英雄の休日③
王国騎士による突然の決闘宣言に、ギルド内に大きな歓声が上がった。
俺とグィンゲッツの因縁なんてなにも知らない周りの面々が、まるで当事者のように忙しなく動き出す。変な王国騎士が今誰かに一番やって欲しかったことをやってくれたぞ、と『閃光』の実力を見るまたとない機会にはしゃぎだしている。
場はすっかり決闘ムードだった。これで俺が断ろうものなら、大顰蹙を買うだろう。
悲しいかな、これが冒険者なのである。
「……分かった。その決闘を受けよう」
そして俺も逃げるつもりはなかった。ヒュドラを倒したあの戦いを否定されて黙ってはいられない。俺が決闘を受けると、さらに周りで歓声が上がった。
「そう来なくてはな。では――」
「待て。待つんだ、ニルヴァーナ卿!」
グィンゲッツの肩をニルドがつかむ。この展開に一番あせっていたのはニルドだった。
「君は自分がなにを言っているのか分かっているのか? 君にはなんの大義名分もない。それなのに身勝手に決闘だなんて、勝っても負けても不名誉しか残らないんだぞ!」
「……離してくれ、クリストファ卿」
グィンゲッツはニルドを振り返り、先程までの大声が嘘のように静かな声で訴えた。
俺からはグィンゲッツの表情は見えなかった。
けれどニルドはグィンゲッツの顔を見て、なにかに気付いたようだった。
「君は……くそっ! いつもいつも迷惑ばかりをかけてくれる!」
ニルドは悪態をつくと、グィンゲッツから手を離した。
そのあと成り行きを見守っていたギルドマスターに向き直ると、頭を下げた。
「申し訳ありません、グリムド卿。この決闘の立会人となっていただけないでしょうか? それと、冒険者ギルドにはランクアップ試験のための室内闘技場が隣接されていると聞きます。どうかそちらをお借り願えないでしょうか?」
「構わないが、いいのかい? いくらギルド内の闘技場とはいえ、人の口に戸は立てられないよ?」
「はい。勝敗がどうあれ、そちらのライ・オルガスには迷惑が被らないように配慮致します」
「ふむ。まあ、そこが妥協点か」
ギルドマスターはパンと大きく手を打ち鳴らすと、この場の全員に聞こえるように声を張り上げた。
「ではこれより『閃光』のライ・オルガスと、王国騎士グィンゲッツ・ニルヴァーナ卿の決闘を執り行う。手の空いている者は準備を手伝ってくれ!」
『『おぉおお――ッ!!』』
お祭り好きの冒険者たちが、一斉に手を挙げて駆け出していく。
その一人に案内されて、グィンゲッツが先にギルドの隣にある競技場に向かって歩き出す。ギルドを出て行くとき、彼は振り向くと俺をにらんだ。逃げるなよ、と言うように。
「すまないな、ライ」
グィンゲッツと大勢の冒険者たちがいなくなったところで、疲れた表情のニルドが近付いてきた。
「謝るなよ。別にお前が悪いわけじゃないだろ?」
「いや、止められなかった時点でボクにも責任がある。本来なら、同じ騎士であるボクが無理矢理にでもニルヴァーナ卿を止めるべきなんだ。けれど、ボクにも彼が君と決闘をしたがる気持ちは分かってしまうんだよ。だから止められなかった」
「あいつの気持ちがわかるって、お前も俺なんかがヒュドラを倒せないって思ってるのか?」
「まさか。信じてるよ。グリムド卿にもきちんと保証してもらったしね」
「じゃあ、あいつの気持ちが分かるってどういう意味だ? あいつは俺が嘘を吐いてると思ったから、喧嘩をふっかけて来たんじゃないのか?」
「それもないと言えば嘘になるけど、一番の理由はそれじゃないよ。仲がいいなんてお世辞でも言えないけど、それでも彼とは騎士学校から七年近い付き合いがある。彼の本当の目的がなにかは分かってるつもりだ」
そう言いつつも、ニルドは肝心な部分ははぐらかしていた。どうやら俺に伝えようか伝えまいか悩んでいるらしい。
「……俺は本気でやるぞ。ここであいつに負けてやるつもりはないからな」
