に移っていった。


「先も申し上げたとおり、このような事態は王国の歴史上類を見ません」


 老王宮魔導師が口火を切り、軍事の話の最中、ずっと抱えていた資料を陛下や周囲の人間に配った。それはボロボロの古い羊皮紙だった。


「ですが私は過去の類似資料を発見しました。それがこれです」


「ふむ。聖ハレヤ語ではないな。なんと書かれているのだ?」


「王国領内で数十体以上の最上級モンスターが暴れている、とそこには記されております」


「そうか。だがそなたは先程、王国の歴史上初めてだと申さなかったか?」


「左様です、陛下。これはフレンス王国の資料ではありません」


 その質問を待っていたと言わんばかりに、老宮廷魔導師は話し出した。


「それよりもずっと前、千年近い昔の貴重な資料なのです。ここにはフレンス王国が興る前の時代について記されています。文字はこの辺りの地域で古くに使われていたものでございます」


 自慢するような言葉に、陛下も儂も思わず頷いてしまった。


 よくぞそんな古い資料を持ち出してきたものである。フレンス王国が興る前、つまるところフィリーア教によって今の一時代が築かれる前の資料は大変希少なものである。


「よくぞ見つけ出したな、魔導師よ。よくやった」


「もったいないお言葉です、陛下」


 陛下は老宮廷魔導師を讃えたあと、すぐに為政者の顔になって続けた。


「それで、この資料にはそのモンスターの大発生の原因はどんなものだと書かれているのだ?」


「そ、それは……ですな」


 老宮廷魔導師はその質問に、目を泳がせた。


「もしや昔にも起きたということしかわかっておらんのか?」


「は、はい」


 肝心なところが調べ切れていない老宮廷魔導師に、しかし陛下は怒鳴ることなくしばし考え込むように口を閉ざした。


 その沈黙に耐えきれなくなった老宮廷魔導師が慌てて付け加える。


「ですが、以前にも同じことが起きたのは事実! であれば、我が国よりも古い時代の記録を有するフィリーア教に問い合わせば、必ずや今回の事件に対する真実がわかるはずです!」


 苦し紛れの言葉だが、なるほど、可能性としては一番高い選択肢であった。


 教会は古い時代の貴重な資料をかき集め、紛失しないように厳重に保管していると聞く。今回の事件の類似事件に関して、なにかを知っていてもおかしくはない。


 けれど――


「それはできぬ」


 陛下は断言した。その言葉に老宮廷魔導師は射すくめられたように身体を縮め、席に戻った。


 そのときの陛下の様子に不自然なものを抱いたのは、恐らくは儂だけだっただろう。今のは老宮廷魔導師の意見を却下したというよりも、もっと根本的な否定のように見えた。


 陛下にしか伝えられていない教会の秘密にでも触れるのかのぅ――髭をしごきつつ、儂はそう判断した。


 国の興りより教会と密接な関係にあるフレンス王国である。なにかしらの密約、契約が王と教会の間に結ばれていてもおかしくはないだろう。


 もしかしたら、陛下は今回の事件が起きた原因についても、話せないだけで真実を知っているのかも知れない。儂は事態の究明に対して、あまり積極的ではない陛下の態度を見てそう思った。


 そしてそれはまた、彼も同じのようで……


「フィリーア教と言えば」


 ラファエルが場の空気をかき混ぜるように、唐突に発言した。


「半月前、ちょうどヒュドラが現れる前後から聖女様の姿が見られないと、王都の教会関係者の間で噂になっているようです」


「だからなんだと言うのだ? グリムド卿」


 低く重い声で陛下に問われたラファエルは、あせった様子もなく笑顔を返した。


「いえ、風邪でも引かれているのではと思った次第です。だとしたらこの事態への協力をお願いするのも避けた方がよろしいかも知れません」


「……そうだな。それがよいだろう」


 陛下はしばしラファエルを見つめたあと、視線を外し、一度会議に集まった面々を見回して言った。


「今は話し合っても此度の異常事態の究明は叶わんだろう。ここで解散としよう。だがグリムド卿は、先のモンスター討伐について少し話があるゆえ、このあと余の執務室に来るように」







