だけど私は諦めない④
私のステータスに馬鹿が住み着いて一月が経過した。
この期間、私はステータス画面を一度も開くことなく過ごした。あの日以来、聖女スキルの声も聞いていないところを見るに、やはり私がステータス画面を開かないとしゃべりかけて来られないらしい。
超越化してしまった影響による能力値倍加も、今は慣れて物を壊すこともなくなった。
私の日常は元に戻ったのだ。
けどなんの問題も発生していないかと言われれば、首を横に振るしかない。
「ねえ、システィナお姉ちゃん」
「なに? ミリィ」
洗濯物を仕舞っていると、手伝ってくれていたミリィが唐突に切り出した。
「お姉ちゃんはいつまで無職なの?」
「ふぐぅ!」
言ってはならないことを! 言ってはならないことを!
「む、無職って言わないでくれないかしら?」
「じゃあ、家事手伝い? けど別にお姉ちゃんがいなくても、みんなで協力すれば家事はこなせるし、それよりも妹分としては、きちんと就職して働いてくれた方がいいんだけどなぁ」
取り込んだ洗濯物を畳みつつ、ミリィが動揺する私を半目で見て、あからさまなため息を吐いた。
「同じ無職でも、ライお兄ちゃんは毎日必死になって職探ししてるのに、うちのお姉ちゃんは家でこれですよ」
「これとか言わないでよ! 私にだって色々と事情があるの!」
「事情? ライお兄ちゃんみたいに、ステータスが読めなくなったとか?」
「そ、そういうわけじゃないけど」
ある意味では近いわね。私の場合はライみたいに読めないんじゃなくて、現状、ステータスを開くことすら許されないんだけど。
そう、私のステータスに馬鹿が寄生して一番の問題となっているのは就職活動だった。
学校を卒業した人間は、みんな自分のスキルに合った職業に就職する。けどいざ就職するための面接にこぎ着けたとき、あちら側から要求されるのはステータスの開示である。だからライの就職は厳しいことになってるし、私もそうだ。
私の場合、ステータスを開いた瞬間、あの馬鹿スキルが発狂した鳥のような喧しさで話しかけてくることだろう。
万にひとつ、空気を読んで黙っていてくれたとしても、私のステータスに刻まれているのは『聖女』というスキルのみ。
驚かれて騒ぎになって、そのまま教会に通報されて連行されるのが目に見えている。ただでさえ今、新しい聖女が見つからないと問題になりつつあるのだ。うちの国は教会に協力的な国だから、すぐに保護という名目で連れて行かれてしまうだろう。
だから私は就職活動そのものが禁止されている状況だった。妹たちからの白い目が胸に痛い。
「どちらにせよ、違うの。私は働きたくないわけじゃないの。働けないだけなの!」
「ふ~ん。ま、いいけどね」
ミリィはまるで信じてない顔で、洗濯物を畳む速度を速めて一気に洗濯物を片付けてしまう。
「ほら、朝食の準備するよ」
「……はい」
テキパキとした動きで私を先導するミリィ。こと家事の類に関しては、私よりもミリィの方が上手にこなしてしまう。
一ヶ月前は尊敬する姉という眼差しで見てくれていたのに、今ではこのぞんざいな扱いである。毎朝のお祈りをやめたのも影響しているのかも知れない。
「ああもう、最悪」
これもすべて聖女スキルという名の馬鹿アホ変態害虫スキルの所為である。もしもあいつに身体があったら、上昇した能力値に物を言わせて、思い切り跳び蹴りを食らわせてやるのに!