俺が目指している騎士の一員だからといって、手を抜くつもりは毛頭ない。その結果、あいつの不興を買って騎士になる障害となっても、それでもあの戦いで手助けをしてくれたリカさんやルッフル、ボンマックたちのためにも勝たなければならない。
「分かってるさ。存分にやってくれ。グリムド卿にも言ったが、勝敗がどうあれ、この決闘自体が理由となって、君が騎士になる上で不利益が発生するようなことは絶対にさせない。それはボクが約束しよう」
それは逆を言えば、勝敗如何によっては不利益が発生しかねないということだ。
グィンゲッツ・ニルヴァーナ。家格がどれほどのものかは分からないが、間違いなくニルドとは違って生まれながらの貴族だろう。もしかしたら騎士団への影響力もある家柄かも知れない。
グィンゲッツ自身も、決闘に負けようものなら圧力をかけてきそうな性格だった。前に絡んで来たときも思ったが、七年近くも前の試合の結果を未だに恨んでいるとは想像もしていなかった。
「安心してくれ。グィンゲッツ・ニルヴァーナは典型的なうざ貴族で、正直何度か任務中に後ろからぐさっとやってしまおうと思ったが、腐っても騎士で、一人の男だ」
幼なじみなりの察しの良さで、俺が考えていることを察したらしい。俺よりも遥かにグィンゲッツのことを知っているニルドは、彼のことをそう評した。
「ライ。通りで君とすれ違ったとき、君は彼のことを忘れていた。七年前に一度戦っただけの相手だからそれは当然のことだろう。けれど、それは彼にも言えることなんだ」
その上で、グィンゲッツの同僚として俺に託すように言った。
「だけど彼は君のことを覚えていた。すぐに君があのときの対戦相手だと気付けるくらいに、彼は君の顔と名前を記憶に刻んでいたんだよ。
だからライ、どうか本気で戦ってあげて欲しい。彼もそれを望んでいる」
◇◆◇
ランクアップとは無縁だった俺は初めて訪れるが、ランクアップ試験に使われる闘技場は、五〇〇人近い観客を収容できるかなり立派な闘技場となっていた。その観客席はすでに駆け付けた冒険者たちで満席となっていた。どこからか噂を聞きつけたのか、明らかにギルドにいたときよりも数が増えている。
俺が闘技場にやってきたときにはすでに、グィンゲッツは準備を終えて俺の到着を待っていた。
しかも服装が変わっている。ギルドマスターとニルドが話し合って決めたルール上、武器を刃引きした剣に持ち替えているのは当然だが、グィンゲッツは先程まで身につけていた白亜の鎧を外して軽装となっていた。
俺を相手にするのに鎧なんて要らないとわざわざ外してきたのか。あるいは、王国騎士の証をつけて戦うなとニルドにでも言われたのか。それは分からないが、舐められているようで気に入らない。
そう最初はグィンゲッツの格好を見て思ったが、その身に纏っている空気を感じ取って思い直す。グィンゲッツは決して増長も油断もしてはいなかった。周りからの野次も視線も気にならないほど、彼は深い集中の中にいた。
「来たか」
グィンゲッツは俺の到着に気付き、下げていた剣を両手で構えた。
「どうやら逃げ出さなかったようだな。それだけは褒めてやろう」
俺を嘲笑うような言葉。けれど、鈍く光る切っ先はぴたりと俺に向けられて離れない。最大限の集中をもって強敵に挑もうとしているようにしか見えない。
「……お前は俺のことを見下しているんじゃなかったのか?」
「馬鹿が。見下してるに決まってるだろ。名門貴族の家に生まれて高い戦闘系スキルを持ち、騎士学校を次席卒業して王国騎士となったオレと、孤児で読めないステータスを持ち、騎士学校に入ることすらできなかったお前。誰が見ても優劣は決まってる」
だから、とグィンゲッツは続けた。
「だから精算しなければならない。七年前のあの敗北、理由もわからず、意味も分からないままに敗北を叩きつけられたあの戦いの精算を、オレはこの場でしなければならないのだ! いずれ『大剣聖』閣下の跡を継ぐ騎士として、泥をかけられたままでは終われるものかよ!」
ようやく俺はニルドの言っていたことが理解できた。
