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だけど私は諦めない⑪



 ライを背負い、薬草を抱えて王都に急ぐ。


 仮面の騎士が最後に託してくれたこの薬草を、一刻も早くお母さんに届けないといけない。遅れれば遅れるだけ、お母さんが助かる可能性は低くなる。みんなのがんばりを無駄にしないためにも、全身の疲労を無視して走った。


 幸い、道中モンスターに遭遇することはなく王都にまで辿り着く。


「あと、もう、少し……!」


 最後の力を振り絞って、私は孤児院を目指そうとして……。


 ぷつり、とそこで私の意識は途絶えた。







 次に目を覚ましたとき、目の前には私を心配するお母さんの顔があった。


「……お母さん?」


「よかった。目を覚ましたのね」


 ほっと胸を撫で下ろすお母さん。けどそれは私の台詞だった。


 眠っていたベッドから飛び起きて、お母さんに詰め寄る。


「お母さん病気は!? 薬は!?」


「大丈夫よ。あなたたちが持ってきてくれた薬を打ってもらったら、立ち上がれるくらい元気になったわ」


「……わたし、間に合ったんだ」


 王都に到着する前後の記憶は曖昧だったが、どうやら間に合ったらしい。


 安堵のあまり全身から力が抜けた。そこをお母さんが優しく支えて、ベッドに寝かせてくれる。


「ありがとう、システィナ。迷惑かけてばかりでごめんなさいね」


 私の頭を優しく撫でながら、お母さんはお礼と謝罪を口にする。それが今回の冒険のことだけでないのは私にも理解できた。


「ううん、いいの。私の方こそ色々と酷いこと言ってごめんなさい」


 お母さんが死んでしまうかも知れない。もう二度と話すことはできないかも知れない。そう思ったとき、私は仲違いをしたままお別れなんて絶対に嫌だと後悔した。


 お母さんは私にとって、いや、私たちにとってなくてはならない母親だった。みんなを大きな愛で包み込んでくれた人だった。


「本当は私、お母さんのこと大好きだから」


「私もよ、システィナ。お母さんもあなたのことが大好き」


 ライの言ったとおりだ。その愛に疑う余地などない。私の頭を撫でるその手には、ただ愛情だけがあふれている。


 この愛だけはきっと、私を裏切ることはない。


「……ねえ、お母さん。私ね、聖女になったよ」


 そう信じられたから、まだ誰にも直接言葉にして伝えていない事実を告げた。


「そう」


 お母さんは少し驚いて、それから心配そうな顔をした。

 聖女に選ばれたのではなく、聖女になった。その一言で、お母さんは多くを察したようだった。


「神学校に?」


「うん、行くつもり」


「大丈夫? 辛くない?」


「平気よ」


「そう、なら身体には気を付けて。ご飯をちゃん食べて、睡眠もしっかり取るのよ?」


「うん」


「辛いことがあったらいつでもこの家に戻って来なさい。ここにはあなたの家族がたくさんいるんだから」


「うん、ありがとう」


 私は聖女になった。そしてこの先、聖女として生きていく。


 辛いことはたくさんあるだろう。泣きたくなる日もあるだろう。けれど、守りたいもののために私は強くならなければならない。強くあらねばいけない。


 だから……今だけは思う存分甘えさせて欲しい。泣き言を言わせて欲しい。


「お母さん。私ね、ライのことが好きなの。本当は、ライと結婚して普通のお嫁さんになりたかった」


 そうだ。私の夢はやはりそれで、なのに聖女になれば結婚はできなくて。今はもう、ライと直接話すこともできない。


 だから――


「私、本当は聖女になんてなりたくなかった……!」


 あのときの決意は嘘じゃない。けれど、本当の気持ちはそれだった。


「なんで私が選ばれたんだろう? なんで、なんで……!」


 お母さんは黙って私の涙を受け止めてくれた。 

 私が泣き疲れて眠るまで、ずっと、私を抱きしめ続けてくれたのだった。







       ◇◆◇







「――とまあ、そういう感じかしらね」


 長い話を語り終えて、私はふぅと息を吐き出した。


 話に耳を傾けていた人喰いは、ふむふむと吟味するように頷いた。


「なるほど。貴重な話を聞かせていただきました」


 まあ、じゃっかん話しすぎたかもと思わなくもない。最初は聖女周りのことだけ話すつもりだったのに、自分でも話しているうちにあの日のことを思い出して多くを語りすぎてしまった。私が聖女になった理由なんて、この男にはなんの関係もないのに。