「ラファエル」


 会議が終わったあと、儂は陛下の執務室に向かうラファエルを後ろから呼び止めた。


「これは閣下、私になにかご用ですか?」


 ラファエルは振り返ると、柔和な笑顔を向けてきた。思わず背筋が寒くなる笑みである。


「その笑みを向けるのはやめぃ。反射的に斬りつけそうになるわ」


「それは物騒な。ならば、ええ、やめておきましょう」


 ラファエルは作り物の笑みを消すと、真顔になって儂に向き直った。


「それで閣下、なんのご用で? 陛下に呼ばれているので、手短にお願いしたい」


「わかっておる。例の『閃光』の小僧について少し聞きたくてな」


「だと思いましたよ。あなたは強者に目がありませんからね」


「応とも。しかも儂の狙っていた獲物を横からかっさらっていったんじゃからの。そりゃ、気になるというものじゃわい」


「そこを責められても困りますね。初動が遅い騎士団が悪いのですから」


「まあ、そのとおりなんじゃがな」


 組織ゆえヒュドラへの対応が遅れたというのは事実だった。この前も、七年前もだ。経験値となりうる相手との戦いに張り切っていたところを、横から獲物を奪われてしまったことに思うところはあるのだが、そこは仕方がないと諦めている。


「じゃが、お前さんも元はその騎士の一人じゃろうし。苦労はわかるじゃろ?」


 そしてこの前のときも七年前のときも関わっていたのが、目の前の元部下であるラファエルだった。


 ラファエル・グリムド。今は冒険者ギルドのギルドマスターをしているこの男は、七年前までは王国騎士団の一員だった。


 黒騎士と呼ばれていた咎持ちの騎士たちのまとめ役であり、戦争時には彼らを率いて隊長として戦っていた。その功績は相当なものだったが、咎持ちを嫌悪する大貴族の当主たちによって日陰に追いやられ、汚い仕事だと言われるスパイ活動、咎持ちの監視や他国から侵入してきた咎持ちの発見といった任務を部下共々押しつけられていた。


「さて、私はもう騎士ではありません。今はただのギルドマスターですからね」


 だがそれが今のラファエル・グリムドという一人の『怪物』を生み出すことになった。


 陛下に政治的に掛け合い、七年前に多くの部下と共に騎士団を抜けたかと思えば、代々王都の冒険者ギルドを牛耳るグリムド家の若き当主として社交界に現れた。


 どうやら彼がグリムド家の血を継いでいるのは事実のようだが、謎の変死を遂げた当主と次期当主の代わりに彼が当主の座についたのを見れば、そこに血なまぐさい陰謀があったのは誰もが察するところだった。咎持ちという立場とも合わさって、多くの非難が彼に向けられた。


 けれど彼はそれをすべて叩きつぶした。


 騎士団時代に培った情報網による駆け引きと、陛下から引き出した咎持ちを管理するという体の『特例措置』を使って、在野にいた多くの咎持ちを仲間に引き入れて自分の武器として利用したのだ。


 咎持ちの多くは戦闘能力が高く、また暗殺といった方面に特化している者も多い。これだけで彼と敵対する意思をなくした貴族も多かった。ラファエルは悠々とギルドマスターの席に座り、ギルド職員に自分の部下を潜ませた。


 今や彼の大勢の部下の誰が咎持ちなのかもわからなければ、誰が陛下に許された咎持ちで、誰が違法な咎持ちかもわからない状況だった。王都のギルド職員の半分以上が咎持ちだと囁かれているが、そのことに口を挟まないというのが、貴族の多くが守る暗黙の了解だった。


 そんな彼はこれまで大きな行動を起こすことなく沈黙を保っていた。


 だが先のヒュドラ退治の一件で、彼は動き出した。

  

「ライ・オルガス。よくぞあのような人物を見つけ出したものよ」


『閃光』と呼ばれる最強の冒険者を表舞台に出した彼の思惑はわからない。だがなにかを企んでいる。それがかつての上司だった儂とアドモンの見解だった。


 そしてその中心にいるのが、あのライ・オルガスだろう。


「一体どこから見つけた来たのだ?」


「…………」


 儂の質問に、ラファエルは無言で見つめ返してきた。まるで儂の言葉に嘘はないか探るように。

 

「閣下。ご忠告申し上げます。あなたにはそのような回りくどいやり方は適しません。そのようなことはアドモン騎士団長に任せておいた方がいい」


 そしてどう判断したのか、ラファエルはそんなことを言ってきた。探りを入れようとした儂の思惑などお見通しらしい。


 ああ、今更過ぎることである。そんなことは言われなくてもわかっていた。


「儂もこのようなやり方は好かん。好かんが、アドモンばかりに苦労を押しつけるわけにはいかんでな。ただでさえ、ヒュドラ退治を冒険者にさせてしまったことで騎士団への非難も酷い。いや、そのことでお前さんやライ・オルガスを恨むつもりは毛頭ないのだが、アドモンが四苦八苦しておってな」