グィンゲッツが俺に決闘を仕掛けた本当の理由は、ただ負けたままではいられなかった。ただそれだけのことだったのだ。
俺が昔、ニルドに何度も何度も挑んでいたのと同じ、男ならばこれ以上の理由を必要としない当然の理由だった。負けてないだの卑怯だのなんだのと俺のことを否定していたが、それでもグィンゲッツ自身も苦々しくも認めているのだろう。あの日、自分が敗北したことを。
だから精算を。雪辱を晴らすこの千載一遇の機会に、こいつは俺に決闘を挑んだのだ。
そして今、闘志も高らかに、グィンゲッツは叫んだ。
「オレはフレンス王国にその名を轟かせる名門中の名門、ニルヴァーナ家の次期当主! グィンゲッツ・ニルヴァーナである! この卑怯者め、貴様に格の違いというものを見せてくれる!」
「それはこっちの台詞だよ。お前の誇りがどうあれ、そこまで言われてこっちも黙ってられるか」
俺も剣の切っ先をグィンゲッツに向け、ここに集まった全員に聞こえるように名乗った。
「『閃光』のライ・オルガス! ヒュドラを倒した力を見せてやる!」
お互いに名乗りを上げたところで、立会人であるギルドマスターがやってきた。
「ではこれより試合を開始する! 勝敗は相手が戦闘不能になったときか、降参したときに決せられる! 両者、異存はないか?」
「「応!!」」
「では試合――開始ッ!!」
両者の間に張りつめた空気が、ギルドマスターの宣言によって破裂する。
「クロスナイト!」
その瞬間を見計らい、グィンゲッツが鋭く踏み込むと同時に特技を発動させた。
グィンゲッツの巨体が一気に近付いてくると、猛烈な突きが放たれた。剣の切っ先が分裂したように大きくぶれる。
クロスナイト。剣士スキルの熟練度四〇〇で習得できる特技であり、剣士スキルの中でも対人戦において強力だと言われている特技だ。
本来、戦闘系スキルの特技というものは、珍しいスキルのものを除いてほとんど対処方法がわかっている。特技は誰が発動しても、同じ軌道、同じ動きで発動される技だ。ならば対処方法も当然のことながら、長い年月の間に研究されている。
だがクロスナイト。このスキルだけは完璧には対処できないと言われている。クロスナイトは強烈な突きを放つスキルであると同時に、攻撃の際に切っ先が分裂するのだ。
そのどちらか片方が本物であり、もう片方は幻影が作り出した虚構である。だが咄嗟にそれを判断することは至難の業であり、結果としてこの特技への対処は二分の一の幸運に身を委ねるしかないとされていた。
攻撃自体を避けようにも、特技発動中の加速は相手にそれを許さない。鎧を外したのも、ほんの少しでも速度を上げようという理由からなのだろう。発動の迷いのなさといい、最初からすべてをこの一撃に賭けていたのが察せられた。
二者択一を相手に突きつける必殺剣。実力者同士の対決において、二分の一で相手に傷を負わせられるという条件は決して悪いものではない。グィンゲッツはやはり言葉ほど油断しておらず、今の自分の打てる最善の策をもって攻めてきた。
けれど――俺は突きの軌道を目で追いつつ、それに合わせるようにして突きを放った。
一撃目の突きでグィンゲッツが繰り出した実剣を弾き、コンマ数秒遅れて放たれた突きが虚構の刃ごとグィンゲッツを貫いた。
肩を貫かれたグィンゲッツの巨体が、踏み込みとは反対方向へと吹き飛んでいく。リングの壁に背中から当たり、口から血を吐いた。
「おい、今の?」
「クロスナイトにクロスナイトを合わせたのか?」
「いや、特技名の発声がなかったぞ」
「じゃあ、まさか――」
そう、俺がしたことは、ただグィンゲッツの速度に勝る速度で二度突きを放っただけだった。圧倒的な身体能力の差があれば、特技の加速があっても超えられる。
「がァッ!」
背中を打ち付け、肩から血を流しながら、グィンゲッツが吼えた。ビリビリと天井を揺するほどの大音声。近くで聞いた観客席の冒険者たちが、耳を押さえて離れているのが分かった。