「人喰い。言っておくけど、今の話は――」


「ええ。分かっています。黙っているように、ですよね?」


 私は頷く。聖女スキルことフィリーアの存在は、教会でもほんの一握りの人間しか知らない秘密だ。スキルが意思をもって世界を導いているなんて事実は、見方によっては人間がスキルに管理されているように思われるかも知れない。もっとも、今更な話かも知れないが。


 どちらにせよ、気軽に話されてはたまらない。


「ご安心を。よほどのことがなければ話したりはしません。そうですね、たとえば自分に大事な友達ができたれば、もしかしたら話してしまうかも知れませんが、それ以外は黙っていると約束しましょう」


「じゃあ大丈夫ね」


 この狂人に友人なんてできるはずがない。一番知られたくないライやその周りにいるリカリアーナからも、きっと蛇蝎のように嫌われてるだろうし。


 ライにばれなければ問題ない。ライが自分のことをドラゴンだと疑うような可能性は、少しでも消さなければならない。


 そう、ライはフィリーアの存在を知らなかった。

 今の今まで、私は聖女のことをなにもライには伝えていない。


 あの冒険のあと、ライは一週間ほど眠り続けた。


 目を覚ましたライはドラゴンになっていたときのことを覚えておらず、あとから仮面の騎士が戻っていないことを知り酷く自分を責めていた。


 できれば慰めてあげたかったが、そのときにはもう私はフィリーアとの契約でライの前では彼女に主導権を渡さざるを得なかった。


 フィリーアがライを責めるように『あなたが弱かった所為』とか抜かしたときは永久クローズの刑に処そうと思ったが、ステータスを閉じても、ライを目の前にするとフィリーアに主導権が奪われてしまうのだから意味はなかった。


 そのあともフィリーアはライを嫌い、避け続け、顔を会わせば辛辣な言葉ばかりを投げかけた。


 私はライに他人を介して本当の気持ちを伝えようとしたが、そんな誰かからの私の言葉よりも、直接私の口から放たれたフィリーアの言葉の方がライには強く残っただろう。やがてライも私を避けるようになった。それは仕方のないことだが悲しいことだった。


 そうした日々の中で私は教会に連絡を取って、聖女としてふさわしい力と教養を身につけるべく神学校に通うことになった。


 そしてあの運命の冒険から一年半後、お母さんの病状が悪化して薬でもどうにもならなくなり、みんなに見守られながら亡くなったことを契機に、私は本格的に聖女として活動し始め、孤児院を出ることになった。ライに私が聖女に選ばれたことをばれたのもこのときだった。


 ライもまた私の言葉に――というよりもフィリーアの言葉に思うところがあったのか、衛兵に見切りをつけ、お母さんの葬式に参列した新しい冒険者ギルドのギルドマスターに誘われ、冒険者を志すようになった。


 冒険者になって名声を手に入れ、騎士を目指すつもりなのだと私は思ったが、実際はお金を稼ぐためだったとはあとで知ったことだ。聖女やドラゴンのことを知らないライからすれば、私の聖女になるという選択は身売りのように見えたらしい 


 そうではないことをミリィを通じて伝えたのだが、それすら強がりのように伝わった。ライはまるで私がいつでも聖女を辞めても大丈夫なようにと、それまで以上にお金を稼ごうとするようになった。


 せめて私の気持ちは昔から変わっていないと、ずっとライの味方なのだと伝えたくて、なにかあったときは自分を頼るようにと言伝を送ったりもした。


 けれどライが頼るのは自分のことではなく、自分以外の誰かが死にそうになっているのを助けて欲しいとか、そういうときだけ。


 まるで便利な薬として使われているみたいだけど、私はそれでも良かった。直接話すことはできないけど、そのときだけが唯一今のライの姿を見ることができる瞬間だったから。


 それに直接は助けてあげられない私の代わりに、ライを支えてくれる人の存在を知ることもできた。昔の私のように恋する人に、ライのことを傍で見守ってくれるように任せることもできたから。