「お二人とももう老人なのですから、そろそろ引退してはいかがですか?」


「アドモンはそうしたがっているがな、生憎と任せられる次がおらんのでな。なにせ期待をかけていた、儂と違って政治もできる男が騎士を辞めてしまったのでな」


「閣下。私は……」


「なんじゃ。実は白鋼アダマントがたくさん手に入っての。今更過ぎる話ではあるが、お前さんたち全員が今戻ってきても、今度は白い鎧を渡せられるようになっておる。戦闘のときみたいに、間に合わせの黒甲冑などもう渡す必要はなくなったわけじゃ」


 だから戻ってくる気はないか――そう続けようとした儂の言葉を遮るようにして、ラファエルは言った。


「ヘルメス卿。ライ・オルガスは、この王都で生まれ育った人間です。あなたのような騎士に憧れ、生まれ持ったステータスに負けない強い力と明るさを持った人間です」


「知っておる。少し機会があって話したことがあるからの」


「そうですか。では彼の姿と名前を聞いて、誰かを思い出しませんか?」


「誰かを?」


 儂は考える。どこか期待するようなラファエルの視線を受けて、しかし思い出す姿も名前もなかった。


「いや。誰かを思い出すことはないが」


「そうですか。……ええ、そうだと思いました」


 ラファエルは寂しそうな笑みを浮かべると、儂に背中を向けた。その背中からは、強い拒絶の念を感じられた。


「ヘルメス卿。あなたは優しく残酷な御方だ。強い人間にはどうしようもなく優しくて甘いのに、弱い人間は名前を覚えることすらしようとしない。だからあなたは多くの人が憧れる偉大な英雄になれても、世界を一変させるような変革の英雄には成り得ない」


 ラファエルはそう言って歩き出した。その歩みは果たして、どこへと向かっているのか、儂にはわからなかった。


「私に期待をかけてくれていたこと、素直に嬉しく思います。ですが、私はもう騎士になどなりたくはありません。憧れの人からは忘れ去られ、愛する人に苦労をかけて、そして子供に一目会うことすらできない。そんな末路は嫌だ。この世に生を受けた者として耐えられない」


 わかることは、彼が強い信念に基づいて動いているということ。その歩みが誰に言われても止まることがないだろうということだった。


「ではまた、ヘルメス卿。どうかあなたが一日でも早く引退してくれることを祈っていますよ」


「儂は生涯現役じゃよ」


「でしょうね。だからあなたは怖いんです」


 ひらひらと手を振って、ラファエルは立ち去っていった。


「ラファエルよ。儂がお前さんに期待したのは、なにも政治的手腕が優れているからではないよ」


 好敵手との戦いに集中するために儂が騎士団長を引退したあと、団長の座をアドモンを引き受けてくれた。それは当初、次の時代にふさわしい騎士が現れるまでの繋ぎの意味合いでだった。


 けれど次がなかなか現れず、気がつけば儂もアドモンも老人になっていた。その中で唯一託せると思ったのが、ラファエル・グリムドという男だった。彼が騎士団長になれば、今の自分たちのように貴族の圧力にも負けるようなこともなかっただろうと信じれたのだ。


 だがそれ以上に期待させられたのは、その在り方だった。


「ライ・オルガスも強い。じゃがな、ラファエルよ。お前さんも負けることのない強さを持っているのではないか?」


 強さを。もっと強さを。誰にも負けることのない強さを!


 騎士団にいたときの彼は、そんな叫び声が聞こえてくるかのような試練を自分に課していた。その強さへの狂おしいほどの渇望は、この儂をして及ばないと思うくらいだった。


 だからそんな彼が今なおそうなっていないとは思えない。戦闘系スキルはお互いに影響を与え、その熟練度上昇を高めていく。たったひとつの戦闘系スキルしかなかった儂は、そうまるまで四十年近いときをかけたが、帝国の『大導師』などは三十年近いときでそうなった。


 ならば――彼はどうなのだろうか?


 三つものAランク戦闘系スキルを有する彼は、果たして今、一体いくつの超越を成しているのか?


 それは誰にもわからない。自分のステータスを隠蔽するスキルは数あれど、自由にステータス表記をいじれてしまうスキルは、彼の持つ『詐欺師』スキルを置いて他にない。


「ラファエル・グリムドよ。求道の超越者よ。お前さんは求める強さを手に入れられたのか?」


 そのとき、城壁を叩く雨音が聞こえてきた。


 儂は廊下の窓から空を見上げた。

 降り出した雨はすぐに豪雨となり、雷鳴が光と共に不穏に轟き始めている。


「……嵐が来そうじゃな」

 

 まるでこの先に起きるなにかを暗喩するように、空には分厚い暗雲が立ちこめていた。






今回でエピソードは終了です。

よろしければ、感想・評価お待ちしております。


次回、主人公視点の冒険回。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 伏線の張り方神すぎる、、、 あなたが求道者だったのか
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