さて、そんな感じで肩身の狭い思いを強いられていた私だったが、同様のことをライも感じていたらしい。
昼食後、二人で使った食器を並んで洗いつつ話し合う。
「お金はさ、やっぱり入れないとだよな」
「そうね」
就職するしないとはともかくとして、孤児院にお金は入れないとダメだろう。私たちの生活費だってタダではないのだから。
別にお金を家に入れることを強いられているわけではない。けどこれまでの兄、姉貴分たちは学校を卒業後、一年以内にはきちんと就職し、お金を貯めて独り立ちしていった。
すごいスキルを持っていて、上級学校に進学したために就職できなかった人も、学業の傍ら家にはお金をきちんと入れていた。
私たちも下の子たちのお手本となるために、また少しでも家の負担を減らすために、最低限の生活費くらいは入れないといけない。あるいは家を出てどこかで下宿とかしないとならないだろう。
「あと二年あれば、冒険者に登録だけして小金を稼ぐ方法もあったんだけど」
「冒険者かぁ。冒険者はな、誰でも登録できるけど、登録してると兵士になるときにあまりいい目で見られないんだよなぁ。大体、システィナは鍛えてないんだから、冒険者になっても後方で治療しかできないだろ?」
「……そうね」
私の能力値はレベル二十相当くらいにまで上昇しているので、弱いモンスターなら素手でも倒せるのだが、ライにはそのことを言えなかった。
だって、普通に考えていい気分はしないだろう。
ライは毎日毎日必死になって身体を鍛えている。そうやって少しずつ力をつけていって、何年もかけてAランクの剣士スキルを持っていたニルドだって倒して見せた。
そんなライからしてみれば、私のこれはずるいものでしかないだろう。ある日唐突に、なんの努力もしていないのに手に入れた力なのだ。
「……ねえ、ライはさ。もしもある日突然、すごい力を手に入れたらどうする?」
「なんだよそれ?」
「もしもの話よ。たとえば、ライのスキルは読めないだけでないわけじゃないんだろうし、実はそのスキルの熟練度を上手く上げれていて、それが一〇〇〇に達してある日超越化していたとか」
「あ~、可能性としてはゼロじゃないよな。俺も自分には剣士スキルがあるって信じてるし」
「そうそう」
「けどなぁ、ある日突然すごい力を手に入れるとか、夢には大きく近付けるだろうけどさ。やっぱり怖いよ」
「怖い?」
「だって、普通の人はある日突然強くなったりなんかしないだろ? こつこつレベルを上げて、熟練度を少しずつ上げて強くなっていく。最強って言われてる『大剣聖』もそうした努力の結果超越化したわけだし、うん、やっぱりある日突然、理由もなくすごい力を手に入れたとしたら俺は怖いな」
ライは自分の手を見ながら言った。少しだけ、なにかを思い出すようしながら。
「そんなの、まるで突然自分が怪物になったみたいじゃないか」
「……そう、ね」
やはりライには聖女スキルのことは言えない。
私がそう考えていることには気付いていないようで、ライは少し悩んだあと、自分の考えを述べた。
「俺さ、思うんだよ。スキルは将来を約束してくれて、さらに行動の指針を示してくれるものでしかないんだって。強くなるには戦闘系スキルが必須だって言うけど、それだって持っているからって一足飛びになにもかもを倒せるほど強くなるわけじゃない。魔法系スキルは自覚した瞬間から魔法を使えるようになるけど、最初からすごい魔法を使えるわけじゃないし。他のスキルもきっとそうだ」
それは違う。世の中には持っているだけで、圧倒的な力を持ち主に与えるスキルが存在する。
私のステータスに刻まれたものがそうだ。
「だから俺は毎日努力して、少しずつ強くなって、それで夢を叶えるんだ。もしも俺が突然強くなることがあったとしたら、それは……」
ライはその先の言葉を言わなかった。けどなにを考えているのかは、察することができた。
世界でただ一人、ステータスが読めなくて、その理由も分からない私の幼なじみはきっと不安なのだろう。昔、色々あったし、自分はなんなのかと常に疑問に思っているに違いない。