「負けてたまるか! 貴様みたいな訳の分からない奴に、このオレが負けてたまるものか!」
グィンゲッツは血が吹き出るのも無視して、渾身の力を込めて剣を振るった。
「グランスラッシュ!」
振り下ろされた剣から、一直線上にあるものを切り裂く暴風が放たれる。
グランスラッシュ。やはり剣士スキルの特技のひとつだった。習得に必要な熟練度は六〇〇だったか。それを放つ姿がかなり格好よく、俺もよく真似したものだった。
こんな風に。
剣を振り下ろす。それだけでグィンゲッツの渾身の一撃を打ち消し、彼自身を飲み込む衝撃が俺の剣先から迸った。
再びグィンゲッツの身体が壁まで吹き飛ばされ、今度は壁を盛大に粉砕して観客席まで吹っ飛んでいった。瓦礫に半ば埋もれたまま、グィンゲッツは動かなくなる。
「勝者! ライ・オルガス!」
それを見て、ギルドマスターが勝者の名前を告げた。
半分に折ってしまった剣を高く掲げると、観客席から今日何度目か分からない歓声が上がった。野太い声は、今度こそ新たな英雄を讃える素直な称賛にあふれていた。
「間違いない! 本物だ!」
「ああ、『閃光』だ!」
「すげぇ。それに比べて――」
「ああ、なんだよ。王国騎士って大したことがないんだな」
「いや、『閃光』が強すぎるだけだろ。剣を振っただけであの威力って頭おかしいだろ」
「けどさ、自分から決闘を挑んでおいて、傷ひとつ付けられないとか」
同時に、敗北したグィンゲッツへの嘲りの声が飛ぶ。
人々からの羨望を一心に集める王国騎士への嫉妬もあるのだろう。その声はあまり聞いていて居心地のいいものではなかった。
とにかく、今はグィンゲッツの治療が先だ。
俺は倒れたグィンゲッツに近付くと、その巨体を持ち上げようと手を伸ばした。
けれど、その手が振り払われる。グィンゲッツは早くも目を覚ましていて、俺のことをすさまじい形相でにらんでいた。
その状態でグィンゲッツは口を開いた。まだオレは負けてない。こんな試合無効だ。また卑怯な手を使ったのだろう。そんな言葉が飛び出てくると咄嗟に身構えるが、グィンゲッツの言葉は俺が予想していたものではなかった。
「なんでだ!? なんで、オレは貴様に勝てないんだ!?」
それは血を吐くように紡がれた疑問だった。
「オレはグィンゲッツ・ニルヴァーナだ! 名門ニルヴァーナ家の次期当主! Aランクの剣士スキルを持っている、神に祝福された人間なんだ!」
「生まれ持ったステータスがすべてじゃないだろ」
「違う! ステータスがすべてだ! なぜなら、ステータスにはその人間のすべてが刻まれている! 才能が! 努力の証が! すべて刻まれているんだ! 見ろ! オープン!」
グィンゲッツは自分のステータスを、俺の鼻先に突きつけるようにして展開した。
グィンゲッツ・ニルヴァーナ
レベル:51
経験値:1759111 次のレベルまで残り15912
【能力値】
体力:2244
魔力:0
筋力:379
耐久:384
敏捷:383
器用:356
知力:177
【スキル】
剣士:A 熟練度646
剣を武器として扱う才能。
熟練度100ボーナス……剣装備時に筋力、敏捷ステータスアップ小
200ボーナス……強力な斬撃を放つ特技。鍵は『斬撃』
300ボーナス……剣装備時に筋力、敏捷ステータスアップ中
400ボーナス……分裂する突きを放つ特技。鍵は『二重突き』
500ボーナス……剣装備時に筋力、敏捷ステータスアップ大
600ボーナス……斬撃を飛ばす特技。鍵は『飛剣』
「見ろ! 見ろ! オレのステータスを見ろ! レベルは五十の壁を突破した! スキルの熟練度も五〇〇を超えて六〇〇まで鍛えた! 騎士学校では毎日毎日毎日朝早くから夜遅くまで戦い方を教わって、騎士になってからはあの『大剣聖』閣下にも稽古を付けてもらった!」
それは二十歳という年齢を考えれば、見事というしかないステータスだった。自分でも言っているとおり、相応の努力をした証がそこには刻まれていた。