『――新しい聖女様とは、一体どのような方なのですか?』


 あのときの質問に、私はこう答えることが出来たのだ。


『――大切な人を守ることができる。きっと、そんな素敵なスキルの持ち主よ』


 聖女になったことに後悔はない。

 あのときの言葉が嘘にならないように、私はこれからも聖女で在り続ける。


 私とライはどんどんとすれ違っていって、今ではもう、ライは私をにらむような目で見るようになってしまったけれど。


 ステータスがすべてだなんて言う私のことを、きっと嫌いになってしまっただろうけど。


 私はそれでいいのだ。


 あの日、伝えて欲しいと彼女に托した言葉のように、ライには私のことは忘れて自分の夢だけを追いかけて欲しい――それが今の私の夢。


 あなたの住むこの世界は私が守るから。あなたを決して怪物にはさせないから。


 そのためには利用できるものはすべて利用する。


「人喰い。私があなたに望むのはただひとつ。あなたのその超越した知識を活かして、ドラゴンのことを調べて欲しいの」


「ドラゴンですか?」


「そうよ。私とフィリーアでドラゴンを封印し続けている。けれど封印は絶対じゃないの。時折、ドラゴンは目を覚まして暴れる。最近はその頻度も多くなった。封印に綻びは見られないから、純粋にドラゴンの力が強くなっているの


「これまでの話を聞いたかぎり、活性化の鍵となっているのはやはりライ・オルガスでしょうか」


「否定はできないわ。マルドゥナダンジョンに入ったとき、ライはドラゴンの意思を感じとったみたいだしね。けど具体的に、ドラゴンの身になにがあったのかは分からない。フィリーアもドラゴンを封印することはできても、ドラゴンのことを理解はできていないから」


「だからこそ、自分を蘇らせたわけですか。ドラゴンについての情報があるとしたら、それは初代聖女が生きていた時代。今を生きている人は誰も知らない、古代に生きていた人の記憶にだけ」


 人喰いはようやく得心がいった様子で、ぱん、と軽く手を打ち鳴らせた。


「自分の星詠みが必要とされている理由はよく理解しました。私はドラゴンについて調べ、今の封印が解けないように、ライ・オルガスがドラゴンとして覚醒しないよう立ち回ればよいのですね?」


「特に後者が重要よ」


『特に前者が重要ですね』


 人喰いの言葉に対し、私とフィリーアは同時に答えた。私にしか伝わらないと知っているのに、そこまで言いたかったのか。


 意見の食い違いは今に始まったことではない。

 この寄生虫は今も昔も変わらず初代聖女の言葉を優先する。


「この馬鹿アホ変態駄スキルめ!」


『言いましたね!? またわたくしのことをそのように言いましたね!?』


「事実じゃないの。長い間生きてきたのに、ドラゴンについての情報をほとんど知らないなんて馬鹿じゃないの? 大馬鹿じゃないの?」


『違いますぅ。わたくしは馬鹿ではありません。ドラゴンなんて邪悪なものを理解することは、初代聖女フィリーア・ヴァレンタインへの背信になるからですぅ』


「はいはい、初代聖女初代聖女」


『んな!? いくらあなたでも初代聖女様を馬鹿にする真似は許しませんよ!』


「許さない? 許さないならどうするっていうの? 手も足もないあなたが私になにができるっていうのほら言ってみなさい?」


『あなたの美容や体重を管理するのをやめて、二の腕をぷにっとさせます』


「ドラゴンよりあんたの方がよほど邪悪じゃない!」


『あら? そんなことを言っていいのですか? あなたの成長を止めずに促進してあげているのは誰だと思っているのですか? 今からでも契約したときへと肉体を逆行させてあげてもよろしいんですよ?』