だからこそ、自分は突然強くなったりしない。日々の努力を続けることで、昨日より少しだけ強くなれるのだと信じている。
私は聖女スキルの言葉を思い出した。ライは第二のドラゴンに成りかねない存在だという。
馬鹿みたい、と思う。ライがドラゴンみたいな怪物になるわけがない。たとえステータス画面が読めなくたって、それがなんだと言うのだ。私の幼なじみは夢に一途で、ちょっとアホで、けどがんばりやな男の子なのだ。
ライ・オルガスは普通の人間なのだ。
「……ねえ、ライっていつか必ず騎士になるじゃない」
「おう。当たり前だろ」
「ならきっとお仕事で忙しくなるだろうし、家のこととか手が回らないわよね?」
「そうだな。そうなる可能性が高いだろうな」
「なら、さ。誰かが家を守ってくれてたら安心してお仕事もできるってもんでしょ? 私でよければ、その役目引き受けてあげてもいいわよ?」
ライはいきなりそんなことを言われて、きょとんとした顔で私を見た。
一方で私の心臓はバクバクと大きく高鳴っていた。するりとそんな提案が私の口から出てきてしまったけど、これってまるで逆プロポーズみたいじゃない。
「か、勘違いしないでよ。ちゃんと給料だってもらうし、ほら、貴族の家にいるメイドみたいなもんだから!」
「あ、ああ、そうか。そうだよな」
ライは少しだけ頬を赤らめて、視線を泳がせた。
「あせった。一瞬、告白でもされたのかと思った」
あぁあああああああああ! 私の馬鹿ぁあああああ!
あの鈍感なライに私の気持ちが通じてたじゃないのよぉおおお!!
「そっか。けどそういうのもいいな。システィナが家を守ってくれたら、俺、すごく騎士の仕事がんばれる気がする」
「で、でしょ!?」
それなら聖女以外に就職できない私も、就職が決まるというものだ。
そしてゆくゆくはライのところに永久就職すればいい。私のステータスがゴミになってしまった以上は、うん、それしか道はないのだ。
「じゃあ、約束ね。ライが騎士になったら、私が家を守ってあげる」
「そうだな。約束だ」
二人でそんな未来を想像して約束を交わす。
「ま、それよりも目の前のことだけどな」
「分かってるわよ。もう」
ライは早々に妄想を打ち切って、現実的なことを考え始める。
お金、お金かぁ。どこかで手っ取り早く稼げる方法はないかしら、と考えていけないいけないと首を横に振る。
ライの言ったとおりだ。お金を稼ぐのも強くなるのと一緒で、一足飛びで大金なんて稼げないだろう。
少しずつ、少しずつ、未来のために稼ぐのだ。
うちにお金がないといっても、明日困るほどではないし、少なくとも私たちも明日いきなり孤児院を放り出されたりはしないだろう。……しないわよね?
だから必死になって悩むライの横顔を、私はそっと盗み見ながら、先程想像した未来の続きを夢見ることにした。
夢が叶って騎士になったライは、きっと大変な仕事を毎日こなして、疲れて家に帰ってくるだろう。
私はそんなライを、玄関で『おかえり』と言って笑顔で出迎える。。そのあとご飯を作ってあげて、お風呂で背中を流してあげて、時にはベッドでマッサージとかしてあげて。そしてそのまま……。
朝になって元気を取り戻したライは、私がピカピカになるまで磨いた白い鎧をつけて言うのだ。
『行ってきます』
私はそれを笑顔で見送る。何度だって。いつまでだって。
『――行ってらっしゃい、あなた』
ああ、それはなんて幸せな光景なのだろう。
そんな未来が待っているのだとすれば、なんでもできると信じられる幸せな未来だ。
けどそれはあくまでも夢でしかなくて。
現実は今ここにある現実でしかなくて。
「システィナお姉ちゃん! ライお兄ちゃん!」
食堂で話し合っていた私たちのところに、突然ミリィが駆け込んできた。
驚く私たちに向かって、ミリィは血相を変えた顔で言った。
「院長先生が、ち、血を吐いて、た、倒れっ!」
そう、遠い未来のことよりも、私たちは目の前の現実に対峙するしかない。
聖女スキルがそうだったように――酷い現実ほど、ある日突然襲いかかってくるものなのだから。