「両親からも天才だと褒められた! 騎士の先輩からも大したものだと期待されている! クリストファ卿を除けば、同年代でオレほど強い騎士はいないんだ! このまま行けば、いずれは『大剣聖』閣下の跡を継げる! そうなれるように、貴様に負けてから色々な人に師事して努力してきたんだ! オレは間違いなく誰もが認める最高のスキルを持ってるんだぞ!」
怒りか、悲しみか、それとも悔しさか。あるいはそのすべてか。
本人にすらきっと分からない激情によって、グィンゲッツは涙すら流しながら訴えてきた。
「なのに、なぜ貴様には勝てない!? 全力を出しても傷ひとつ付けられないんだ!? おかしいだろ? 理不尽だろ? そんなの絶対になにかが、なにかが間違ってるだろ!?」
努力が足らなかった。熱意が足りなかった。そう言い返してやればよかったのかも知れないが、俺はこのときグィンゲッツの形相を見てなにも言い返せなかった。勝ったはずなのに、なぜか追い詰められているかのように、背中にじっとりと汗をかく。
「なあ、オレが貴様に負けた理由を教えてくれ。貴様がそんなにも強い、はっきりとした理由を教えてくれ。経験値が増加するレアスキルでも持ってるのか? 熟練度を最高値まで上げられる選ばれたスキルを持ってるのか? それとも……」
グィンゲッツはその場に手と膝を突くと、嗚咽するように言った。
「レベルでも能力値でもスキルでもなんでもいい、オレが受け入れられるだけの理由を教えてくれ」
「それは……」
「ああ、そうだ。貴様のステータスは読めない。貴様がそれほど強い理由なんて、きっと自分自身でもわからないんだろ?」
ああ、そうだ――俺はグィンゲッツが嘲笑うように言った言葉を認めた。
わからない。俺が一体いつの間にこれだけの力を手に入れていたのか、自分自身でもわからないのだ。
ヒュドラと戦っていたときは無我夢中だった。勝てたことは素直に嬉しかった。
けれど時間が経ち、冷静になって疑問に思った。
なんで俺はヒュドラに勝てたんだろう、と。
努力したから。実はステータスが読めないだけで才能があったから。もしも討伐推奨レベル五十前後のモンスターを倒しただけなら、その理由だけで十分だっただろう。俺は俺が自覚しているよりもかなり強かったんだなあはははは、と笑って終わりだっただろう。
けれど――ヒュドラは違う。
ヒュドラ。モンスター目録の最後から五頁目に記されたモンスター。ギルドで確認されているかぎり、世界で五番目に強いモンスター。鑑定スキルによって読み取られたそのステータスから、ギルドはその討伐推奨レベルの七十八と定めた。
即ち、Sランク冒険者でも敵わない大災害。倒せるのは歴史に名を残す超越者のみ、と。
それに俺は勝った。なぜ? 実はいつの間にか超越者になっていた? 馬鹿な。『大剣聖』ですら超越したのは四十を超えたあとのこと。超越にはそれだけの時間が必要となるのだ。
つまり常識的に考えて、俺がヒュドラに勝てるわけがないのである。
けれど俺は勝った。それは一体、如何なる理由なのだろうか?
……本音を言えば、もう薄々気付いている。ただ認めるのが怖かっただけ。
リグ先生が狂信者に囚われたときは気のせいだと思った。システィナがヒュドラに襲われたときは夢だと信じた。けれどボンマックによって強化されたときは、全部現実だったのだと受け入れざるを得なかった。
俺の中に得体の知れない力が眠っている。スキルではない、常識では計り知れない破壊の力が。
「なあ、ライ・オルガス。教えてくれ」
グィンゲッツが顔を上げて俺を見た。
その表情には前にも見た、俺への恐怖が色濃く刻まれている。それはまるで、怪物でも見るかのような顔だった。
「ステータスが読めない。理不尽に強い。そんなお前は、お前は……」
そして常識の範囲で強い人間は。
常識を外れて強い存在に決定的な質問を放った。
「お前は本当に――人間なのか?」
俺はその問いかけに否定を返せなかった。
自覚はもう、俺の中に芽生えていたのだった。
休日!




