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最強の冒険者③



 結論は改めて言うまでもないことだが、仲間たちの治療は余裕で間に合った。


 ライさんの知り合いがいるという大きな教会に運び込まれてから十五分も経たないうちに、三人は教会の入り口から歩いて出てきた。


 三人ともがまるで夢を見ているかのような足取りだったが、生きているみんなを見た瞬間、俺は感極まって泣いてしまった。


「よかった! お前ら無事でよかった! 本当に、無事でよかった!」


「…………」


「どうしたんだ? まだ傷が痛むのか?」


「…………」


「おい。なんで頬を赤らめてるんだ? なんで傷口を愛おしげにさすってるんだよ気持ち悪い!」


 これはあとで聞いた話になるのだが、三人の治療を担当してくれたのは、なんとかの有名な聖女様その人だったらしい。


 それは見惚れて夢見心地になるも仕方のないことだが、心配を返せと言いたい気分だった。






 大事を取って宿に戻った三人と別れ、俺は冒険者ギルドに足を運んでいた。


 すでに陽はとっぷりと暮れ、辺りは闇に包まれている。


 ギルドに入ると、人気はまばらだった。早朝は人のたくさん集まるギルドだが、陽が暮れれば冒険者たちはその日の依頼を終えて馴染みの酒場に繰り出すので、残っているのはギルド職員くらいのものだった。


 その中の一人、受付に残ってなにやら作業をしているエルフの女性に近付いていく。


「あ、あの」


「ライさんにお礼は言いましたか?」


 書類から目を離すことなく、リカリアーナさんは言った。


「すみません。まだ言えてません。話を付けてくるって教会の中に入っていったあと、しばらく入り口のところで待ってたんですが、どうもあの人は入り口以外から帰ってしまったようで」


「そうですか。先ほど一度このギルドに来ましたが、素材の換金が遅れそうだと伝えたら帰ってしまいましたよ」


 ペンでさらさらと最後の書類にサインをしたあと、リカリアーナさんは顔を上げて俺を見た。息を呑むほど美しいグリーンの瞳が、俺の瞳をまっすぐ射抜いた。


「それで? あなたはなにをしにここへ?」


「あ、あの人にお礼を言いたくて。だから、どこに行ったのか知ってるんだったら、教えてもらえないかと思いまして」


「そう、お礼のために。であれば、ライさんのいる宿へ案内してあげてもいいのですが、生憎と私はこれから運び込まれた素材鑑定の手伝いをしないといけませんので。あなた、『黄金の雄鶏亭』といってわかりますか?」


「すみません。聞いたことはありますけど、場所までは」


「であれば、明日の朝にここへ向かうといいでしょう。陽が昇ってすぐこの場所に向かえば、確実にライさんに会えます」


 リカリアーナさんは適当なクエスト用紙の裏に、簡単な地図を書いて渡してくれた。どこかの山を指し示した地図のようだが、あの人は朝も早くこんなところでなにをしてるんだろう?


「さて、では用件はこれで終わりですね。私は忙しいので、これで失礼させていただきます」


「あ、あのっ!」


 立ち上がって去ろうとするリカリアーナさんを呼び止める。


「なにか?」


 温度を感じさせない瞳で見られ、竦んでしまう。けれど言わないと。俺はあの人にもこの人にも失礼なことを言ったのだから。


「今日はありがとうございます! それと、目つきが悪いとか言って本当にすみませんでした!」


 救援をお願いしてくれた感謝と、嫉妬にかられて罵倒してしまったことへの謝罪を込めて、頭を下げる。


 しばらくそのまま頭を下げ続けていると、小さな笑い声が頭の上から聞こえてきた。


「頭を上げてください。私の目つきが悪いのは事実ですから、そこまで気にする必要はありません」


 頭を上げて驚いた。決して愛想笑いを浮かべることのないリカリアーナさんが、口元に微笑みを浮かべて俺を見ていた。


「お礼も謝罪もライさんに言ってあげてください。それで私は構いません」


「か、必ず!」


「ええ。信じます。今の少し大人になれたあなたならば大丈夫でしょう、ラッセルさん」


 笑顔で名前を呼ばれ、俺は赤面してしまった。色々な意味で恥ずかしくてたまらなかった。


 リカリアーナさんは、あのライさんの実力を知っているのだ。そんな彼女からしてみれば、変な難癖をつけて絡んだ俺はまさに子供だろう。穴が入ったら入りたいとはこのことだ。


 けれど……あの人の本当の力を知った今だからこそ、逆に疑問に思うことがある。


「あの、リカリアーナさん。どうしてあのライさんって冒険者は、ずっとEランクなんですか?」


 実力はもはやAランクを優に超えている。

 世界中に十人ほどしかいないSランクに匹敵するのではないだろうか?