「ぐぬぬぬぬ……日増しに反論が上手くなってきてるわね、あんた」


『ありがとうございます。きっとシスティナとの契約の影響でしょうね』


 フィリーアと口喧嘩している私を見て、人喰いがニヤニヤと笑う。フィリーアの声が聞こえない彼には、私が一人で叫んでいるように見えるのだ。


 今のところ、封印されたドラゴンの動きが活発化しているという事態への対処に、協力が期待できるのはこの二人だけだ。いや、一人と一スキルか。貴重な仲間なのだが頼りにならない。というか、隙を見せれば背中を刺されそうなこいつらを仲間とは呼びたくない。


 けれど相手はドラゴン。世界を滅ぼす最強最悪のモンスターだ。こんな仲間でもいるのといないとでは大違いなのだ。


『システィナ』


 突然、これまでとは雰囲気を変えて、フィリーアは私の名前を呼んだ。


 それだけで私にはなにが起きたのか察せられた。


 気持ちを切り替える。これまで幾度となくそうしてきたように、今日も私は聖女としての努めを果たす。


『ドラゴンが目覚めました』


 私は本当の地獄に臨むのだ。







 ああ、けれど――この光景を見るたびにいつも心が折れそうになる。







 遥か地の底、マルドゥナダンジョンの奥深く。


 フィリーアの導きによってそこへと降り立った私の前には、紛れもない地獄の光景が広がっていた。


 王都が丸ごと入るような巨大なすり鉢状の地下空間の中心、そこには目を疑うような巨大な怪物が横たわっている。


 全身を光り輝く鎖でがんじがらめにされ、大きな口、鋭い爪の生えた手、翼に尾、そして黒い鱗に包まれた胴体に至るまで無数の光の柱が突き刺さって、一切の身動きが取れないようにその動きを縫い止められている。


 けれどそんな状態にもかかわらず、全身から放たれる威圧感は桁が違った。


 なんの加護もない人間であれば、近付いただけで息絶えてしまうであろう殺意の波動。あまりの密度にそれは影を触手の形にしたかのような姿で可視化され、足下から全方位に向かって伸びている。


 その殺意の切っ先は、この世界すべてに向けられていた。動けない主に変わって暴れ回り、周囲を破壊し、時にモンスターとなって実体化し、ダンジョンの中へと解き放たれる。さながら原初の混沌のように、そこにはこの世界とは異なるナニカが渦巻いていた。


 ただそこにあるだけで世界を侵蝕し、塗りつぶしていく破壊の化身。



「――ドラゴン」



 畏怖を込めて私はその名を呼ぶ。


 ドラゴンは、その血で塗り固められたような紅の瞳で私をじろりと見た。心臓が鷲掴みにされたかのように凍り付く。


 封印されている今でこれなのだ。もしも解放されれば、ドラゴンは瞬く間にこの世界を闇で覆い尽くし、あらゆる命を飲み込むだろう。


 世界を滅ぼす怪物――そう評したフィリーアの言葉に間違いはなかった。


 これは決して解放してはいけない。

 これを封じ続けることは、即ち世界を救うことと道義である。


『行きますよ、システィナ。心を強くもつのです』


 いつもは邪魔ばかりするフィリーアが、今ほど心強いことはない。

 彼女という味方があればこそ、私はこの存在しているだけでなにもかもが歪んで変貌していく空間に立つことができるのだ。


「……ライ」


 それでも足りない勇気を、守りたい笑顔をもう一度心に描くことで奮い立たせる。


 ドラゴンもまた、私のつぶやきに反応したように動き出す。身動きの取れない身で、封印から逃れようと藻掻き始める。影の触手が大地を掻きむしり、大気を汚しながら迫ってくる。


「行くわよ、フィリーア!」


『はい、今日もまた世界に安寧を!』


 それを食い止めるべく、私は魔法を紡ぎ始める。

 

 この世界と大切な人たちを守るために。


 システィナ・レンゴバルトは今日も地獄の底で、一人、聖女で在り続けている。




 


今回でエピソードは終了です。

よろしければ、感想・評価お待ちしております。


次回、主人格視点での本編再開。リベンジマッチを予定しております。

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