「そうですね、本来であれば他人である私が教えることではないのでしょうが」


 リカリアーナさんはそう前置きしてから教えてくれた。


「ラッセルさん。あなたはギルドでランクを上げるときに、依頼達成数と一緒にステータスのレベルが重要視されているのを知っていますね?」


「ええ。決められたレベル以上にならないと、上のランクには上がれないんですよね?」


「そうです。これに例外はありません。ステータス画面を見せてもらえなければ、どれだけ強くとも上のランクに上げることはできないのです」


「リカリアーナさんでも、ライさんのステータスは見せてもらえないんですか?」


 頑なにステータスの開示を拒んでいた様子を思い出して聞くと、リカリアーナさんはやや不機嫌そうに目を細めた。


「失礼な。何度も見せていただいています。いただいているのですが」


 そこで彼女は表情を曇らせると、


「……どれだけ鑑定スキルの熟練度を上げても、ライさんのステータスを読み解くことはできませんでした」


「ステータスを読み解けない?」


「病気、といって正しいかはわかりませんが、ライさんは恐らく世界でただ一人、ステータス画面が読めない文字で記されている人なのです。相手のステータスを読み解くスキルは数あれど、どんなスキルで挑戦してもあれを読み解くことはできないでしょう」


「つまりライさんは自分のステータスを」


「知らないのです。レベルも、能力値も、スキルも。そして残り体力ですら」


「自分のステータスが読めない……」


 にわかには信じがたいその事実を自分に当てはめて考えて、身震いした。


 ステータスが読めない。体力すら可視化して見ることができないというのは、果たしてどういう感覚なのだろうか。想像することしかできないが、それはとても恐ろしいことのように思えた。


「じゃあ、ライさんが上のランクに上がれないのは、レベルが確認できないから?」


「そういうことになります。実力はあれど、ギルドのルールではランクアップは不可能です」


「そんな、どうにかならないんですか?」


「どうにかなるならすでに私が実行しています。ですが、ギルドマスターは例外を作ることをよしとはしませんでした。ランクアップのレベル制限は、冒険者に無謀な冒険をさせないために必要不可欠な安全策なのです。……ライさんには、本当に申し訳なく思いますが」


「じゃあ、この先もライさんはずっとEランクのまま?」


「そうなります。ライ・オルガスは万年Eランクの冒険者で――」


 リカリアーナさんは申し訳なさと、それ以上の好意と尊敬を込めて、ライさんのことをそう呼んだ。


「――我がギルド最強の冒険者ですから」






      ◇◆◇





 明日、朝早く起きるために、今日は早く寝ようと宿屋へ急ぐ。


 不夜の王都ラシェールは、多くの酒場からもれる明かりによって、夜でも灯りで道を照らす必要はない。考え込みながら歩いても、つまずいて転ぶようなことはなかった。


「……ギルド最強の冒険者、か」


 リカリアーナさんの語った、ギルド最強の冒険者。その噂をもちろん俺は知っていた。


 曰く、その一太刀は山を切り裂き、海を断つ。 

 曰く、毎日のように討伐推奨五十超えの怪物を狩ってくる。

 曰く、ギルドが確認できた最高討伐推奨レベルは七十八のヒュドラである。


 その姿を見たことがある者はほとんどいないにもかかわらず、冗談のような噂が後を絶たない、王都の伝説的冒険者。


 王国最強の騎士、かの『大剣聖』に匹敵するのでないかと囁かされる『閃光』――


「――ライ・オルガス」


 その名を忘れないように刻み込む。いや、どれだけがんばっても、俺はこの名前を忘れることはないだろう。


 今も彼の背中から見た景色を覚えている。あの、英雄の背中を覚えている。


 叶うなら、この胸の気持ちを詩にして吟じたい。それは詩人スキルを持っているからかも知れないが、かの『閃光』がギルド非公式の最強冒険者であることは知っている。きっと、なにか理由があるのだろう。彼は今宵も自分が最強であることを隠し、一人、静かに夜空でも見ているのだろう。


 空には黄金の月が見えた。煌々と輝いて、閃光の美しさを照らし出している。


「なんて、こんなこと考えてるのが知られたら、あいつらにまたからかわれるな」


 月をのんびりと眺めるような雅は、この王都には似つかわしくない。夜の静けさを切り裂いて、近くの宿から冒険者の叫び声が聞こえてくる。


「聞いてくれよ! 俺、今日カウンターベアーを倒したんだぜぇ!」


 大いに酔っぱらっているのだろう。そう大々的に言った誰かの言葉を、同席する冒険者たちは笑い飛ばす。


「嘘じゃねえって! 本当だっての! こう、一撃でしゅぱんと首をはね飛ばしたんだからな!」


「嘘吐け! いくら腕以外の耐久が低いカウンターベアーでも、一撃なんて無理だって!」


 そのとおり。カウンターベアーを一撃で本当に倒せるのは、それこそライさんくらいのものだろう。誰かは知らないが、ライさんと同じくカウンターベアーを倒したと言い張っても、それではまるっきり嘘だと言ってるようなものだ。


 一瞬カウンターベアーという単語からライさんかと思ったが、まあ、あの人はカウンターベアーどころか、キラーヘラクレスを一撃で倒してしまったのだ。もしも彼が自慢をするなら、そのことを自慢するだろう。


「やれやれ」


 本物の強さというものを知った俺には、そんな酔っぱらいの戯言なんてどうでもよかった。明日のために宿へと急ぐ。


「嘘じゃねえの! 信じろってば!」


 ラッキーモンスターである黄金の鳥を看板に掲げた酒場からは、酔っぱらいの戯言が続いていた。


「俺はエンプジンジェネラルだって倒したんだ! 強いんだからなぁ!」


 たくさんの笑い声。誰にとっても楽しい夜の時間は続く。

 城壁と騎士と冒険者の街の夜は、今日も、明日の朝になるまで終わらない。




誤字脱字修正



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